第5話 白日の豚

 あれからもう三か月。傘豚はまだ現れてない。それに、嫌なことがあっても雨が降ることが無くなった。

 いまの私はすっかり晴れ女だ。

「アメ、今日から新学期だね」

「おはよ」

 登校中にみーこと出会う。いまも変わらず親友だ。

「今日も晴れ渡ってるねー。傘豚はまだ見つかんないの?」

「うん」

 この夏休みにみーこと傘豚を探す旅に出た。といっても一週間くらい一緒に旅行しただけなんだけど。みーこおすすめのパワースポットとか巡ってかなり面白かった。

「やっぱり私、傘豚に嫌われたかな」

 薄情なやつ、許すまじ。謝ったし、名前も上げて、豚も食べて、それで嫌われるなんて意味分かんない。分かんないよ。

 みーこが私の肩を叩く。

「大丈夫、泣かないでアメ。絶対嫌われたとかじゃないから」

「ホント? マジのマジ?」

「マジマジ。――言ったでしょ。いままでがおかしかったんだよ。もうその必要がなくなったから姿を消しただけ」

「……それってつまりさ、もう会えないってこと?」

 嫌なことがあったらすぐに出てきてくれたのに、傘豚。私にはまだ必要なのに。

 ていうか友達じゃん。もう会えないとかアリエナイから。

「えーと、どうかなー? ――ん!?」

 みーこが答えに困ってたけど、銃声を聞いたみたいに突然腰を落とした。

「…………強き者の気配がする」

「みーこ、ホント中二病だよね」

 旅行中もこんなこと言い出して、私はビックリした。こんな変なやつだとは思わなかっし。いや、大親友だし、好きなんだけどね。

「中二病じゃない、自分の心に正直なだけ。――こっち! ほら早く!」

 腕をつかまれて無理に引かれる。いやいやいやウェイウェイウェイ。

「ちょっと! いまから学校だよ!?」

「どうせ今日は校長の挨拶とかだけでしょ! ほら来る!」

「ちょ、変なやつだと思われちゃうじゃん!」

「誰も気にしないよ! 多分!」

 絶対そんなことない。けどみーこの必死さに私は従うことにしたのだった。



 とある商店街の入り口にソイツはいた。

 ブサイク、ブアイソ、キグルミみたいなビッグな体。そんでヒヅメで傘を持ってる。そして、

「真っ黒じゃん」

「だねぇ」

 真っ黒な肌にアロハシャツを着た傘豚(?)がそこにいた。

「どうみても見えてるよね」

「見えてる。こんなマスコットキャラクターみたいな容姿だったんだね。能ある鷹は爪を隠すってやつだね」

 いま私達は傘豚の様子を遠目に見ている。そこでは子ども達の熱視線を受け止めている傘豚の姿があった。――あっ、タックルされてる。

「アメほら、見えるどころか触れてるよ」

「わ、私でさえちょっと触れ合っただけなのに! ――もう我慢できない! 行ってくる!」

「あっ、あの中に突撃するの? ホンキ?」

 怖気づいたみーこを放っといて、私は傘豚に走る。

「どいたどいたー! えいっ!」

 私は子どもたちに混ざって傘豚にタックルをかました。これくらい許されるよね。

「!?」

 傘豚はけっこうビックリしたみたい。倒れたりしてないけどめっちゃ動揺してる。ヘソクリがバレたお父さんみたい。

「傘豚ぁ! どこ行ってたの!? こんな真っ黒に肌焼いて! 食べられたいんか!」

 変な口調になっちゃった。だって自分がワケ分かんないんだもん。

 寂しくて、悲しくて、絶対許さないと思ってたのに、会えたらそんなの全部吹っ飛んじゃった。

 なのに泣きそう。

「……!」

 傘豚がゴソゴソ。アロハシャツのポケットから何か取り出した。

「サンオイル……この夏に健康肌を目指したってか!? ならその日傘降ろせ!」

「……!」

「トレードマークぅ!? そう思うんなら肌焼いてんじゃないよ! こんなの調理後じゃん!」

「ちょっとアメ! あんた変になってるよ!」

 後ろからみーこの声がした。周りの子どもたちも不安がってる。そりゃそうだ、いきなりガイジンのお姉さんが現れて豚のキグルミに抱きついて、怒鳴ってるんだもんね。

「うるさーい!! 傘豚ぁ! もう絶対、勝手にどっか行かないでよ。わかった!?」

「……」

 傘豚の鼻がブルブルと上下に揺れた。ぷにぷにしてて柔らかそう。

 思わずそれに触れた。気持ちいい。

「へへ、約束ね」

「……」

 傘豚はジトっとした目で私を見つめる。でも分かってる、きっと瞳の奥は優しさで溢れてる。

「アメ。ほらめっちゃ見られてるって。そろそろ離れなよ」

「もうちょっと」

「……」

 傘豚は大人しく私に抱かれてる。ちょっと困ってる感じだけど、さっきの約束を守ってくれてるみたい。

 そんな私を見てみーこが笑う。

「アメ、やっぱり豚のこと好きでしょ」

「……食べちゃいたいくらい、嫌いだし」

 口にするのはまだ恥ずかしい。

「……」

 傘豚は相変わらずジトっとした目で私をみつめてる。

 これからもよろしく、傘豚。

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傘豚のカサブタ 幸 石木 @miyuki-sekiboku

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