第4話 恐らく傘豚のカサブタ
傘豚は玄関を出てすぐそこにいた。近すぎ。でも防犯用の明かりに照らされて明るいから良かったかもしれない。
「まだ心の準備できてないんだけど」
「……」
表札の横に立って正面の道路を見てる、豚。私の呟きは聞こえなかったみたい。
唾をのんで息を整える。――雨って不思議。嫌なときに降るくせに、しとしとしてると落ち着くし。でも、いまみたいに土砂降りだと胸がざわつく。傷口に叩きつけてくるみたい。
でも大丈夫、いえる。
「おっす」
「……」
傘豚の前に飛び出して目を合わせた。傘豚は私を見てビックリしたみたい。すぐにゴソゴソ、取り出したのはアイマスク。
「別に眠たい顔じゃないし」
でも受け取る。そんなに泣きはらした目をしてるのか私は。
覚悟が揺らめく前に口にする。
「……ごめん、豚。私、約束忘れてた」
傘豚の顔が見れない。俯いて、雨が傘を叩く音を聞いてる。――ダメ。雨に負けないくらい、ハッキリと伝えなきゃ。
一歩踏み出して傘豚を見上げた。
「ずっと友達でいようって約束、今の今まで忘れてた!! ごめんなさい!!」
「?」
傘豚はまるで何を言っているのか分からないみたいに首を傾げていた。
「え? なにその顔?」
「……?」
あれ? なんかおかしい。……もしかして豚違い?
「え、と。豚って、私が食べちゃった豚だよね?」
「……」
傘豚は何言ってんだこいつって感じで私を見た。――そして頷いた。
「クソッ! やっぱりそうなんじゃん! 変な期待しちゃったよ!」
私がそう言うと、傘豚は露骨に呆れた顔をした。そしてゴソゴソ取り出した。
「ネームプレート?」
そのネームプレートは塗装が所々はげていてぼろっちい。何年も雨ざらしにされたみたい。でも変。名前が刻まれてない。
「……」
傘豚は何か言いたげに鼻を鳴らして私を見つめてくる。
「――あっ! そっか名前!」
そう、名前。私が日本に帰る前に、おじいちゃんの見えないところで名前を付けてあげるって約束。あのときずっと考えてたのに、あの事件で全部すっとんじゃってた。
この豚には名前は無い、付けてあげるのもダメって言われたんだよね。そりゃそうだ、食べるつもりでいるんだから、めっちゃ愛情がこもりそうなことさせないよね。残念ながら失敗だけど。
「傘豚! あなたの名前は傘豚だよ!」
どうして今まで口にしなかったのか疑問だ。いや、うん、私が勝手に傘豚って呼んでただけだし、本豚に名前があったら失礼じゃん? そういうこと。
「……」
うんうん頷いてる。どうやら好感触みたい。そしてまたゴソゴソ。
取り出したのは肉まんだった。
「えぇっ!? っあつ! ホカホカじゃん!」
「……」
無言で見てくる。食えってこと? マジ?
「いや、なにこの流れ――っ!?」
そのとき、とんでもない旨味が私を襲った。傘豚が私の手の上の肉まんを割いて、ホカホカの湯気が私のお腹を刺激してきた。――グゥ。
間違いない、この肉まんの豚は高いやつだ。
「な、なんでこんなこと! うっ、よだれが」
本能が食欲を呼び覚ます。いや待って、さっきご飯食べたばっかだよ私!
「……」
「めっちゃ見てくるじゃん!」
なにその顔! その素直になれよって顔なんなの!?
――確かに私は豚が好きだよ!! もうめっちゃ好きだよ! 食べたことないはずなのにチョー美味しそうに思えて不思議だったよ! でも違うじゃん! ここで食べるのは違うじゃん!!
「あ、あ……」
「……」
「……うま」
泣きそう。めっちゃうまい。
すごい。悔しいけど豚ってやっぱり、おいしい。
「グスッ……おいしい」
なんで泣いてんだろ。意味わかんない。私、豚が好きなのに、食べちゃって、でもめっちゃおいしい。どうにかなりそう、頭。
「……」
「あっ」
傘豚が傘を畳んだ。雨が止んだんだ。
でも傘豚はまだそこにいた。
「……」
傘豚はその大きな傘を私に差し出した。
「えっなに?」
――どうして、いつものように受け取ってしまったんだろう。
「傘豚?」
傘豚はその日以来、私の前から姿を消した。
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