第3話 恐らく思い出の豚
「ほらアメリア! 写真とるわよ!」
晩御飯を食べた後のこと、お母さんがおじいちゃんへ写真を送ろうと言い出した。おじいちゃんは苦手だ。だって言葉通じないし、住んでるところド田舎だし。
「いまテレビ見てるからパス。それにこないだテレビ電話したばっかじゃん。間に挟まれてたんだから覚えてるよね?」
「あらら冷たい。――そろそろアメリアも英語を話せるようにならないとダメよ。アメリア、お母さんじゃなくてマム! OK?」
「ヤダ。周りにマムなんて言ってる子いないし」
そう返すと寂しい顔をされた。もー、今はボーッと考えてたいのに。しかたないなぁ。
「はぁ。写真は撮っていいよ」
投げやりな笑顔とピースをお母さんに向けると、すぐにスマホで撮られた。
「はい、送信っと。グランパ喜ぶわよ〜」
そう言うお母さんの脇にはアルバムが挟まっていた。
「……いきなり何言ってんのと思ったら、そういうこと?」
「そういうこと。ほら一緒に見ましょ!」
「えぇ……ヤダぁ」
我が子の軌跡を振り返るのはいいけど、本人のいない所でやってよ。
おじいちゃんに写真を送ったのは、アルバムを見てるうちに親孝行することでも思いついたんだろうな。気まぐれなお母さんらしい。
「……マムのこと嫌いなの?」
「はいはい、見ます見ます」
泣き落としされたら仕方ない。でも一瞬でカラッと晴れたお母さんの顔を見て、私ってちょろいのかもしれない、なんて考える。
お母さんは私の隣にくっついてソファに座った。
お母さんが開いたアルバムを一緒になって覗き込む。
――パンみたいな手してるなぁ。
青い目、金の髪、白い肌。ガイジンなのは赤ちゃんの頃から変わらないみたい。いやまぁ、当たり前だけど。
「……」
中学のとき、髪を黒に染めたことがある。ほら、ピアスを開けてみたくなるのとかあるじゃん。きっとあれと同じ。うん。
でも結局、一回きりでやめちゃった。
だって傘豚が毎日、じっと見てきたし。
いつものジトっとした目つきじゃなくて、寂しいような悲しいような目をしてた。きっと私の黒髪がお気に召さなかったんだろう。
とにかくそれで、何となく私は髪を染めたくなくなった。
「……え」
ふと一枚の写真が目に留まった。目つきの悪い豚がいる。それを抱いてる私がいる。ダウンサイジングした傘豚そっくりの豚を抱いてる小さな私がいる。
「なにこれ!?」
「これグランパの家に初めて行った時の写真よ」
「それよりこの豚! なにこの豚!?」
「グランパの飼ってた豚。アメリア、覚えてないの? この豚を食べてから豚肉食べれなくなったでしょ?」
頭の中で何かが割れた音がした。そうだ。思い出した。幼稚園に入る前の話だ。
おじいちゃんの飼ってた目つきの悪い豚、すごく綺麗で清潔で、家の中で犬と一緒に飼われてた豚。ド田舎じゃ遊ぶとこなんて自然の中にしかなくて、だから豚と外に出て遊んでた。私は犬より豚がお気に入りだったから。
犬より覚えがいいし、フゴフゴ言うのが可愛いし、そして何よりその豚は甘えてこなかった。
嫌な気分の時はテコでも散歩に出てくれないし、でもいい時は木登りまでしてくれた。木登りってもあれだけど、木肌を少し駆け上がるだけだけど。
そんなマイペースが魅力的な豚だった。
『ずっと友達だよ。次に私がここに来るとき、忘れてたら許さないからね』
「――って約束した後に食べちゃったんだそういえばぁぁあぁぁ!!」
「本当に美味しそうに食べてたわ~。グランパにヤミーヤミーってうるさかったんだから」
「後からあの豚だって教えられたじゃん! 先に言われてたら食べなかったのに!」
「だからでしょ。グランパ厳しい人だから」
そう、それでケンカしたんだ。おじいちゃんとしては教育のつもりだったらしい。豚もそのために買ってきていたんだとか。
でも、もうちょっとやり方ってのがあるじゃん。
「ああぁぁぁぁぁ!!」
泣きそう。
「泣きすぎ。ご近所迷惑よ」
「お母さん! 娘を慰めてよ! ――あと泣いてない! まだ耐えてる!」
「だって昔の話じゃない。それに、忘れるようなことなら心配いらないでしょ」
サイテイ! ――いや、最低なのは私か。
「ちょっとごめん、外出てくる」
「あら……。雨凄いわよ?」
「だから出てくの」
傘豚に謝らなきゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます