第246話 呼び掛け!!

 一週間後の夜。とうとうメレの和水舞歌のライブが始まる。皆を元気づけ、勇気づけるためのライブと銘打った今回のライブは、想像以上の大盛況となっていた。闘技場に入りきらない程の観客で、次回ライブにまた来て下さいと言っているが、それでも中に入ろうとする人が多い。その様子を闘技場の中でも、一番高い場所である国王様達の観客席の屋根に立ちながら見ていた。


「メレの言うとおりだった……てか、メレのアイドルとしての知名度を舐めてたかも……」


 私は、まだアイドルとしての和水舞歌を詳しく知らない。ライブ映像は何度か見た事があるけど、ここまでとは思わなかった。


「まぁ、休止中の和水舞歌がライブをするってなったら、ファンは興奮するか。さてと……」


 私は、黒羽織のフードを深く被り、マスクを引き上げる。全身真っ黒の私は、完全に夜に溶け込めている。黒闇天にサプレッサーを付けて、黒影と棒手裏剣の状態を確認する。


「はぁ……何も無いと良いけど……」


 会場を見下ろしている私の視界に、シルヴィアさんが映った。シルヴィアさんは、私の事をジッと見てから会場の警備に戻った。


「この状態なら、ソルでも見失うと思うんだけど……」


 シルヴィアさんが本当に私に気付いていたかはさておき、そろそろライブが始まる時間だ。ここまで、ネロやソル達からの連絡はない。つまり不審者の侵入はないと考えられる。


「後は、ライブ中に合わせての侵入かな」


 私は気を抜かず、会場の監視を続ける。

 そして、メレのライブが始まった。


『皆! 今日は、私のライブに来てくれてありがとうございます! 皆、この世界に囚われて、不安の日々を送っていると思います。そんな皆に、少しでも元気を! そして、勇気を分けてあげたいと思い、ライブを開催しました! 今日は、目一杯! 楽しんで下さい!!!』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」


 マイクは無線で、他のスピーカーに繋がっている。スピーカーは、ステージの周りに配置して、なるべく遠くまで届くように調整しておいた。さすがに、私の位置からでは、メレの歌を十分に聴く事は出来ないけど、私にも役割があるので仕方ない。

 観客達は、振り付けも覚えているのか大盛り上がりだった。コールも息ぴったりなところを見ると、それだけ有名だと思わされる。

 約一時間半に及んだメレのライブは、観客達の熱気がこっちにまで伝わってくるくらいだった。


『第一回目のライブは、これで終わりです! 皆、楽しんでくれましたか!?』

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 ここのファン達は雄叫びが返事のようだ。


『実は、このライブを開催したのには、他にも理由があります』


 ここで、メレが真剣な顔で本題を切り出した。観客達も何だ何だとざわめき始める。


『私は、今、友人達とこの世界を救い、元の世界に戻るために行動をしています。皆にもそれを手伝って欲しいのです! 私達は、ディストピアへの遠征を予定しています。ディストピアからの反撃を受けると考えた私達は、それに対抗するための戦力を求めています! どうか、皆も協力して下さい! 私は、これから毎週ライブを開催します。どうか、他の方々にも知らせて下さい! 元の生活に……家族の元に戻るために! この作戦の詳細は、後日街の掲示板に張ります。どうかよろしくお願いします!!』


 そう言って、メレが頭を下げる。すると、会場から拍手が響いてくる。


「協力するぞ!」

「元の世界に帰られるなら、やる価値はあるよ!」

「大好きだー!」


 皆から歓迎の言葉も聞こえてくる。中には、不届きな奴もいたけど。今のところ反対意見が出て来る様子はない。この空気では言いにくいというのもあるだろう。少し怪しいところもあるので、ネロに連絡する。


「ネロ、気配の変化は?」

『特にないにゃ。こっちへの敵意はないにゃ』

「分かった。引き続き警戒を続けて」

『にゃ』


 そのままアンコールで二曲歌って、このライブは終了した。終了時に大歓声が上がり、このライブが成功したという事を実感する。

 観客が全員帰ったところで、私も会場に降り、メレの楽屋になっている部屋へと向かう。


「お疲れ様」

「ありがとうございます。久しぶりのライブでしたので、やっぱり上手くいきませんでしたね」

「そう? 私は、そんな風に見えなかったけど」


 謙遜という訳では無く、メレ自身は、今回のライブが納得出来ていないのだろう。


「やっぱりライティングが駄目だった?」

「いえ、素晴らしかったです。打ち合わせ通りに、しっかりとやって頂けたので。ですが、私は振り付けにもたついた瞬間があったり、立ち位置が少しズレていたりと、正直五十点くらいのライブだったと思います」


 これは、メレのアイドルとしてのプライドだ。私達には理解出来ない類いのもの。やっぱり、私にはアイドルは向いていないなというのがよく分かる。

 二人は、この一週間でリハーサルを、ずっとしてきた。ライブの感を取り戻すためとライティングのやり方を勉強するために本気でやってきていた。それを見ているからこそ、これでも足りないのかとメレの貪欲さを怖いと思うのと同時に尊敬の念が生まれる。


「次回までにブラッシュアップさせます」

「うん。分かった。期間中、ここは自由に使って良いことになっているから」

「はい」


 この感じなら、メレは大丈夫そう。ミザリーもやる気はあるみたいだし、次のライブは今日よりも良くなるかな。

 ここにソルとシエル、ネロもやって来た。


「お疲れ様。会場の外にも軽く聞こえてきてたよ」

「うわっ……近所迷惑とか大丈夫かな……?」

「ああ、それは大丈夫。近所の人が素敵な歌ですねって言って和んでたから」


 メレの歌は別世界でも通じる事が判明した。この分だと、このままここで歌っていても文句が飛んでくる事はないだろう。


「まぁ、取り敢えず、この感じで全部の公演を成功させよう!」

『おー!』


 この調子でライブは進んで行く。第二公演と第三公演も大成功に終わり、どんどんと観客が増えていった。収容人数を軽く突破するくらいの多さになってきた事もあり、闘技場での公演が現実的ではなくなってくると、今度は王都の外で公演をするようになる。

 戦乙女騎士団の団員さん達にステージと楽屋、壁を作って貰った。ついでに、私が待機するための高台も作って貰った。

 来る第四回公演。その時、来て欲しくない私の出番が来てしまった。


『ステージ後方に二人にゃ』

「了解」


 私は高台から飛び降りて、不審者の元に向かう。不審者は、男二人。こそこそとしていて、気配も薄いからプレイヤーだろう。何か怪しい雰囲気なので、即刻排除する。ライブの音が一気に大きくなるタイミングで黒闇天を抜いて、頭を撃ち抜く。


「せめて、頭の防御くらい、しっかりとしておけば良かったのに」


 男二人の死体は、すぐに消えていった。これで相手がプレイヤーだったと分かる。


「ネロ、不審者を倒した。相手はプレイヤー。他は?」

『……今のところいないにゃ。襲撃は、その二人だけみたいにゃ』

「了解。私は高台に戻るから、警戒よろしく」

『にゃ』


 その後、四人程不審者が襲撃してきたが、全員頭の防御がお留守だったので、頭を撃ち抜いて即死させた。これがプレイヤーなのが、一番厄介だ。どうせ復活するから。

 取り敢えず、計六人の襲撃だけで無事ライブも終わった。私は、近くにいた戦乙女騎士団の団員さんに、不審者の侵入があった事を伝えて、周囲の警戒をさらに強くして貰った。

 今回はあまりメレのライブに集中出来なかったけど、これが私の仕事なので文句はない。この事は、メレにも共有する。


「そうでしたか……お疲れ様です」

「そっちもね。目的とかは一切聞かなかったから、あれだけど、多分私達のやっている事に反対なんだと思う。それほどまでに元の世界には帰りたくないし、この世界の人達が犠牲になっても良いって思っているんだろうね」

「それは……残念です」


 自分達とは違う考えの者がいるのは当然だけど、メレとしては皆に理解して欲しいと思っているようだ。

 人の命を何とも思っていない奴等と言えば、その通りなんだろうけど、多分そこには私も含まれる。だって、ついさっき、何の躊躇もなく人の頭を撃っているし、その前にも何人も殺しているから。

 メレへの報告をしていると、そこにシルヴィアさんもやってきた。


「こちらの警戒が薄くなる瞬間を狙われているようですね。常駐組を増やそうと思います。ルナには配置の相談に乗って欲しいのですが」

「あ、はい! ネロ、メレの護衛をお願い」

「にゃ!」


 一緒に部屋にいたネロにメレの傍に付いて貰うと、私はシルヴィアさんと移動を始めた。


「敵は?」

「全員異界人である事は間違いありません。こちらの世界で暮らしたいと思っているのだと思います。こっちの方が自由に暮らせるからとか、そんな理由でしょう」

「少し怒っているのですか?」


 シルヴィアさんから、そんな事を言われる。


「そうかもしれないです。私には、シルヴィアさん達に死んで欲しいなんて思えません。でも、あの人達は、この世界の人達を死なせる事になると知っていて反対しようとしている。そんなの許せません」

「本当に反対しているかどうかは分かりませんよ。ただのメレ様の信徒かもしれません」

「なら、メレのライブを観に来るはずです。でも、こうして裏から侵入しようとしました。そんなのをファンとは呼べません」


 私がそう言うと、シルヴィアさんが頭を撫でてくる。でも、何かを言ってくる事はなかった。私の言っている事を理解してくれたのかもしれない。ちょっと自分勝手な考え方かもだけど。

 その間に、リリさんの元に着いた。


「ルナさん。お疲れの中すみません」

「いえ、気にしないで下さい。私に取っても重要な事ですから」


 そこから、私達は次のライブに向けて巡回ルートと常駐場所の再選定を行った。今回の襲撃が、どこから入ったのかはある程度把握出来ているので、その箇所には多めに人を配置する。そして、裏の巡回ルートはより密にする事にした。


「表が薄くなりませんか?」


 唯一の心配はそれだけだ。でも、これには頼もしい一言が返ってきた。


「私とリリがいますので、表からの侵入は、ほぼないでしょう。それに、ソル様やシエル様もいらっしゃいますから」

「分かりました。私は、これまで通り上から警戒しています」

「はい。お願いします。リリウム、メレ様の練習中の警備も強化します。良いですね?」

「分かりました」


 これで次のライブは、より安全となる。まだ襲撃してくる奴等がいるとしたら、根絶やしにする必要が出て来る。そうならない事を祈りばかりだ。

 この翌日。掲示板に、私が昨日やった襲撃者の撃退についての張り紙がしてあったらしい。内容的には、ファン達がライブに向かうと、中に入れて貰えずに殺されたという旨だったようだ。これだけなら、何人かの人達の反感を買う事になりそうだけど、即座に流されたある噂で相殺どころか、逆に賞賛される事になった。

 その噂とは、この張り紙を張った奴等が裏口から侵入しようとしたのを、黒衣の暗殺者が排除したというもの。悪行を阻止したから、賞賛されるのは良いんだけど、態々、黒衣の暗殺者がした事にしなくても良かったんじゃないかと思った。おかげで、メレには最強のボディーガードが付いているという噂まで流れる事になったから。

 私の強さは、プレイヤーだけで考えても上位にはいるけど、最強格には入れないと思っている。天照の威力が凄いけど、プレイヤースキル諸々を考えると、やっぱりジークやソルがその最強格になるだろうから。

 そして、作戦の詳細も書かれると、さらに私への期待値が上がる。黒衣の暗殺者なら、やってくれるだろうと言われ始めた。

 黒衣の暗殺者って、結構悪名で有名だと思っていたけど、メレのボディーガードだって事で、それも吹き飛んでいるみたいだった。

 そして、この噂を流した張本人であるソルは、ご満悦な様子だった。

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