最終章 現実の世界

第242話 ユートピアの朝!!

 シルヴィアさんに気持ちを吐露した翌日の朝。ユートピアにある屋敷の私室で目を覚ます。あの後、シルヴィアさんは王城に戻っていった。まだ仕事が残っていたみたいだ。


「……夢だったわけないか」


 広すぎるベッドから降りて、部屋にある洗面所に向かって顔を洗い、歯を磨く。こっちでも歯ブラシがあって良かった。朝食を食べるために、部屋を出ると、マイアさんと鉢合わせた。多分、私を起こしに来たんじゃないかな。


「あっ、マイアさん、おはよう」

「おはようございます、ルナ様。ベッドなどは問題ありませんでしたか?」

「うん。快眠。ソル達の方はどう?」

「まだ、皆様食堂に来ておりませんでした。ですが、入れ違いになっている可能性はあります」

「後、一時間しても食堂に来なかったら、部屋に呼びに行ってあげてくれる?」

「かしこまりました」


 マイアさんと一緒に階段を降りると、ちょうど階段を降りようとしていたソルと鉢合わせた。


「あ、ソル。おはよう」

「ルナちゃん、おはよう」


 ソルは、ルナに駆け寄る。


「よく寝られた?」

「う~ん……微妙かな」

「寝具が合いませんでしたか?」


 マイアさんは、少し心配そうにそう訊いた。ソルが合わないとなると、他の皆も同じように寝具が合わないで寝られなかった可能性が出て来るからだと思う。

 それを訊かれて、ソルは慌てて手を横に振る。


「いえ! そういうわけじゃないです! 向こうのベッドよりも良いものでびっくりしたくらいですから」

「そうでしたか。それは、良かったです」


 危うく寝具の買い直しが発生するところだった。まぁ、屋敷の運営資金には、まだ余裕があるし、そのくらいは大丈夫だけど。


「そうだ。皆が来たら、また話すけど、今日の正午からアーニャさんに話を訊く事になったから。王城で国王様達も一緒に」

「あっ、そうなんだ。国王様と一緒か……」


 さすがに国王様と一緒にというのは、緊張するみたい。まぁ、言葉だけ聞いたら、とんでもない状況ではあるし、仕方ないかな。私は何度も会いすぎて慣れちゃってるけど。


「ルナちゃんは、大丈夫そうだね?」


 食堂に向かって歩いている途中で、ソルがそう言った。寝具が合わなくて眠りが浅かったわけじゃないのであれば、考えられるのは、色々と考え込んでしまったという面だ。唐突に現実……元の世界に帰られなくなったので、色々と考え込んでしまうのも無理は無い。


「昨日の夜中に、今日の予定をシルヴィアさんが伝えに来てくれてね。色々と吐き出したら、すっきりはしてないけど、覚悟は決まったから」

「へぇ~、シルヴィアさん、帰ってきてるんだ?」

「うん。私達が海に行っている間に帰ってきてたのかも。結構長く海にいたし」

「そうなんだ。そうか……シルヴィアさんが……」


 ソルが、少し俯いてそう呟く。それを聞いて、私はハッとした。もしかしたら、ソルも色々と吐き出したいのかもしれない。私は、シルヴィアさんという恋人がちょうど来てくれたから、そういう機会があったけど、ソル達には、それが出来る人がいないのかもしれない。

 なら、ソルの親友である私が、その役目を請け負うべきだろう。それで、ソルが楽になってくれるのであれば、私はいつでも受け止められる。それが親友だろうから。


「ソルは、私に何か言いたい事とかある?」

「ルナちゃんに?」

「そう」


 ソルは、目を瞬かせてから、私の額に手を当てた。


「こっちの世界でも風邪って引くのかな?」

「熱なんてないわ!」


 ソルの手をはたき落とす。


「全く、せっかく気を遣ったのに」

「あははは、その気持ちだけでも嬉しいよ」


 ソルはそう言って、私の腕に絡みついて歩く。何だか、いつものソルに戻ったみたいだ。一体、何が要因だったのか全く分からないけど、こうしてくれている方が、私も安心出来る。


「本当にお二人は仲が良いのですね」


 私達のやり取りを見ていたマイアさんがそう言う。マイアさんは、あまりソル達に会っていないし、私とのやり取りも見た事がないから、余計に新鮮に見えているのかも。まぁ、ここまでのやり取りは、他の皆の前でもあまりした事がないと思うけど。


「まぁ、幼馴染みだからね。多分、一年間会わなくても同じようなやり取りが出来ると思うよ」

「え~……一年もルナちゃんと会わないなんて耐えられないよ」

「高校卒業したら、別々の進路を辿るかもしれないのに、それでどうやって生活する気なの?」

「週一で、ルナちゃんの家に突撃する」


 ソルらしい答えに苦笑いしか出来ない。そして、特に迷惑でもないから、本当に対応に困る。

 そんな会話している内に、食堂に着いた。食堂には、全員分の食器の準備がされていた。人が来てから食事を出すという形式みたいだ。

 私とソルは、隣同士で座って、食事が出て来るのを待つ。手伝おうとしたら、マイアさんから座っているように言われてしまったから、大人しくしている。すると、マイアさんとサレンが食事を運んできた。


「他のメイドさんは雇ってないの?」

「いえ、時間が決まっている者が多いので、朝は、そこまでの数はいないのです。屋敷に住み込みで働いているのは、今のところ私とサレンだけですから、朝の仕事は、私達で行っております」

「そうなんだ。やっぱり、手伝った方が良かったんじゃない?」

「私達の仕事ですから、サレンも料理の修業が出来てちょうど良いですし」


 マイアさんがそう言うと、サレンは緊張しながら配膳していた。


「お、お口に合うと良いのですが……」

「そんな気にしなくて良いのに。それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 朝食として出て来たのは、トーストとスクランブルエッグ、ベーコン、コーヒーというシンプルなメニューだった。シンプルだけど、結構美味しそう。

 取り敢えず、サレンがハラハラとしているので、スクランブルエッグから食べる。


「うん。美味しいよ。私が初めて作った時よりも美味しいよ」

「ああ……生焼けホットケーキだね……あれとは比べられないくらいに美味しいね」


 私が初めてご飯を作った時には、ソルも同席していた。そして出来上がったのが、焦げるのが怖いから早めに取り出した生焼けホットケーキだった。あの時は、ソルも絶望的な表情をしていた。それと比べたら、とても良く出来たスクランブルエッグだった。塩こしょうの加減もちょうどいい。

 私達が褒めると、サレンはホッとしていた。


「このコーヒーも美味しいし」

「ルナ様やお客様がいらっしゃった時にのみ振る舞うもので、少し高めの豆となっています」

「へぇ~、私も安物で良いのに」

「ルナ様の気品に関わる事ですので」


 そう言われてしまうと言い返す事は出来ない。そもそも向こうでは一般人だから、貴族としての気品的なもの持ち合わせていない。それをマイアさんが、影ながら補ってくれている。これに関しては、本当に助かっている。

 そうして食べ進めていると、シエルとメレがやって来た。


「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう、シエル、メレ」

「おはよう」


 二人は挨拶をすると、私達の正面に座った。


「二人とも、昨日は寝られた?」

「まぁまぁってところ。環境が大きく変わってるから、熟睡とはまではいかなかった。修学旅行的な気分」

「私は普通に休めました。仕事柄、自宅以外でもよく寝ていましたので」

「まぁ、メレはそうか。今日の正午にアーニャさんから話を聞く事になってるんだ。王城で国王様も一緒になんだけど」

「了解」

「分かりました」


 二人は、国王様が一緒でも特に気にしないみたいだ。そんな事を気にしていられない

みたいな感じもありそうだけど。

 そんな会話の間に、二人の前に食事が並ぶ。


「「いただきます」」


 そう言って、二人が食べ始めるのと同時にミザリーとネロも入ってきた。


「おはよう」

「おはようにゃ」

「おはよう。好きな席に座って、料理が運ばれてくるから」


 そう言われて、ネロは私の隣に座り、ミザリーはその正面に座った。


「お二人でベッドは狭くありませんでしたか?」


 マイアさんがミザリー達に、そう確認した。


「ん? 二人は一緒の部屋で寝たの?」

「うん。ネロさんが不安そうだったから」

「にゃ」


 まぁ、最年少のネロが不安に思ってしまうのは分かる。最年長のミザリーがしっかりと気を回してくれたみたいだ。


「大丈夫?」

「にゃ。もう平気にゃ」

「そう。それなら良かった。今日の正午に、王城でアーニャさんから話を聞くから、そのつもりでいて」

「にゃ」

「あ、うん。分かった……」


 まだ王城への罪悪感があるからか、ミザリーは少し乗り気では無かった。でも、行くって事は決めているみたいだから、特に何も言わないでおく。ちゃんと反省しているし、既に許されてもいるんだから、そんなに気にしないでも良いと思うけど。

 皆で食事も終えたので、それぞれの部屋で正午近くまで過ごす事にした。屋敷の外がどうなっているか分からないし、あまり外に出ない方が良いと判断したためだ。

 私も寝室のベッドで寝っ転がっていると、部屋がノックされる。


「どうぞ」


 少し声を張ってそう言うと、ソル達が中に入ってきた。


「ん? 皆、どうしたの?」

「何だか、一人で部屋にいても落ち着かないから、ルナちゃんの部屋に行こうって思って。そしたら、皆も同じ考えだったみたいで、一緒に来ちゃった」


 まぁ、娯楽も少ないこの世界じゃ、一人で部屋にいても暇なのは分かる。部屋に入ってきたネロは、ぱたぱたと駆け寄って靴を脱ぐと、私の上に飛び乗ってきた。


「うごっ……ネロ……飛び込み禁止」

「にゃ」


 私のお腹の上に被さるようにして乗っているネロの頭を撫でてあげると、嬉しそうに足をぱたぱたさせていた。


「さすがルナさん。ネロさんの扱いなら一番だね」

「私も上に乗ろうかな」

「ソルは重い」

「重くないもん!」


 そう言って助走を付けようとするので、寝っ転がった姿勢から起き上がって、ネロを膝の上に載せながら座った。昨日色々とあったけど、皆、覚悟が決まったのか、いつもどおりになっている。皆と元の世界に戻るためにも頑張ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る