第240話 ルナの苦悩!!

 そんなやり取りをしていたら、執務室の扉がノックされた。


「どうぞ」


 そう声を掛けると、扉が開く。執務室に入ってきたのは、なんとシルヴィアさんだった。


「シ、シルヴィアさん!?」


 まさか帰ってきていると思わず、腰を上げた。


「陛下のおっしゃっていた事は本当だったようですね。伝言を預かって参りました。明日、正午に王城に来る様にとの事です」

「あ、分かりました。ありがとうございます」


 アーニャさんとの話の件は、明日のお昼となったようだ。シルヴィアさんは、その伝達役に選ばれたようだ。


「皆には、明日の朝知らせる形で。今日は休ませてあげて」

「かしこまりました。では、私は失礼します」


 マイアさんはそう言って、食器を持って部屋を出て行った。部屋を出て扉が閉まる直前に、親指を立てて良い笑顔をしていたから、気を遣ってくれたみたいだ。


「ルナ。大丈夫ですか?」

「へ? ああ、大丈夫ですよ」


 まさかメアリーさんに続き、シルヴィアさんにまで聞かれるとは思わなかった。


「本当ですか?」

「はい。特に無理はしていませんよ」


 私がそう言うと、シルヴィアさんは私に近づいて、私の眼をジッと見る。すると、いきなり私を抱き上げて、寝室の方に運ばれてしまった。


「えっと……」


 ベッドに腰掛けさせられた私は、どういうことなのかとシルヴィアさんを見上げる。すると、シルヴィアさんは、私の隣に腰を掛けた。


「ルナは、私に嘘をつきましたね?」


 シルヴィアさんからそう言われて、私は思わず目を逸らす。


「視線が合いませんよ?」


 そう言われて、慌ててシルヴィアさんと目線を合わせると、唇を唇で塞がれた。


「何か気がかりがありますね?」

「……はい。向こうの世界の自分の身体の事です。今、家に両親がいないので、どうなってしまうかなと。一応、ソルのお母さんが合鍵を持っているはずなので、最悪どうにかなるとは思っているんですけど、ソルもこっちに囚われてしまっているので、私まで気が回るか分からないんです」


 これは本当の事だ。一応、緊急で何かが起こった場合に備えて、近所で信用出来るおばさんに家の合鍵が預けられている。私とソルが知り合ってからだから、もう十何年も悪用はされていない。

 だから、私の身体も保護されると信じたいけど、自分の愛娘も同じ状態になっているとしたら、私にまで気が回るかは分からないと言わざるを得ない。だから、少し気がかりになってはいる。


「なるほど。確かに、それは気がかりですね。他には?」

「へ? えっ、えっと……正直、毎日親に会っているわけではないので、しばらく親に会えないとしても特に気にはなりません」


 さすがに、数ヶ月いないという事はないけど、一週間いないとかは良くある事なので、会えない期間が長くなるくらい大丈夫だろう。寂しくないといったら、嘘になるけどね。


「…………」


 シルヴィアさんは、無言で私の頬を抓る。


「あ、あの……ちょっほいはいでふ……」


 抓られていて、上手く喋れないし、若干痛い。それでも、シルヴィアさんはやめてくれなかった。


「ルナが、私に黙っている事を話さない限りやめません」

「あう……わはりまひた」


 私がそう言うと、シルヴィアさんは手を放してくれる。そして、互いにベッドの上で正座して向き合った。


「えっと、私達の事情については、国王様から」

「はい。聞いています」

「私は……この世界の皆に死んで欲しくないんです。それも私達のせいで。シャルやミリア、シズクさんやアキラさん、マイルズさん、リリさんやアザレアさん、ルノアさん、メアリーさんやアリスちゃん、国王様、レオグラス殿下、王妃様、そしてシルヴィアさんにも生きていて欲しいんです」

「そう思って頂き嬉しく思います」


 シルヴィアさんはそう言って笑う。本当に嬉しそうに。それを見て、私は、少し胸が痛くなった。


「私が黙っていたのは……この事じゃないんです。私は、この計画を止めるために何でもするつもりです。この世界を救えるのであれば……」


 ここで、声が詰まる。シルヴィアさんに伝えないといけない。私が話せなかった一番の事を。でも、それを声にする勇気が出ない。

 何度も口を開けては閉じて、開けては閉じてを繰り返す。そんな金魚みたいになっている私を、シルヴィアさんは優しい眼差しで見ていた。私がしっかりと、自分で声に出して言うのを待ってくれているのだ。

 そもそも、シルヴィアさんは何故こうして私から聞き出すような事をしたのだろう。シルヴィアさんは、そこまで無理矢理話を聞こうとする人じゃない。私が話したくなるのを、待ってくれるタイプだったはずだ。

 でも、今回に限っては、確実に聞き出そうとしていた。それは何故なのか。この疑問の答えは、程なく出た。それは、私を気遣っているから。私を楽にさせたいからだ。気持ちを吐き出せば、溜め込んでいるよりも楽になれる。シルヴィアさんはそう思ってくれたに違いない。

 だけど、それでも私が今思っている事を口に出すのは、勇気が要る。だって、これは、シルヴィアさんを傷つける事にもなりかねないから。でも、こうして話さない事が、寧ろシルヴィアさんを傷つけている可能性もある。

 私の中でいくつもの葛藤が起こっている。その内、私の両目から涙が零れ始めた。今から言おうとしている事を考えると、自然と出て来てしまう。そのくらい、私にとっても辛いことだからだ。

 そんな私を見て、少し驚いたシルヴィアさんは、私と頬を手で優しく包み込みながら、涙を拭ってくれた。


「すみません。少し意地悪な事をしてしまいましたね。そんなに、話したくない事なら、話さないで良いです。ルナが話せるようになったら、その時に聞かせてください」


 シルヴィアさんに気を遣わせてしまった。その事が情けなくて、やっぱり涙が零れてしまう。

 私は、首を横に振る。ここで言う。シルヴィアさんの寂しそうな表情を見てしまったら、何も言わないなんて事は出来ない。


「わ、私が……私達が、元の世界に戻ったら……きっと……こっちには、戻れない……だ、だから……シルヴィアさんとも……わ、別れちゃう……」


 嗚咽混じりの私の言葉を、シルヴィアさんはしっかりと聞いてくれた。

 私達が、元の世界に戻れて、この世界を救えれば、この世界の皆は助かる。でも、そうなったら、私はこの世界に戻ってくる事は出来ない。こんな事件があれば、ユートピア・ワールドが停止させられる事は目に見えているからだ。

 つまり、この世界を救って、自分達の世界に帰れるようにするって事は、シルヴィアさんと二度と会えなくなる事を示している。しかも、自分の手でそうなるようにしないといけないのだ。

 これを嫌がって、何もしなければ、結局シルヴィアさん達が死んで別れる事になる。これは、最悪の事態だ。何もしないで、最愛の人が死ぬのを見ているくらいなら、シルヴィアさん達が生き残る選択をする。


「……そうですね。そうなれば、もう二度ルナには会えないのかもしれません。でも、ルナは、私達のために、そうするのでしょう?」


 シルヴィアさんには、全て見透かされていた。私が、絶対にシルヴィアさんと生きて別れる選択をするのだと。

 私は、肯定するように頷く。それしか取れる選択がないからだ。


「ルナは、本当に優しい子ですね。そんなあなただからこそ、私は惹かれたのです。あなたを責めるなんて事はしません。私も寂しいですし、そんな事になって欲しくないと思っていますが、これは仕方のない事。だからと言って、私はあなたから離れません。死ぬそのときまで、私はあなたのものです」

「それって、ずっと一人でいるって事になるんじゃ……」

「あなた以外の人のものになるなんて。嫌ですから」

「……ますます、罪悪感で一杯になるんですが……」

「では、ルナには罪悪感を背負って生きて貰いましょう。私をルナに首ったけにさせた罰です。罪な子ですね」


 シルヴィアさんはそう言って、私にキスをする。


「忘れないでください。何が起こっても、私はあなた一人を想っています。だから、あなたは自分のするべき事をしてください。ルナの全てを愛しています」

「私もシルヴィアさんの事、愛しています。ずっとずっと。いつまでも」


 私達はどちらからともなくキスをした。互いの存在を改めて感じるために。そして、互いの存在を忘れないために。

 これから先、大切な人達との別れは確実に訪れる。これは避ける事の出来ない未来だ。だから、これを受け入れて先に進むしか無い。例え、それが私の理想ではないとしても。

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