第238話 まさかの展開!!
翌日。ログインした私達は、早速アトランティス港に向けて出航した。最初からムートも使った最大船速なので、かなり速く進む事が出来ていた。
そして、何事もなくアトランティス港に着いた。昨日の心配は、ただの杞憂だった。ソルの見事な操舵で、港に着ける。
「おぉ、お嬢ちゃん達か!」
そんな声がする方を見ると、マイルズさんがこっちに手を振っていた。
私は、すぐにマイルズさんの近くに飛び降りる。
「こんにちは。マイルズさん。お願いがあるんですが、船の整備を頼んでも良いですか? 特に壊れていないとは思うんですけど」
「おうよ! そいつは、俺達船大工の仕事だからな。承るぜ!」
「ありがとうございます」
嵐に入ったり、ムートで無理矢理加速したりと、色々やっているので、本格的な整備を頼んでおきたかったのだ。前もって代金は渡しておく。その間に、皆も降りてきたので、そのまま噴水広場へと向かう。
「これから王都に行って、ヘルメスの館に行くにゃ?」
「うん。昨日の事をアーニャさんに訊くためにね」
ネロと、今日やることの確認をしていると、急に身体が光に包まれる。
「何これ!?」
ミザリーが驚いて声を上げる。
「転移の兆候!? 皆! 近くに……!」
そこまで言ったところで、転移してしまう。この時、私の脳裏に一昨日のメレとの会話が過ぎった。
『そういえば、昨日公式サイトを覗いてみたのですが、明後日にアップデートがあるそうですよ』
その明後日は、今日だ。つまり、これはアップデートに関係した何かかもしれない。こんな時に面倒くさい。さっさと終わる事に祈るばかりだ。
────────────────────────
視界が戻ってくると、そこは良く見知った場所だった。
「ユートリア……」
周囲を見回すと、私と同じように戸惑っている人達ばかりだった。つまり、事前に連絡はない。唐突な強制転移だったという事が分かる。
「ルナちゃん!」
「ソル。近くにいて、良かった」
ソルと合流出来た。他の皆は、近くにいないか見回すけど、その姿を発見する事は出来ない。そのくらい人が集まっているのだ。
私は、はぐれないように、ソルの手を握る。ソルもこっちの意図を察してくれて、私にぴったりとくっついて握る手に力を入れた。
「ルナちゃんに心当たりは?」
「今日は、アップデートがあるみたいだけど、その内容が隠れていたらしいって事かな。一昨日、メレに聞いた」
「アップデートにしては、ちょっと不穏な感じだけど」
「強制転移だしね。さっさと抜け出したいところだけど、人が多すぎて動けないし」
「一体、何が始まるんだろう?」
本当にその通りだ。一体、これから何が始まるというのだろうか。そんな事を想っていると、噴水の上にホログラムで出来た熊の着ぐるみがいた。このゲームの開発者近衛洸陽だ。
『強制転移で呼び出した事を詫びよう。だが、今回は、君達にとっても嬉しい知らせを持ってきたので、よく聞いて欲しい。まず始めに、つい先程。君達が強制転移された瞬間から、君達はログアウトが出来なくなった』
これを聞いたプレイヤー達がざわざわと騒ぎ始める。隣で手を握っているソルもその力が増していた。
「ルナちゃん……」
「あれを見つけるのが遅かった。それがよく分かったよ」
これを聞いただけで、私達は今がどういう状況なのかを理解出来る。それは、あそこであの石碑を見たからだ。そして、この状況が石碑に書かれていた事が事実である事を証明していた。
『これは、罰などでは無い。君達への祝福だ』
「何が祝福だ!! さっさと帰せ!!」
「そうよ!! 巫山戯ないで!!」
近衛洸陽に四方八方から野次が飛んでくる。だが、近衛洸陽は、何も気にしていないようだ。
『何を怒る。君達は、この世界を楽しんでいただろう。この君達にとって理想郷である世界を。安心しなさい。ここは、ゲームの世界などでは無い。ここもまた一つの現実。実在する世界なのだから』
ここでは、野次は飛ばない。そんなものを飛ばしている余裕もないのだろう。ここにいる多くのプレイヤーにとっては、突拍子もない事で、これを現実だといきなり受け入れるなど難しいからだ。
『君達は、これからこの世界で暮らしていく事になる。ここの新たな住人となるのだ。後に、君達の家族も来るだろう。そこで、君達には、この世界で暮らす下地になって貰いたい。君達が、後々の者達の手本となるのだ。これらの事に質問があるようであれば、私を探すと良い。私は、この世界のディストピアにいる』
「!!」
この言葉には、私も反応した。ディストピア。ずっと名前だけは聞いている場所だ。だが、別の大陸という話はあったはずけど、どこにあるのか分かっていない。古代兵器に大きく関係しているはずだったが、まさか、開発者の本拠地だとは思わなかった。
『そうだ。最後に、転移とリスポーンは、しばらくの間は使える。だが、全人類がこちらに渡れば、それも使えなくなるだろう。その期間は、半年から一年とみておいて欲しい。では、良き人生を』
そう言って、近衛洸陽は姿を消した。直後、四方八方から怒声と泣き声が響いてくる。色々な声が混ざっていて、内容の判別は出来ない。
「この騒音……ネロが心配だ」
「どうするの?」
「一旦、ここを離れよう。噴水に近づくのは難しいから、まずは広場から出る」
そう言って、ソルを引き寄せる。そして、自分の胸の奥を強く意識する。アヴァロンで何度か味わった鬼の力が静まる感覚。その逆で、そこに仕舞ったものを身体全体に広げるイメージだ。
「ルナちゃん……」
ソルが少し驚いている。それを見て成功している事を察した私は、黒羽織のフードを被りマスクを引き上げて、ソルをお姫様抱っこし、その場から跳躍する。十メートル程跳び上がった私は、ハープーンガンを、噴水広場を囲む壁に撃ち込んで、その上に降り立った。
ざっと噴水広場を見回すが、皆の姿は確認出来ない。それに、てっきり、噴水広場に全プレイヤーがぎゅうぎゅう詰めになっているのかと思ったが、そこからはみ出て街路にもいた。
「面倒くさいな」
「北側からなら、ハープーンガンで動きやすいんじゃない?」
「なるほどね。それで行こう」
北には大きな建物が多く建っている。だから、ハープーンガンで高いところを移動しやすい。この人だかりでも、問題無く動けるだろう。
私は、ハープーンガンで近くの大きな建物に跳び上がり、屋根を伝ってどんどんと北へ向かっていく。そんな移動をしていると、ソルが独り言を言い出す。多分、誰かと通話しているのだ。
「うん。ユートリアの北に向かってる。うん。分かった」
「誰から?」
通話を終えたのを確認して訊く。
「シエルちゃん。メレちゃん達と合流出来たから、どこに行けば良いかって。多分跳び上がったルナちゃんが見えたんじゃないかな」
「ああ、パーティーには見やすくなっているはずだしね……てか、メインメニューは見られるの?」
「あ、うん。まだゲームの機能は生きているみたい。あの話が本当なら、半年から一年の間は、生きているはずじゃないかな?」
「どこまで信用出来るか分からないからなぁ……」
近衛洸陽の話をどこまで信じれば良いのか分からない。取り敢えず、目的に関しては、あの石碑もあるので本当だろうが、最後の言葉だけは、急に気が変わってもおかしくないからだ。
そんな事を考えつつ、北に抜けた私とソルはユートリアの外でシエル達を待った。
「お待たせ」
シエル達とは二十分程で合流出来た。あの人混みで、この早さならかなり頑張ってくれたと分かる。
「皆、合流出来て良かった。ネロは大丈夫?」
ミザリーに抱えられたネロは耳を押えて、不快そうな顔をしていた。
「うるさすぎにゃ。耳が壊れると思ったにゃ」
「取り敢えず、無事で良かった。さっき、ソルと確認したけど、本当にログアウトが出来なくなってる」
「分かってる。私も話を聞いた時に確認した。それで、これからどうするの?」
こんな状況になってしまった以上、色々とやらないといけない事がある。その一つは、すぐに解決出来るはずだ。
「ユートピアに行く。宿が必要だし、ゆっくりと話し合える場も必要でしょ?」
「あ、ルナさんのお屋敷……」
メレが、すぐに気付いた。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったけど、この際最大限利用する。私達は、月読とプティで、アトランティス港に移動した後、ユートピアへと転移した。
問題無く転移出来たが、ユートピアの中には、プレイヤー達が多くいた。ここで宿を探そうとしているのだと思う。私達は、そのざわめきを無視して、私の屋敷に向かった。
屋敷に入ると、マイアさんが、ちょうど掃除をしている時だった。
「ルナ様。お帰りなさいませ」
「ただいま。突然で悪いんだけど、皆の分の部屋を用意してくれる? 向こうの世界に帰られなくなって、ここに泊まる事になったから」
「え、あ、はい。かしこまりました」
出会ったばかりだったら、ここで処理落ちしていただろうに、マイアさんは詳しい事は聞かずにすぐ頷いてくれた。
「食事の方もお願いしたいんだけど、食料の余裕ってあるかな?」
「はい。十分に」
「それじゃあ、そっちもよろしく。詳しい話は、また後で。皆は、お風呂にでも入ってゆっくりして。私は、今回の件を国王様に話しに行くから」
「うん。分かった。泊めてくれてありがとう」
「何言ってんの。当たり前でしょ」
こんなに立派な屋敷を持っているのに、皆にその辺の宿に泊まれとは言えない。というか、言うわけがない。マイアさんに皆を任せて、私は王城に走リ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます