第231話 聖なる地!!

 大樹へと近づいていくと、ウロボロスも一緒に移動してきた。私をジッと監視しているようだった。


「ずっと付いてきているにゃ……」


 ウロボロスが怖いのか、ネロは私の手をぎゅっと握っていた。さっきまで勇ましく戦っていたのに、今は怯えていて可愛い。まぁ、襲ってくれば反撃してやるって感じだけど、何もされないとどうして良いか分からなくて怖いという風になるんだろう。


「大丈夫だよ。私の鬼の力を警戒しているだけだろうし」


 ウロボロスが執拗に私を狙ってきたのは、鬼の力が原因と考えられる。鬼の力に敵を引きつける力はない。それだったら、もっと戦闘が増えているだろうから。

 だから、ウロボロスは、鬼の力そのものに警戒していると考えられる。その結果、未知の力を持っている私を監視しているのだ。


「私の鬼の力も常時発動しているし、凝視されていても仕方ないよ」


 私の髪は、戦闘が終わった後も虹色に光ったままだ。恐らく目も光っている事だろう。


「そうだった。鬼の力は、大丈夫?」


 私のネロの話を聞いていたソルが、確認してくる。


「大丈夫だって。戦闘後も戦闘中も頭痛は無かったから。だいぶ身体に馴染んだみたい」

「良かった。本当にもう大丈夫みたいだね」


 ソルは、安堵のため息をついた。鬼の力で苦しんでいたので、心配してくれていたのだろう。


「取りあえず、今回は鬼の力がどういったものか分かっただけでも僥倖かな」

「確かに凄かったね。ウロボロスが地面にめり込んだ時は、唖然としちゃった」


 メレの傍にいるために、少し離れた所から見ていたミザリーもウロボロスが地面にめり込んだのには驚いたらしい。その隣で、メレも頷いていた。


「一瞬聖歌が途切れるかと思いました」

「あれには、私も驚いたよ。そこまでの力があるとは思わなかったもん」

「鬼の力を使えば、私達の中で一番の力持ちにゃ?」

「まぁ、そうなるかな」


 鬼の力を使った私と同等の力を持っている人は、このパーティーの中には存在しないと思う。それくらい異常な力を持っていた。


「後は、身体能力も上がっている感じだったかな。動体視力や反射神経も上がってたと思うけど、ソルの動きは見られなかったかな」

「じゃあ、雷に反応して避けるみたいな事は出来ないんだ」

「まぁ、出来ないだろうね。そもそも雷に反応して避ける時点で人間を超えた何かだと思うけど」


 そんな話をしている内に、大樹の根元まで付いた。そこから見上げる大樹は、東京にあるタワーよりも遙かに高い。もしかしたら、富士山とかよりも高いかもしれない。そんな中腹辺りで、ウロボロスがジッと見てきているのだから、ネロで無くとも怖いと思うのは普通だろう。

 ジッとこっち見ているウロボロスを、こっちもジッと見ていたら、ある事に気が付いた。


「ウロボロスの傷が治ってる」

「えっ!?」


 隣にいたソルが驚いて上を見上げる。


「……本当だ。もしかして、今まで攻撃してこなかったのって、傷を治していたからの可能性はない?」

「もしかしたら、あり得るかもね。でも、多分それはないかな」

「何で?」

「敵意を感じられないから。あれは、私が悪さをしないように見張っているだけって感じがする」


 私の言葉に、ソルは首を傾げる。


「まぁ、ルナちゃんの言う事なら、信じるよ」

「ありがとう」


 私を信頼してくれるソルには感謝しか無い。


「まぁ、それでもある程度の警戒はしておこう。ネロ、ウロボロスの他に気配は?」

「ないにゃ。というか、あのウロボロスも気配が薄いにゃ。気持ち悪いにゃ」


 ネロが、ウロボロスを怖がっていた理由は、これが原因だったのかもしれない。言われてみて、私もウロボロスの気配が薄いのが分かった。


「ルナも薄いけど、こっちは、もっと薄いにゃ」

「じゃあ、私の気配遮断よりも、あっちの方が、レベルが高いって事か。本当に私達よりも強い存在って事か。上手く立ち回れていたのは、運が良かったのかもね。取りあえず、この近くには何もなさそうかな?」


 私がそう訊くと、皆が周囲を見回す。


「特に何か変わったものは見当たらないけど。ガーディも何も見付からないって」

「そうですね。向こうの方に森がありますが、それだけです」

「後は平原みたいだね。一応星見の筒で森の奥を見てみたけど、特に怪しい建造物とかは見当たらないよ」


 シエル、メレ、ミザリーが、それぞれ報告をしてくれる。


「森は怪しいけど、建造物は無しか……それって、森の中までは分からないよね?」

「うん。これで分かるのは、森からはみ出してきたものだけだよ」


 それならまだ可能性はある。


「まずは、大樹の周り。何も無ければ、森の中って感じにしよう。反時計回りに回っていくよ」

「了解」


 代表して、ソルが返事をした。皆も頷いているし、反対の人はいない。私達は、行動予定も出来たところで、私達は大樹の周りを歩き始める。ウロボロスは、それに付いてくる。そこそこの緊張感を抱かされたまま、歩いていると、ネロに裾を引かれる。


「ん? どうしたの?」

「あそこに、石碑があるにゃ」


 言われた方を見てみと、大樹の根元に石碑があった。根っこに若干埋もれる形で立っているので、正直見えにくい。


「良く見つけたね。偉い!」


 そう言って褒めてあげると、ネロは嬉しそうに笑った。

 ネロの見つけた石碑に注意深く近づいていく。もしかすると、ここでウロボロスが襲ってくるかもしれないからだ。その可能性は限りなく小さいと思うけど、警戒はしておくべきだ。

 結局、石碑に近づいてもウロボロスは見ているだけだった。この心配が杞憂に終わったのは有り難い。

 この中で読める文字の範囲が広いのは、私なので皆が私に前を譲る。それに甘えて、石碑を見てみると、私から表情が消える。

 そして、それは他の皆も同じだった。


「これって……英語?」


 ソルが、私に訊く。もしかしたら、英語に似ている言語かもしれないと思ったみたいだ。


「うん。完全に英語。皆も読める……ってか、これならソルかメレかミザリーが読んだ方が良いと思う」


 英語の成績はそこまで悪くないけど、ソルやメレの方が上だし、ミザリーは年の功がある。その中で、先に前に出たのは、メレだった。


「『Avalon is a sacred place.Healing the wounded body and mind.And it's also where it all began.I want to tell the truth to the people of other worlds who visit this place.That tree is the tree we call the world tree.I will leave it in it.』だそうです」

「……えっと、翻訳出来る?」

「あっ……すみません」


 いつもしっかりしているメレの天然部分が顔を出していた。


「えっと……そうですね。『アヴァロンは聖なる地。傷付いた身体と心を癒やす。そして、全てが始まった地でもある。この地を訪れし異世界の人々に真実を伝えたい。その樹は世界樹と呼んでいる樹。その中に残す』という感じでしょうか」

「アヴァロン……どこかで聞いた事のあるような……」


 ものすごい頭に引っ掛かる。何か重要な事だった気がするんだけど。


「この書き方だと、古代兵器関連なんじゃないの?」


 シエルがそう言ったのと同時に、私の記憶からある事が引っ張り出された。


「ああ! そうだ! 前にメアリーさんが存在が知られている古代兵器って事で名前をだしてたんだった!」


 私がそう言うと、シエルから冷たい視線が返ってきた。


「し、仕方ないじゃん! 教えてもらったのは、王都に来てすぐの頃だったんだから!」

「まぁ、良いけど。それで、どんな話だったの?」

「確か、アトランティスがあった海の先にあるみたいだけど、場所は分からない的な話だったかな。踏み入れた者の傷とかを癒やすんだとか」


 シエルの視線が、さらに冷たくなった。


「色々あって忘れてたんだもん!」

「全く……」

「まぁまぁ。ルナちゃんだって、わざと忘れていた訳じゃ無いんだから、そんなに怒らないであげて」


 ソルが仲裁してくれる。まぁ、別に喧嘩をしている訳では無いけど。


「取りあえず、私が色々と忘れていたのは置いておくとして。石碑の文章から考えるに、ここはジパングと同じ類いだと思う」

「島丸ごと古代兵器って事?」


 シエルの確認に頷く。


「そう。アヴァロンの力は、アヴァロンの地にいる生物の無条件回復だと、私は考えてる」

「ウロボロスの傷が治ってきている理由という事ですね」


 まさにメレの言うとおりだ。メアリーさんが教えてくれた事と石碑の文章が一致しているから回復は確定だが、その条件の仮定が出来たのは、ウロボロスの傷が異常な早さで癒えている事だ。元々自然治癒力が高いのかもしれないけど、アヴァロンの力と考えると、納得出来る。


「ちょっとだけ試してみよう」


 私がそう言うと、皆が少し困惑していた。それを無視して、黒影を引き抜いた私は、手袋を外して、左手の手のひらを黒影で切る。


「ルナちゃん!」


 ソルが驚いて駆け寄って、私の左手を掴む。でも、すぐに目を見開いて固まった。たった今付けた傷が、既に塞がりかけているからだ。そして、驚いている内に傷は完全に消えた。


「ほら、これで証明出来た。治癒の速度は、ものすごく早いというわけじゃないけど、普通に早いと考えて良いレベルだと思う。これを見た後だと、ウロボロスの耐久力の高さも、これで説明出来るかもしれない」

「素の力じゃなくて、アヴァロンの治癒能力で、治っていたって事?」


 ミザリーの確認に、私は首を横に振った。


「素の力も高いはず。でも、素の耐久力だけだったら、もっと早く倒せていたと思うんだ。私の攻撃は内臓も攻撃していたはずだし」

「通常の攻撃を弾けるくらいの耐久力は自前で、私達の技を耐えていたのは、アヴァロンの力と自然治癒力の高さのおかげって事にゃ?」

「うん。そっちが近いと思う。必死に戦っていたから、気付かなかっただけで、戦闘中も傷は癒えてたんだじゃないかな」


 ここの確認が取れていないから、まだ仮説でしかないけど、この可能性は高いと考えている。そうじゃないと、ウロボロスの強さが理不尽すぎると思ったからだ。


「つまり、アヴァロンにいる限り無敵という事でしょうか?」

「限度はあると思う。確実な死を避ける事は出来ないとかね。でも、少しでも生きていれば、治癒能力が働いて治るかもしれない」

「回復魔法無しでも、瀕死の状態からの復活があり得るという事ですね。ある意味恐ろしい兵器と言えます」

「恐ろしいにゃ?」


 ネロは、メレの分析に疑問を持ったようだ。確かに、死にかけても治るというのは、見ようによっては希望の装置と言える。だが、メレはそういう見方をしていない。それは私も同じだった。


「仮に戦争で使われたとしたら、どんなに瀕死の重傷を負っても、復活するという事になります。お話に聞いただけですが、ネロさんも同じような体験を、つい最近されたばかりだと思いますよ?」

「……あっ」


 眉を寄せて困惑していたネロだったが、すぐにあの出来事を思い出したようで、目を見開いた。


「ゾンビアタック……」

「その時程、無限に復活するわけではありませんが、これをされてしまえば、一方的に消費を強いられてしまう事になります。古代兵器という名前を関するくらいですから、そう言った使い方を想定していると思われます。ですが、どうして島という形にしたのでしょうか? これでは、その本領を発揮出来ないと思いますが」


 ユートピアから離れた場所にあるアヴァロンを利用するには、嵐を超えないといけない。嵐がないタイミングがあるかもしれないにせよ、利便性が悪いと言わざるを得ない。


「もしかしたら、島が古代兵器じゃないとしたら? 何かを中心とした一定範囲をアヴァロンの地と言っているとしたらどうかな?」

「その中心が世界樹ですか?」

「そこは分からない。でも、メレが読んでくれた中に、世界樹の中に真実を残すってあったでしょ? つまり、世界樹の中には空洞がある。そこに一緒に隠している可能性はあると思うんだ」

「何にせよ。今はただの予想しか出来ないという事だね。でも、ここだけ何で英語なんだろう?」


 ソルは、私達全員が疑問に思っていた事を口にする。


「そういえば、ルナが黒騎士のところで日本語を見たみたいな事言ってなかったっけ?」

「ああ、うん。確かに、あそこに日本語はあった。一番に考えられるのは、β時代の残りだけど」

「βテストで、ここまで来られる可能性は、まだあるかもしれないけど、世界の真実なんていう事を知っているってどういうこと?」


 シエルの疑問は、世界の真実の方に向いている。


「黒騎士と同じような人がいるのかもね。黒騎士だって、私に全てを知れって言ってきていたし」

「それが、ここにあるって事?」

「この真実が、黒騎士の言ってた事って可能性はあると思う。なら、英語で書かれている理由も分かるでしょ?」

「β時代に何かがあって、ここに世界の真実を隠した。黒騎士は、ルナにこれを探して欲しかった。直接的に伝える事が出来ないから。こんな感じ?」

「そんな感じ。まぁ、それもこれもここに入らない事には始まらないんだけど……」


 私達は周囲を見回す。見たところ、ここの近くに世界樹に入る場所は見当たらなかった。


「取りあえず、まだ世界樹を全部見て回れてないから、まずは世界樹を回ろう」


 世界樹の中に入るために、世界樹の周りを回っていく。石碑に書かれている通りだったら、どこかしらに世界樹に入る場所があるはずだけど、それはどこにも発見出来なかった。


「もしかしてだけど、世界樹の上の方に入口があるとかかな?」


 ミザリーが、少し顔を引きつらせながらそう言った。そうなる理由もよく分かる。世界樹の上には、今もウロボロスがいる。ウロボロスと戦った後に、そこに登りたいと考える人は少ないだろう。正直、私も登りたくない。


「下手にウロボロスを刺激したくないし、次は森を調べに行こう。そろそろ夜だから、明後日になるけど」

「そうですね。今日は船に戻ってログアウトしましょう」


 私達は月読とプティに乗って船に急ぐ。行きは周囲の探索をするために歩きだったけど、今回は船に戻るだけなので、最速の方法で帰って行く。

 その速度に合わせて、ウロボロスも追ってきた。そして、世界樹の枝が途切れたところで止まり、こちらを見続けていた。


「結局、あれから襲ってくる事はなかったにゃ」

「だね。見張られてはいるけど」

「にゃ。でも、ルナの髪も落ち着いたにゃ」

「ん? 本当だ」


 ネロに言われて、髪を見ると、ちょうど色が落ち着くタイミングだった。同時に、何かが手先や足先から、私の胸に集まっていくのを感じ、それが消えていった。


「ルナ?」


 私は胸に手を当てて、ぼーっとしていたからか、ネロが心配そうな声で呼び掛けてきた。私はネロを落ち着かせるために、後ろを向いて、ネロの頭を撫でる。


「大丈夫。何でも無いよ」

「にゃ」


 ネロは、頭を私の背中に擦りつける。猫だからの行動かネロ自身の行動か分からないけど、まぁ、可愛いから良いかな。

 そんなこんなで、船まで戻ってきた私達は、船の中でログアウトしていった。

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