第170話 太陽柱ヘ

 翌日。ソル達は、昨日ジークから聞いた太陽柱を目指して進んでいた。移動方法は、いつも通りプティだ。長い距離の移動なら、これが一番楽だからだ。

 そして、今のプティは青黒い毛皮を着ている。ガーディと合体してスピードを上げているのだ。消費魔力は多くなるが、メレの聖歌があれば、気にせずとも進む事が出来る。


「メレの聖歌は、本当に便利だね。おかげで、ここぞって時にまで取っておかなくても良くなったし」

「私も鳴神を継続的に使えるから、助かっているよ。完全に、ぶっ壊れスキルだよね」


 そんな事をシエルとソルが話していると、それを聞いたメレが歌いながら首を傾げていた。ソルの言ったぶっ壊れという意味が分からないからだ。聖歌を止めるわけにはいかないので、質問は出来なかった。だが、ゲーム知識に疎いという事を知っているソルは、メレが首を傾げた意味を、即座に理解した。


「ぶっ壊れっていうのは、持っているだけで最強みたいな感じだよ。メレちゃんの聖歌は、デメリットがないからね。強いて言えば、メレちゃんの喉が持つ限りってところかな。他には、私の鳴神が、ぶっ壊れ武器って感じかな。メレちゃんも知っている通り、異常なまでの強さがあるからね」


 ソルの説明に、メレは納得がいったという風に頷いた。

 そんな事を話していると、空から光が差す場所が見え始めた。それは、ジーク達が言っていた通り、太陽の柱を連想させる光景だった。


「あれが、太陽柱……」

「まるで、砂漠のオアシスって感じがするね。私の光魔法よりも明るい気がするよ」

「安心感があるにゃ。あそこに、転移ポータルがあるにゃ?」

「ポータルかどうかは分からないけど、転移する事は出来るみたいだね。一応、何があるか分からないから、光の中は歩いていこう」

「分かった。プティ、あの光まで走って!」


 シエルの命令で、プティは走る速度を上げて、太陽柱まで向かって行った。太陽柱に着いたソル達は、プティから降りて、歩き始める。


「明るい……それに、暖かい?」


 ミザリーは、空から降り注ぐ光に、暖かさを感じていた。そして、それはソル達も同じだった。


「この光、本当に太陽から降り注いでいるみたいだね」

「でも、これは常に注がれてるんでしょ? じゃあ、本物の太陽ってわけではないんじゃない?」

「じゃあ、この光って何なんだろう?」

「さぁ? 太陽とは別の光源があるって事くらいしか、分からないけど」


 ソルとシエルは、何故か降り注いでいるこの光がどこから来ているものなのかが気になっていた。日の暖かみと明るさを持った光だが、常に降り注いでいるという事は、太陽によるものではない。そこに至れば、疑問に思うのも無理は無い。


「少し眠たくなる丁度良い感じの日射しにゃ……」


 ネロは眠そうに目を擦りながら、そう言った。


「猫のネロちゃんには、少し居心地が良すぎるのかもしれないね」

「まだ油断出来る状況ではないんだから、寝ないようにしなよ」

「分かったにゃ……」


 ネロは眠気と戦いながら歩いていく。


「ここだと幽霊は出ないと思うし、メレちゃんも歌うのやめても良いよ」

「分かりました」


 現状、ここにモンスターがいるか分からないが、幽霊のモンスターが出て来たのは、全部暗い場所だったので、太陽柱内では、出てこない可能性が高いと考えたのだ。


「この光の中に、一際明るい場所があるんですよね?」

「ジーク達が言っていた通りならね」


 ソル達は、周囲を見回しながら、前へ前へと進んでいく。三十分程進んで行くと、ようやく一際明るい光の柱を見つける事が出来た。その柱は、ソル達の想定よりも細い柱だった。太陽柱の十分の一の太さにもなっていないだろう。


「あれが転移する柱だね。距離的に、後三十分くらいで着くかな」


 ソルは、自分達がいる場所から、転移する柱までの距離から時間を目算した。そして、三十分後、ソル達は太陽柱の目の前に着いた。


「ここから別の場所に転移するから、今以上に警戒をしていこう」


 ソルがそう言うと、皆が頷いて同意する。そして、ソルから順に、光の柱へと脚を踏み入れた。

 視界が白く染まった後、一度瞬きをすると、そこは、常夜とは正反対の場所だった。緑が生い茂り、神聖な雰囲気が漂っている。目の前には、大きく豪奢な神殿の様なものがある。これらは、ジークから聞いていた事なので、全員に驚きはない。


「確かに、ここは全く別の場所だね。常夜ではない事は確実だけど、私達の知っている場所の近くなのかな?」

「どうだろう。周囲の地形とかに見覚えはないし、全く知らない場所なんじゃない」


 ソル達は、ここを自分達の知らない場所と判断した。


「周辺を見て回りたいけど、まずは、あの神殿から調べようか。中には、何も無いって言っていたけど、普通のプレイヤーが要らないものは、ルナちゃんが欲しいものの可能性が高いしね」

「では、沈静の歌を歌いますね」


 メレは、沈静の歌を歌い出す。これで、ここにいる敵のある程度の実力が分かる。ソル達よりも弱ければ、メレ達に近づきもしないからだ。

 同時に、シエルがガーディを起こす。プティは、神殿内の通路の大きさによっては詰まる可能性があるので、使用しない。

 準備をしたソル達が、神殿の中に踏み込んだ。入口のすぐ先にあったのは、少し大きめのホールだった。そして、そこに入った瞬間、周囲から狼と鷲が襲い掛かってきた。


「メレちゃん! 聖歌!」


 ソルがそう言うと同時に、メレが聖歌を歌い始める。完全に同時だったという事は、メレはソルに指示を受ける前に、自分で判断していたということだ。メレもこういう判断は早くなってきていたのだ。

 ソルは白蓮を抜いて、飛びかかってきた狼を斬る。上から襲ってくる鷲は、跳び上がったネロとガーディを纏ったシエルが引き裂いた。メレに襲い掛かってくる狼に対しては、ミザリーが、メイスで叩き潰した。メレの護衛をする役割を担う以上、接近戦が出来た方が良いと考えたミザリーは、平日の自由行動の時に、接近戦の練習をしたのだ。


「ネロちゃん! 敵はどのくらいいる!?」

「この神殿内に、それぞれ百体以上にゃ! 私達に向かってきているのは、それぞれ三十体にゃ!」

「オッケー! 空からの敵は、シエルちゃんとネロちゃんに任せたよ! 地上は、私とミザリーちゃんで倒すから!」

「にゃ!」

「分かった! メリー『起きて』」


 シエルは、ソルの指示にはなかったが、メリーを起こして、メレの前に着かせた。プティは、ホールの大きさから使用出来ない。

 本来であれば、空からの敵は、ルナが一手に引き受けて、他の面々で、地上を速攻で倒しきるところだが、そのルナがいない以上、この役割分担になってしまう。ネロとガーディを纏ったシエルは、跳躍力が高いので、適任なのだ。

 ソルは、素早く狼を仕留めていく。この戦闘の間、メレに接近してきた狼は、最初の一体だけだった。それ以外は、近づく前に全てソルが仕留めた。


「ソルさん、やっぱり速いですね」

「私よりもネロちゃんの方が速いけどね。攻撃力は、私の方があるみたいだけど」

「にゃ。それは認めるにゃ。ソルの武器は、私よりも断然強いにゃ」

「攻撃力最強は、ソルさんだね。速度は、ネロさんだけど」

「そんな事話していないで、早く探索を進めよう。またモンスターが襲ってくるでしょ」


 誰が最強か談義をしているソルの背中をシエルが押す。


「あ、そうだね。何かしらの情報がないか調べていこう。見た感じ、結構な数の部屋があるから、手早く行こう」


 ソル達は神殿内を歩いていき、部屋を調べていく。一つ一つの部屋は、狭いのだが、その数は本当に多い。一階だけでも五十程もある。そのため、ソル達は、三手に分かれて探索する事にした。一人でも戦えるソルとネロ、そして他の三人に分かれたのだ。

 一階にいたモンスターは、先程の戦闘で全滅させたので、一階をシエル達に任せたソル達は、モンスターが跋扈する二階へと向かった。二人は、襲い掛かってくる狼と鷲を、涼しい顔で薙ぎ払い、部屋の中を探索していく。ソル達が探索した部屋は、全て住居のような部屋だった。だが、中に何かがあるといった事はなく、完全にもぬけの殻となっていた。


「ジパングみたい。いや、もしかしたら、他のプレイヤーが持ち出した後なのかも。エラちゃん達が何もないって言っていたのもそういう事なのかな。これだと、資料室とかがあっても、何も残っていないとかあり得るかも……」


 ソルは、なるべく情報が残っていて欲しいと願いながら、部屋の探索を続けていく。ソルとネロが二階の探索を終える頃、シエル達が上に上がってきた。


「一階の探索終わったんだね」

「その様子だと、そっちも終わった感じだね。下には、モンスターもいなかったから、こっちの方が早く終わると思ったんだけど」


 ミザリーは、自分達と同じタイミングで、探索を終えていたソル達に、少し驚いていた。


「あのくらいのモンスターなら、大した邪魔にはならないにゃ。それよりも、下の階には何かあったにゃ?」

「いや、全部同じようにもぬけの殻だった」

「そっちも同じかぁ。この上に何かあると良いなぁ」


 合流したソル達は、全員で揃って三階へと上がっていった。


「私とネロちゃんで、走り回って、モンスターを倒してくるよ。皆は、部屋を確認して」

「分かった。メレの安全優先って事ね」

「そういう事。メレちゃんの歌とミザリーちゃんの魔法が、私の生命線だから」


 ソルはそう言うと、三階の廊下を駆け出した。ネロもその後に続く。ソル達が、三階のモンスターを殲滅している間に、シエル達は、三階の部屋を探索し始める。

 これまで通りであれば、淡々と部屋の探索を済ませていくのだが、シエル達は、最初の一部屋目で、時間を掛ける事になった。何故なら、その部屋が、今までの人が住むような部屋では無く、大量の本が並ぶ図書室のような場所だったからだ。


「いきなり、こんなところで図書室に当たるとはね。しかも、本に関しては、かなりの量が残っているし」


 シエルはそう言って、本棚に並ぶ本の一冊を手に取って、中身を見る。そこには、シエルが思っていた通りに、読めない字が綴られている。


「さっぱしだ。これは、ルナに渡しておこう。私のアイテム欄に入れておくから、皆も集めてきて」

「分かった。ここに持ってくれば良いよね?」

「うん」


 シエル達は、ソル達がモンスターを殲滅している間に、図書室内の本をかき集めていった。これには、プティ、ガーディ、メリーも手伝った。元々が人形なので、口にくわえても涎で濡れるという事もないのだ。

 モンスターを倒して、図書室の中に入ってきたソル達を出迎えたのは、ちょうど本を抱えて、その場に戻ってきたメレだった。


「ソルさん、ネロさん。お疲れ様でした」

「うん。ありがとう。ここ、図書室だったんだね。それに、沢山の本も残っているみたい」

「そうですね。ここにある分で、ようやく半分くらいでしょうか」


 シエル達が一箇所に集めている本は、大体二百冊程になっていた。


「これで半分……やっぱり、他のプレイヤーは、本に興味を持っていないみたいだね。検証系のプレイヤーが来ていたら、持っていかれていたかもしれないけど、運が良かったかな」

「取りあえず、私達も手伝うにゃ。高いところにあるのは、任せるにゃ」


 ソル達も手伝った事で、倍の速度で本が集まっていく。そうして集まった本は、全部で五百冊近くになっていた。


「多っ!」


 予想以上に集まった本を見たソルは、思わずそう叫んでしまった。この量でも、本棚には、多くの空きがあったので、本来であれば、もっと沢山の本があったのだろう。


「じゃあ、私のアイテム欄に入れておくから」

「うん。お願い」


 シエルが本を全部持ち、探索の続きが始まる。


「私の感知では、モンスターはもういないにゃ」

「三階までが、モンスターの生息範囲って事なんだ。じゃあ、四階は何も無い感じ?」


 ソルがそう尋ねると、ネロは首を振る。


「何だか、変な気配があるにゃ。かなり薄い気配だけど、人のものという感じがしないのにゃ」

「モンスターって事ですか?」


 メレの確認に、ネロは首を横に振る。


「では、人とモンスター以外の気配という事になりますが……一体、何なのでしょうか?」


 メレは、人でもモンスターでもない気配と聞いて、頭がこんがらがっていた。


「私には、何も感じないから、ネロちゃんだけが感じ取っている事かな。それだけ、気配遮断のレベルが高いって事だと思う。一応警戒しておこう」


 ソルがそう言うと、場の雰囲気が引き締まった。

 白蓮を抜いたソルが先頭になって、四階へと上がっていく。それ以上の階段がないので、これが最上階となるだろう。

 ソルは、壁に背を付けて、廊下を覗き見る。


「廊下には、特に何もないね」

「気配も廊下にはないから、廊下は安全にゃ」


 目視と気配で、安全を確保出来たので、ソル達は廊下をゆっくりと進んでいく。この四階には、扉が一つしか無い


「ネロさん、ここから気配がするんだよね?」

「そうにゃ。高さも変わらないから、床にいると思うにゃ」

「よし! じゃあ、私が中に入って、安全を確認するから、皆は扉の前で待ってて」


 ソルが皆の顔を見て、そう言うと、全員が頷いた。それを確認したソルは、扉を勢いよく開けて、白蓮を構えたまま中に入った。


「え?」


 中に入ったソルは、その部屋の内装に。少し戸惑っていた。

 四階の部屋は、結婚式に使う教会のような部屋になっていた。中央には、部屋を真ん中で分断するように、レッドカーペットが敷かれている。そして、レッドカーペットの先にある主祭壇には、豪奢なローブを着た老爺が立っていた。その向こうには、ステンドグラスが飾られている。


「……特に危険はなさそう」


 ソルのその言葉で、シエル達も中に入っていく。


「何ここ……?」


 突然、雰囲気の違う場所に出たために、シエルも少し混乱していた。


「何だか、結婚式が出来そう。ネロさん、あのお爺さんが、気配の持ち主?」

「そう……だと思うにゃ」


 ネロは少し自信なさげにそう言う。こうして、目の前にいる老爺を見ても、気配がはっきりしていないのだ。


「敵対している感じもしないので、近づいても問題なさそうですね」

「うん。私が話しかけるから、皆は、いつでも動けるようにしておいて」


 ソルはそう言って、老爺に近づいていく。


「あの……すみません」


 基本的にこの役目は、ルナがやっていたので、ソルも少し緊張しながら話しかけた。


「……」


 しかし、老爺は、一切反応しなかった。言語を理解していないと言うよりも、話を聞いていないという風であった。


「あの……すみません!!」


 ソルは、老爺の耳にも確実に聞こえるように、大声で話しかける。それでも、老爺は返事をしなかった。


「……駄目みたい」

「何かしらの条件を達成しないといけないパターンじゃない?」

「条件達成か……だから、二人も何も言わなかったのかな?」


 ジーク達からの情報になかった理由も、この返事のなさからだったのではと考えたのだ。


「この部屋にも何もないみたいだし、周囲の探索に移ろうか」


 このままここにいても情報は得られないと判断したソルは、神殿内から周辺の探索に移ろうと提案した。


「そうですね。ここがどこかも知りたいですし」


 メレと同意見だった皆は頷いて、神殿の外へと向かっていく。そんな中、部屋を出る直前に、ネロは老爺の事を見る。それは、どこか懐疑的な視線だった。

 神殿の外に出たソル達は、神殿から北の方に向かって行った。すると、今までに見たことがないくらいに、綺麗な花畑に出た。様々な色の花が咲き乱れている。

 それは、ソル達の心を奪うのに十分なものだった。だが、皆が見惚れている中、ネロは、皆が見ている方向と違う方向を向いていた。


「ネロちゃん?」

「凄い微弱だけど、向こうに気配を感じるにゃ。この感じ……ルナにゃ?」

「え? ルナちゃん?」


 ここにいるはずのない人の名前が出て来て、ソル達は、少し疑問を抱いていた。

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