第169話 雪山登り
土曜日。リュックを背負ったシルヴィアさんと私は、スノーフィリアから少し離れた雪山を登っていた。
「ここって、ニヴルヘイムの近くですよね?」
「そうです。ニヴルヘイムの近くにある山ですので、その影響が顕著に表れていそうだという事で、調査を頼まれたのです。スノーフィリアからは離れていますが、気を抜かないようにしてください」
「はい。それにしても、整備も何もされていない雪道だと、本当に歩きにくいですね」
この雪山は、かなり雪が積もっており、踏み出す度に足首が埋まってしまう。スノーフィリアでの生活で、ある程度雪道にはなれてきていたけど、歩きにくいという事は変わらない。
「ゆっくりで構いません。転ばないように気を付けて下さい」
「はい。分かりました」
今回は、スノーフィリアのように、シルヴィアさんにしがみつくわけにはいかない。ここは、モンスターが現れる可能性があるためだ。シルヴィアさんも、私も、いつでも戦闘態勢に移れる状態でいなくてはいけない。
「シルヴィアさんは、ここら辺に来た事はあるんですか?」
「いえ、ここまでは来ていません。ですが、地図を見れば、ある程度の地形は把握出来ます。調査自体に問題はないでしょう」
私とシルヴィアさんは、地図を見ながら、山の地形を見ていく。
「雪に埋もれてしまっていますが、地図上の地形とほぼ同じですね」
「地形そのままに雪が積もっているって事ですね。ただ、降雪量に関しては、ニヴルヘイムに近い方が多い感じがしますね。足首まで埋まっていますし」
「そうですね。ニヴルヘイムに近ければ近い程、影響を受けると考えても良さそうですね」
ここら辺を調査して、少しだけニヴルヘイムの事を知る事が出来た気がする。ニヴルヘイムを中心として、外に行くにつれて、降雪量が減っていく。スノーフィリアが、あまり被害を受けていないのは、ニヴルヘイムから離れているからだろう。
「ニヴルヘイムを中心としている事の証明しないとですよね。影響範囲が、綺麗な円状になっていれば、証明しやすいですけど」
「そうですね。その境目を見つけて、記録することが出来れば、証明になるでしょう」
「気が遠くなりそうです……」
「それに関しては、騎士達が進めているので、私達がやる必要はありません。私達は、被害の違いを見つける事です」
シルヴィアさんはそう言って、地図と地形の照らし合わせを再開する。私もシルヴィアさんに渡してある地図を覗き見ながら、周囲を見ていく。
そのような感じで、雪山を順調に登っていく。このまま何事もなく調査を終えられるかと思っていたが、そう都合良くはいかないようだ。
天気が急変したのだ。山の天気は変わりやすいと言うけど、ここまでいきなり変わるなんて、思いもしなかった。
「このまま登るのは厳しそうですね。早く下山しましょう」
「分かりました」
私達は、元来た道を戻っていく。下手に近道をしようなどと考えると、遭難してしまうので、こうして確実に下山出来る方法しか出来ない。
しかし、私達が下山する前に、天候は猛吹雪になってしまう。おかげで、私達h、視界を確保出来なくなってしまった。
「どうしますか!? これじゃあ、どこに向かっているのかも分からなくなってしまいますよ!?」
「そうですね。ですが、私達は歩く以外に、取れる手段がありません。どこかに洞窟などがあれば良いのですが」
吹雪をやり過ごすための洞窟を探そうにも、この視界では、その洞窟を探すのも一苦労だ。
そして、嫌な事は重なる。私達がいる場所から、少し上の方で雪崩が発生したのだ。シルヴィアさんは、その音を敏感に察知して、険しい表情で上を睨んでいた。
「これは……避けられませんね」
「月読で、一気に駆け下りますか!?」
「いえ、もう遅いです」
シルヴィアさんはそう言うと、私の腕を引っ張って、自分に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてきた。その直後、私とシルヴィアさんは、雪崩に巻き込まれてしまう。
視界が真っ白に染まり、そのまま流されているのを感じた。ものすごい勢いで飲まれていったにも関わらず、シルヴィアさんは私の事を決して放さなかった。
流されていた身体が止まったところで、雪から抜け出そうとするが、うまく身動きが取れない。
(まずい……雪だと思って、少し油断してた! このままじゃ、シルヴィアさんが死んじゃうかも……!)
そう考えた私は、何とかシルヴィアさんに影響がないように出る方法はないものかと、自分に出来る事を探す。だが、シルヴィアさんに影響がないように脱出する手段は、私は持ち合わせていない。爆発物精製を使って、爆風に乗る方法もあるが、シルヴィアさんが気絶している可能性などを考えると、安全性に欠ける。
だけど、これをしないと、シルヴィアさんが死ぬかもしれない。私は、賭けに出て、爆風で打ち上がろうと決意した瞬間、周囲の雪が吹き飛んだ。
「へ……?」
どうやら、雪を吹き飛ばしたのは、シルヴィアさんのようだ。ただ、どうやって吹き飛ばしたのかが、全く分からない。
シルヴィアさんは、私を心配そうに見ていた。
「ルナ、大丈夫ですか?」
「は、はい」
「まだ、吹雪は続いていますね。とにかく下山していきましょう。ルナには悪いですが、安全のために、このまま抱えて移動します」
「分かりました」
シルヴィアさんは、腰のポーチから取り出したゴーグルを自分に付けようとする。片手ではやりにくそうなので、私が代わりに付けてあげる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
私も同じようにゴーグルを付ける。これで視界良好になるわけではないが、手で目を覆わなくても済むようにはなる。シルヴィアさんは、慎重に歩みを進めていく。私は、歩かなくてもよくなった私は、シルヴィアさんの代わりに周囲を隈無く見ていく。その役割分担のおかげか、私はあるものを見つけた。
「シルヴィアさん! あっちに洞窟らしきものが、微かに見えます!」
「分かりました。お手柄ですね」
「ふふん!」
シルヴィアさんに褒められたので、ちょっと得意げになってしまった。そんな私を微笑ましく見ながら、シルヴィアさんは、私が指さした方向に向かっていった。すると、私が言った通り、洞窟に辿り着くことが出来た。
「吹雪が止むまで、この洞窟でやり過ごしましょう。すぐに焚き火の用意をします」
「焚き火ですか? でも、木は……」
ここに来るまで、何本か木はあったけど、その枝を取ってはいない。だから、薪になるものがないと思ったのだ。
「こんなこともあろうかと、念のため、簡単な焚き火が出来るくらいの薪は持ってきています」
シルヴィアさんはそう言って、リュックから薪を取り出した。
「すごい。用意周到ですね」
シルヴィアさんの用意周到っぷりに、ちょっと驚いた。まさか、ここまで想定していたとは思わなかったからだ。
そんな中でも、シルヴィアさんは、テキパキと焚き火を熾していく。焚き火は、火と同時に白い煙を上げているので、必然的に洞窟の入口に陣取る事になった。寒さと暖かさが入り混じっている感じだ。それでも、火の近くにいるから、暖かさの方が勝っている。
「ルナ、こっちに来て下さい」
「え? はい」
焚き火に手をかざしていた私は、シルヴィアさん言われて、シルヴィアさんの近くに移動する。
「服を脱いで下さい」
「え!?」
驚いている私をよそに、シルヴィアさんは、私の服を剥ぎ取っていく。最終的に、私は下着姿になってしまった。シルヴィアさんは、剥ぎ取った服を、いつの間にか用意していた洗濯物を干すロープに掛けていった。同様にシルヴィアさんも下着姿になって、服を干していく。
吹雪でびしょびしょになっていたから、風邪を引く前に乾かすって事みたい。私は、風邪を引くのか疑問だけど。
「ルナは、毛布か何かを持っていますか?」
「毛布ですか? えっと……ないです」
「では、これを使いましょう」
シルヴィアさんはそう言って、リュックから毛布を取り出した。シルヴィアさんのリュックの中身は、全部こういうときの事を想定したものだったみたい。
私は、シルヴィアさんの前に座る。シルヴィアさんは、私を後ろから抱きしめて、二人で毛布に包まれる。これなら、二人の体温でも温められるので、凍死する可能性も、ちょっとは低く出来るかもしれない。
外は、まだ猛吹雪のままだ。
「吹雪、止みませんね」
「そうですね。こればかりは、私でもどうしようもありませんので、自然と止むのを待つしか出来ません」
「止まなかったら、ここにずっといるしかないですよね」
「もしそうなるのであれば、ルナは、自身の世界に戻って良いですよ。そうすれば、寒さとは無縁になります」
シルヴィアさんは、私の頭を撫でながらそう言った。私を想って言ってくれた事だ。でも、私は、ちょっとむっとしてしまう。
「こんなところで、シルヴィアさんを一人になんて出来ません! もし、寒さで亡くなってしまったらどうするんですか!? シルヴィアさんが強いのは、身をもって知っていますけど、それでも心配にはなります。ずっと一緒にはいられないのは、覚悟していますが、それでも、こんな形での死別は怖いです」
私は、自分の胸の内をさらけ出して、シルヴィアさんに寄りかかる。もっとシルヴィアさんの近くにいたい。そう思ったからだ。そして、この考えが出て来たのは、多分、カエデの事があったからだ。
そんな私の考えを読み取ったのか、シルヴィアさんは、私を抱きしめる力を強くする。
「私は、そう簡単に死にませんよ。さっきの雪崩の時もそうだったでしょう。私の身体は、頑丈に出来ています。大抵の困難は、突破出来ます。だから、ご安心下さい。あなたの知らないところで、一人死ぬような事など絶対に致しませんから」
シルヴィアさんは、私を安心させるように、優しい声でそう言った。その言葉に、少し安心したのは本当だ。だけど、多少の不安は残っている。
それが表情に出てしまっていたのか、シルヴィアさんは、私の額にキスをしてくれた。
「大事なルナを残して、死にはしません。初めて家族とは別の愛を教えてくれた大切な恋人ですから」
シルヴィアさんは、優しく微笑みながらそう言うと、私にキスをした。それは、いつもよりも深いキスだった。
「!?」
その事に少し驚いたが、私は、一切抵抗せずに受け入れる。身体が、焚き火とは別の理由で熱くなっていくのを感じる。シルヴィアさんは、そんな私を慈しむように撫でながら、キスを続ける。
正直、これで不安が消え去ったかと訊かれたら、いいえと答えるだろう。やっぱり、不安は残る。心配しないという方が、無理があるのだ。それでも、私は、シルヴィアさんを信じようと決めた。
こうして、私に愛をくれているシルヴィアさんを、信じないという選択肢はなかったのだ。
この猛吹雪のおかげで、私達の距離は、さらに縮まることになった。私達の間にある後一枚の薄い壁を越えるのは、私が成人した後になるだろうか。
私達が洞窟に避難してから三時間程で、ようやく吹雪が止んだ。現実で三時間も娯楽のない洞窟にいたら、退屈な時間になるけど、シルヴィアさんとイチャイチャしていたからか、そこまで時間を感じることはなかった。
「服もある程度乾いて良かったですね」
「そうですね。さて、これからスノーフィリアへと戻らないといけないわけですが」
「ここがどこなのかが問題ですよね。地図と地形を照らし合わそうにも、猛吹雪のせいで、地形すら分からなくなっていますし……方向がまちがっていても、まずは下山ですかね?」
「はい。それしかないでしょう。先程まで以上に、雪が深くなっていますので、慎重に歩いて下さい」
「分かりました」
私達は、見覚えの無い道を進んで下山していく。その下山の途中で、私達は衝撃的なものを発見した。それは、完全に滅んだ街だった。山の一部が切り抜かれ、周囲を崖に囲まれている。
私は、急いで地図を取り出す。
「……どこにも記載がありません。発見されていない街という事ですか?」
「この規模の街で、地図にないとなると、これまで表には出て来ていなかったと考えられます。何かしらが原因で、表に出て来たのではないでしょうか?」
「周囲を崖に囲まれていますけど、街は斜面上に建てられていますね。となると、山の中に埋められていたって事ですかね?何で埋まっていたのかも分からないですけど……」
「……私の記憶では、近くに滅んだ街があるなどということは聞いたことがありません」
「これは、シャルに報告しないとですね」
「はい。地形が変わっていますので、地図で分かるか分かりませんが、ある程度の場所は突き止めましょう」
私達は、周囲の地形と地図を参照して、何とか場所を特定した。正直、崩れた地形から場所の当たりを付けるのは、かなり厳しかった。シルヴィアさんがいなかったら、こんなに上手くはいかなかっただろう。
街自体の調査は、また今度だ。吹雪のせいで、そんな時間も残されていないしね。
街の場所を調べる過程で、自分達の現在地も判明したので、まっすぐスノーフィリアまで帰る事が出来た。
そして、この事をシャルに報告する。
「滅びた街が、ここに……」
私達の報告を受けると、シャルは、思案顔になった。
「取りあえず、私の方でも、この話に詳しそうな人に訊いてみる。二人は、もう一度ここに行って、何かないか探してきてくれる?」
「分かった」
「かしこまりました」
これで明日の予定が決まった。あの滅びた街を、徹底的に調査する。これで、何か分かれば良いんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます