第168話 墓場の地下

 次の土曜日。ソル達は、ホラータウンの墓場に来ていた。


「えっと、ここに地下への階段があるんだよね?」

「そうにゃ。こっちの方にあるお墓をずらすと見えてくるにゃ」

「お墓ずらすって、やっていい事なの?」


 シエルは、少し顔を引きつらせながらそう言った。普通は、他人の墓をずらすなどと言う行為は、非常識に分類される行為だ。シエルが、そうなるのも無理はなかった。


「お墓の一つだけ、不自然に風の音がしていたのにゃ。だから、お墓がずれているんじゃないかと思って、少し押したら、階段が出て来たのにゃ」

「風の音がするのでしたら、ここからどこかへと続いているということでしょうか?」

「色々調べたけど、ここら辺の情報は、どこにも載っていなかったんだよね。だから、どこかの街に繋がるとかはないと思う。黙っているのが、何かしらのメリットに繋がるって事かな?」

「情報を独占したら得られるメリットって事だよね。何かアイテムを得られるとかかな?」

「だろうね。まぁ、中に入れば分かるよ。ソル、いつも通りの分担で良い?」


 シエルが、ソルに確認を取る。


「うん。敵がいるとしたら、幽霊系だろうし、メレちゃんの聖歌が刺さると思う。シエルちゃんは、また暇になっちゃうけど……」

「気にしないで良いよ。敵が敵だし、私に出来る事をやるよ」

「うん。お願いね。じゃあ、行こう。メレちゃんは、敵が出てから聖歌を歌って。街の人達に影響するといけないから」

「そうですね」


 聖歌の効果範囲に、街の住人がいた場合、下手すると成仏させてしまう可能性がある。敵と認識されなければ大丈夫だとは思われるが、念には念を入れているのだ。

 ネロに案内されて向かった先は、少し大きめの墓だった。ネロは、迷わずその墓を押す。すると、その下に階段が見えてきた。


「本当に階段ですね。それに、結構深そうです」


 メレがそう言った通り、階段は、かなり深くまで続いていた。幅的には、二人横並びで降りて行けそうな感じだった。


「取りあえず、一列で降りていこう。ネロちゃん、先頭をお願い出来る?」

「分かったにゃ」


 ネロが持つ感知能力で、いち早く異常を察知するために、先頭はネロが務める事になった。そして、後ろからの襲撃に対応するために、幽霊、実体どちらでも対応出来るソルが最後尾に付く事になった。

 そうして、全員が階段を降り始めると、重い物が動く音と共に、入口であった墓がひとりでに動き出した。


「え!? 嘘!?」


 ソルは、入口に飛びつくが、その前に完全に塞がってしまった。


「戻る事は出来ないって事かな。灯りを出しておくね」


 ミザリーはそう言うと、光の球を生み出して、周囲を照らした。一応暗視で見えているが、ミザリーの灯りがあるかないかでは、大違いだ。ソル達は、足元に注意しながら階段を降りて行った。

 そして、階段が終わると、全員が辟易という表情になった。


「また迷路にゃ~……?」

「はぁ……また地図を作るね」

「うん。お願い。気が滅入るけど、また地道に探索していこう」


 ソル達は、再び現れた迷路を歩いていく。今回も、遺跡の迷路と同じく左から潰していくようにしていく。遺跡の迷路よりも単純な造りのようで、分かれ道は少なかった。


「あっちよりは、かなりマシだけど、やっぱり行き止まりはあるか。こっちも、向こうと同じで隠し通路になっているとかはないよね?」


 シエルは、うんざりとしながらネロを見る。隠し通路なら、風の通り方で、ネロに感知する事が出来るからだ。


「特に向こうがある感じはしないにゃ。普通に行き止まりにゃ」

「それじゃあ、一つ前の分かれ道に戻ろう。ミザリーちゃん、分かれ道は、後どれくらいある?」

「現状、分かっているだけで、二つだけかな」

「しらみつぶしにやっても、時間に余裕はありそうですね」


 全員が思っていたよりも、早く迷路を攻略出来る可能性が出て来た。それだけで、全員の心が楽になっていた。それだけ、遺跡の迷路でストレスを感じていたということだ。

 そうして、別の分かれ道を進んで行くと、大きな扉が見え始めた。そして、その前には、数十人のプレイヤーが立っていた。


「結構プレイヤーがいるね。隠された場所っぽかったけど、意外と情報が出回っていたのかな?」

「プレイヤー間での情報交換をしていたのかもしれませんね。でも、この行列は何でしょう?」


 全員は、メレと同じ疑問を持っていた。


「あっ、シエルちゃん。あそこ見て」

「ん? あれ、ジークとエラだ。ちょっと情報を貰おうか」


 面識のあるソルとシエルが先頭になって、ジークとエラに近づいていく。すると、向こうもこちらに気が付いた。


「ソルとシエルじゃない。あなた達も、情報を掴んだの?」

「?」

「何のこと?」


 エラの言葉に、ソルとシエルは首を傾げる事になった。


「その様子だと、何も知らずに、ここまで来たみたいね。ここには、第三回イベントのモンスターがいるの。まだ穴場でね。情報は出回っていないのよ」

「俺達も、知り合いから話を聞いて、ここに来たんだ」


 つまり、ここにいるプレイヤーは、イベント参加者ということだ。


(二人の話通りなら、ここは古代兵器に関係ない場所って事かな。なら、少し気楽かも。それに、ここの情報が出回っていないのも分かった。イベントの情報なら、)


 ソルは、この場が古代兵器とは無関係の場所だと判断した。それは、シエル達も同じだ。


「どうする、皆? このままイベントのモンスターを倒していく?」

「いいんじゃない。せっかくのイベントだし」

「そうですね。経験しておくのも悪くないと思います」

「どんなイベントなのか、ちょっと気になるにゃ」

「今月中にルナさんと合流出来るのなら、イベントを進める可能性もあるから、敵の強さを確かめておくのも良いかもしれないね」


 全員が同じ意見だったので、ソル達はイベントモンスターを倒す事に決めた。この行列は、モンスターに挑む順番待ちなので、ソル達も最後尾に並ぶ。元々の最後尾は、ジーク達だったので、ソルは、ここのモンスターの情報を訊いていた。


「ここのモンスターは、ファントム・リーパーっていう鎌を持った死神の幽霊よ。私達が持っている情報もこれくらいのものね」

「ただ、そこら辺のボスモンスターよりは手応えがあるらしい。その人数なら、問題無く戦えるだろうが、気を付けろ」

「分かった。情報ありがとう。それと、そっちも気を付けてね」

「ありがとう。そういえば、ルナは一緒じゃないの?」


 エラは、ソル達が揃っているのに、ルナだけ姿がないことを不思議に思っていた。


「うん。今は、別行動だよ」

「ふ~ん。どこに行くにも一緒だと思っていたけど、そんな事なかったのね。あ、扉が開いたわね。じゃあ、お先に」


 ソル達の前に、順番が来たジーク達が扉の中に入っていく。残っているのは、ソル達だけだ。そして、程なくして、ソル達の順番がやってくる。扉が開くと、中にジーク達の姿は無かった。


「私達の番か。ジーク達がいないのを見ると、倒したら転移するって感じか。ソル、どういう編成で戦う?」

「いつも通り。私とネロちゃんが前衛。ミザリーちゃんは、魔法での攻撃をしつつ、回復役も担って。比率は回復重視。メレちゃんは、聖歌を歌って。シエルちゃんは、メレちゃんの護衛をお願い」


 ソルの指示に、皆が頷く。全員の準備が整ったところで、部屋の中に入っていく。部屋の中は、半径二十メートル程の円形になっていた。天井までの高さも同様の高さがある。


「広い。聖歌の効果範囲外に出ちゃいそうだね」

「取りあえず、あまり離れないようにするにゃ」


 ネロがそう言った直後、部屋の中央に黒い靄が集まっていき、段々とその姿を形成していく。それは、エラ達が教えてくれた通り、その姿は大きな鎌を持った死神だった。一瞬、実体があるように見えるが、若干透けているので、幽霊である事は間違いない。

 ソル達は、誰も何も言わずに、打ち合わせ通りに動いた。

 ソルは、アーニャから貰った幽霊にダメージを負わせられる小太刀を抜き、ネロは、光の爪を生やした。そして、メレが聖歌を歌い始めるのと同時に、ファントム・リーパーに突っ込んでいく。

 その間に、シエルはメレの護衛として、メリーを起こす。ミザリーは、ソルとネロの動きを見ながら、どのようにでも動けるように待機していた。

 すぐに魔法を使わないのは、射線上に二人が来る可能性を考えての事だ。

 メレの聖歌が、その範囲を伸ばしてファントム・リーパーを捉える。ファントム・リーパーは、少し苦しむが、他の幽霊のように成仏することはなかった。


「さすがにボス相手じゃ、聖歌も継続ダメージ程度にしかならないみたいにゃ……」

「でも、弱っているのなら、こっちにも勝機はあるはずだよ!」

「にゃ!」


 素早さが突出しているネロが、一番に接近する。


「『タイガー・クロー』」


 黄色く瞬いたネロの爪が、ファントム・リーパーに襲い掛かる。ファントム・リーパーは、即座にその攻撃に反応して、鎌の柄で受け止める。鎌の柄に四本の傷が付くが、ファントム・リーパー自体にダメージを与える事は出来なかった。

 そこにソルが飛び込み、小太刀で斬り掛かる。ファントム・リーパーは、それすらも鎌の柄で受け止める。両断は出来なかったが、深い傷を刻むことは出来た。


「弱っていても、私とネロちゃんの動きに反応している。少し厄介かも」

「でも、焦炎童子程じゃないにゃ」

「うん。そうだね。私とネロちゃんで、隙を作ろう」

「にゃ」


 ソルとネロは、ファントム・リーパーの周囲を回りながら、ファントム・リーパーを攻撃し続ける。その全てを鎌の柄で防がれてしまうが、ファントム・リーパーの意識は、ソルとネロに集中する。


「『万物を貫く清浄なる光』!」


 ミザリーは、白く輝く光線を、ファントム・リーパーに向かって放つ。ファントム・リーパーは、瞬時に反応して、鎌の刃で光を受け止める。


「どんな反射神経しているの……? でも、こっちに意識を逸らすことは出来た」


 ミザリーの目的は、ファントム・リーパーに攻撃を命中させてダメージを与える事だけでは無い。ファントム・リーパーの意識をこちらに向ける事にもあったのだ。

 ミザリー達後衛の視線の先で、ファントム・リーパーの身体がぐらりと傾いた。ソルとネロが左右から、その身体を斬り裂いたのだ。


「浅い……!」

「この状態でも、まだ硬いにゃ……」


 聖歌による弱体化を受けていても、ファントム・リーパーは強い。だが、ソル達の顔に焦りは一切ない。これでも焦炎童子の時の方が強かったからだ。


「ちょっと舐めていたけど、ここからは本気で行くよ!」

「にゃ! 一気に片を付けるにゃ!」


 二人は、ファントム・リーパーの左右を挟むように飛び出す。それを見たミザリーは、瞬時に、二人の思考を読む。


「『戒めの光よ』『輝く杭の抑圧』!!」


 光の鎖と光の杭が、ファントム・リーパーを拘束していく。ファントム・リーパーは、自身に掛けられた拘束を解こうと藻掻く。

 だが、拘束が解かれる前に、ミザリーが鎖と杭を重ね掛けする事で、拘束され続けていた。メレの聖歌により、魔力が回復し続けるために出来る事だ。


「『鳴神』!」

「『白虎』!」


 ソルとネロの姿が変わる。それぞれ本気の姿になり、ファントム・リーパーへと接近した。先に攻撃したのは、雷に姿を変えたソルだった。


「『鳴神・一閃』!」


 姿を現したソルは、雷となった鳴神を振う。ほぼ魔法と変わりない鳴神は、ファントム・リーパーの身体を斬り裂いていく。


「ダメ押しにゃ! 『白虎双爪』!!」


 白い斬撃のようなものが、ファントム・リーパーの身体を走っていく。二人の攻撃で、ファントム・リーパーの身体は、ボロボロの状態になった。ソル達は、ファントム・リーパーが、いつ動き出しても良いように構えていたが、その姿が完全に消え失せていくのを見て、構えを解いた。同時に、鳴神と白虎も解く。


「ふぅ。取りあえず、これで終わりだね。報酬は何なんだろう?」

「えっと、これね。死神の眼」


 シエルがアイテム欄から、報酬を取り出して、皆に見せる。それは、赤い光を放つ球体だった。


「これが死神の眼……こんな眼だったっけ?」


 先程戦った死神は、ほとんど顔が見えなかったため、このような眼をしていたか定かではないのだ。


「効果は、一度だけ即死攻撃を二分の一の確立で防ぐ……か。何というか、微妙な効果かな」

「消費アイテムなんだね。これって、即死攻撃を食らったら、勝手に使用されるのかな?」

「そうだと思うにゃ。それも二分の一で、どっちになっても消費される類いだと思うにゃ」

「本当に使い勝手が悪いね。でも、これって、これから即死攻撃を使うモンスターとかが出て来るって事を暗示しているんじゃない?」


 ミザリーの考えに、ソル達は、少し納得した。このイベント内容が、今後のアップデートを示唆している可能性もある。つまり、このアイテムがメタになる敵が出て来るかもしれないのだ。


「まぁ、そこまで考え込まなくても大丈夫そうだね」


 そんな事を話していると、ソル達の視界が白く染まった。身体を光に覆われたのだ。次に視界が晴れると、ソル達はホラータウンの噴水広場にいた。

 そして、戻ってきたソル達の元に、エラ達が近づいて来た。


「お疲れ。無事に倒してきたようだな」

「魔法を使える子が増えたみたいね。前まで、物理特化だったのに」

「まぁ、パーティーメンバーも増えたからね」


 エラ達は、前に戦った時のソル達から、もう少し苦戦すると思っていたようだ。実際は、魔法が使えるミザリーが増えただけでなく、実体だろうと幽霊だろうと、大ダメージを与えられるソルとネロが揃っている事が大きい。


「そうだ。エラちゃん達は、イベントを積極的にやってる?」

「やってるけど、それがどうかした?」

「ちょっと訊きたいんだけど、今回のイベントで貰えるアイテムって、ここと同じで微妙な効果を持ったものなの?」


 ソルが訊きたかったのは、イベントの報酬で貰えるアイテムについてだった。ソルは、今回のイベントの報酬は、当たり外れがあるのではないかと考えていたのだ。


「そうだな。そこそこ有用なアイテムも無くはないが、基本的に使い捨てで、扱いづらいものが多い。使いこなせれば、強いだろうが、無くてもあまり困らないアイテムばかりだな」

「恐らくだけど、イベントの参加有無で、プレイヤー間に差がつきすぎないように調整されているんじゃないかしら」

「そうなんだ」


 エラの言葉に、ソルは少しだけホッとした。古代兵器関連のことで、イベントへの参加を断念していたので、もし仮に、超有用アイテムなどがあったら嫌だなと考えていたのだ。

 イベント関係の事は、これで大丈夫だと判断したソルは、エラ達に別の事を訊く。それは、古代兵器に関わる事だ。


「話は変わるんだけど、二人は、ここに来るまでに、何かおかしな場所とかはなかった? もしくは、おかしな事が起こっている場所とか」

「そうだな。地割れが起きている草原とかか?」

「ああ……」


 それだけで、ソルとシエル、メレは、アルカディアの事だと分かってしまった。地割れが起きている草原など、そう何カ所もあってたまるかという思いだった。


「そこもおかしかったけど、もっとおかしい場所もあったかな。ここから南西に行ったところに、常夜の中で、唯一光が差す場所があるの。その特異さから、太陽柱って呼ばれている場所ね。それだけでもおかしな場所なんだけど、そこの一番明るい場所に行くと、別の場所に転移させられるんだ」

「転移?」


 話が思いもしない方向にいったので、ソルは、少しだけ驚いていた。


「そう。常夜とは、全く正反対の明るい場所なんだ。そして、そこには、大きな神殿みたいな建物があるんだけど、特に何も宝物はなかったかな。中の敵は、狼と鷲だった。おかしな場所って言ったら、そのくらいかな」

「なるほど……教えてくれて、ありがとう。ちょっと気になるから、そこに行ってみようと思うよ」

「特に強い敵はいなかったけど、気を付けて。私達は、今度ジパングに行ってみようと思うんだ」

「そうなんだ。向こうのエリアボスに、ちょっと厄介なのがいるから気を付けて行った方が良いよ。異常なまでの大きさの骸骨で、戦いにくいから」


 ソルは、貰った情報のお礼に、ジパングの情報を少しだけ教えた。あまりネタバレしすぎるのも悪いかと思って、深く話せなかったのだ。


「それは、倒しがいがあるな」

「本当に、戦闘狂なんだから。じゃあ、私達は行くね。また、どこかで会おう」

「うん。またね」


 ソル達は、エラ達と別れて、噴水広場のベンチに集まっていた。


「明日は、太陽柱に行くって事で良いよね?」


 ソルは、皆に確認を取っていた。さっきは、気になるから行ってみると言ったが、全員に確認が取っていたわけじゃないので、改めて確認しているのだ。


「まぁ、そこくらいしか行くところもないしね」

「私も良いと思います」

「ちょっと楽しみにゃ」

「幻想的な感じの場所かもね。私も行ってみたい」


 全員、問題無いという答えだった。ソルと同じで、古代兵器が関わっているのではないかと考えたからだ。

 こうして、ソル達は、新たな手掛かりである太陽柱を目指す事になった。

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