第166話 手掛かりと落胆

 次の土曜日。ソル達は、予定通りに遺跡の迷路探索をしていた。だが、やはり複雑すぎて、状況は好転していなかった。


「はぁ……この迷路のゴールは、どこにあるの……?」


 シエルは、溜息をつきながら、うんざりという風にそう言った。シエルがこう言うのも無理は無い。ここまで行った十数本に及ぶ道が、全て行き止まりだったのだから。


「不自然なまでに行き止まりが多いのにゃ」

「ね。ここが、何かしらの施設だったとして、ここまで行き止まりを作る意味があるのかな?」


 ネロとミザリーも、この行き止まりの多さに違和感を抱いていた。


「よっぽど重要なものがあるんじゃない? それこそ、古代兵器の入口とか。もしそうなったら、ルナちゃんの代わりに、誰かが古代言語を習わないといけなくなるかもね」

「確かに、言語を理解していないと、何も出来ないだろうしね。実際、私達は、お墓の文字も読めていないわけだし」

「ここが古代兵器でない事を祈るにゃ」


 ネロがそう言った直後、また行き止まりに着いた。


「記念すべき二十個目の行き止まりだね」


 ミザリーは、地図に記しながらそう言った。


「はぁ……引き返そうか」


 これには、ソルも疲れた表情になる。そして、引き返そうと後ろを振り返るが、ネロだけは、立ち止まったまま動かなかった。


「ネロちゃん?」


 それを疑問に思ったソルが、ネロに近づく。ネロは、周囲をキョロキョロと見回し、耳を動かし続けている。


「何か、ここだけ違和感があるにゃ」

「行き止まりに違和感って事? でも、見た感じ、何も変わらない壁だよ?」


 ソルが言ったとおり、ここの壁は、今までの行き止まりと変わりないようにしか見えない。ネロ以外の全員が同じ考えだった。


「風が流れている感じがするにゃ。多分、この行き止まりに隙間でもあるのかもしれないにゃ」

「ちょっと調べてみよう。ネロの感知能力なら、信用出来る」


 シエルはそう言って、行き止まりの壁に移動する。そして、壁に手のひらを突こうとした瞬間、壁をすり抜けてその向こうに消えていた。


「きゃあっ!?」


 あると思っていた壁が無かったため、シエルは可愛らしい悲鳴を上げてしまった。


「シエルちゃん!?」


 その後を、ソル達も続いて行く。すると、見える景色が変わった。今までの石造りが、機械に変わっていたのだ。


「シエルちゃん! 大丈夫!?」


 ソルは、その光景に驚きながらも、シエルに駆け寄って手を差し伸べる。


「うん。ちょっとびっくりした。まさか、壁がないとは思わなかった」

「私も。今までも何度か壁を触っていたけど、ちゃんとあったもんね」


 シエルを起こしたソルは、周囲を見回す。


「これって、やっぱり古代兵器だよね?」

「そうですね。アルカディアに似ている感じがします」

「確かに。機械の感じは、アルカディアって感じかも」


 古代兵器に移ったので、一度聖歌を止めたメレとシエルは、この雰囲気からアルカディアを思い出していた。


「取りあえず、先に向かってみよう。メレちゃん、一応聖歌を歌っていてくれる?」

「分かりました」


 メレは、ソルの指示通りに聖歌を歌い始める。


「ネロちゃんは、私と先頭を行こう。シエルちゃんは、メレちゃんの護衛。ミザリーちゃんは地図作りを続けて」

『了解』


 ソルとネロが先頭に立ち、先へと進む。分かれ道もなく、一本道になっていた。そして、その道を抜けると、遺跡にあったのと全く同じドーム状のホールがあった。それだけじゃない。そこに配置されたものも全く同じだった。


「……どうなっているの?」

「祭壇に、お墓。そして壁画。全部、遺跡にあったものと一緒だよ。全員で、あの時と同じように別れて調べよう。同じ場所をね」


 ソルは、そう言って祭壇へと向かった。他の全員も自分達が調べた場所へと向かう。


「さてと、向こうとの違いは……お皿とかがない事かな」


 向こうとの違いは、祭壇以外に何も無いことだった。向こうには、お供えをしたようなものが置いてあったが、それがないのだ。


「まぁ、こっちには、人もこないだろうし、当たり前か。皆はどうだろう?」


 ソルがそう口にすると同時に、皆が戻ってきた。


「私のところは、あまり変わってなかった」

「私も同じでした」

「私もにゃ」

「私も同じだよ」


 結果、このホールは、前にあったホールと同じだということが分かった。


「壁画も全く一緒だね。じゃあ、この古代兵器は、対幽霊特化の古代兵器って事かな?」

「壁画だけで言えばね。でも、幽霊の住人がいるホラータウンの近くに、そんなもの作る?」


 シエルの意見に、全員が考え込む。シエルの言うとおり、幽霊の住人がいるホラータウンの近くで、幽霊を退治することに特化した古代兵器を作るなど、自滅に等しい。ソル達は、そう考えたのだ。


「もしかしたら、ホラータウンを壊滅させるために作られたのかもしれませんね。そう考えると、納得がいきます」


 メレの言葉に、ソル達は、顔を強張らせた。


「そこまでして、ホラータウンを壊滅させる理由があるって事?」

「分かりません。それ以外に考えられるのは、これを用意しないといけない程、強力なモンスターがいるという事です」

「どのみち、ホラータウンに影響を及ぼすかもしれないものにゃ。放っておいても大丈夫にゃ?」


 ネロの疑問に、ソル達は顔を見合わせる。


「ここは操作室じゃないし、厳密には祭壇ですらないから、起動はしないんじゃないかな。もしかしたら、別の場所に操作室があるのかもしれないよ」

「ソルさんの言う事は最もだね。また、迷路を歩いて、他の場所に通じないか確かめた方が良いかもしれないね」


 ミザリーの言葉に、全員嫌な顔をした。また、あの迷路を行かないといけないのかと思ったのだ。


「それは後日にしよう。今日は、もう少し徹底的に、ここを探って、本当に何も変わりないかを確かめた方がいいと思う」

「そうだね。シエルちゃんの案に賛成。今日は徹底して、ここを探ろう。そして、明日は、迷路を攻略していく」


 ソルが纏めると、皆は頷いて、このホールを探っていった。結果、本当に何も無いという事が判明した。ここには、本当に人が来ていないという証拠だった。

 調査を終えたソル達は、ホールから離れてログアウトした。


────────────────────────


 土曜日になるまでの一週間で、私はメアリーさんから氷海言語を学んだ。寒い地方に伝わる古代言語なので、雪に関する古代兵器ならこれが使われているのではないかと、メアリーさんが判断したのだ。

 そして、土曜日になると、私は、スノーフィリアにあるシャルの執務室に来ていた。


「それで、シャル。この一週間で何かしらの変化はあった?」

「ううん。特に変化無し。降雪量の変化もないよ。目に見える範囲ではね。元々長期間での変化だったから、一週間程度だとそんな変化はないみたい。だから、今すぐにどうこうっていう事は無いよ」


 シャルの言葉に、ちょっと安堵した。もしかしたら、あそこに行った事で、何かしらの変化があるのではないかと思ったからだ。


「それじゃあ、調査に行って来るね。もしかしたら、止められるかもしれないし」

「うん。期待して待ってる。頑張って」


 私は、シャルに手を振って、シルヴィアさんの部屋へと向かった。扉をノックすると、すぐにシルヴィアさんが出て来た。


「こんにちは、ルナ。準備はよろしいのですか?」

「はい。私は、大丈夫ですよ。きちんと氷海言語を学びましたので、ちゃんと読めると思います」

「では、参りましょう」


 私とシルヴィアさんは、ニヴルヘイムへと向かった。地図にきちんと記しておいたから、迷わずにまっすぐ向かう事が出来た。この前よりも大幅に時間を短縮出来たので、ニズルヘイムを探索する時間もあるだろう。

 相変わらず狭い入口を抜けて、私達は操作室へと入っていく。


「さてと、ちゃんと止められると良いんですけど」


 私は、キーボードを操作して、ディスプレイに映る文字を追っていく。


「ちゃんと読める……よし!」


 出て来たのは、メアリーさんの予想通り、氷海言語だった。書いてあるのは、『ニヴルヘイム稼働中』と書かれている。


「えっと……取りあえず、ここを操作して……やった! 反応した!」


 ディスプレイは、メニュー画面に移った。残りの操作もキーボードでできそうだ。


「えっと……」


 私は集中して、操作を進めていく。シルヴィアさんは黙って、私の事を見守ってくれていた。手探りの操作だったけど、ニヴルヘイムの操作画面に移行する事が出来た。


「これで、良し!」


 最後の操作をすると、別のウィンドウで『認証が必要』と出て来た。


「認証……私の持っているものじゃだめかな……」


 私は、ディスプレイに自分の手を付ける。しかし、認証不可の文字が出て来てしまった。


「駄目です。私が持っているアルカディアの権限は使えないみたいです。これじゃあ、停止は出来ないです」

「権限を得る方法はありますか?」

「えっと、調べてみます」


 私は、再びキーボードを操作して、権限を得る方法を探す。


「駄目ですね。その方法は、ここに載っていません。ニヴルヘイムは、アルカディアやジパングを作った組織とは別の組織のものなのかと。向こうでは、アルカディアの権限が使えましたので」

「なるほど。では、出力を調整する事は、どうでしょう?」

「出力の調整ですね。やってみます」


 私は、さっきの停止させるか否かの画面まで戻り、出力調整が出来る画面を探していく。


「ありました!」

「現状は、どのくらいの出力になっていますか?」

「えっと……『出力低』と書かれています。見た感じ、これが一番下だと思います」

「では、これ以下には出来ないという事ですね?」

「はい。資料室を探しましょう。もしかしたら、そこに権限を取る方法が書かれているかもしれません」

「そうですね。まずは、手掛かりを探しましょう」


 私達は、操作室を離れて、ニヴルヘイムの中を探索していく。取りあえず、じっくりと探索を進めていくのではなく、駆け足で資料室探しをする。私達は、二人ともスピード型なので、高速で探索を進めていくことが出来た。とは言っても、アルカディア並に広い場所なので、全部を見て回ることは出来ない。


「ここも手掛かり無しですね」

「そうですね。部屋の中にも、何もありませんでしたし、資料室もありません。全く手掛かりが残っていないというのも珍しい気がします」

「後は、どのくらい未探索の場所がありますか?」

「えっと、これまでの探索結果から見てみるに、半分くらいだと思います」


 私は、シルヴィアさんにこれまで書いてきた地図を見せながら、そう予想した。ここまで行き着いた行き止まりまでの道のりから、大体の広さが予測出来る。そこから、半分くらいだなと結論を出したのだ。


「では、残りは明日にしましょう。今日は、一旦引き返します」

「え? まだ時間は大丈夫ですよ? それに、シルヴィアさんが良かったら、夜中も探索出来ます」

「ルナの健康などのためにも、それは許可しません」

「えぇ……」

「夜中まで一緒にいる事なら、許してあげますので、それで我慢して下さい」

「は~い」


 結局夜の探索の許可は出なかったので、そのままスノーフィリアに戻る事になった。

 そして、一度現実に戻って夕飯を食べてから、シルヴィアさんの部屋を訪れた。恋人になって、夜中も一緒にいる事が出来るようになったとはいえ、私達は、キス以上の事はしていない。まだ、恥ずかしさとかもあるから、それ以上の事なんて出来ないのだった。

 今は、シルヴィアさんがベッドに腰掛けて、その膝の上で、横向きに私が乗っているという状況だ。シルヴィアさんのところで、談笑するときは、いつもこの形だ。


「それで向こうには、空を飛ぶ機械が沢山あるんです。それで、人々は世界中を移動しているんですよ」

「空を飛ぶ……こちらで、そんな事をすれば、モンスターに襲われてしまいますね。そちらには、モンスターがいないので、そういうのが作られたのですね」

「そうですね。確かに、空にモンスターがいなかったから、作れたのかもしれないですね。ただ、バードストライクとかを警戒しないといけないですけど」

「色々と大変なのですね」

「後は、これを戦争とかも使ったりもしていますね。まぁ、戦争自体、ここ何年も起こっていないですけどね」

「平和なようで何よりです」

「平和……まぁ、戦争がない事をそう言うのなら平和ですね」

「まぁ、内政は、色々とありますからね。それで、その機械は、どのくらい人を収容出来るのですか?」

「えーっと、大きさによりますけど、一人から何百人までありますよ」

「となると、大きいものは、かなりのものになりそうですね」


 こんな感じで、私とシルヴィアさんとの会話は、現実世界の事を話すことがほとんどだった。私の話を、しっかりと聞いてくれていて、色々な質問もしてくれる。だから、会話が途切れるという事は、滅多になかった。


「空のモンスターを殲滅出来れば、こちらでも使えそうですね。ルナは、その機械に詳しいのですか?」

「いえ、全く。私が知っているのは、普通の人も知っているようなことくらいです」

「そうですか。今までの話も合わせて考えると、ルナの世界は、誰でも情報を閲覧出来るのですね」

「こっちも図書館があるじゃないですか?」

「大事な情報や漏れて困るような情報は、全て王立図書館に入れられています。恐らく、ルナの世界よりも出回る情報は限られているものかと」

「なるほど。確かに、古代言語とかは、禁書庫にあったりしますもんね。おかげで、古代言語を理解している人は、少ないですし」

「古代言語の本には、読者を毒するものもあると言われていますので、仕方ないと言えば、仕方ないのですけどね」


 確かに、メアリーさんも同じような事を言っていた。禁書庫には、そういう危ない本があるから気を付けるようにと。


「私の世界には、そういうものはないですね。色々と規制されるようなものはありますけど」

「世界が違えば、本当に何もかもが違いますね。一度、そちらにも行ってみたいものです」

「どうにかして、見せられればいいんですけど、こっちから向こうへの干渉は出来ないですしね」


 さすがに、ゲーム世界から現実世界に働きかけるのは、無理がある。だから、シルヴィアさんの要望には応えられない。向こうの景色を取り込むことが出来れば良いんだけどね。


「そういう古代兵器があってもおかしくないですね」


 シルヴィアさんにそう言われて、少し呆けてしまった。そんなものを考えもしなかったからだ。確かに、何でもありの古代兵器なら、あり得なくはないのかな。


「それなら、空を飛ぶ古代兵器の方がありそうですけどね……何だか、本当にありそう……」

「その話は聞いたことがないので、あったとしても稼働はしていないですね。仮に、稼働したら、私達ではどうすることも出来なくなりますね」

「そういう古代兵器がない事を祈ります」

「ですね」


 そこまで話した後、私達は、互いに顔を見合わせた。目線が絡まり、自然と顔を近づけてキスをしていた。

 恋人になってから、会話とかはこれまで通りなのに、こういう部分だけ変わった。互いに好きという気持ちが溢れているからこその行為だ。まぁ、これでも色々と抑えてはいるけどね。

 そんな風に会話を続けて、日が変わる前に解散となった。

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