第165話 洞窟の先へ
洞窟まで来た私達は、入口から中に入っていった。洞窟の中は、見た目以上に狭かった。
「意外と狭いですね。シルヴィアさん、大丈夫ですか?」
私よりも、背が高いシルヴィアさんは、段々と中腰の体勢になっていた。一応、これ以上天井は下がらなさそうだけど、ずっと中腰の体勢は、かなりキツいと思う。
「私は鍛えているので、大丈夫です」
シルヴィアさんは、何でも無いようにそう答えた。本当に大丈夫みたいだ。それを確認した私は、どんどんと先へ進んで行く。一応、暗視の効果で、視界は確保されているので、すいすいと進んで行く事が出来ていた。
すると、少し行ったところで、通路が広がっていった。ようやく、シルヴィアさんも普通に立てるようになる。
「いきなり広がりましたね」
「そうですね。入口を狭く作っていた……いや、露出した入口が狭かっただけと考える方が自然でしょう」
「何で露出してきたのかは、謎ですけどね。ここまで見ても分かりませんか?」
「はい。十一年前まで、ここにこんな洞窟はありませんでした。確実に、積雪量が増えた事にも関係しているでしょう。ここからは、私が先頭を行きます」
「分かりました」
洞窟が狭いという事もあって、私が先頭で高さを確認しながら進んでいたけど、シルヴィアさんも普通に動けるようになったから、シルヴィアさんが先頭をいくらしい。まぁ、二人だから、先頭も何も無いんだけどね。
シルヴィアさんが前を歩いて、その後を追っていると、正面から氷の化物が現れた。高さ二メートル程の化物は、アイスゴーレムという名のモンスターだった。
アイスゴーレムは、まっすぐシルヴィアさんに向かって来る。最初に見つけたのが、シルヴィアさんだからだろう。
私は、すぐに黒闇天を引き抜こうとするが、それよりも早くシルヴィアさんが一刀両断していた。
「え……」
あまりの速さに、私でもシルヴィアさんの太刀筋が見えなかった。しかも、剣を抜いた瞬間も納める瞬間も見えなかった。
「意外と柔らかいですね。ただ、あのようなモンスターを、この周辺で見たことはありません」
「じゃあ、古代兵器の防衛機構の可能性もあるって事ですね」
「そうですね。ここが古代兵器だというのなら、その可能性もあるでしょう」
シルヴィアさんも見たことがないモンスターらしいので、防衛機構の可能性は高い。後は、こういう場所限定で自然発生するモンスターの可能性もあるにはある。あまり決めつけすぎないでおこう。
「さて、それらの事は、一旦置いておきましょう。ここは、敵の数が多いようですから」
シルヴィアさんがそう言った直後、そこら中からアイスゴーレムが湧き出てくる。一体、どこにそんな量の氷があるのだろうか。
「さすがに、先程の様に瞬殺とはいきそうにないですね。ルナ、援護を頼みます」
「分かりました!」
シルヴィアさんは、アイスゴーレムの群れへと突っ込む。アイスゴーレムは、そのシルヴィアさんに合わせて、拳を振り降してくる。しかし、直後に、加速したシルヴィアさんによって、その拳を斬り落とされ、更に身体の中心から縦に両断される。この間、一秒の出来事だ。
私は、シルヴィアさんから一番遠いアイスゴーレムの頭に銃弾を撃ち込んでいく。色々と強化されているので、普通の弾でも、頭を砕くくらいは出来ていた。ただ、頭を破壊してもアイスゴーレムは、動き続けていた。ただ、視界は失われるらしく、見当違いの方向に移動しようとしている。
「相手の弱点は、頭じゃない……」
つまり、ゴーレムの核的なものを見つけないと、私の攻撃では倒せないという事になる。シルヴィアさんが一撃で倒している事から、ゴーレムの頭から股下に掛けての一直線にあるはず。
私は、シルヴィアさんの戦いをジッと観察しつつ、アイスゴーレムの頭を撃ち抜いていく。
「シルヴィアさんは、必ず、ゴーレムを縦に両断している。つまり、そのラインに弱点があるはず。銃技『連続射撃・三連』」
私は、アイスゴーレムの胸から腹に掛けて、銃弾を打ち込んでいった。すると、二発目の鳩尾ら辺に命中したところで、アイスゴーレムの動きが止まった。
「機械人形でいう動力が、そこにあるって事かな」
敵の弱点が分かったので、私もアイスゴーレムの数を減らしていく。約五分間の戦闘で、数十体いたアイスゴーレムが全滅した。私が倒せたのは一割程度。その他は、全てシルヴィアさんが倒した。
こうして、シルヴィアさんの戦闘を見てみると、私の修行の時は、全く本気を出していないということが分かる。
「強さは、大したことないですが、数が厄介でしたね。ルナ、お怪我は?」
「ありませんよ。シルヴィアさんのおかげで、私のところには、一体も来ていないですし」
「それは良かったです。それにしても、よくゴーレムの弱点が分かりましたね」
シルヴィアさんは、少し意外そうに私を見ていた。すぐに弱点を見つけたのが意外だったのかな。
「ゴーレムの身体の奥の方にありますので、弱点察知でも感じにくいのです」
「シルヴィアさんの戦いを見ていましたから、何となくの場所だけは分かりましたので、後は勘です」
「なるほど。後学のために、何もお伝えしませんでしたが、必要なかったようですね。私が思っていたよりも、考えて戦っていたという事でしょう」
シルヴィアさんはそう言って、私の頭を撫でる。
「これでも戦闘経験は、豊富な方だと思いますよ」
「私に言わせれば、まだまだです」
シルヴィアさんは意地悪で言っているわけじゃない。恋人になったけど、こういう事に関しては、意地悪を言うようにはなっていない。
私の安全などに関しては、徹底して本気だ。
「どのくらいあれば十分ですか?」
「そう……ですね」
シルヴィアさんは、少し考え込む。
「戦争を一つ終わらせるなどですね」
「んな無茶な……」
難しすぎる答えに、思わず本音が漏れ出た。
「戦争を終わらせるなんて、シルヴィアさんくらいにしか出来ないと思いますけど……」
「まぁ、そもそも戦争なんて、そうそう起こるようなものではありませんからね」
「つまり、私はいつまで経っても一人前にはなれないと……?」
「一人前ではありますが、私が完全に心配しなくなるのは、そのくらいしてくださらないと難しいですね」
つまり、私の事を一人前と認めてはいるけど、心配が勝っているから、まだまだという判断になっているという事だろう。
「さて、先へと進みましょう」
「ああ、そうですね。また湧いてきたら嫌ですし」
私達は、洞窟の中を進んで行く。そして、その歩みを少し緩めることになった。それは、道の材質が、金属になっていったからだ。
「これは……古代兵器ですね」
「数々の古代兵器を見ているルナが言うのなら、そうなのでしょう。さて、これを停止させることが出来るかが問題ですね」
「今まで、まともに機能停止出来たのは、ミリアが鎮めてくれたアトランティスだけです。私自身の手で、機能停止出来たものはありません」
アトランティスは、ミリアが機能を停止させた結果、崩壊に至ったけど、アルカディアと巫女の祈り場は、自分で破壊した。それは、古代兵器の止め方が分からなかったからだ。
「私でも扱えるような古代兵器だったら、良いですけどね」
「基本的に天界言語が関わっているのでしたね。今回も例に漏れないと考えた方が良いでしょうね。仮に、天界言語が関わっていないとしたら、これからもその類いの古代兵器がある可能性を疑って良いかと」
「ですね。それならそれで、一歩前進です。取りあえず、先に進みましょう。ここからは、複雑になる可能性もありますので、地図を作りますね」
「お願いします」
私は、まっさらなノートを取り出して、地図を書いていく。さっきまでは一本道だったけど、ここからは複雑になる可能性があるからだ。さらに言えば、この古代兵器がどのくらい広がっているかも把握出来る様になる。そうすれば、古代兵器が崩壊した時の被害も分かるようになるはずだ。
私とシルヴィアさんは、古代兵器と思わしき中を進んで行く。
「二度目の古代兵器ですが、やはり圧巻ですね。ここまで金属で出来た建物というのも珍しいものですね」
「そうですね。この造りを作るためのジパングが必要だったんですね」
「そうでしょうね。先へ進みましょう。何かしらの情報を持ち帰らねばなりません」
「取りあえず、操作室ですね。そこにいけば、今の状態がわかると思います」
「なるほど。では、そこを目指しましょう」
私達は、古代兵器の中を進んで行く。取りあえず、まっすぐに進んでいるけど、複数の分かれ道があった。数は、十数箇所あった。アルカディア並に広い場所かもしれない。
「ここまでは、分かれ道しかありませんね」
「そうですね。十字路が四つとT字路が十です。部屋は一つもありませんでした。分かれ道も見える範囲では、部屋はありませんでしたし、ここは居住区ではないという事でしょう。この大きさなら、居住区があってもおかしくありません」
「操作室は、居住区の近くにありましたか?」
シルヴィアさんに問いかけられて、私は、今までの古代兵器の中を思い出す。
「いえ、一概にそうとは言い切れないかもしれません。アトランティスでは、街の中央にある塔に入っていましたから」
「それでも、人が住める場所の近くではあったということですね?」
「そうですね」
「このまま見付からないようであれば、居住区から見つけた方が良さそうですね」
「たしかに、その方が良いかもしれませんね。一応、このまま突き当たりまで行きましょう」
私達は、まっすぐ進んで行った。そして、その突き当たりに扉が存在した。
「初めての扉ですね」
「はい。もしかしたら、操作室かもしれません。ここの扉は、取っ手付きですから簡単に開きそうです」
ここの扉は、他の古代兵器と違って取っ手が付いていた。これなら、認証無しでも開けられるはずだ。
そう思った私は、取っ手に手を掛ける。そして、扉を開けるために取っ手を捻って、扉を押す。だけど、扉は開かなかった。鍵が閉まっているのだ。
「……鍵、探します?」
「いえ、斬ります」
「え?」
シルヴィアさんは、私を扉から離すと、剣を抜き放ち、扉を×印のように斬った。扉は、その意味を無くし、崩れ落ちる。
「……」
「鍵を探すよりは、早いでしょう」
「それはそうですけど……これ、金属の扉ですよ?」
シルヴィアさんが斬り壊したのは、扉は扉でも金属のものだった。それをいとも容易く斬ったので、少し驚いた。でも、シルヴィアさんなら、これくらいは出来てもおかしくないかもしれない。
「このくらい出来ないと、最強は名乗れませんから」
「ああ、なるほど……」
シルヴィアさんは、最強最強と言われる事を嫌がっていない。もしかしたら、その段階を過ぎて、どうでも良いと思っているのかもしれない。
「さぁ、中に入りましょう」
「はい」
中は、運が良いことに操作室だった。いつも通り、沢山のディスプレイが並んでいる。ただ、それ以外に、何も残ってはいなかった。
「操作の仕方とかが載った本があれば良かったんですけど」
「何もないですね。綺麗に片付けられています。それも、つい最近の事でしょう」
「え?」
それを聞いた私は、シルヴィアさんの傍まで移動する。
「ここをご覧ください。何かが置いてあった跡があります。埃の形的に、本のようなものでしょうか」
「本当だ。ここだけ、埃が積もってない。他にも何か持ち去られていないか探しましょう」
「そうですね」
私達は、元々ここにあったであろうものの跡を探していく。
そうして見つけた跡のほとんどは、本のような跡だった。ただ一つだけ、何かの鍵のような跡も見つけた。
「これって、どこかの鍵ですよね?」
「どこかというより、ここではないでしょうか? ここから鍵を取って、閉めて出て行ったのかと」
「ああ……なるほど。その方が可能性は高そうです。じゃあ、後は、ここの操作ですね」
私はそう言って、キーボードを操作する。すると、ディスプレイに見知らぬ言語で何かが表示される。
「天界言語ですか?」
「いえ、見た感じ天界言語ではないですね。見たことがない文字ばかりです。恐らく、ここら辺の古代言語なのではないでしょうか?」
「なるほど。では、メアリーゼ様から教わる必要がありそうですね」
「はい。私は、王都にすぐ戻れるので、私が習ってきますね」
「よろしくお願いします」
取りあえず、メアリーさんに言語を習うことが決まった。それで、何かしらの事が分かるはずだ。
「あっ、ここに何か彫られていますね」
キーボードが置いてある机の下の方に、何かが彫られているのを見つけた。私とシルヴィアさんは、それを見るためにしゃがむ。
「これは……共通言語ですね」
「? 何で、共通言語が彫られているんでしょう? この感じだと、古代兵器を作った時は、古代言語を使っているはずなんですけど」
机に書かれているのは、ニヴルヘイムという文字だった。恐らく、この古代兵器の名前だろう。
「恐らく、ここの書物を持っていった方が、彫ったのではないでしょうか?」
「なるほど。そうなると、ますますその人物が気になりますね」
ここに置いてあったであろう資料を持ち去って、態々古代兵器の名前を彫るような人物だ。さすがに、気になる。
「もしかしたら、黒騎士かもしれませんね」
「黒騎士ですか?」
思わぬ人物の名前が出て来た。正直、私には黒騎士という発想はなかった。
「そうか。古代兵器の情報がある本も持っているくらいですもんね。ここの情報を持っていてもおかしくはないですね」
「はい。あの黒騎士は、謎が多いですから」
「態々こうして残したのも、私が来ると分かっていたからかもですし。そうだとしたら、大分むかつきますけどね」
「ルナは、黒騎士に厳しいですね。確かに、ルナを殺した事を思えば、私も同感ですが」
「あははは……」
私は、色々隠し事をされていたからむかついていたけど、シルヴィアさんからしたら、私を殺した事を怒っているみたい。
「そろそろスノーフィリアに戻りましょう。姫様に報告もしないといけませんから」
「そうですね。時間も時間ですし」
ここに来るまでで、かなり時間を消費してしまったため、もう夜に近くなってしまっている。ここで変えるのもしかたないだろう。
私達は、ニヴルヘイムを離れて、スノーフィリアへと戻っていく。その際に、スノーフィリア周辺の地図に印を付けておくのを忘れない。これで、今度からの探索で迷わずに済む。
スノーフィリアに戻ってきた私達は、まっすぐシャルの元に向かった。
「おかえり、二人とも。何か成果はあった?」
「うん。取りあえず、結果から伝えると、古代兵器があった」
私がそう報告すると、シャルは特に動揺した様子もなく受け止めていた。元々その可能性も考えていたのだから当然だろう。
「それって、壊せる?」
「無理かな。意外と大きなものだったから、壊すとなると、周囲への影響が大きいと思う」
「雪崩とかを引き起こすことになりかねないって事ね。分かった。じゃあ、停止は?」
「それに関しては、これから調べるところ。私の知らない古代言語が書かれていたから、メアリーさんに習わないといけないんだ」
「分かった。取りあえず、古代兵器の存在が分かっただけでも、一歩前進かな」
シャルは、素早く紙にメモを書いていった。
「それで、私、平日の日中は、こっちに来られないから、次の調査はちょっと先になると思うんだ。大丈夫?」
今日は日曜日なので、明日から学校が始まる。そのため、調査をするのは、次の土曜日となってしまうのだ。期間が空いてしまう事に、少し申し訳なさを感じつつ、シャルにそう言うと、
「大丈夫。最低でも、後一ヶ月は、こっちにいるから。時間はあるよ」
「そう? ありがとう」
「こちらこそ、調査を手伝ってくれてありがとうね。これからもよろしく」
「うん。じゃあ、私は、これで失礼するね。夜ご飯を食べないとだから」
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
私は、シャルとシルヴィアさんと別れて、用意された部屋でログアウトした。明日からは、調査じゃなくて、メアリーさんのところで勉強会だ。大事な事だから、しっかりとやらないと。
────────────────────────
その翌日。私は、日向達と休日にあった事を報告し合っていた。
「ふぅん。ホラーエリアに、そんな遺跡があるんだ。何か隠されていそうだね。はぁ……幽霊さえいなければなぁ……」
日向達の話から、ホラーエリアのモンスターが幽霊中心だということは分かっている。そんな場所に行く勇気は、私にはない。例え、弱虫などと煽られても、絶対に行かないだろう。
「探索は、日向達に任せるよ。何か情報があったら、教えて」
「うん。任せて。さくちゃんの分まで楽しむから」
日向はそう言って、両方の手を握る。すごく張り切っている。日向らしいや。
「いっそ、克服のために来れば良いのに」
大空は、学校の自販機で買った紙パックの林檎ジュースを飲みながらそう言った。
「簡単に言ってくれるけど、芽生えた苦手意識は、そう簡単に覆すことなんて出来ないよ。絶対に無理」
「まぁ、そうですよね。嫌いなものは、嫌いっていうのが普通でしょうし」
「そういう事。それじゃあ、次は、私の番だね」
私は、スノーフィリアでニヴルヘイムを見つけた事を話した。
「……また、朔夜はトラブルに巻き込まれそうなの?」
「うっ……でも、まだシャルを手伝っているだけだから、大丈夫だよ。これがトラブルって言われたら、何も言えないけど」
「まぁ、凄く大きなトラブルに巻き込まれたって感じじゃないし、今までのとは違うんじゃないかな。シルヴィアさんと一緒にいるわけだし、問題はないと思うよ」
「確かに、シルヴィアさんがいるとなると、心強いですね。それなら、朔夜さんの安全も保障されるでしょうし」
皆、シルヴィアさんがいれば問題無いという認識らしい。まぁ、私も同じ認識だし、シャルも同じだろうけど。
「シルヴィアさんといえば、朔夜達は何処までいったの?」
シルヴィアさんの話題になった途端、大空が訊いてきた。その話題になると、日向と舞歌も興味津々という顔になって、こっちを見た。
「別に、キスと添い寝くらいだけど……」
少し気恥ずかしく感じてしまい、小声で答えた。すると、日向達は色めき立つ。皆は盛り上がっているけど、私は顔を真っ赤にさせていた。
まさか、私が自分でこういう話をする事になるとは思わなかった。これまで、私とは縁遠いものだったから。
やっぱり、人に話したりするのは気恥ずかしさがあるけど、それ以上に、改めて恋人になれたんだなという実感も得られていた。
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