第52話 地上へ!!

 アトランティス港に帰るまでの間に、ソルから貰った本の一部を読むことが出来た。


「どんなことが書かれてたの?」


 シエルが興味津々にそう訊いてきた。


「う~ん、アトランティスについてとかかな。さっき、ミリアが言った以上の情報は無いけど。後は、ディストピアについての記述が書いてあったよ」

「そういえば、名前だけよく聞くね」

「うん。ディストピアは、私達がいるこの大陸から離れた場所にある国で、科学技術が発達した場所らしいよ。それこそ、私達がいる世界よりもね」

「まぁ、あんな兵器を作る位だもんね」


 シエルが言っているのは、アトランティスの事だ。技術力が高まった現在でも、アトランティスのような兵器を作る事なんて出来るわけがない。それもそのはずだ。アトランティスには、魔法の技術も使われているのだから。


「発達した科学技術に、魔法の技術が組み合わさって、アトランティスが出来上がったみたい」


 ディストピアという癖に、ファンタジーの技術を取り入れているらしい。それが原因で、異常な兵器が出来上がっているわけだけど。


「他に書かれているのも、同じようにディストピアの事だよ。これは、ソルが戦ったロボットについてかな。簡単にしか書かれてないし、あまり有益な事は書かれてないや」

「まぁ、そんな頻繁に戦う事はないだろうしね」

「いや、海洋言語で書かれているところを見るに、海洋人が書いたものだから、あんま詳しく書かれてないんだよね。何か、感想みたいなことが書かれているくらいなんだ」

「日記みたいな感じ?」

「そういうこと」


 ソルが持ってきた本のいくつかは、これと同じように日記のようなもので、海洋人の私生活についてみたいなことが書かれているだけだった。


「あっ!」

「どうしたの、ルナ?」


 読んでいた本で思わず声を上げてしまうと、シエルが怪訝そうにしていた。


「銃についての記述がある! やっぱ、ディストピアの技術なんだね。それに、弾についても書かれてる。これで、使える弾が増えるよ!」

「良かったじゃん。でも、何でアーニャさんがそんな技術持ってるんだろう?」


 シエルの疑問が、私の中でも引っかかった。


「確かに、今度聞いてみよう。もしかしたら、また秘密で誤魔化されるかもだけど」

「そうだね。他に情報は?」

「う~ん、基本的にはないかな。あっ、これは私には読めない文字だ」


 私達がそんな風に話していると、


「そろそろ着くよ」


 とソルから声が掛かった。


「あっ!! そういえば、ソルから操縦の仕方教わるの忘れてた!!」

「そういえば、帰りに教えるって行った気もする……」

「まぁ、さすがに今からはいいや。それより、アトランティスでの衝撃で忘れていることが他にもあるかもしれない。何か忘れてないっけ!?」

「私達に分かるわけ無いでしょ」


 シエルのツッコミは的確だった。


「確かに……う~ん、何か重要な事があったような……」

「そういえば、ルナさん、私を誘拐したことになっているのでは?」

「あっ……」


 ミリアに言われて、思い出した。私、ミリアを屋敷から誘拐してきたんだった。これって、戻ったら即捕まる可能性もあるよね……


「う~ん、どうしようかな……」

「潜水艇は、マイルズさんに預けることが出来るらしいから、港に置いておけるよ」

「じゃあ、港に着いたら、ハープーンガンを使って、飛び出せばいいかな」

「私が事情を説明すれば良いと思いますけど……」

「無理無理。絶対に私を攻撃してくるよ。特に、最後まで追ってきた人とか」


 どこの誰だか分からないけど、あのしつこさは異常だと思う。


「そういえば、ミリアは、これからどうするの?」

「?」


 突然質問したからか、ミリアは首を傾げる。


「ミリアは、巫女としての役目を終えたわけでしょ? それにアトランティス自体崩壊しているし、その後の役割みたいなことも無いから、これからの人生は、自由なわけなんだからさ。何をするのかなって」


 少し詳しめにそう言うと、ミリアは、すごく考え込んだ。


「得に、何も思いつきません……巫女としての役割を知った時から、アトランティスを鎮める事を目的に生きていたので……」

「じゃあ、これから考えていかないとね。いっそのこと、家に帰らず、別の街に行くのも有りだしね」

「別の街……」

「まぁ、ミリアの人生だからね。自分で悔いの無い選択をするんだよ」


 これからミリアがどんな選択をするのか。少しだけ楽しみかもしれない。


「浮上するよ」

「うん。良いよ」


 ソルの操縦で潜水艇が浮上していった。外を移すモニターの光が段々強くなっていく。そして、完全に水上に上がると、そこには、沢山の人が押し寄せていた。


「黒い服の人が多いね」

「うちの警備員です。やっぱり、私が話を!」

「ダメだよ。ミリアは、なるべくバレないように移動しないと。また、監禁されるかもでしょ?」

「それは……」


 ミリアは口ごもる。実際に監禁されていたわけだから、違うとも言い難いんだと思う。


「私が、囮になるから、ソル達と脱出して。ユートリアに逃げれば大丈夫なはずだから」

「……ですが!」

「今は、安全でいることが大事だよ。アトランティス港にいたらどうなるか分からない」


 私がそう言っても、ミリアは食い下がろうとする。


「でも、ミリアがこの街に残りたいなら、そうすればいい。それがミリアの選択なら私は尊重するよ。だけど、今だけは、ここから逃げる事を考えていて。どういう状況になっているかも分からないからね。私は、確実に捕らえられると思うから、ここでお別れだね」

「は、はい! また!」


 私は、ミリアと別れの言葉を交わして、出口に手を掛ける。ここからが最大の難関かもしれない。気を引き締めないと。


 潜水艇から出ると港がざわついた。全身黒づくめでフードを被った人が出てきたら、当たり前かもだけど。


 私は、一度空砲を空に向けて撃つと、すぐに近くの街路樹にハープーンガンを飛ばして移動する。空を移動している間に、黒服の連中に対してあっかんべーをして煽る。この世界で通じるか分からなかったけど、黒服の連中が大声で喚き散らしているので、通用したんだと思う。街路樹から降りて地上を走って逃げていく。私は、囮としてきているので、なるべく気を引かないと。


「捕まえてみな、ば~か!」


 これまた後ろを振り返って煽りの言葉を飛ばす。我ながら幼稚な煽りしか出来ない事が腹立たしい。でも、今回はそれが功を奏したみたい。黒服の連中は、青筋を立てて追い掛けてきた。

 そのまま地上を疾走して距離があまり開かないようにする。時折、ナイフが飛んでくるけど、それくらいなら避けられる。


「これで五分くらいかな? そろそろ私も逃げないと」


 そう考えていると、黒服の中から純白の鎧を着た人達が突出してきた。


戦乙女騎士団ヴァルキリーナイツ!? でも、どうして?」


 あの純白の鎧は、スタンピードの時に見たことがある。でも、現状で、戦乙女騎士団が味方となってくれるかどうかは分からないので、逃げることを選択する。ハープーンガンで、近くの家の屋上に上がった。ここら辺は集合住宅が多いから、平らな屋上が多かった。おかげで逃げやすい。このままポータルに逃げ込めば……そう考えていると、目の前に急に人が現れて高速で剣の突きが飛んできた。


「……!!」


 ギリギリのところで黒影を取り出して、剣の軌道を逸らす。私と襲撃者は、移動と攻撃の勢いを殺さずに場所を入れ替える。その交差した瞬間、相手の顔が見えた。向こうも同じように私の顔を見た。互いの眼が驚愕で見開く。


「リリさん!?」

「ルナさん!?」


 私は思わず脚を止めてしまった。リリさんも剣を下げる。同時に私も黒影を収め、フードを外す。


「誘拐の犯人は、ルナさんなのですか?」

「まぁ、そうですね。色々事情がありますが」

「なるほど。お話を聞きたいので、同行して貰う事は出来ますか?」

「えっと……正直、逃げたいです」


 私がそう言うと、リリさんは、ニコッと笑って片手を上げる。すると、私の背後に戦乙女騎士団の人が三人現れた。さらに、私を追ってきていた戦乙女騎士団の二人も追いついてきた。


「あははは……」


 私は両手を挙げて降参をする。ここから逃げられなくはないと思うけど、リリさんだし、きちんと話は聞いてくれると思うから大人しく捕まろう。


「では、取調室まで行きましょう」


 リリさんが手を出してくる。


「?」


 意図が分からず首を傾げる。すると、伸びてきた手が私の手を掴む。


「行きますよ」


 てっきり縄を掛けられるかと思ったんだけど、手を繋ぐだけで許されている。


「いいんですか?」

「何がですか?」

「えっと、手錠みたいなのしなくても」

「ルナさんなら大丈夫でしょう? それよりも私の渡した紋章は付けてますか?」


 一瞬だけ、何だろうって思ったけど、すぐにあの事だと思い出した。私は、首に掛けて服の下にしまってある戦乙女騎士団の紋章を取り出す。


「はい。付けてますよ」

「では、今だけは、服のしたでは無く外に出しておいてください。それだけで連行だとは思われないはずですから」

「でも、これって連行ですよね?」

「いえ、久しぶりに会った友人にお話を聞くだけですよ」


 リリさんは、下手に騒がれないようにしようとしているみたい。


「それぞれ、別方向から取調室に来て下さい。アトランシア卿に悟られないように気を付けなさい」

「はっ!」


 リリさんが部下の人達に命令すると、皆バラバラになる。ただ、別れるとき、全員私に手を振ってから別れていった。私もそれに応じて手を振り返す。私はマスコットか何かなの?


「皆さん、私の事知らないはずですよね?」


 私がそう言ってリリさんを見ると、リリさんはスッと目を逸らした。


「……もしかして、リリさんが話して広まっているとかですか?」

「いえ、何のことやら」


 リリさんは毅然とした態度でそう言った。


「まぁ、構いませんけど」

「それは良かったです。では、取調室に行きましょうか。その間に、色々お話させて頂きますね」

「えっと……はい」


 取調室に行くのに今話して良いのかなと思わなくもないけど、取りあえず了承しておいた。


「その前に、他に服はありますか? その服だとバレる可能性があるので」

「あっ、はい。分かりました」


 私は、黒羽織と夜烏から、シャルとの街デートの時に買って貰った、白い開襟シャツと青いジーパン、ベージュの薄手のコートを選んで装備する。屋上で服を脱ぐのは抵抗があるけど、この際仕方ない。というか、ゲームなのに一瞬で着替える方法がないってどうなんだろう……


「着替え終わりました」

「すごく印象が変わりますね」

「そうですか? まぁ、夜烏は、黒だから重苦しい感じがしますしね」


 そう言いながら、屋上の端の方に移動して飛び降りようとすると、その前にリリさんに抱えられてしまった。


「では、行きますよ」

「はい」


 リリさんに抱えられて、地上に降りた。降りた後は、すぐに降ろされたけど、これまたすぐに手を繋がれた。絶対に逃がさないということだね。


「それで、お話ですが」

「はい」


 一体何を訊かれるんだろう。ミリアを助けにいったことかな?


「好きな食べ物は何ですか?」

「へ?」


 予想だにしない質問に変な声が出てしまった。


「ですから、好きな食べ物は何ですか?」

「えっと、甘いものなら基本的に好きです。一番は、チョコレートケーキですかね」

「そうなんですね。ケーキですか……あったかな……?」


 最後の方は消え入っていたから良く聞こえなかった。


「リリさんは、何が好きなんですか?」

「私は、クッキーが好きですね」

「へ~、ちょっと意外です」

「そうですか?」

「騎士団っていうくらいだから、お肉とかガツガツ出来るものかと思いました」

「騎士団といっても乙女ばかりですから、食べるものは軽いものが多いですよ」


 リリさんは苦笑いで答えた。その後も、取調室に行くまで好きなものなどの話をしていた。

 訊きたい話って、私の好みについてだったみたい。事件についてとかじゃなくて良かったけど、何故……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る