第18話 私の理想はこんなんじゃない!!

 アダマン・タートルが口を開いた。でも、咆哮するわけでも悲鳴を上げる訳でも無かった。


「ブレスを吐くの? でも、それにしては雰囲気が違う」


 アダマン・タートルの甲羅が赤く発光していく。


「な……に……?」


 いきなり防御力が上がったこと、そして、いきなり甲羅が発光したこと、これらは恐らく関連すると思う。


「ルナ様!」


 シルヴィアさんが珍しく声を張りながら、私の傍に来る。


「シルヴィアさん、あれは?」

「あのような行動は見た事が無いので、分かりませんが、恐らくブレスを強化したものかと。威力にもよりますが、下手をすれば街が消し飛ぶ可能性があるかと」


 シルヴィアさんは、アダマン・タートルが口に溜めているエネルギーを見て、そう言った。


「そんな……じゃあ! どうにかしないと!」

「はい。ですが、今までより比べ物にならないほどの防御力を得ています。私達の攻撃は、あの口を閉じさせる威力を出す事が出来ません」

「…………」


 私は絶句してしまう。シルヴィアさんが頼りだったのに……


「師匠!」

「リリウム、あれをどうにか出来ますか?」


 リリさんが、アダマン・タートルを見る。


「最大威力の攻撃でも厳しいかと……」

「そうですか……少しでも、攻撃が通ればなんとかなるのですが……」


 シルヴィアさんとリリさんでも無理らしい。でも、何もしないことなんて出来ない!


「攻撃し続けます! ブレスを撃たせる前に!」

「…………そうですね。何もしないわけにはいかないですから」


 シルヴィアさんも戦う意志を見せる。リリさんも当然のように剣を握る。


「顔を狙いましょう。運が良ければ、あの一撃を止めることが出来るはずです。あの充填が終わるまで、まだ時間があると思われます」

「はい!」

「分かりました!」


 私はエクスプローラー弾を装填して、顔、特に口の中を狙って撃っていく。それでも、アダマン・タートルは、口を閉じようともブレスのチャージを止めようともしない。

 シルヴィアさんとリリさんは、首の付け根を攻撃している。しかし、防御力の上がった状態のアダマン・タートルに、ボロボロの剣では、大したダメージを与えることが出来ない。


「だめ……攻撃が通用しない……」


 アダマン・タートルの傷は増えていくが、それでもアダマン・タートルが倒れる事は無い。


「何で……嫌だ……」


 私の頬に涙が流れ、諦めが渦巻いていく。


「…………」


 でも、私の頭の中で、短い間の街での出来事が過ぎっていく。


 初めて来たとき、なんとなく入った路地裏で出会ったアイナちゃん、アーニャさん。


 初めての戦闘で得たキラーラビットの解体の仕方を教えてくれたアキラさん。


 ギルドで私によくしてくれるシズクさん。


 ユートリアにいる皆の事が思い出される。私達が、アダマン・タートルを倒せないと皆も犠牲になるかもしれない。


「そんなのだめ!」


 私の中で何かが弾けるような感じがする。


「あの街には、友達が沢山いるんだから!」


 私の中を力が巡っていく。


「街が滅ぼされるなんて!!」


 黒闇天を握る手に力が入っていく。


「私の理想とは全然程遠いんだから!!!!」


 そして、私の頭の中に何かが流れ込んできた。その内容は……


「『夜烏』の使い方……?」


 私は、色々な疑問を押しのけて行動をする。


 黒闇天を構える。すると、さっきまで私の中を巡っていた力が、黒闇天に吸い込まれていくような感覚がする。黒闇天に濡れ羽色のオーラが纏わり付く。


「『夜烏』!!」


 私は、黒闇天の引き金を引いた。今までエクスプローラー弾を使っていたので、撃ち出した弾もエクスプローラー弾のはずだった。でも、今撃った弾は、黒闇天が纏っていた濡れ羽色のオーラを纏っていた。


 そして、撃ち出された弾がその形を変化させる。その姿は、あの時戦った夜烏そのものだった。夜烏となった弾は速度を上げていって、緩やかなカーブを描きながら、アダマン・タートルの額に命中する。


「…………何も起こらない?」


 私は、首を捻る。先程、頭に流れ込んできたのは『夜烏』の使い方のみで、効果などは全く分からなかった。


「ただ、弾が夜烏になっただけ!?」


 ユニークモンスターの名前を冠するスキルなのに、大した威力も無く、アダマン・タートルも何も気にしていない。


「いえ、とても助かります」


 いつの間にか、シルヴィアさんが傍にいた。


「どういうことですか?」

「アダマン・タートルへの攻撃が通るようになりました。つまり、アダマン・タートルの防御力が下がったということです」

「でも、アダマン・タートルを止めることが出来ません!」

「いえ、ようやく来ていただけました」


 シルヴィアさんは、私達の後ろを見ている。そこには、こちらに走ってくるアーニャさんとアイナちゃんがいた。アイナちゃんは、背中に剣を背負っていた。


「アイナちゃん、アーニャさん……?」

「ルナちゃん、シルヴィアさん、遅れてごめんなさい。間に合ってよかったわ」

「……どういうことですか?」

「話は後よ。シルヴィアさん、こちらを」


 アーニャさんの手振りで、アイナちゃんがシルヴィアさんに背中に背負ってきた剣を渡す。その剣は、シルヴィアさんが使っていた剣と同じく細めの剣だった。しかし、さっきまでの剣と違って、凄く頑丈そうに思えた。


「これなら大丈夫そうです。ありがとうございます、アーニャ様、アイナ様」


 シルヴィアさんは、それだけ言うと剣を抜き放ちアダマン・タートルに突っ込んでいく。アダマン・タートルは、すでにブレスの溜めをほとんど終えているようで、口の中が赤熱していた。


「もう一度……『夜烏』!」


 せめて、シルヴィアさんの援護をしようと、もう一度『夜烏』を放った。その瞬間、身体から力が抜けて、その場で膝から崩れ落ちる。すぐにアイナちゃんが支えてくれたおかげで、倒れ込むようなことにはならずに済んだ。


 途中で夜烏に変わった弾は、先程と同じように、アダマン・タートルの額に命中する。その弾は、先程よりも深く突き刺さった。どうやら、シルヴィアさんの言うとおり、防御力が低くなっているようだ。


「…………」


 それを見てアーニャさんが顎に手を当てて何かを考えていた。しかし、そのことを、今聞けるような状況ではないので、今度聞いてみることにする。今は、アダマン・タートルを倒すことを考えなきゃ……


 シルヴィアさんは、すでにアダマン・タートルの首まで駆け登っている。その前をリリさんが走っていた。


 シルヴィアさんとリリさんは、軽く目配せをするだけで互いの意図を察しているように見える。そして、首の上で跳躍した二人は、ある一点を目指して落ちてくる。先に落ちてきているのは、リリさんだ。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 リリさんは、剣を持っている右腕を後ろに限界まで引き絞った。そして、アダマン・タートルに接近したその時に、その力を解放する。通常ではあり得ない速度で突き出された剣は、狙い違わずある一点を貫く。


 ガァァァァァァァァァァァ!!!!


 アダマン・タートルは、悲鳴を上げる。その結果、アダマン・タートルが溜めていた力は、行き場を失いアダマン・タートルの身体を巡り回る。身体の中がめちゃくちゃになっているのに、アダマン・タートルは、まだ倒れそうにない。


 そして、身体の痛みに藻掻いたアダマン・タートルによって、その上からリリさんが転げ落ちてくる。リリさんの剣は、まだ突き刺さったままだ。


「リリさん!」


 私は悲鳴にも似た声を出してしまった。このままでは、リリさんが地面に激突してしまう。しかし、いつの間にか、そこにいたアーニャさんによって、リリさんは受け止められた。今の今まで私の隣で見ていたはずなのに、どうやって移動したの?


「ルナちゃん」


 私が少し呆けていると、アイナちゃんが耳元で私を呼ぶ。


「よく見ていた方が良いよ。今から起きる戦闘の全てを……」

「?」


 私は、アイナちゃんが何を言っているのか分からなかった。でも、アイナちゃんの言うとおり、目を逸らさずに見続ける。


 空中に長らく滞空していたシルヴィアさんが、藻掻き苦しむアダマン・タートルの所まで落ちてくる。


 シルヴィアさんは、アダマン・タートルに接した瞬間に剣を一閃。アダマン・タートルの頭に大きな傷が付く……だけではなかった。頭に着地したかと思うと、頭に無数の傷が生まれる。


「え!?」


 驚きのあまり声を上げてしまう。


 シルヴィアさんは、そのままアダマン・タートルの身体を頭から尻尾まで駆けていった。その軌跡を血しぶきが追っていっていた。


「何が、起きてるの?」


 さっきまで傷が一切付けられなかったアダマン・タートルの甲羅に、シルヴィアさんは、やすやすと無数の傷を付けている。私が見える範囲では、シルヴィアさんは踊るように甲羅を移動し、剣で斬っている様に見える。


 そして、シルヴィアさんは尻尾から頭まで斬り刻みながら戻ってくる。


「師匠は、戦乙女騎士団の初代団長です」


 リリさんは、少しふらつきながら私達の方まで来た。アーニャさんもリリさんに付き添ってこっちに来る。


「初代……団長?」

「はい、私は二代目の団長なんです。師匠に任命されて団長になりました」

「でも、さっきまでは、あんなに斬り裂くことは出来ませんでしたよね?」

「それは、ルナさんとアーニャさんのおかげです」


 リリさん曰く、私の防御力減少攻撃とアーニャさんが持ってきた(アイナちゃんが背負ってきた)剣のおかげでシルヴィアさんが、あんなに攻撃出来ているらしい。


「圧倒的剣術と類い希なる身体能力で、ユニークスキルを持たずに、王国最強まで上り詰めた女性。それが、シルヴィア・ブルーローズです」


 リリさんが説明してくれている間に、シルヴィアさんは、アダマン・タートルを斬り刻み続けていた。その結果、アダマン・タートルは、力なく横たわることになる。頭すらも地に付けたアダマン・タートルは、か細い声で鳴いていた。


 地上に降りたシルヴィアさんは、アダマン・タートルの頭の前に立っていた。アダマン・タートルの額には、リリさんの剣が突き刺さっている。地を蹴り、駆けだしたシルヴィアさんは、途中で跳躍し額の目の前に来ると、持っていた剣で思いっきり突いた。


 ガァァァァァァァ!!!!


 シルヴィアさんの剣は、寸分違わずリリさんの剣に当たり、押し込んでいった。それに留まらず、シルヴィアさんの剣も持ち手まで押し込まれた。シルヴィアさんは、剣を手放し、アダマン・タートルを蹴って安全な場所まで退く。


 グルァァァァァァアアアァァァ!!!!


 アダマン・タートルは、ひとしきり藻掻いた後、大人しくなった。


「倒した?」

「いいえ、まだ生きてるわ」


 私の呟きにアーニャさんが答えた。


「でも、もう安心よ。アダマン・タートルは、もう動くことが出来ないわ。ゆっくり死んでいくだけよ」


 アーニャさんの言葉に私は安堵のため息をこぼす。シルヴィアさんも、アーニャさんと同じ答えを得たのか、こちらに向けて歩いてきている。


「アイナちゃん、ありがとう。もう大丈夫だよ」


 ゆっくり座っていたおかげか、力の入らなかった身体にようやく力が入るようになった。なので、私も立ち上がることにした。


「これで、大規模侵攻も終わりですか?」

「アダマン・タートルの命が尽きれば、直に終わるわ」


 ユートリアの危機は脱した! これで、皆を守ることが出来たみたい。私の理想郷を守ることが出来た!


 私の心は喜びに満ちていた。だから、気づけなかったのかもしれない。ユートリアじゃない、私の危機に。


「うぐっ!」


 背中からの衝撃に、思わず声が出る。背中をみようとするけど、何故か動かない。私が見えるのは、驚愕の表情になったシルヴィアさんだった……

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