第百二十六話 式神

《神崎玲人が弱体魔法スキル『Dレジストルーン』を発動 即時遠隔発動》


《神崎玲人が攻撃魔法スキル『フォースレイクロス』を発動 即時発動》


 魔法抵抗力を下げてからの攻撃魔法――放たれた光はナメクジの頭部らしい部位を射抜く。


《Gスラッグ変異種が回復スキル『自己再生』を発動》


 貫通した部位が瞬時に再生する――生物として明らかに出鱈目デタラメでも、魔物とはそういうものだ。


「お嬢様っ……いけません、接近しては……っ」

「……これくらいっ……!」


《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》


 隙あらば坂下さんを飲み込もうと動く触手を、雪理が牽制する――斬撃を無効化されても冷気属性だけは通り、触手が切り裂かれる――しかし。


「きゃぁっ……!」


 破裂した触手が粘液に変化し、雪理に降り注ぐ――鈍足効果が生じたところで、再び本体から無数の触手が伸びてくる。


「あかんっ、全員捕まったら一巻の終わりやっ……逃げてっ!」

「それはできないな」

「え……に、にいやんっ……!」


 俺のことを言っているのか――分からないが、今はそれはいい。


「――好き勝手してくれたな、化け物」


 巨大ナメクジの懐に潜り込み、呪紋を放とうとする――触手は反射的に俺を捉え、そして口に放り込もうとする。


(今だ……!)


 俺は『呪紋創生』を発動し、『スクリーンスクエア』『エンデュランスルーン』『シェルルーン』を複合させる――以前にも使った防御呪紋による結界だ。


「――玲人っ!」

「神崎様っ!」


 ナメクジに飲み込まれ、体内に入り込む――溶解液を防御壁で防ぎながら、魔物の力の根源を探す。


(ロックゴーレムと戦ったときもそうだったな……)


 攻撃が通じにくくても、再生力が高くても、倒せない魔物はいない――力の源となる『核』が存在するならば。


《神崎玲人が攻撃魔法スキル『バニシングサークル』を発動》


 核に向けて手をかざし、掴むようにイメージする。


 魔物の体内は蠕動ぜんどうを止め、ピタリと動かなくなる。そして黒いナメクジの身体は溶けるようにして崩れていった。


《Gスラッグ変異種 ランクD 討伐者:神崎玲人》


《神崎玲人様が1000EXPを取得、報酬が算定されました》


 ユニークモンスターではなく、それもランクD――もしかするともっと違う倒し方があるのかもしれない。


「みんな、無事か……って……」

「……粘液まみれになってしまいました。溶解液などではなくて良かったですが」

「匂いなどは耐えきれないほどではないですが……このままの服では、とても……」

「私も浴びてしまったけど、そんなことを言っている場合じゃないわね。早く脱出経路を探さないと」


『こちらの粘液は鈍足効果を持つだけで、それ以外の害はないようです』

『そうは言うけど、いい気分はしないだろうな』

『成分を分析したところ、肌の保水効果などがありそうですが……』

『それでも、気分的な問題だな』

『スキンケアには専用の品を使用するべきということですね』


 イズミによって粘液が肌に悪いわけではないとは分かったが、なるべく早く落とした方がいいのは間違いない。だが迷宮内でどうすれば――と考えたところで。


「水で洗うことができれば、俺が呪紋で乾かすことはできるな……」

「あ、あのう……」

「ん……?」


 服の裾を引かれて振り返ると、『斑鳩ナギ』と通知されていた人が立っていた。


 ミディアムボブの髪を一筋束ねていて、和服をベースに改造したような装備をしている。着物の前の合わせをゆるくしているために、胸元のサラシが見えていた。


 粘液で全身が濡れているので、首元から胸に流れ込むのを気にして拭っている――と、あまり見てはいけない。


「ありがとうございます、助けてくれて。ウチは斑鳩いかるがナギって言います」

「俺は神崎玲人……良かった、君を探してたんだ。祓魔師の人がここに来てるって聞いて」

「えっ、ウチらのこと知ってるんですか?」


 ナギは大きな目を見開いて驚く――だが、すぐにその表情は曇ってしまう。


「さっき警報が鳴った後に、ウチだけ姉やんたちと違うとこに飛ばされて……たぶん、姉やんはもっと奥に行ってると思うんやけど。あ、祓魔師っていうのはウチのことやなくて、姉やんのことなんです。もう一人男の子がおるけど、その子は姉やんの護衛なので」

「教えてくれてありがとう。奥に行ったって、第4エリアに行ったのか……」

「ウチのコネクターで姉やんたちと少しだけ連絡はできたんですけど、すぐ切れてしまって。奥に行ったかもしれへんのは、姉やんが依頼を受けて来たからなんです」

「その依頼って……第二討伐隊の隊長からとか?」

「あっ……え、えっと。こんな状況やから隠してる場合でもないですよね……そうです、綾瀬さんって人からの依頼です。あの人らは第4エリアに行こうとしてて、ウチらもそれについていってたんです」


 ここに来た目的は祓魔師を見つけ、綾瀬さんに会うことだ――そのためには、まだここから脱出することはできない。


「第二討伐隊の状況を確認できないかしら……ナギさんは通信できる?」

「討伐隊は軍用のリンクを使ってるので、ウチからは通信できないです……あー、どないしよ……」

「ひとまず俺たちと一緒に来た方がいい。さっきみたいな魔物が他にもいるだろうしな」

「ああっ……いいんですか? ウチ、あんまり役に立てへんけど……」

「そんなことはありません、あなたの攻撃で魔物の動きが遅れましたし……そうでなかったら、今頃私たちは……」

「刀を奪われて粘液まみれになる配信者……ああ、困ります。再生回数を選ぶか、お蔵入りにするか」

「えっ……鷹森さん、もしかして今の戦闘を……?」

「尾上ディレクターのカメラ以外でも、私の頭の後ろから撮っている感覚で撮影できるんです……この機器で」


 鷹森さんはそう言って髪飾りを指差す――確かによく見ると、超小型の全方位カメラだ。


「ふふっ……もし使わなかったら、神崎玲人さん。あなたにプレゼントしましょうか」

「っ……い、いや、俺は別に……」

「鷹森さん、玲人は真面目な人なの。からかわないで」

「魔物を倒すところをしっかり撮れてしまっているから、いつでもデビューできますよ? 雪理ちゃんも一緒にどう?」

「あなたが映っているところの端に映ってしまうくらいは仕方がないけれど、できれば隠しておいてね。本当は、そんな緊張感のないことをしてる場合じゃないのよ」

「ああ……その厳しいところも相変わらずね。神崎さんが羨ましいわ、毎日雪理ちゃんに睨んでもらえるなんて」

「いや、雪理は優しいし、そんなに睨んできたりは……」


 フォローしようとしたが、逆に雪理に睨まれてしまった――特に『優しい』というのがよくなかったらしい。


「あー、ええなあ……仲良くて。ウチも彼氏作りたいなぁ」

「……彼氏? そんな生易しい関係じゃないわよね。雪理ちゃんを守るサーヴァント的な存在なのよね?」

「えーと……まあだいたいあってるかな」

「流されているわよ、鷹森さんのペースに。話は後にして、他の人たちを探しましょう」


 戦闘中にもマップ生成が進み、気づけば3%になっている。マップを詳細に見たいと念じると幾島さんが応答してくれて、俺の意識にマップを投影してくれた。


『幾島さん、さっき果物の木を見つけたんだけど、そういう座標も記録されてるかな?』

『はい、記録されています。マップ作成時に発見したものについても記録されています』


 幾島さんの作成してくれた地図を見ると、先程発見した果樹が他にも一箇所ある――魔物は他に見つかっていないようだ、と思った瞬間。


『――黒栖さんたちのいる座標近くに魔物が出現したようです』


「みんな、黒栖さんたちの所に急ごう!」

「ちょっ、まっ……さっきから言おうと思ってたんですけどっ、兄やんの魔法すごっ、ウチの足速くなりすぎっ……!」

「本当にね……サポート魔法が使える人がいると、いろいろ夢が広がってしまうわね」

「玲人はサポートだけじゃなくて何でもできる人なのよ。勘違いしないでね」

「お嬢様……いえ。私も全く同意見でございます」


 普通に聞こえているので照れるが、『スピードルーン』を評価してもらうのは素直に嬉しい。自分で戦うのもいいが、援護に回るのも性に合っている。


『な、なんですかこのカエルは……っ、大きければいいってものじゃありませんわ!』

『ひぇぇっ、皮が厚すぎて刃が通らなっ……あぁやめてっ、食べないでーっ!』

『社さんを放してくださいっ……えぇーいっ!』

『こういう大きい魔物は、眠らせる方がいいと思います! ボクがやりますね……!』


(あのパーカーの人、相手を眠らせる技が使えるのか……って、見えてきたな……あれか……!)


 視界に入ったのは大きなカエル――これもまた変異種なのか、全身が黒い皮膚で覆われている。


 その瞳を赤く輝かせながら繰り出された舌が、社さんに向けられる。


(間に合えっ……って……)


《クロックトードが特殊スキル『ストップタン』を発動 社奏が停止状態》


「っ……う、動けな……やばっ……」


 タンというのはタンのことか――停止効果を付与された社さんは回避しようとした姿勢のままで固まっている。


《クロックトードが特殊スキル『ストップタン』を発動 伊那美由岐が停止状態》


「こ、この、距離で……舌……長……っ」


(この位置ならカエルを穿つらぬける……これで行けるか……っ!)


 『フォースレイクロス』を発動させれば、カエルの追撃前に倒せる――そう判断すると同時に。


《名称不明の人物が支援スキル『スリープソング』を発動 クロックトードが昏睡》


 暗い空間に、反響せずに『音』が伝わる――それは歌詞のない歌、ハミングだった。


「これならウチの式符が使える……っ、カエルには蛇や!」


《斑鳩ナギが陰陽術スキル『式符・大蛇オロチ』を発動》


 ナギが懐から出した札をカエルに向ける――すると札の中から出てきた巨大な蛇が、一瞬でカエルを飲み込んでしまった。


「……良かった、このカエル人を飲み込んでたりはせえへんな。まあ、それやったら蛇に吐き出させるけど」

「凄いな……これが陰陽術か」


 『旧アストラルボーダー』において陰陽師の存在を聞くことはあっても、戦う姿を見たことはなかった。この現実において見る限りでも、かなり強力なスキルを持つ職業だ。


「このカエル式神にできるみたいや。してもええかな?」

「ああ、そんなこともできるんだな」


《斑鳩ナギが陰陽術スキル『式符生成』を発動 『式符・黒蝦蟇』を作成》


《クロックトード ランクC 討伐者:神崎玲人のパーティ》


《神崎玲人様が2000EXPを取得、報酬が算定されました》


「はい、式符は兄やんにあげる。まあなかなか使われへんかもしれんけどな、式符は陰陽師以外が持ってても宿った魔物の力を使えるようになるんや」

「あ、ありがとう……斑鳩さんが使った方が良くないか?」

「ウチのことはナギでええよ、姉やんも斑鳩やから」

「じゃあ、ナギ……でいいのかな。それと、君も名前を教えてくれないか?」

「あ……え、えっと。ボクはハルって言います。名前は不明って出ると思いますけど、それはちょっと事情があってのことなので……」

「ハルは私の友人です。私のことが心配で来てくれたので、怪しい人じゃないわ」


 どうやって『名称不明』なんていうふうにブレイサーに認識させられるのか聞いてみたい――とか、それも野暮なのだろうか。


『……スリープソング、か』

『如何なさいましたか?』

『いや、見覚えがあるスキルだったから。まあ、偶然だよな』


 俺が『スリープソング』を見たのはどこだったか――『アストラルボーダー』にログインしたとき、桜井ソアラさんが使っていた。


「……ど、どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ。そのマイク、スキルを使うために使うのか?」

「あっ、ヘッドセットのことですか。そうです、今回は音を大きくするために使ってます」

「そうか……皆を助けてくれてありがとう」

「いえ、ボクも神崎さんに助けてもらいましたから。神崎……玲人レイトさん、っていうんですね」

「ああ。ここから脱出するまでは一緒に行動しよう、さっきみたいに厄介な魔物ばかりだからな」


 カエルも粘液攻撃をしてきたのか、黒栖さん、伊那さん、社さん――そしてハルも粘液まみれになっている。


「……唐沢と木瀬は大丈夫かな」

「早めに見つけないといけませんわね……あっ、駄目ですわ、そんなに近づいては……っ」

「このヌルヌルだけはなんとかしないと、乙女のピンチですよー……やばーい、結んでる髪もぬるぬる……」

「私は少しだけで済みましたけど……動き回っていると、その……」


 ゾーンの奥で身体を洗いたくなったらどうするか――これは、長丁場でゾーンに挑む際には今後も問題になりそうだった。

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