第百二十五話 暗闇に光るもの


 揺さぶるとしばらく雪理はむにゅむにゅとごねていたが、やがて薄く目が開く。


「……お、おはよう。起きてくれ、雪理」

「…………」


 無言のまま雪理はこちらをじっと見つめる――しばらくしてそろそろと後ろに下がり、俺の上から降りてくれた。


 そのまま俺から離れていき、背を向けて座り込む。気持ちを察してしばらくそっとしておいてやるわけにもいかないので、俺は身体を起こして立ち上がった。


「さっきの振動のあと、違うエリアに飛ばされたみたいだな」

「……ごめんなさい、か、勘違いを……」

「あ、ああ、夢うつつって感じだったな。それは、無理もないよ」

「……私、何か変なことを言ってなかった?」

「言ってないよ、それは保証する」

「…………」


 無言のままで、座り込んだ雪理がこちらの様子を見てくる――こんないじらしい仕草を見せられると、守らなくてはという気分にさせられる。元から守るつもりではあるが。


「わ、私……何だか温かいとか、そんなことを考えてて……」

「温かいってのは大事だよ、生きてるってことだから」


 俺も恥ずかしさでどうしようもないことを言っている――早く仲間を探さなくては。いや、そうでもなくても落ち着かなくては。


「幾島さんとは通話できて、仲間たちの無事は確認できたよ。でも、早く合流したほうがいいな」

「ええ……そうね、今の借りは後で返させてもらうわね」

「か、借りってこともないけど……」


 むしろこちらが借りた気分だ、と言うと藪蛇ヤブヘビなので黙っておく。幾島さんに呼びかけるとミュートが解除された。


『折倉さんにも今は聞こえていると思います、幾島です。無事で何よりでした』

「幾島さん、一体何が起こったのかは分かる? 状況を確認したいのだけど」

『第4エリアで起きた振動が、他のエリアにも伝搬してゾーン内の環境変化が起きました。皆さんは第2エリアのある地点から落下されたかと思いますが、その際に第3エリアに移動しています』

「そうなると、今までの経路では脱出できないってことか……幾島さんの方でルートは探せるかな」

『申し訳ありません、今までは公開されていた情報でエリアゲートの位置が判明していましたが、現在は変化しているようです。外部からの侵入も不可能になっていて……』

「……外部からの侵入は、時間が経てば可能になるのかしら」

『ゲート固定装置を搭載した車両は手配済みですが、到着まで時間がかかります。数が少なく、各県の討伐隊で共有していますので……』

「その車両が到着したとしても、外部と第一エリアをつなぐゲートが復旧されるだけ……ってことになるのかな」

『はい、ゾーン内に侵入できるものではありませんので……ただ、第1エリアから外に出ることは可能なはずです。エリア間が断絶していたら、こうして通信することもできなくなるはずなので』


 つまり、ゾーン内のエリア同士は繋がっている――探せば第2エリアに戻ることも、第4エリアに進むこともできるということか。


「とりあえず、何をすべきかは見えてきたな……また前みたいにマップを作れるかな?」

『神崎さんのスキルで照らした範囲のマップを作成することは可能です。ですが、パーティメンバーの現在座標から推測すると、第3エリアは非常に広大です』

「そんなに広いのね……探索には時間がかかるということかしら」

『はい、おそらくは。可能であれば、拠点を見つけた際には休息も選択に入れてください。携行された食料や水の残量も考慮して……いえ、これについては、安全な場所にいる私が言っていいことではないですね』

「そんなことはないよ。幾島さんがいてくれていつも助かってる」

『……角南さんも心配していますが、折倉さんの家の用事についてはスケジュール調整の申し入れも可能ということで、交渉しているようです』

「角南にもありがとうと伝えて。私は大丈夫だから、休める時に休むようにとも」


 雪理が言うと、しばらく幾島さんが間を置く――言うべきか迷っている、というように。


『……お嬢様は私の心配をされるだろう、とおっしゃっていました。そんな折倉さんだから、慕われているのだと私は思います』

「そ、そう……幾島さん、あなたって……」

『すみません、不快な思いをさせてしまったでしょうか』

「……全くそうではないけれど。外に出てから伝えるわね」

『……? では……神崎さん、マップの作成を始めますか?』

「ああ、仲間を探しながらがいいな。一番近くにいるのは……鷹森さんと坂下さんか。黒栖さん、伊那さんたちは別の場所に固まってるな……」


《神崎玲人が強化魔法スキル『マルチプルルーン』を発動 魔力消費8倍ブースト》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ライティングルーン』を発動》


 俺たちの周囲を巡回する光球が16個発生し、それぞれ別の方向に飛んでいく。光球の明かりが照らした範囲のマップを幾島さんが生成して、パーティでデータが共有される。


《マップ作成中 しばらくお待ち下さい》


《…………マップ完成率 0.01%》


 約10秒待ってこの進捗ということは、完成までは10万秒――27時間以上もかかることになる。


「これは探索し尽くすのは骨が折れるな……幾島さん、『ライティングルーン』で照らした範囲に別エリアに移動する出入り口があったらそれは検知されるのかな」

『はい、検知は可能です。ただ、マップ作成範囲に入るまではその出入り口が先に進むものか、第2エリアに戻るためのものかは分かりません』

「ああ、出入り口があるとわかれば大丈夫。それにしても、さっきまでと随分地形が違うな……」


 今までは人工的な石床が敷き詰められていたが、今は床も壁もゴツゴツとした岩がむき出しになっており、学園管理のゾーンである『洞窟』の内部にも似ている。


「遺跡の下層には地下洞窟があった……ということ?」

「一本橋が崩れて落ちたとはいえ、ゾーンの中だからな……実際にあの場所の地下なのかはわからないな。雪理、足元に気をつけて」

「ありがとう、なんだかトレッキングでもしてる気分ね……」


 トレッキングは登山などのことだが、確かにこのエリアでは山道にありそうな植物が目につく。木が生えているようなところもある――少ない光でも生育するような独自の進化を果たしたのだろうか。


「何か実がってるな……」


『鑑定スキルを使用されますか?』

『ああ、使ってみるか』


 声に出して返事をすると雪理も気になると思うので、念じるだけにしておく。そして、俺は木のつるに垂れ下がっているオレンジ色の実を手に取った。


《神崎玲人が『鑑定』を発動 ?果実の鑑定に成功》


《メイズプラントの実 糖分、水分、各種栄養素を含んでいる》


《食用に利用できるが、熟して色が紫に変化したものは毒性がある》


《種子は『調合』に利用できる》


「これ、食べられるみたいだな……結構皮は剥けやすいみたいだが……」

「探索が長引いたときのために、食料を見つけておくに越したことはないわね」


 雪理は俺が食べるところを見ている――ちょっと落ち着かないが、とりあえず果肉を食べてみる。


「……普通に美味い……というか、クセになりそうな味だな。雪理はどうする?」

「じゃあ、少しだけ……んっ……甘い。思ったより酸味や青臭さはないわね。それどころか、すごくいい香りがする」


 せっかくなので果実一つを二人で分けて食べたが、結構満足感があった。


「果肉がとろっとしていて……品種改良しなくても食用に適しているなんて、ゾーンの植物は不思議ね」

「色が変わると毒があるみたいだから、それは気をつけないとな」

「……玲人、ちょっとじっとしていて」

「ん……」


 雪理がこちらに身を乗り出してきたかと思うと、指でちょい、と口元を拭われた。


「口についているわよ」

「っ……あ、ありがとう」

「近くで見ているとそういうことにも気がつくものね。バディとしては、パートナーのそういうところは放っておけないわ」

「いや、面目ない。もう少ししっかりしないとな」

「ふふっ……完璧よりも、何かできることがある方が、私は良いと思うのだけど」


 俺も同じようなことを考えてはいる――雪理はこの状況にあっても落ち着いているし、完璧と言うしかないから。


《マップ完成率 1.2%》


《――マップ作成範囲内に坂下揺子様、鷹森葉月様の生体反応を確認しました》


《そのほかに2つの生体反応 及び魔物反応あり》


 雪理にも幾島さんからの通知は聞こえている。俺たちは視線だけで意志疎通し、二人して走り出した。


「俺たち以外にも飛ばされた人たちがいる……その人たちも、放ってはおけない……!」

「ええ、急ぎましょう!」


 雪理は剣を持っているのに走るのが恐ろしく速い――だが少し後ろについて走ると、速すぎるがゆえにスカートが危うくはためく瞬間がある。


 無言で加速して雪理の隣に並ぶ。雪理はそれをどう思ったのか、楽しそうに笑ってさらに加速しようとする――速さ競争をしているわけじゃないのだが。


『――ああっ、全く苛々する……刀で切れないものは本当に……っ!』

『お姉ちゃん、アカン! ウチがなんとかするからはよ逃げなっ!』

『くっ……打撃が通らない相手……そんなもの、私は認めな……っ、あぁっ……!』


「坂下さん、返事してくれ! 坂下さんっ!」


 坂下さんとの通信回線を開いても、戦闘の状況が伝わってくるだけで返事がない――それも、劣勢であることが伝わってくる。


『なんかこのゾーンに来てから、毎回助けるパターン入ってないか……!?』


『ゾーン内で苦戦されている探索者が多いためだと考えられます』


 それはそうだが――と、イズミと問答をしている場合じゃない。


《鷹森葉月が刀術スキル『示現流・切り落とし』を発動》


ジャイアントスラッグ変異種が防御スキル『コーティング』発動 斬撃を無効化》


《坂下揺子が格闘術スキル『烈火崩拳』を発動》


《Gスラッグ変異種の肉質による打撃無効化》


「また攻撃を無効化する魔物……そんな魔物ばかり……っ!」


 雪理が憤るのも無理はない、耐性持ちの魔物が頻繁に出てくると言いたくもなる。


 坂下さんたちが戦っているのは、名前からしてスラッグ――すなわちナメクジだ。斬撃無効化、そして打撃の無効化――弱点属性を突けない状況では厳しい。


《Gスラッグ変異種が特殊スキル『絡め取り』を発動 鷹森葉月から『天狗切・影打』を奪取》


『――こらぁっ、返したらんかいっ!』


《斑鳩ナギが陰陽術スキル『式符・風刃尾フウジンビ』を発動》


 斑鳩という名前――確か姉妹二人に少年一人と言っていたが、ここには一人だけしかいない。


『相性悪いんか……風ならちょっとは通るはずやろがいっ……い、嫌やっ……!』

『こ、このっ……うぅっ……な、何をっ……』


《Gスラッグ変異種が特殊スキル『拘束の触手』を発動 鷹森葉月、斑鳩ナギが拘束状態》


《Gスラッグ変異種が特殊スキル『粘液の濁流』を発動 坂下揺子が鈍足状態》


 ようやく敵の姿が見えた――ジャイアントスラッグ変異種。その大きさには正直を言って面食らってしまう。


「――揺子っ……!」

「雪理、氷なら通じるかもしれない!」


《折倉雪理が攻撃魔法スキル『スノーブリーズ』を発動 Gスラッグ変異種が一部凍結》


《Gスラッグ変異種の攻撃スキル『飲み込む』をキャンセル》


 ゾーンの深部にいるような魔物だ、食料がなくても生きていけるのだろうが、決まって魔物は人間を狙ってくる。


 ――だからこそ、奴らを倒すことに遠慮はいらない。

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