第百二十四話 警告

 ウィステリアに憑依していた悪魔――エリュジーヌを倒す時に使った方法は、『チャージ・ルーン』の効果を反転させて、悪魔の魔力を吸い取るというやり方だった。


 今回の場合はそれとは異なり、浄化の呪紋を対象の体内に直接送り込む――口の中に呪紋を流し込むという、少々手荒い手段で。


《神崎玲人が回復魔法スキル『クリアランス・スフィア』を発動》


「――!!」


 鷹森さんが口を閉じる――こうなると、開けさせなければどうにもならない。


(やっぱりそうなるよな……だが……!!)


《神崎玲人が弱体魔法スキル『ウィークネスワード』を発動 魔力消費3倍ブースト 即時遠隔発動》


「――んぁぁっ……!?」


 脱力を起こす呪紋『ウィークネスワード』は成功率に難があるが、消費魔力を上げることでほぼ確実に成功するところまで持っていける。


《鷹森葉月が脱力状態》


 鷹森さんの腕に浮かび上がった呪紋が効果を発揮し、強制的に脱力が発生して少し口が開く――そこに右手で掴むようにして浄化呪紋の球体を送り込んだ。


「んくっ……んぐぅぅぅっ……!」


《鷹森葉月が神崎玲人に攻撃》


 刀を無理やり振ろうとする鷹森さんだが、力が入っていなければ竜骨のロッドで簡単に受け止められる。呪紋はもう送り込めたので、俺は離れざまに刀を受け止めた。


「もう少しの我慢だ……すぐ浄化してやるからな……!」

「わた、しは……そんなこと……望んで、はっ……あぁぁぁっ……!!」


《鷹森葉月の操作状態を解除》


「……あ……」


 脱力して前のめりに倒れる鷹森さんを受け止める。仲間たちも可視化された幽霊たちを追い詰め、戦いは大詰めに差し掛かっていた。


「これで……っ、いきますっ!」

「――切り刻むっ!」

「私も……っ、せやぁぁぁっ!」


《黒栖恋詠が攻撃魔法スキル『ブラックハンド』を発動》


《社奏が短剣術スキル『クァドラブレード』を発動》


《伊那美由岐が棍棒術スキル『雷鳴撃ち』を発動》


 魔力を帯びた武器による攻撃で敵の体力を削り切る――最後のアイススペクターが消滅し、これで周囲の敵は全滅した。


《アイススペクター3体 ヒュプノガスト2体 ランクD 討伐者 神崎玲人のパーティ》


《500EXPを取得、報酬が算定されました》


《姉崎優の恒常スキル『経験促進』によって獲得EXPが50増加しました》


《他パーティ救助により報酬が加算されました》


「よし……みんな、お疲れ様。無事に勝てたな」

「玲人、鷹森さんは……良かった、大丈夫みたいね」

「ん……雪理ちゃん……私と、もう一度……」

「――すっげぇ! ヤバいですよ皆さん、めっちゃカッコよかったっす!」


 そうやって声を上げたのは、カメラを持っている少年だった。さすがに今は撮影してないようだが、途中までは撮られてしまっていただろうか。


「いやー今のバトルは危なかったっすねー! リスナーさんにもバカ受けで、同接がいつもの5倍近くになってたんすよ!」

「ピンチの時はカメラに気を取られない方がいい。俺たちが通りがかったからいいけど、そうじゃなかったら……」

「あー、全滅だったかもしんないっすね。でもそれはそれで面白いからOK……あっ、違うっす冗談っす! 助けてくれてありがとうございます!」


 配信で人気を取るためなら命の危険をかえりみない――というわけでもないようで、少年の声はかすかに震えていた。


 『ヒールルーン』で倒れている浦辺、合田を回復させる――坂下さんと姉崎さんが怪我を見てくれているが、重傷は避けられたようだ。


「すみませんイキっちゃって。自分、尾上おがみロウキって言います」

「俺は神崎って者だけど。ゾーン内から配信なんてできるのか?」

「最近できるようになったんすよ、許可さえ取れば。まあ、許可の継続のためには今みたいなのはほんとは危ないんすけど……ほんと、スンマセンっした」

「もう謝る必要はないよ。幾つか話を聞かせてもらってもいいか?」

「あ、はい、もちろんです! 自分は配信者のマネジメントとかしてるとこのスタッフで、ここには連休中の企画で来たんす。これ名刺っす」


 少年のように見えるが、社員とあるので俺たちより年上ということか――といっても二十歳くらいだろうか。


「同接が増えたと言ってたが、有名な配信者なのか?」


 木瀬君が質問すると、尾上君――いや、尾上さんは鷹森さんを見やりつつ答えた。


桐咲きりさきハヅキって聞いたことないですか? 界隈じゃ結構有名だと思うんすけど」

「いや、聞いたことはないな」

「ふだんは剣舞披露なんかの配信をやってるんすけど、連休スペシャル企画でゾーンに入ってみようってことになりまして。なんで、遊びじゃないんすよ。大真面目だったんすけど……」

「想定外の敵に会ってしまった、ということですわね」

「見えない敵の対策のゴーグル、持ってこうかって話は出てたんすけどね……それにしても、金髪のアナタも、皆さんもめっちゃ綺麗っすね! ハヅキさんと戦ってた銀髪の彼女とか特にお姫様っぽいっつーか!」

「いかにも軽薄な言動だな。僕はこういうタイプは苦手なのだが……」

「ひぃぃっ、銃向けないでくださいよ、もう言いません、反省してます!」


 雪理の従者としての厳格さを見せる唐沢――俺も基本的に同意ではあるが、唐沢の迫力には勝てない。


「配信って、どういうものなの? あまり見たことがないから分からないのだけど」

「こうやってゾーンに入ってるところを実況してるというか、そんな感じなのかな。いつも危険なことをしてるわけじゃないよな?」

「それはもちろんっす、今回は特別に解放されるっていうんでゾーン探索実況をやることになりましたけど、普段は歌ったり、他の配信者とゲームしたりしてるっすね」

「……鷹森さんは、なんでもできるタイプだったものね。華もあるし、確かに向いているんでしょうけど……」

「オーディションには中学の時に受かってたんすよ、彼女。学園対抗試合の全国大会に出るくらいだったって話ですけど、優勝は辞退しちゃったって……その後っすよ、うちのタレントとして活動を始めたのは」

「ま、まあ、当の本人が知らないうちにこんな話をされててもなんなので……」

「ああっ、そうっすね。えーと、戦闘のログが出てましたけど神崎君は強いなんてもんじゃないすね! どっすか、うちのタレントと一緒にパーティ組むような仕事って……」

「だ、だめですっ……!」

「手当たり次第にスカウトしないで頂戴。玲人は私の……いえ、私たちのリーダーなんだから」


 黒栖さんに腕をとられ、さらに雪理も勧誘をシャットアウトしてくれる。尾上さんは何を思ったのか、なるほどという顔をして口をつぐんだ。


「神崎様、二人の意識が戻りました」

「学園管理のゾーンとは違って、離脱リジェクトはできないんだよな……徒歩で脱出できるか?」

「仲間が起きてくれさえすれば大丈夫だと思うっす。第1エリアには待機してる班もいるんで、ちょっと行ってきます!」

「尾上、俺らも行く。一人じゃやべえだろ」

「今回は散々だなマジで……すみません、本当に助かりました」


 正気に戻れば浦辺さんは礼儀正しく、合田さんも気の良さそうな人だった。鷹森さんを連れていかないのか――と思ったが、仲間を呼んでくるということなら仕方がない。


 普通に考えたら鷹森さんたちは撤退すべきだと思うが、それを決めるにも話し合いが必要なのだろう。


「……ああ、そうだ」


 ふと思い出し、フードを被っている人の姿を探す――少し離れたところから見ていたその人は、俺が視線を向けるとビクッと反応する。


「あ、ありがとうございますっ、その節は二度も助けていただいて……っ」

「それはいいんだが、君は鷹森さんたちの仲間なのか?」

「いえっ、どちらかというと、ハヅキさん個人の知り合いで……」

「じゃあ、友達ってこと? 友達が危ないとこ行くみたいだから、心配でついてきたとか。どう? 当たりっしょ」


 姉崎さんがフードの人の肩に手を置きつつ言う。ギャルらしくフランクな距離感だ。


「はぅっ……え、ええと、その……当たらずも遠からずというかですね」


 鷹森さんの知り合いでこのゾーンにやってきて、同行していたということになるが――どうやら、戦闘に関してはあまり得意ではないようだ。


「……男、ということでいいと思うんだが……どう思う、唐沢」

「所作に思うところはあるが、男性だろう」

「あー、なんかひそひそ話してる。ちょっと男子―?」


 木瀬と唐沢が何か言っているが、社さんに釘を刺されている。とりあえず、パーカーの少年と鷹森さんについては、尾上さんたちが戻ってきたら任せればいいだろうか。


 ここで待つにも、一本橋の上というのは落ち着かないものがある。移動を始めなければいけない。


 ――そう皆に呼びかけようとした矢先に、ブレイサーが赤く発光して警報音を鳴らした。


『――警告 現在滞在中のエリアに隣接するエリアで異常な振動を検知しました』


 イズミの声が終わる前に視界が揺れ始める。異常な振動という表現は地震のことか、それとも――どのみち、揺れ方が尋常じゃない。


「きゃぁぁっ……ど、どうしよっ、めっちゃ揺れてるけど逃げ場が……!」

「神崎、この地形はまずい……っ!」


 唐沢が言った瞬間、一本橋の両端に見る間に裂け目が生じる――そして天井からの崩落も始まる。


(くそっ……一体何が起きてる……!?)


《神崎玲人が特殊魔法スキル『リバーサルルーン』を発動》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『グラビティサークル』を発動 魔力消費10倍ブースト 即時遠隔発動》


 上方からの岩塊を、重力を反転させて押し戻す――だが、足場の崩壊はどうにもならない。


 ただの崩れ方ではない――黒い球体のようなものが発生して石造りの橋を削り取っていく。


 この感覚は、イオリが現れた時に似ている。何か、大きな力がこの場に干渉している――だが、やるべきことは変わらない。


《神崎玲人が固有スキル『呪紋創生』を発動 要素魔法の選定開始》


《強化魔法スキル レベル6 『スクリーンスクエア』》


《強化魔法スキル レベル4 『エンデュランスルーン』》


《回復魔法スキル レベル5 『リプレニッシュルーン』》


 呪文創生とともに『マルチプルルーン』を使い、効果対象を全員に拡張する――魔力の消費もそれだけ重くなる。


「っ……玲人、こんなに魔法を使ったら、あなたは……っ!」

「大丈夫だ、俺は何とかなる! みんな自分の身を守ることを考えてくれ!」


『領域内の異常によりエリア移動が発生します 衝撃に備えてください』


 もはや上下もわからず、視界は岩塊と崩落した橋で埋め尽くされる。『スクリーンスクエア』で生み出した障壁がすべてを阻んでくれているが、激突の衝撃がそのままダメージに転換される。


 受けたダメージを回復させるのは『リプレニッシュルーン』――時間経過による回復量がダメージと拮抗し、消耗を減衰させてくれている。


『玲人さんっ……きっと大丈夫です、信じてます……っ!』

『あなたの魔法で守ってもらっているから……!』


 黒栖さんと雪理の声がブレイサーを介して聞こえてくる。落下する中で浮遊するような感覚が訪れ――そして、障壁の外側が白く塗りつぶされた。


   ◆◇◆


《――周囲の空間が安定しました 座標測定を開始します》


 イズミの声が聞こえる。俺に話しかけてくるときとは違う、感情を込めないナレーションのような話し方だ。


《外部とのリンクが回復しました》


《エマージェンシーコール 回線をオープンにします》


『――神崎さん、聞こえますか、幾島です。神崎さん……』

「ああ、幾島さん、聞こえるよ」

『っ……良かった……』

「ごめん、今回も心配させて。交流戦でのことがあったのに、またこんなことに……」

『いえ、神崎さんの行動によってハプニングが起きているわけではありません。むしろ、神崎さんがいることで事態が好転することもあります』

「……ありがとう。俺たちはどこに飛ばされた? 仲間たちは……」


 何気なく首だけを動かして、今自分がどうなっているか確かめようとする――しかし。


「……ん……」

「(うわっ……!?)」


 身体を起こそうとして気づく――さっきから何か載っているとは思っていたが、俺の上に雪理が覆いかぶさっていた。


(呼吸は安定してる……良かった、大丈夫そうだ……って……)


 制服越しにでも、思い切り弾力が伝わってくる――これに今まで気づかずにいたのか。むしろ気づくべきではなかったというくらい追い込まれた状況だ。


『全員とリンクが回復したので、バイタルの確認はとれています。一番重傷なのが神崎さんというくらいで……あなたほどの人がそれほどダメージを受けるなんて、何があったんですか?』

「俺の場合は見た目のダメージは大きいかもしれないけど、案外平気だよ」

『そう……ですか。ダメージログを見る限りでは……いえ、こちらからも具体的に見えるわけではないので、心配のしすぎであればそれに越したことはないです』


 だいたい1500ダメージくらい肩代わりしたような感覚なので、幾島さんにどう見えているのかは分からないが、心配するのも無理はない。


 自分を含めて10人を『スクリーンスクエア』で守り、岩塊や落下などによるダメージ全てを肩代わりした結果、結構ダメージが蓄積した――だが『リプレニッシュルーン』の徐々に回復する効果で、意識が飛んでいた間にかなり回復していた。


「……雪理はすぐ近くにいるんだけど、他の仲間の位置はわかるかな」

『では座標を共有します。鷹森葉月さんという方についても座標を追跡しています』

「ああ、ありがとう。彼女も先に脱出できれば良かったんだけど……」

「ん……あっ。おはよう、玲人……」

『折倉さんが起きられたようですので、一度通話をミュートにします』


 幾島さんが気を遣ってくれたのはいいが――俺の上で目をこすっている雪理に対して、一体何を言えばいいのか。


「……きっと夢ね、起きたら玲人が私の下にいるなんて。もう少しだけ……」

「っ……」


 思わず情けない声が出そうになる。雪理は再び俺の上にうずくまってしまった――この温かさこそが雪理が無事に生きている証明だ、と逃避している場合じゃない。


「雪理、えーと、何ていうか……その、起きてもらえると……」

「……すぅ……」


 仲間を探すためにも早く起きなければならない、そのために待てるのはあと十秒――いや、そんなに早くしては可哀想か。


 どのみち雪理が起きたあとのことも思いやられるので、このまま不可抗力として起こさずにいるわけにはいかない。修羅場を経てもサラサラのままの髪に目を奪われながら、俺は意を決して雪理の肩に触れ、そっと揺らした。



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