第百二十三話 不可視の敵
《神崎玲人が特殊魔法スキル『アダプトグラム』を発動 即時遠隔発動》
仲間たちの足元に魔法陣が生じ、そのまま頭の上まで移動していく。
「んっ……あっ、めっちゃ快適! ジメジメとか暑いとかなくなってる!」
「こんな能力があると冷暖房が不要になるな……いや、人間に作用するだけなのか」
「まあ加熱しすぎたものを冷やすとか、そういうことに使うには工夫が必要だな」
額の汗をハンカチで拭いていた唐沢もサッパリとした顔をしているし、木瀬君も悪くはないという様子だ。
――ゲームの中なのに汗をかくって、外ではどうなってるの?
――はは……あまり考えたくないけど。状態的には寝たきりだから、お世話をしてもらっているのかな。
――ログアウトできたら、看病をしてくれた人に感謝しないとですね。
『アダプトグラム』は
「ありがとう、玲人。その……どうしても我慢できないわけではないけど、暑いと苛々してしまうから」
「お嬢様はご幼少のみぎり、『スノープリンセス』と呼ばれていたこともございますので……も、申し訳ありません、何でもありません」
「寒いのは苦手ではないけれど、得意でもないわね」
「私はこたつが好きなので、寒くなってくると楽しみになってきます……あっ、どうでも良かったですね」
「いえ、私も興味はあるわ。こたつでアイスクリームを食べるという行為に」
そういうことをして文明の勝利だと思ってしまう、そんな一面が雪理にも――と、脇道に逸れ過ぎている。
「さて、進むか……遺跡の中が暑いって、ピラミッドみたいなイメージだな」
「砂漠の中でも完全に熱を遮断すれば、内部はそれほど暑くないのではないかな」
唐沢は銃の調子を確認しながら言う。湿度が高いので気になるようだ――肝心な時に
「ピラミッドが作られた理由を考えると、内部が高熱になってしまうと都合が悪いものね。ただこのゾーンはすごく広いから、作られた目的自体が違うと言えるけれど」
「作られた……ですか。ゾーンというのは誰かが作っているものなんですの?」
「えー、こんなおっきくてややこしいもの、作ったりできるんですか?」
その可能性もあながち否定できない――とは、今は言わないでおく。
魔女神はこの世界に魔物を送り込んでいる。その方法として使われているのは『特異現出』だが、特異領域もまた魔女神が作り出しているとしたら。
「前から思っていることだが、ゾーンは現実にあった場所を切り取って内包しているんじゃないか? 『平野』『洞窟』『市街』……いや、こんな『遺跡』は地球上には存在しないか」
「僕らが知らないだけで、この遺跡もどこかにあったものなのかもしれない。そういうことなら法則性を見出すことはできるか」
「確かに、試合会場に使われたゾーンはどこかの街が廃墟になったような風景だったな」
木瀬君の言うとおりだが、今までゾーンの内部が現実にあった場所のどこかという話は聞かされてこなかった。それは『検証の方法がない』のか、『検証できなくされている』のか――今はどちらとも言えない。
「現実の場所をモデルにした異空間なのか、それとも現実にあった場所が取り込まれて変化したのかだな」
「なるほど……ゾーンの中では何があってもおかしくない。地形の変化などが起きれば、元の場所に似ているだけで別の空間になってしまうか」
「突き詰めれば論文の一つも書けそうな話だな……それは討伐科の僕らのするべきことではないか」
「三人とも、そういったお話は私たちとも共有していただいた方が良いのではないですか」
「っ……ご、ごめん。まだ仮定に仮定を重ねてるだけの話だからさ」
「私も好きです、そういう考察……っていうんでしょうか。ミステリが好きなので」
黒栖さんが目をキラキラさせている――おすすめのミステリがあったらぜひ教えて欲しいが、それは後で聞いた方が良さそうだ。
「……何か音がしないか? 滝のような」
木瀬君が銃のサイトを向けた先から、確かに音が聞こえてきている。進んでいくと一本橋のようになった道があり、上方の石壁から大量の水が噴出していた。
「すご……ゾーンの中じゃなかったら、絶景で観光名所になってそうだね」
「ピラミッドではなく、水底にある地下迷宮……ということでしょうか?」
「天井を破壊したらまずいってことか。まあ壊したりしないけど」
「玲人の魔法はすごく威力が大きいから、本当にできそうだけれど」
「……やらないぞ?」
雪理はどちらを期待しているのか――楽しそうなのでどちらでもいいのか。意味もなくゾーンの構造物を壊したりはしないが。
『第3エリアに行くためこの通路を通らなければいけませんが、交戦の記録が残っているので注意してください――早速で申し訳ありませんが、敵性反応です』
「――まずい、前衛が崩れた!」
「ああっ、み、見えないっ……こんな敵って……っ」
「ハルカ、お前は逃げろっ! あいつらにお前のスキルは通じない!」
「そ、そんなわけにいかないです、私もっ……! むぅっ……!?」
「技能封じ……何してくれてんのよ、こいつら……!」
一本橋の向こうから逃げてきたのは五人――だが、何か様子がおかしい。
「玲人、敵が見えないと言っているわ。おそらく霊系の敵よ」
「ガス系ってのもいるが、どちらにしても見えるようにしないとな……」
『ディテクトルーン』は見えない敵に攻撃された時も効果はあるが、それでは後手に回ってしまう。
別の方法で見えない敵を倒さなくてはならない――範囲の広い魔法で吹き飛ばす手もあるが、この位置で他者を巻き込まないようにするのは難しい。
《正体不明の魔物が特殊スキル『恐怖の接触』を発動 浦辺連太郎が恐慌状態》
「うぁっ……あぁっ、あぁぁぁぁっ!」
「浦辺さんっ……きゃぁぁっ!」
霊体の魔物がよく使ってくる異常は『恐慌』――一定時間パニックを起こし、味方に対して攻撃することもある。
(まずいっ……!)
恐慌を起こした仲間を助けようと動いた人が狙われてしまう。足場に問題がなければよかったが、一本橋には手すりのようなものがない――それで端に近い場所で攻撃を避ければ、落下の危険がある。
「――
「ぁぁぁあ……あ、あら……?」
左手に『スピードルーン』、右手に『スピードルーン』――そんな重ねがけは普通やらないが、しっかり効果が増強された。『呪紋創生』で呪紋を混ぜられるようになった今なら、そういうこともできるらしい。
(さすがに速すぎて身体に無理がかかってるな……乱発はできないか)
「す、すみません、どこのどなたか存じませんが……っ」
「とりあえず切り抜けますよ……あれ?」
「……あ、あぁっ!?」
パーカーのフードを被っていたので分からなかったが、よく見ると――姉崎さんが絡まれていたとき、一緒に捕まっていた人だった。
「ここで待っていてください!」
パーカーの人を下ろして、逃げてくる他の人たちを見る――浦辺は恐慌状態でも他の人より速いのか、追いつかれて応戦せざるを得なくなっている。
「――玲人、良かった……追いつけたわね……っ!」
「先生、もう空飛んじゃってるじゃないですかっ……速すぎですっ!」
「そ、そうですわ、速いです……っ、はぁっ、はぁっ……」
雪理たち三人が果敢に前に出てきてくれたのはいいが、社さんと伊那さんは息が切れてしまっている。坂下さんは涼しい顔で走ってきている――黒栖さんも『転身』によるものか、俊敏な動きでも余裕がありそうだ。
(っと、見えないやつを見えるようにしないとな……!)
神聖系の攻撃魔法を使うことも考えられるが、その前に敵が見えないこと自体がパニックの原因になっているので、見えてしまえば状況は好転するはずだ。
《神崎玲人が特殊魔法スキル『ヒエラティックワード』を発動》
俺の腕に浮かび上がった光る文字列が空間に放たれ、拡散していく――その文字が見えなかった存在に貼り付き、おぼろげな輪郭が見えるようになる。
《魔物の正体が判明 アイススペクター3体 ヒュプノガスト2体》
「ゆ、幽霊っ……こんなのに俺たちは……っ、うぉぉぉっ!」
「ま、待って、
逃げていた少年がポケットから取り出してカメラを構える。こんな状況で撮影を優先するとは――だがそれを言うよりも優先すべきは。
「――幽霊対策がないなら手を出すな、やられるぞ!」
警告はしたが途中で攻撃を止められない。剣はアイススペクターに当たったかに見えた――だが、何の手応えもなく振り下ろされる。
《アイススペクターの反撃 『オーラドレイン』発動》
「うぁぁぁっ……ぁぁ……」
触れた相手から
「ちょ、ちょっと、やられるなんて聞いてないっ……わぁぁっ!」
敵の姿が見えるようになったために、カメラの少年は攻撃を避けた――それでもカメラを構えたままだが、今は置いておく。
「がぁぁぁっ! 来るなっ、お前らが俺の仲間をっ!」
「っ……目を覚ましなさいっ!」
切りかかってきた浦辺の剣を避けざまに、雪理が峰打ちを繰り出す――ほぼ同時に『リラクルーン』を発動させて、浦辺の『恐慌』を回復させる。
「……すま……ん……」
浦辺は正気に戻ったが、動くことはできない。それでも少年は構えたカメラを何かに向けている。
「撮影してる場合じゃない、ここは退いて……」
「ハヅキさんが敵に操られてるっ……助けなきゃ……!」
(話を聞いてないのかっ……!)
幽霊たちの後ろから姿を見せたのは、刀を持った女性だった。おそらくこのパーティで一番の手練れだ――しかし耐性がなければ、簡単に敵に回ってしまう。
ハヅキという人はおそらく剣士とスキルの種類が違う『刀術士』だが、間合いを一瞬で詰めるような技を持っている可能性が高い――と考えるのとほぼ同時だった。
《鷹森葉月が刀術スキル『絶空歩』を発動》
「っ……!?」
完全に間合いの外だと思っていたハヅキが想定を超えた速さで動き、雪理の反応が一瞬遅れる。
(『カウンターサークル』の効果で……いや、頼りすぎると危ない……!)
《神崎玲人が強化魔法スキル『スクリーンスクエア』を発動 即時遠隔発動》
《鷹森葉月が刀術スキル『示現流・切り落とし』を発動》
(とんでもない技……操られているとはいえ、完全に殺しに来てるな……!)
スクリーンスクエアは障壁を発生させ、受けたダメージを俺が肩代わりする技だが――俺の生命力が五桁とはいえ、少し削られたと分かるほど威力がある。
《折倉雪理が攻撃魔法スキル『スノーブリーズ』を発動》
「あなただったなんて……鷹森さん、目を覚まして!」
「……雪理ちゃん……嬉しい。前よりも強くなってるなんて、やっぱりあなたは期待を裏切らないわ」
「えっ……あの人、折倉さんの知り合いなんですか?」
「鷹森さん……中学二年まで、私たちと一緒だった方です。他県に転校して、別の学園に通っていると聞いていましたが……」
「そう……全国の決勝で、また戦えると思ったのにね。でも、雪理は来なかった……」
「……それは……」
雪理が決勝を辞退したことには理由があるとは思っていたが、今はそれよりも鷹森さんを正気に戻さなくてはならない――恐慌よりも厄介な状態異常だが、解かなくては。
「先生、幽霊は私達がやりますっ……!」
「ああ、武器が通じるようにする! 『ヒュプノガスト』には遠距離攻撃してくれ!」
「「了解っ!」」
『エンチャントルーン』を仲間たちに付与すると、武器が魔力を帯びる――黒栖さんと伊那さんは魔法で援護して、アイススペクターたちの体力を削っていく。
『鷹森葉月はヒュプノガストによる「操作」状態にかかっています』
『そうだよな……あの敵はガス状物質で、吸い込むと操られる』
肺に吸い込んだガスを浄化するか、外に出すか。選ぶべき方法は前者だろう。
――今回は何とかなったけど、ガスって人工呼吸で吸い出せるものなのかな?
――レイトがいなかったら、ファ……ファーストキスの覚悟で、人工呼吸しなきゃいけなかった。
――そ、そうですよね、ファ……いえ、心の準備が大切ですからね。
(前にもガストと戦ったのは幸いだったが、思い出す記憶がこれってのはどうなんだ……!)
「――さあ雪理ちゃん、決着をつけましょう。ここで会えたのは私達の運命だから」
《鷹森葉月が刀術スキル『陽炎の構え』を発動》
刀を上段に構えた鷹森さんの姿が揺らぐ――足捌きによるものか、
「運命なんて、たやすく使う言葉じゃないって教えてあげる」
《折倉雪理が固有スキル『アイスオンアイズ』を発動》
雪理の目が青く輝き、辺りの温度が下がって感じる――幻の冷気が、雪理に相対する者の動きを停滞させる。
「その瞳……やっぱり貴女は選ばれた人。私には何もないのに……っ!」
「選ばれてなんていない。自分で生き方を選ぶことを、私は彼に教わったの……!」
鷹森さんと雪理、二人の気迫がぶつかり合い、空中に火花を散らす。
雪理は鷹森さんを助けるために動いている。吸い込んだガスを浄化する――そのためには、一瞬の隙を見逃さずに接近する必要があった。
「――やぁぁぁぁっ!」
雷鳴のような鷹森さんの振り下ろし――だが、斬られたのは雪理の青い残像だった。
刀を戻すまでにすでに鷹森さんの懐に入り込んでいた俺は、無詠唱で呪紋を発動させる――ヒュプノガストを浄化するために。
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