第百二十二話 変異種


「――ギィィッ!!」


《ペイルゴブリンの群れと遭遇 神崎玲人のパーティが交戦開始》


 幾島さんの警告が聞こえた直後に、青白い肌色をした鬼――ゴブリンが襲ってくる。


(ゴブリンは装備した武器によって攻撃方法が違うが……やはり厄介なのがいたな……!)


《ペイルゴブリンが折倉雪理を攻撃》


「っ……!」


 吹き矢――ゴブリンが持っている武器の中では危険度が高い。ダメージ自体は少なくても避けにくく、治療の手段がなければ毒物による状態異常は死に直結する。


《折倉雪理に付与されたスキルの効果が発動》


「――グギッ!?」


 雪理に付与した呪紋の効果で、小さく視認しづらい吹き矢が反射される――ゴブリンは何が起こったのか分かっておらず、次々に武器を投擲してくる。


「俺の呪紋で投射武器は跳ね返せる! 距離を詰めて畳み掛けるんだ!」

「ええ……っ、行かせてもらうわ……!」

「さっすが先生、めちゃめちゃ心強いですっ……!」

「はぁぁぁぁっ!」


《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》


《社奏が短剣術スキル『ダッシュブレード』を発動》


《坂下揺子が格闘術スキル『旋転蹴』を発動》


『ガフォォォォッ!!』


 雪花剣で斬られたゴブリンは凍結し、社さんが駆け抜けると同時にゴブリンが血しぶきを上げて倒れ、坂下さんの豪快な回し蹴りが二体を巻き込んで吹き飛ばす。


「私たちも……っ!」

「行きますわよっ!」

「あーしもぉっ!」


《『ディテクトルーン』の効果により敵の奇襲を察知》


《黒栖恋詠が攻撃魔法スキル『ブラックハンド』を発動》


《伊那美由岐が攻撃魔法スキル『サンダーボルト』を発動》


《姉崎優が投擲スキル『スパイラルシュート』を発動》


『――ギヒィッ!?』


 後続のゴブリンが岩陰から姿を現すなり、黒栖さんたちの放った攻撃がヒットする――ゴブリンたちはまさかそんなタイミングで攻撃されるとは思っておらず、面食らっていた。


「隠れた敵の位置が分かるとは。これは凄いな……!」

「ああ、俺にも見えている……!」


《唐沢直正が射撃スキル『スナイプショット』を発動》


《木瀬忍が射撃スキル『アキュレートショット』を発動》


 最後列の二人の射撃も見事に決まる――だが、敵の反応が残っている。


《ペイルゴブリン変異種に遭遇》


「なに……あれ……っ」


 社さんが絶句する――ゴブリンを撃破して進んだ先にいたのは、異常に発達した腕を持つ個体だった。


『変異種は通常の魔物とは異なり、エリアランクから想定される以上の能力を持つ可能性があります。気をつけてください』


 幾島さんはそう言うが、躊躇している余裕がない。ゴブリンの巨大化した腕にはそれぞれ男性が一人、女性が一人捕まれ、苦悶の声が聞こえる。


「て、めぇ……放し、やがれっ……あぁぁっ!」


 社さんにぶつかった男が、マチェットのような武器を振りかざして変異種に向かっていく――だが仲間を盾にされて攻撃を止めた一瞬に、変異種が口から吐いた何かを受けて吹き飛ばされた。


《神崎玲人が特殊魔法スキル『フェザールーン』を発動 即時遠隔発動》


 男が岩に叩きつけられる前に呪紋を発動させ、衝撃を軽減する。雪理たちは武器を構えているが、接近戦は危険が大きすぎる。


「玲人……っ」


 振り返ってこちらを見る雪理。この切迫した状況で仕掛けるのを待ってくれたのは、オークロードの時のことを思い出したからか。


「ギッギッ……ギォォォォッ」


《ペイルゴブリン変異種に物理、魔法耐性を確認しました》


 変異種が笑っている。それは、俺たちに成す術がないと思っているからだ。


 変異種を攻撃すれば捕まっている人が無事では済まない。だが――変異種が反応できない速度で攻撃するならば、話は別だ。


「や、めろ……うぁぁっ……やめろやめろやめろっ……!」

「嫌……っ、こんなの……誰か助けてっ……!」


 変異種の口が裂けるようにして開く。見せしめのようにして喰うつもりか――だが。


(耐性があるなら下げればいい。それだけの話だ……!)


《神崎玲人が弱体魔法スキル『Dレジストルーン』を発動 即時遠隔発動》


《神崎玲人が攻撃魔法スキル『フォースレイクロス』を発動 即時発動》


 本来なら指を交差させる構えが必要になる。だが、今の俺ならイメージしただけで呪紋を発動させることができた。


「……ギ……ォッ……ォォ……?」


 変異種が攻撃されたことを理解する前に、光は閃き、奴の開いた口を貫通した。


《ペイルゴブリン変異種 ランク不明 討伐者:神崎玲人》


《変異種討伐実績を取得しました》


《神崎玲人様が5000EXPを取得、報酬が算定されました》


《姉崎優の恒常スキル『経験促進』によって獲得EXPが500増加しました》


 捕まっていた二人が解放される。変異種は仰向けに倒れ、そのまま動くことはなかった。

雪理と坂下さんが倒れていた二人に駆け寄るが、全身に酷い打撲を負っている。


 他のメンバーが三人いたが、いずれも変異種の打撃を受けたのか倒れ込んでいる。


 ――レイト、彼らは僕らのことを狙ってきたのにそれでも回復させるんだね。


 ソウマが言っていたことを思い出す。プレイヤーが同士討ちをするメリットがないはずなのに、それでも他プレイヤーから狙われてしまったことがあった。


(甘いと言われても、俺はあまり変わってないみたいだ)


《神崎玲人が回復魔法スキル『ヒールルーン』を発動 即時遠隔発動》


「……う……」


 倒れている人たちにそれぞれ回復呪紋をかけていく。初歩の回復呪紋でも効果は十分で、みるみるうちに打撲が治り、赤黒くなっていた腫れが引く。


「あんた、起きられるか?」

「……ああ。すげえな、あんた……俺たちはあいつらに、手も足も……」

「ああいうのは変異種っていうらしい。手を出さずに、見たら逃げるべきだな」

「……くそぉっ……!」


 戦いに負けたとき、命からがら逃げた後に、押し寄せるのは無念と悔しさだった。


 ソウマやミア、イオリも戦いを恐れるようになったことはあった。勝てないかもしれないという恐怖を克服できたのは、自分たちがまだ強くなれると思えたからだ。


「今日はゾーンを出た方がいいわ。次は私たちも助けられないから」

「……分かった」


 雪理に諭された男は立ち上がる――彼の仲間たちも意識が戻るが、まだすぐには動けないようだ。


「じゃあ、俺たちは……」

「こんなもんがいるか分からないが、良かったら持っていってくれ。携帯食料だ……俺たちには必要がなくなったからな」


 一応食料は買ってきたものの、店の在庫が少なくなっていたので少ししか買ってきていない。


「知らない人に食べ物をもらうのは……なーんてことは言わずに、貰っておきます?」

「社さんがそう言うなら。ありがとう、もらっておくよ」

「俺が言うことじゃないが、気をつけろよ。色んな連中が来てるからな」


 男たちが引き上げていったあと、変異種の周りを仲間たちが囲んでいる――何か見つかったようで、姉崎さんが手招きをしている。


「これがでかゴブリンの近くに落ちてたんだけど、魔石ってやつ?」

「ああ、そうだな……普通ゴブリンくらいの魔物じゃ落とさないはずなんだけど。変異種だとわけが違うのか」


 変異種が落としたものは、青白い光を放つ宝石だった。


『イズミ、これは何だろう』

『未鑑定の魔石です。詳細については解析が必要です』


 錬魔石よりも魔物を封印するのに向いているのか、全く関係ないものか。その場で分かると良かったのだが、ファクトリーで分析を頼むしかないだろうか。


(……いや、レベル1だけど鑑定スキルを持ってるはずだ。スキルポイントを使うことにはなるが、必要になればスキルレベルを上げられるんじゃないか?)


「玲人さん、どうしたんですか? 魔石をじっと見つめたりして」

「ああ、ちょっと試したいことがあって」


 黒栖さんに見られつつ、魔石を手のひらに載せてジッと見つめる――そして。


《神崎玲人様の鑑定スキルのレベルが2に上昇しました》


《神崎玲人が『鑑定』を発動 ?魔石の鑑定に成功》


《ペイルブルー 暫定ランクC 魔石・鉱物》


《深淵で獲得できる魔石の一種。深淵の魔物が生きる上で必要なものと考えられている》


「……ペイルブルーっていう石なのか、これは」

「玲人は『鑑定』ができるの? 本当になんでもできるのね……」

「雪理は『深淵』ってなんのことか分かるか? この魔石は深淵で取れるものらしいんだけど」

「いえ、聞いたことはないわね。この変異種は深淵から来たということ?」

「ゾーンの中では何があってもおかしくありませんし……深淵というところから転移してきたとか、そういうことなのでしょうか?」


 伊那さんの推測については当たっている可能性もあるとは思うが、確証はない。このゾーンに何かが起きているというのは、どうやら間違いないようだ。


「小鬼たちの装備も落ちていますが、そんなに良いものではありませんわね」

「転用することもできませんし、そのままにしておきましょう。こちらは……ゴブリンが武器に塗る毒の瓶と、もう一つありますね」


 坂下さんは白手袋をして瓶を持ち、俺のところまで持ってきてくれる。


「どうぞ、素手で触れても大丈夫と思います」

「ありがとう」


《神崎玲人が『鑑定』を発動 ?薬瓶の鑑定に成功》


《エビルリキッド ランクE 薬品・ポーション》


《薬品の合成や飲用に使う。武器に塗ると一時的に邪属性を付与できる》


 分かった情報を仲間たちに教えるが、あまりピンときてない様子だ――坂下さんは勉強熱心でメモを取っているが。


「使い所はありそうかな。邪属性って魔物に効くことはあまりないんだけど、例外はあるから。飲めるみたいだけど効果が分からないから気が引けるな」

「喉が渇いたときに飲み物の代わりにできるとか? うー、でもマズそうだね」

「まだエリア1だが、移動するだけでも水分補給は必要になる。こまめにしておかなくてはな」


 木瀬君の言う通り、俺たちはそれぞれ水筒に口をつける。


 その後は岩の立ち並ぶ迷路を抜けるまで特に目につくものはなかった――第2エリアに入ると辺りの雰囲気が大きく変わり、気温が上がったのが分かる。


「はー、あっつ……ジャージの上腰に巻いちゃおっと。せつりんは大丈夫?」

「少し暑いけど、これくらいなら我慢できるわ」


 そうは言うが、雪理は戦闘の後でも汗ひとつかいていない。顔には出さないが暑いということなら対策は必要だが。


「これは水着で探索してもいいくらいの暑さですよ、スパッツは失敗だったなー」

「社、パタパタしないでください……私の方が恥ずかしいですわ」

「とりあえず、快適に動き回れるように俺のスキルを使っておくよ」


 ゾーンの奥に行くと環境が変わることもあるというのは、今後も考慮しなくてはいけない。エリアごとにこれほど変化するとは思わなかった。


 また変異種と遭遇することも想定しつつ進まなければならない。休日のゾーン探索は思った以上に長丁場になりそうだ。

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