第百二十一話 遺跡 第1エリア

「それじゃ皆のところに戻ろうか……姉崎さん?」

「んんっ……ご、ごめん、ちょっと途中で連れてこられちゃったから……」

「あ、ああそうか。えーと、俺も一応ついていっていいかな、トイレの前まで」

「ふぁぁぁ~っ、もう恥ずかしすぎて死にそうなんですけど……っ!」


 姉崎さんが「色々出そう」と言うのはそのままの意味でもあったらしい。俺は小走りに駆け出していく姉崎さんを追いかけつつ、イズミに話しかける。


『イズミ、さっきの人について何か情報はあるか?』


《先ほどの方については、情報開示がされていないようです》


『開示されてない……ってことは、隠してるのか。俺たちは普通に行動してるだけで記録に残るのか? そういう情報は、他の人に伝わったりするか』


《魔物を討伐した際、特異領域に侵入した際などの情報は共有されますが、個人情報には任意でセキュリティがかけられます。玲人様についてはベーシックレベルのセキュリティで個人情報が保護されています》


『接触した相手の情報は自動で全部得られるとか、そういうわけじゃないんだな』


《スキルを使用した際には使用者の名称がわかりますが、それはスキルを犯罪行為に使用することを取り締まるための規則です》


 姉崎さんに強引な勧誘をかけていた男の名前は分かったが、俺の名前も伝わってはいるということだ。


『まあ、それくらいは問題ないか。教えてくれてありがとう、イズミ』


《いえ、いつでもご質問をお待ちしております》


 イズミの声が少し高揚しているように聞こえるのは、AI技術の発達によるものか、俺の贔屓目か。いずれにしても、頼れる助言者がいてくれることは有り難いものだ。


   ◆◇◆


 灰島先生の言う通りなら、祓魔師の斑鳩という人たちも特異領域の中に入っていると考えられるので、とりあえず保留にしておく。まず優先すべきは綾瀬さんに会うことだ――彼女たちが外に出てきてからでもいいのだが。


 この特異領域で出ている特殊な傷病者のことが気にかかっている。


 姉崎さんを連れて戻ったあと、俺たちは特異領域に入るゲートをくぐった。少し先も見えないような白い霧の中を進む――すると、石造りの広い空間に出た。


「思ってた以上に、めちゃくちゃ広いな……」

「今までの特異領域とは違う、まるでファンタジーの世界ね」

「すでに探索が進んでいるはずなのに、第一エリアにまだ大勢人がいるのね」

「それだけ広大な領域ということですわね。私達は班で分かれた方が良いですか?」

「しばらくは一緒でいいじゃないですか、せっかくなので」


 社さんの言う通り、全員で連れ立って歩いていく。俺たちくらいの人数のグループは他にも幾つかいるが、他のパーティとかち合わないように別方向に進んでいく。


「これからエリア3を目指すけど、危険だと判断したら俺だけで進むことになるかもしれない。あくまで経験を積むことと、何かの収穫を得ることが大事だから、怪我をするのは得策じゃない」

「ゾーンから常に無傷で帰るというのも、なかなかできないことだが……神崎、常に完璧を求める必要はないんだぞ」

「私も唐沢と同じ意見です。討伐隊を志望するには、安全な相手とばかり戦うだけでは足りないでしょう」


 二人の向上心は必ず結果に繋がると思う一方で、ゾーンの中では何が起こるか分からないので、場違いな強敵と遭遇したら退却するのも英断になる。


「メイドさんの格好で言うとどうしても可愛らしいよね、よーちゃん」

「服装は関係ありません、動きを阻害しない防具ですので……それと、よーちゃんというのには物申したいですね」

「あ、こよこよとちょっと似てるもんね」

「はぅっ……わ、私はその、恐れ多いです、そんな……っ、坂下さんと似てるなんて……」

「い、いえ、それを気にしているわけでは……私はその、硬派で通しておりますので」

「……フッ」

「……唐沢、何を笑っているんです?」

「いや、何でもない。神崎、幾島さんからマップデータが来ているぞ」


《幾島十架が特殊スキル『セカンドサイト』を発動》


《玲人様のパーティ内でマップ情報が共有されました》


『今日は角南さんに待機してもらっていますので、ゾーン外の車内からサポートを行います』

『本当にありがとう、助かるよ』

『ずっと車内というのも大変だから、適宜休憩を取ってね』

『いえ、とても快適です。角南さんとも少しお話をさせてもらいました』


 幾島さんの開いたチャットのチャンネルは、個人間での会話もできるが今はオープンになっている。仲間たちも幾島さんに声をかけていて、和気あいあいとしていた。


 交流戦を経て互いに打ち解けたというか、そんな雰囲気だ。声をかけてすぐに集合してくれる仲間たちに感謝しつつ、連休を使っていいのだろうかという遠慮はある。


「……あれ?」


 気がつくと皆がこちらを見ている――何ともいえない表情だ。何かを言いたくて我慢している感じというか。


『玲人様、リンク状態での思考については、皆様にも伝わることが……』

「えっ……ご、ごめん、俺何か変なこと考えてたかな」

『遠慮なんて必要ありませんわ、何でもいつでもお申し付けいただければ……あっ』

『謙虚を通り越して、奥ゆかしすぎると思うのだけど……でも、そういう……あっ』

『私にも声をかけてくれて、ゴールデンウィークの用事ができてよかったなって……』

『美由岐さんに便乗しちゃってる感じだけど、私も先生と一緒で探索とか最高かとしか言えないですよね』

『レイ君ってモテるからなー、ほっといたらお休みの日とかデート三昧してそうだから適度に邪魔しとかなきゃ……あっ』

『キャンプもいいが、やはりゾーンの緊張感はヒリつくものがある。良いな』

『あれほど強いのに今どき珍しいくらいに純粋な奴だ……と、これも伝わるのか』


 俺だけでなく、皆の考えていることも伝わってきた――思わず誰とはなく笑ってしまう。


『……リンク通話の思考感度を下げたいと思います。いいですか?』

『あ、ああ、ぜひ頼む。実際一緒にいるわけだから、思考の共有は必要ないからな』

『すみません、通常ならこんなことにはならないのですが、私の技能の影響で……』

『そういうことか。できればまた改めて、幾島さんのスキルについて聞いておきたいな』

『了解しました。まず、今回の探索を無事に終えてからですね』


 ちょっとしたハプニングはあったが、まあ空気が悪くなったわけでもないし、むしろ皆の本音が聞けて良かった部分もある。


「……え、えっと。レイ君、あーしのこと警戒しちゃった?」

「ん? あ、ああ。えーと、何だったかな」


 一気に皆の思考が伝わってきたので、姉崎さんの声も聞こえたが、内容が頭に入ってきていなかった。


「……神崎、すまない。一人キャンプに行く予定だったからな」

「ああ、木瀬くんの荷物はそれでなのか。謝ることはないけど」

「いや、ゾーンの危険を楽しんでいるようなことを考えてしまった……実はこいつは危ないやつなのでは、と思われても仕方がない」

「平気だよ、しのぶ君にそういうとこあるのはなんとなく見れば分かるから」

「そうですわね、銃器を扱うときの木瀬は楽しそうですから」

「……杞憂だったか。余計なことを言ったな」

「ははは……乗り気で来てくれてるのが分かったのは良かったよ」


 木瀬君は頬をかいて、社さんに肘をつつかれている。伊那さんはそんな二人を見て、腕組みをしたまま微笑んでいる――三人の関係性がなんとなく分かってきた気がする。


「っ……少し離れたところで戦闘の音が聞こえるな。神崎、我々はどうする?」

「とりあえず第二エリアを目指して進んでみよう」

「え、えっと、玲人さん、『転身』を……」

「ああ、分かった。戦闘の準備をしておかないとな」


 黒栖さんに『マキシムルーン』を使って『転身』の条件を満たす。彼女が変身するところは女性陣が並んで壁を作り、遮られてしまった――隠されると見たくなってしまうというのはとても言えない。


   ◆◇◆


 十五分ほど歩いただろうか――他のパーティの姿は見えなくなり、広い部屋に出た。


 大きな石版のような形状の岩の塊が無数にあり、視界が遮られている。


「第2エリアに行くためにみんなここを通ってるのか。魔物に奇襲されがちな地形に見えるんだが」

「そうね……気配はしているわね。私に奇襲をかけても意味はないけれど」


 いざとなれば雪理には『アイスオンアイズ』があるとはいえ、魔力は温存しておきたいし、奇襲対策は別の方法で行った方がいい。


「おい、立ち止まってるんじゃないぞ。通行の邪魔だろ」

「きゃっ……ちょ、ちょっと。ぶつからなくてもいいでしょ」


 他のパーティが後ろからやってきて、わざわざ社さんに身体を当てていく。


「……何だよ?」


 思わず身体が動いてしまった。社さんにぶつかった男の肘を掴み、引き止めてしまう。


「仲間に謝ってもらいたくて。わざとぶつかる必要ってありました?」

「……子供が遊び気分で来るところじゃねえぞ、特異領域ゾーンは。離せよ」


 俺の手を振り払い、男は唾を吐いてから歩いていく。引き止めることはできたが、社さんが心配そうに見ているし、ここは抑えなくては。


「ごめん、つい熱くなった。社さんは大丈夫?」

「もう全然大丈夫というか、先生も私のためにそんな怒ってくれなくてもいいんですよ、ああいう人って結構いますし」

「怒るよ。どんな些細なことでも、仲間に何かされたら」

「っ……え、えっと……先生、私もちょっと邪魔になってたので、今度から気をつけます。だから、そんなメラメラした目は……」

「あ……わ、悪い、怖がらせたかな」

「いや、神崎がいざとなると眼光が増すというのは知っているからな」

「知らないと驚くよね、レイ君めっちゃ温厚そうだし」


 眼光と言われると目つきが悪いのかと思えて、瞳の間をつまむ。そんな俺を見て黒栖さんが微笑んでいる――普段は温厚でもやるときはやるというのは、黒栖さんにも言えることなのだが。


「――ぐぁっ!」

「くそっ、どっから出てきた……コソコソ隠れやがって……!」


 立ち並ぶ岩の向こうから、先に進んだパーティの声が聞こえてくる――前衛を務める社さん、坂下さん、雪理がすぐに動き始める。


「敵は岩に隠れて奇襲を狙ってくる! 注意してくれ!」

「「了解っ!」」

「はいっ!」

「奇襲に対応できるようにスキルを使うぞ……っ!


 いつも使っている『マルチプルルーン』と他の呪紋との合わせ技。今回は複数の呪紋を組み合わせるので、『呪紋創生』で新たな呪紋を作ることにする。


《神崎玲人が固有スキル『呪紋創生』を発動 要素魔法の選定開始》


《強化魔法スキル レベル3 『マルチプルルーン』 魔力消費8倍ブースト》


《強化魔法スキル レベル4 『ディテクトルーン』》


《特殊魔法スキル レベル5 『カウンターサークル』》


(できるならもう一つ組み込みたいが……これでも機能はするはず……!)


 もちろん『スピードルーン』と『アクロスルーン』は事前に発動していて、仲間たちは迷路のようになっている岩の間を失速せずに駆け抜けていく――そして。


『――注意してください、岩陰に十体以上の魔物がいます!』

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