第百二十話 領域前拠点
朱鷺崎市の北部に『管理特異領域G04』がある。スマホの地図で見るとかなりの範囲が空白になっていて、ゾーンの入り口は思ったよりも多くの人で賑わっていた。
折倉家の運転手である
「非殺傷弾でなくても買えるのか。銃器の携帯についてはルールがあるようだが」
「僕らの銃は大丈夫だろう。問題になってくるのはグレネードなどの他者を巻き込む危険のある武器だ」
唐沢と伊那班の三人、そして姉崎さんと幾島さんも集合している。彼らは自分で選んだ装備をして来ていた。
「おはようございます……いえ、もうこんにちはですわね。神崎さん」
「私たちも呼んでもらえて嬉しいです、先生……それはそれとして、坂下さんが本職のメイドさんみたいな格好なのはなんでですか?」
「……本職というのは間違いではありませんが。これは戦闘用ですので、格闘における動きを阻害しません」
「あー、めっちゃいいですねそういうの。私ピクニックに行くような装備で来ちゃいましたよ」
「あなたも動きを阻害しないことが優先ですものね。私の場合、探検といえば迷彩だと思ったのでこのような装いにしました」
「伊那さんはミリタリー系の装備か。そういう路線もありだな」
「やはり神崎さんには分かっていただけましたわね……その制服もとてもお似合いですわ」
伊那さんがウィンクをしてくる――慣れている感じで普通にサマになっているが、雪理の方から刺さるような視線を感じて迂闊に反応できない。
俺たちが強化制服を着ていることは、伊那さんたちには話してある。自分に合っている装備なら問題ないので、服装の非統一を気にすることはない。
「普段は解放されていないゾーンだけど、討伐隊のために周辺の設備が整っているのね」
「足りないものがあったら買っておくか。携帯食料くらいは必要かな」
「着替えなどは車に用意してありますし、二泊まででしたら対応可能な準備があります」
坂下さんはそう言うが、5月5日には雪理の家の用事があるはずなので、明日には帰らなくてはならない。もともと、俺は日帰りくらいのつもりで来たのだが。
「玲人、中に入る手続きをしてくる?」
「その前に、話がしたい人がいるんだ。ゾーンの中に入ったかどうかを確かめてくるよ」
「私たちはここで待っているわね。幾島さん、姉崎さんは? 姿が見えないけれど」
「姉崎さんはお手洗いに行っています。すぐに戻ると言っていました」
幾島さんがそう教えてくれる。姉崎さんが同行するのかはまだ確認していないので、聞いておかないといけない――討伐隊の隊員を探しつつ、姉崎さんの姿を見逃さないように気を配る。
「討伐隊に掃除されてるだけあって、一階はほとんど収穫ないな」
「ここの迷宮、G級のくせに小鬼とか出るんだな」
「さっき救急車両が出てったろ、油断すると怪我するからな」
「見てみて、新しいバックパック。これに入れておくと不慮の事故で食料が傷んだりとかしないんだって」
「ゾーンの罠ってあの小鬼どもが仕掛けてんのか? 潜るたびに違うとこに仕掛けてあるよな」
彼らは一般の討伐者だろうか。
他のパーティが門をくぐり、ゾーンに入っていく。ゾーン全てを囲うにも広大な範囲になるため、簡易的な鉄柵のみだ――その気になれば、門以外からも出入りできてしまいそうだ。
人の出入りが途切れたところで、俺は門のそばにいる職員に近づく。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「ああ、風峰学園の生徒さんですか。他の生徒さんも来ていますが、原則としてエリア1以上には進まないようにお願いします。それ以上は相応の討伐許可が必要で……」
「俺はBランクの討伐資格を得ています。先日の市内で起きた現出で、魔物討伐に参加したので」
「こ、これは失礼しました。それであれば、潜入に制限はかかりませんので、自由な判断で探索をお願いします」
男性職員の態度が一変してしまい、こちらの方が恐縮してしまう。驚かせずに自己紹介する方法はないものか――というのは気にしすぎか。
「お気遣いありがとうございます、無理は
「第二部隊の綾瀬隊長ですね。神崎玲人さんにお言伝を預かっておりますが……」
学生証を見せて身分を証明すると、職員は綾瀬さんが部下と一緒にゾーンに入っていること、後で話をしたいと言ってくれていたことを教えてくれた。
「綾瀬さんは数名の部下の方々と一緒に、ゾーン奥の調査に向かうと言っていました。数日前に傷病者が出たのですが、特殊な症状が出ていたとのことで……」
「その症状は、具体的にはどういうものですか? できれば聞いておきたいです」
「パーティ全体が恐慌に陥っているというか……一時的に意志疎通が不良になっていたんです。このゾーンで、そういった特殊な攻撃をする魔物は今までいなかったんですが」
「ありがとうございます。浅い層ではそういった症状のある人は出ていませんか?」
「はい、エリア3以降だと聞いています」
魔物によるものか、さっきの人たちが話していたような罠か、ゾーン内の環境か。俺の呪紋で精神系の状態異常には対処できるが、スキルは万能ではないというのは忘れてはならない。
「今もエリア3以降に入っているパーティはいるんですか? 綾瀬さんたち以外に」
「はい、エリア3の入場資格はE級ですので。特別探索許可期間は、多くの方がその辺りまで潜られますね」
「なるほど……教えてくれてありがとうございます。それと、『斑鳩』という人はこのゲートを通りましたか?」
「申し訳ありません、綾瀬さんについては本人の了承が得られていますが、他のパーティについてはお伝えできない決まりとなっておりまして……」
そういう規則ならば無理に聞き出すことはできない。灰島先生の言う通りなら、斑鳩という祓魔師はこのゾーンに入っているはずだ。
一旦話を終えて、俺は姉崎さんを探すことにする。
『イズミ、姉崎さんがどこにいるか分かるか?』
《個人の位置座標についてはお教えできませんが、50メートル以内に近づいた場合はお知らせできます》
《――現在姉崎様に接近しています》
間を置かずにイズミが知らせてくれる――周囲を見回しても誰もいないが、何か言い合っているような声が聞こえてくる。
休憩所の裏手。見張りをしているような男性がいるが、俺は構わずに通ろうとする。
「今はここは通れねえよ。他に行ってくれ」
「一応聞くが、高校生くらいの女の子を見たか?」
「どうだかな。なんで答える義理がある」
「そうか。それなら仕方がないな」
「――粋がるなよガキッ!」
素直に追い返される気などさらさらない――そう分かると、男は俺に掴みかかろうとする。
(スピードルーン無しでも止まって見えるんだが……学生の方がレベル高くないか?)
「て、てめぇっ……!」
掴みかかる手を数度避けたところで、いきり立った男が何かのスキルを使う――そのスキルは魔物に向けて使うべきものだが、そういうことならこちらも手加減はしない。
《神崎玲人が弱体魔法スキル『スタンスタンパー』を発動 即時発動》
男の大振りのパンチを避け、親指を立てて突き出す――すると男の額にルーン文字が浮かび上がる。
「な……にをっ……」
男は何か言いかけたが、すぐに意識を失ってその場に倒れた。過剰にダメージを与えても騒ぎになるので、昏倒させられればそれでいい。
建物の裏に回ると、悪い予感は的中していた。姉崎さんが男に詰め寄られている――いや、姉崎さんだけではなくて、もう一人いる。
「何も怖がらせるつもりはないんだよ、ちょっと聞きたいことがあるだけでさ。お嬢ちゃん、あんたの職業は?」
「さあ、答えたくないです。友達と一緒に来てるからもう行きたいんですけど」
「じゃあこっちで当ててやろうか、あんたの職業はトレーナーってやつだ。あんたが俺たちについてくるだけで一日に十万出してもいい、それくらいの価値がある」
「知らない人に何か貰っちゃいけないってお婆ちゃんにも言われてるので……っ」
どうやって姉崎さんの職業が分かったのか――そして、やはり彼女の職業は強引な勧誘を受けてしまう理由になっている。狙われていると言ってもいい。
「そ、そそそ、そういう強引なのは良くないと思います……っ!」
「おーい、こっちはどうすんの? ノリで連れてきたけど要るの?」
男たちに連れてこられたのは姉崎さんだけじゃなく、もう一人――帽子を深く被った人がいる。顔がよく見えないが、声からして少年だろうか。
「そいつはそいつで使えそうな職業だからな、俺たちのパーティに入ってもらう」
「っ……ボクはそんなつもりは……っ」
「お前のコネクターのAIにリンクグループを変更してもらえばいいだけだ。簡単だろ? お前自身の意志でやれば何のルール違反でもない」
特別探索許可期間に集まってくる人々に引き抜きをかけて、自分たちのパーティに入れようとしている。
「さあ、リンクグループの書き換えをAIに頼んでくれよ」
「……っ」
《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動 即時発動》
「――その必要はない」
「「うぉぉっ!?」」
姉崎さんに詰め寄っている男の後ろに回る。俺の速度が他者からどのように見えているかは分からないが、男の仲間たちが声を上げた。
「い、いつの間に……なんだこいつ、どこから……っ」
「あいつ、見張りもまともにできねえのか……っ!」
「動くなよ。そっちの少年に何かしても動いたと見なす」
「レイ君……っ」
姉崎さんが少し不安そうに俺の名前を呼ぶ。そんな心配は要らないが、この連中にはここで釘を刺しておかなければならない。
「……俺らをどうするつもりだ? 正義のヒーローでも気取ってんだろ?」
「強引な勧誘はやめた方がいいな……と言っても、やめるつもりはないんだろう」
「分かってんじゃねえか。ならこの女置いて消えてくれねえかな。こっちもここまでは……」
《
《神崎玲人が弱体魔法スキル『スタンスタンパー』を発動 即時発動》
「ぐっ……ぁ……何だァ、その、速……」
犬堂が使おうとしたのは銃器――振り返らずに撃とうとしてきたので、察すると同時に呪紋で阻止した。実弾なんて使えば騒ぎになるので麻酔か何かだろうが、食らってやる義理はない。
「うわっ、犬堂さんがやられたっ!」
「やりやがったなてめっ……あ痛っ!」
「――強引なのはダメだって言いましたよねっ!」
少年が自分を捕まえている男の腕をつねる――それで生まれた隙を見逃さない。
《神崎玲人が強化魔法スキル『マルチプルルーン』を発動》
《神崎玲人が弱体魔法スキル『スタンスタンパー』を発動 即時遠隔発動》
「「ぬわぁっ……!?」」
男たち二人が同時に倒れる。親指を相手に押し付けないと発動しない『スタンスタンパー』だが、俺の場合親指を構えれば距離を置いて発動させられる。
対人で相手をノーダメージで気絶させるには、『スタンスタンパー』の使い勝手が思った以上に良い――荒事は避けたいところだが、こういったケースの対策を想定するに越したことはない。
「姉崎さん、大丈……ぶっ」
「はぁぁ~、良かったぁ~……レイ君来てくれてもう色々出ちゃいそうになっちゃった……」
「で、出るって何が……まあ、無事で良かったよ」
いきなりタックルのような勢いで抱きつかれて、思わず間の抜けた声が出てしまった。
「あの、そちらの女性も男の人も、助けてくれてありがとうございました」
「あーしは何もしてないよ、むしろそっちが助けようとしてくれたんじゃん。ありがとね」
「い、いえ、わた……」
「?
「あ、ちち違いますっ、ボクは何もできなくて、一緒に捕まっちゃって……」
「まあ、本当はスキルを安易に使うのは良くないだろうしな。今回は非常時の措置ってことで、大目に見てもらいたいが」
「すみません、ボクもスキルは使えるんですけど……あなたに助けてもらうまで、何もできませんでした。猛省です」
「ということは、君も
男たちは目覚める気配がないが、傷を負わせてはいないので後で目を覚ますだろう。俺は姉崎さんにしがみつかれたままでその場を離れる――少年もついてくるが、帽子を気にしていて、前が見にくそうなくらいに深くかぶり直している。
「あ……ちょっと呼ばれてしまってるので、このお礼は必ず後ほどします!」
「いや、気にしないでいいよ……って、行っちゃったか」
「あーしが無理やり連れてかれちゃったから、あの子も助けようとしてくれたの。あーしこそお礼したかったのに」
「連絡先も聞けなかったけど、まあどこかで会えるって思っておこうか」
「うん……レイ君、ほんとにありがと。いきなりあの悪そうな人の後ろに出てきて、ヒーローかなって思っちゃった」
「普通に移動しただけだよ、ちょっとスキルは使ったけどね」
姉崎さんは皆のところに戻るまで離れてくれなかったので、なぜこんなことになっているのか弁明しなくてはならなかったが、仲間が無事ならそれで良いということにしておいた。
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