第百十九話 バディの内心
強化制服を一度着てみたあと、古都先輩に調整してもらう。
先輩は雪理たちのところにも行ってサイズが合うか確認したあと、短時間で調整を終えて、彼女たちの着替えが終わるまではロビーで一緒にいてくれた。
「先輩、すごい手際ですね。あんなに早く服の調整ってできるものなんですか?」
「今日ファクトリーに来ている人の中に『デザイナー』という職業の人がいて、スキルを使用してもらっています。もちろん『職業』としてのデザイナーということで、それをお仕事にしている方とは異なりますが」
服飾関連のスキル――生産職はもちろん『旧アストラルボーダー』にもあって、他プレイヤーの世話になる機会は少なくなかった。
「へえ……その人はいつから『デザイナー』の才能に気づいたんですか?」
「昔から絵を描いたりするのが好きだったそうなんですけど、その延長だそうです。作ったものに魔力を宿せることに気づいたみたいで……私の職業もそれに近いですね」
「確かに今サイズを合わせてもらっただけでも、普通の制服よりしっくりくる感じがしますね。魔力を込めるスキルのおかげかな」
「こういう効果はしばらく持つみたいです。素材によって防御力が上がったり、他の効果があったりするみたいなんですが」
《名称:強化男子制服従者甲型 風峰学園ファクトリー製 製造ナンバー010190》
《付与効果:防御力上昇》
「俺のブレイサーも特殊な効果があるって教えてくれてますね」
「えっ……そんな機能があるんですか? 神崎くんの持っているコネクターは確かに、他の人とは形が違いますね……エルゴノミクス、っていうんでしょうか」
「このブレイサーがどこで製造されたか、調べる方法ってありますか?」
「学園で支給されているコネクターの製造メーカーは
「ということは、そのラーズの製品ではないってことですか?」
「もしくは、ラーズの表に出ていない製品……試作品かもしれません。風峰学園の性質上、そういったものを一部生徒に供与することは考えられますから」
先輩はそう言いながら、タブレットで『ラーズ』のサイトを見せてくれた。彼女が画面をスライドさせると、そこには『ORIKURA』の文字がある。
「折倉……ってことは……」
「ラーズは折倉グループの傘下にあります。折倉さんのお家は、朱鷺崎だけでなく各地に広く影響力を持っているんです」
「っ……そんなに大きい家だったんですか」
「彼女が皆から慕われているのは、お家のこともそうですが、ご自身の努力で首席の成績を収めているからです。私も折倉さんを見る度に、彼女がキラキラ光って見えるというか……それくらいのオーラを感じています」
「俺も彼女を見てるとそう思うことはあります。本当なら住む世界が違うような人が、違う科とはいえ同じ学園に通っているっていうのは凄いことですよね」
坂下さんや唐沢を連れて歩く雪理の姿を、本来なら遠くから見ているだけだっただろう――あの日オークロードと戦うために公園に向かわなければ、そうなっていた。
「私は神崎くんと折倉さんのことを、自分で見た部分しか知りませんが……あなたが彼女の信頼をどれだけ得ているのかは、見ていて分かるつもりです。まだ出会ってからそんなに経っていないはずなのに」
「言われてみればそうですね。一緒にいる時間は、色々あって長く感じますが」
「連休も一緒なくらいですし、バディにも登録されていますしね。制度としては可能なことですけど、珍しいですよ? 二人とバディ登録をするなんて」
「やっぱりそうなんですか。雪理と一緒にゾーンに入るために必要だったので登録したんです。科が違っても色々と便宜が図れるんですね、バディを組むと……な、なんで笑ってるんですか」
「いえいえ、やっぱりこういうお話を聞くと潤いが出ますね。できればもっと詳く聞きたいくらいです」
古都先輩はやけに楽しそうにしている――言い訳をしているわけではないのだが。
「バディに限らなくても、神崎くんがリーダーをするのであれば、パーティの一員の人たちとは一緒に
「それは責任重大ですね……リーダーか、そうか……」
「神崎くんは自然にリーダーとして振る舞っているので、大丈夫ですよ」
古都先輩は少し背伸びをして、俺の頭を撫でてくれる――もちろん照れるものがあるが、俺よりも先輩の方が照れてしまっていた。
――神崎班の発足ですね。よろしくお願いします、リーダー。
――はい、お兄ちゃん……レイト君が私たちのリーダーです。
俺のことをそう呼んでくれる皆の信頼を、絶対に裏切らない。休日の探索であってもゾーンは魔物の出る領域だ――心構えはしすぎるくらいでいい。
◆◇◆
古都先輩と話した限りでは、普段着ている制服の強化版をみんな身につけることになるはずだったのだが――雪理、黒栖さんはいいとして、最後に更衣室から出てきた坂下さんは思いもよらない格好をしていた。
「……お待たせして申し訳ありません、神崎様」
「い、いや、それは気にしないでいいんだけど……その装備のことは聞いてもいいのかな?」
「っ……やはりお見苦しかったでしょうか」
普段は男性物の制服を着ている坂下さんだが、俺の目に異変が生じたのか、全く違う服を着ているように見える。
《玲人様のバイタルは正常です。視力にも問題はありません》
イズミはそう言うが、それでも受け入れがたい――似合っていないとかそういうことじゃなくて、それこそこの衣装はゲームの中でしか見られないようなものだ。
「……どうしてメイド服を?」
「メイド服じゃなくて、従者乙型の制服よ。揺子が着ると性能を引き出せるみたい」
「は、はい。メイド服ではありません、私が趣味で着ているということもありませんので、それはあしからず」
「でも凄く可愛いですよね。玲人さんもじっと見てますし……」
凝視してはいけないと思うが、今更実感する。女子が可愛い服装をすると、普通に目を惹かれてしまうものなのだと。
「……私も普通の制服より、こっちの方が良かったかしら」
「従者型制服ではなくて、形がエプロンドレスの装備ということですか? オーダーメイドで作ることになりますが……メイド服だけに」
「ふふっ……あっ、す、すみません……」
古都先輩の繰り出した冗談でややウケている黒栖さん。二人は意外に笑いの波長が合っているのかもしれない――二人の間に和やかな空気が流れている。
「できれば防具としての性能も両立しなければ……というより、ファクトリーでは基本的に実用的な性能を重視しているので、そのための素材が必要になりますね」
「新しい繊維系の素材が手に入ったら、また新しい防具の作成をお願いします。この強化服に使われている以上のものは、なかなか見つかりそうにないですが」
「魔物素材はまだ未知のものばかりですので、日進月歩なんです。強力な素材が見つかって、それが継続的な入手の困難なものだったりすると、それはもう物凄い価値になりますし」
「せっかく休日を使ってゾーンに行くので、できるだけいい素材を手に入れられるように頑張ります」
「はい、ファクトリーの一同でお待ちしています」
連休中なのにファクトリーには古都先輩以外の人たちもいた――みんなで俺たちの持ち込む素材を楽しみにしているらしい。その期待に応えられるといいのだが。
雪理の家の車で移動することになっているので、学園の正門前に向かう。その途中で雪理が隣に並んできた。
「……玲人、私たちが出てくる前なのだけど」
「え……あ、ああ。ちょっと先輩と話してたんだけど、もしかして聞こえてたかな」
「っ……盗み聞きとかそういうわけじゃないのよ、少し聞こえてしまっただけ」
それはどこまで聞こえていたのか――少し恥ずかしくなるようなことも言ってしまっていた気もする。
「……私のいないところで、私をどう思っているのかが少しだけ分かって、嬉しかったというだけ。それだけよ」
「え……」
雪理はそれだけ言って、前を歩いている黒栖さんと坂下さんに追いつき、話しながら歩いていく。
さっきから俺の後ろについてきているのはなぜだろうと思っていたが、今のを伝えておきたかったということか。
《玲人様、心拍数と体温が上昇されているようですが――》
イズミが律儀に教えてくれているが、なんとなく楽しそうな声に聞こえるのは、おそらく俺の気のせいではないだろう。
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