第百十七話 NPCと中の人

 ゲーム中にステータスウィンドウを開くと時計も表示されるので、1分はそれで計測した。


 最後のカウントダウンは3つ指を立て、一つずつ数えていく。そして――。


《ピクシースライムの特殊勝利条件達成》


《ボーナス経験値:1000 『スライムの鈴』を取得しました》


《ファーストキル:ゲーム中最初の討伐者にはボーナスが付与されます》


《ピクシースライムが非好戦状態に移行しました》


「……勝った……!」

「わー! やった、やったぁお兄ちゃん!」

「よ、良かったぁ……」

「コトリ、大丈夫?」


 コトリは緊張の糸が切れたのか脱力してしまい、切羽に抱きとめられる。それを見ていたソアラさんの目がなぜかキラキラと輝いている――ダイブビジョンの感情トレース技術もなかなか高精細だ。


「仲が良いって美しい……って、こういうことですよね」

「ま、まあだいたいあってますね。ありがとうございますソアラさん、討伐に参加してくれて」

「いえいえ、私こそ恥ずかしいところを見せちゃって、それでも招き入れてくれるなんて神かな? って思っちゃいましたよ」

「意地悪なスライムは意地悪ですから仕方ないですね」

「そうなんですよねー、あれだけ注意してたのにうっかり装備の修理を忘れてしまった私って……このままじゃゲーム下手と思われてしまうのでは……?」

「全然そんなことないですよ、ソアラさんの歌すっごく綺麗でした。さっきのPVとはまた違う感じで」

「あははー、こうやって直接言ってもらえるとヤバいですねー」


 エアの褒め言葉にソアラさんは照れてしまい、紅潮のエモートを出していた。


 『スリープソング』は歌というよりハミングだったが、透き通ったメロディが今も耳に残っている。


「ゲームの中で歌ってもスキルが発動するんですよ、って配信をしようと思ってて。それで練習しようとしてたんですけどね。あわよくば『意地悪なスライム』関係のイベントクエストにも立ち会えないかなって思ってたんです」

「じゃあ、目的は一致してたわけですね。それは良かった」

「……実を言うとですね、ネオシティの近辺なら、噂の猪さんを見かけたりできるかなっていうのもあったんです」

「え……」


 ソアラさんは少し照れたように髪をかき上げつつこちらを見る。俺はといえば、彼女に着目される理由が思い当たらない――ネタ装備に見えるというくらいしか。


「やっぱりミラクルって起こるんですよね、こうやって。配信中だったらきっといつもより反響あったと思います、私自身楽しかったですし」


 エアたち三人はソアラさんの話を興味深そうに聞いている。俺も配信者と話したりするのは初めてだが、初対面でも緊張などは感じない。


「さっき出た『スライムの鈴』、きっと良いアイテムですよ」

「ソアラさんも入れて、五人で誰が貰うかサイコロでも振りましょうか。ゲームの機能で乱数を出すことはできますし」

「いえいえ、私は純粋なプレイヤーというわけではなくて、いちおう関係者なので。プレイヤーの皆さんが貴重なアイテムを手に入れるのを、見守るのがお仕事というか……ゲーマーとしては気になりますけどね、そこはプロとして割り切らないと」


 ソアラさんはそう言って微笑むと、エアたち三人と握手をして、最後に俺とも握手をする。


「今日は本当にありがとうございました。皆さんと会えて良かったです」

「こちらこそ。ユニークモンスターが召喚されたのは、たぶんソアラさんのおかげだと思いますから」

「えっ……それはどういう?」

「ピクシースライムを普通に倒すのは、オープンβのレベルキャップでは難しい。だから特殊勝利条件を満たせるように、状態異常を付与する方法を持っていると遭遇できる……っていうことなんじゃないかと」

「なるほどなるほどー、そういうこともあるかもしれないですね」


 この反応を見るに、おそらくソアラさんはピクシースライムの召喚条件を知っていて、意地悪なスライムに『スリープソング』を仕掛けていたということだ。


 ギルドでソアラさんのコピーというか、同じ姿をしたNPCを雇って連れてくると、それでピクシースライムの召喚条件を満たせる可能性が出てくる――他のプレイヤーもいずれは攻略法に気づくだろう。


「でも『ファニーチャーミー』があるので、状態異常を付与するのは難しいですよね。ただでさえ私の歌はスライムには通りにくかったので」

「確かにそうですが、敵のレジストを下げられる職もあるはずなので」

「ええっ、それは結構高レベルのスキルじゃないですか? でもレイトさんならできちゃいそうですね……さっきの氷魔法はすごかったですし」

「本当は、あまり『スキルリーダー』に頼ってもいけないとは思うんですが。さっきのはオフレコということで……」

「絶対言わないです、リアルの猪さんが凄く強い人っていう噂にもなっちゃいますからね。私もそれは普段から気をつけているので」


 ビシッ、とソアラさんがポーズを決めながら言う――見ていて真似したくなるのか、エアも何やらうずうずとしている。


「私が装備を壊されちゃった件についても秘密にしておいてくださいね。この装備支給品なので、壊しちゃったとか運営さんに言いづらいんですけど……」

「破損だったらグラフィック的にもそこまで壊れてはいないですし、修理もできますよ」

「な、何ですって……! ちょっと私このゲームのこと知らなすぎじゃないですか?」


 ソアラさんのリアクションはコミカルで、歌っている時は清楚系という印象だが、このギャップが見ていて飽きない。


「あ、あのっ。お兄さん、ソアラさんのファンになっちゃいそうとか……」

「え……ああいや、その、何というか。ソアラさんがどんな配信をしてるか、見てみたくなりました」

「はわっ……またまたー、そんな殺し文句を言って回ってるんですか? その猪さんのマスクの奥に鋭い眼光を感じますよ?」

「外してみてもまあ普通の顔ですが」

「おおー、思っていた通り知的なお兄さん……いえ、少年……少年と青年のあいだ……?」


 マスクを外した俺を見てソアラさんはどう扱っていいか悩んでいる。『お兄さん』というのを訂正したということは、中の人は俺と歳が近いか上なのだろうか。


「私も猪みたいに、戦闘中にぎゅんぎゅん頭を回転させてですね、軍師っぽい感じ? になりたいんですよね。みんなぽんこつ担当みたいに思ってるんですよ、失礼しちゃいます」


 本当に怒っているわけではないようだが――いや、半分くらいは怒っているようで、俺に向けて手が出てくる。ぽこぽこと叩かれるがもちろんダメージはない。


 そのうち叩くのではなく、ソアラさんの手付きが撫でるような感じになってきた。


「えっ……ええ……? 猪くんの装備、モフモフ感がすごいんですけど……」


 触れられている感じがするわけではないが、グラフィック上のこととはいえ毛並みを整えられるような手付きが何ともいえない――そして。


 今まで気にしないようにしてきたが、こんな至近距離では破損したソアラさんの防具の下で揺れているものがどうしても目に入ってしまう――というところで。


《警告 桜井ソアラとパーソナルエリアが干渉しています》


「ひんっ……ああ、びっくりした。そうなんです、あまり近づくと警告がきちゃうんですよ。おわかりになりましたか?」


 解説しているような振る舞いで誤魔化そうとするソアラさんだが、エアたちにも普通にバレている――だが、三人は空気を読んで突っ込まなかった。優しい世界だ。


「あっ、なんて言ってたらちょっと招集がかかっちゃいました。メンバーの配信に顔を出してきますね、よかったら後でアーカイブを見てみてください。あまり長くは出ないですから、時間は取らせませんから」

「分かりました、後で見てみます」

「本当ですかー? 見てくれたかどうか気になるので、もう一回くらいゲームの中でエンカウントしたいですね、レイト君とは。それじゃ、しーゆーそあらー!」


 ソアラさんが手を振りながらログアウトする。NPCとして扱ってほしいという体を完全に忘れていたようだが、それも暗黙の了解ということで、ここで会ったことは秘密にしなくてはいけない。


「なんていうか、このゲームを全力で楽しんでるって感じだったね。お兄ちゃんのことが気になってたのもそれでかな?」

「……猪くんからレイト君に変わってましたね、呼び方」

「ああっ、切羽ちゃんっ、私がそれ言おうと思ってたのにっ」

「マスクを取っても猪では紛らわしいからじゃないか? ……どうしてそんな目で見るんだ」

「んーん、お兄ちゃんらしいなと思って。ねー」


 エアたちは顔を見合わせて楽しそうにしているが、何か落ち着かない感じなのでまたマスクを被る。奇抜な装備のはずが、もう被っているのが普通になってしまった。


「お兄ちゃん、ピクシースライムの持ってた鈴ってどういうアイテムなのかな?」

「『スライムの鈴』か。鈴系のアイテムは、モンスターにつけるんじゃなかったか……ああ、やっぱりそうだな」


《名称:スライムの鈴 スライム系モンスターに渡すことで同行させることができる》


《同行させるには各モンスターに設定された条件を満たす必要があります》


《『サモン』というコマンドでモンスターを召喚、『リターン』で一時的に離脱させることが可能です》


《同行モンスターのステータス、所持スキルなどは敵対しているときとは異なります》


「条件を満たしてたら、このスライムを連れて歩けるんだね」


 何が条件かは分からないが、これまでの戦闘で満たしたのだろうか。『スライムの鈴』を渡せる状態になっている。


「パカパカさんたちもいるので、どんどん仲間が増えちゃってますね。大家族みたいです」

「家族……い、いえ、何でもないです。何も想像してないので」


 俺は何も言っていないが、なぜか切羽に牽制される。そんな言い方をされると何を想像したのか聞きたくなるが、年下の子を困らせる趣味はない。


「じゃあ、早速渡してみるか」

「キューンッ」


 スライムが鳴き声を発する――そして俺の差し出した『スライムの鈴』は、ピクシースライムの身体の中に吸い込まれた。


 ピクシースライムの身体が発光を始める。どんどん小さくなり、手のひらに乗るくらいのサイズになる――そして。


《レイトのパーティにピクシースライムが同行》


《ピクシースライムのニックネームを設定しますか?》


「名前はピクシーだから、ピイちゃんで良さそうかな?」

「ああ、そうだな。よろしくな、ピイ」

「ピィッ!」


 ピクシースライムのピイはエアの肩の上、そしてコトリの肩の上に乗り、最後に切羽の――こともあろうに、胸の上に着地した。


《ピクシースライムのステータスが変更されました》


 レベル10から3になり、HPなどもかなり少なくなったが、見た目よりは強いとも言える。


「……可愛いけど、ここが一番安定するの?」

「切羽ちゃんもいいけどこっちもいつでもウェルカムだよー」

「私もいつでも大丈夫ですよー」

「ふ、二人とも、私は独り占めしないから……っ」


 そんな三人のやり取りの中で、ピイは完全に落ち着いてしまったらしく、切羽の胸の上から動かない――ある意味不具合かもしれないが、報告するほどでもないか。


「よし、今日はクエストもこなせたし街に戻るか」

「はーい……あれ? お兄ちゃん、何か忘れてる気がしない?」

「ああ、ファーストキルのボーナスってやつだけど……今のとこ何もないみたいなんだよな」

「秘密の何かが貰えたってことでしょうか?」

「うーん、どうだろう」


 まだ気づいていないだけかもしれないが、俺たちが初めて討伐したのなら、報酬をまだ設定していなかったというのも考えられる。


 次にログインしても何もなかったら、運営に問い合わせてみることにしよう――サブGMのリュシオンさんに聞いてみるのもいいかもしれない。


 ひとまずユニークモンスターの経験値でレベルも上げられることだし、俺たちはパカパカを呼んで移動を始めた。ネオシティまでの道には『意地悪なスライム』が再び出現していて、クエストに挑むパーティも増えていた――『ねくすとクラス』の姿をしたNPCを連れている人たちもいるが、ソアラさん以外のメンバーも仲間に入れられるらしい。


「……『他のソアラさん』たちは、どうやらポンコツに設定されてるらしいな」

「あ、あはは……ソアラさんが見たらショック受けちゃうかな」


 状態異常の付与に失敗して七転八倒する、ソアラさんの姿のNPCたち――しかしそういうキャラ付けだと受け入れられているのか、結構盛り上がっている。


 彼らも上手く行けばいいのだが、と祈っておく。街を目指して移動していると、パカパカの上でコトリが眠そうにしていた。かなり熱中してしまったが、時間的にもそろそろ休んだ方が良さそうだ。



 ~某掲示板 22:45~



58:VR世界の名無しさん


 ローズさん一生連れ回したい

 アスボのNPCってこんなに出来いいのかよ


75:VR世界の名無しさん


 寝転がってユウギリちゃん呼んだけど

 俺の上を歩いてくれない

 おしとやかなAIだね


82:VR世界の名無しさん

 >>75

 その発想はなかった


89:VR世界の名無しさん


 ああああああああ

 なんで推しに装備を貢げないの?

 装備課金で搾り取ってもいいのよ?


105:VR世界の名無しさん


 見た目装備出されたらガチャ回すわ

 とりあえずメイド服出せよあくしろよ


112:VR世界の名無しさん


 NPC自体がガチャになるんだろ

 レベル固定で出してきそう


123:VR世界の名無しさん


 オープンβでNPC入れられるの罠だろ

 絶対沼るわ


138:VR世界の名無しさん


 男性メンバーも結構強いな……

 アニキって呼びそうになっちゃった


152:VR世界の名無しさん


 とりあえず全員一回ずつ加入させてみるよなw


167:VR世界の名無しさん


 まだイベクエの攻略って出揃ってない?


171:VR世界の名無しさん

 >>167

 3までは出てる

 4以降は配信で挑戦してるやつがちらほら


178:VR世界の名無しさん


 たぶんイベクエ5クリアしたやつ見たわ

 猪の頭したやつ


185:VR世界の名無しさん

 >>178

 猪!


193:VR世界の名無しさん

 >>178

 まーた猪がやらかしたのか


211:VR世界の名無しさん


 猪が連れてたNPCって誰だった?


219:VR世界の名無しさん

 >>211

 そありんかな?

 ちょっと遠かったしすぐいなくなっちゃったけど


225:VR世界の名無しさん


 そありんなら今俺の横で配信してるよ


234:VR世界の名無しさん


 中の人を仲間にできるのかと思ったw

 いや、ありえなくはないか?


245:VR世界の名無しさん


 ブロッサムが配信で普通に一般パーティはいってたよ


253:VR世界の名無しさん


 パンティはいてたよに空目したわ

 疲れてるのかもしれん……


262:VR世界の名無しさん

 >>253

 >>253


271:VR世界の名無しさん


 イベクエ5どうやってクリアすんの?

 スライムに攻撃され続けてみたけど

 何も起きなかった


278:VR世界の名無しさん


 装備品剥がれちゃうじゃん


285:VR世界の名無しさん


 ねくすとのNPCを連れてけばいいってこと?

 スライムに攻撃されても装備壊れないよね?


293:VR世界の名無しさん


 なんかねくすとのメンバーって

 みんな毒とか眠りとか持ってない?


302:VR世界の名無しさん

 >>293

 それっぽいな

 でもスライムって状態異常になるか?


311:VR世界の名無しさん


 そういえば

 猪って人の仲間が羽根の生えたスライム連れてたわ


318:VR世界の名無しさん

 >>311

 金色のスライムかな?


323:VR世界の名無しさん


 胸にピンクのスライム乗ってたわ

 ガン見はしてないぞ、念のため


332:VR世界の名無しさん

 >>323

 なるほど

 スライム仲間にしたらNPCの胸に乗せればいいのか


340:VR世界の名無しさん


 みんなイベントクエストより違うこと気になってて草

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