第百十六話 ユニークモンスター

 ゲーム内でのレベルは7になったが、HPやOPはそれぞれ70上がっただけで、やれることはあまり増えていない。『経験者』という初期ジョブのままだからだ。


 『スキルリーダー』で現実のスキルを使えるといっても、やれることに限りはある。ステータス値も低いので、威力は現実よりも低いだろう――だが、イベントで戦うユニークモンスターを倒すための糸口にはなるかもしれない。


「プルルッ……プルルル……!!」

「な、何か可愛い音出してるよ……?」


 ピクシースライムはピンク色の大きなゼリーのような姿をしていて、普通のスライムと違うのは羽根のようなものが生えていて、空中に浮いていることだ。


 そのスライムがどこから出しているのか、愛嬌のある音を発する――すると、ピクシースライムに合わせられていた標的ターゲットが勝手に外れてしまった。


《ピクシースライムが専用スキル『ファニーチャーミー』を発動 自身に対するヘイト低下 状態異常耐性上昇》


(まずい……っ!)


 『ディスペルルーン』を使ってヘイト低下を解除することはできるが、それをやるとOPがかなり削られてしまう。


《ピクシースライムが攻撃魔法スキル『ピンクウィンド』を発動》


 ピンクのスライムが発光を始める――こればかりは様子を見るわけにはいかず、即座に対抗呪紋を発動する。


「――っ!」


《レイトが特殊魔法スキル『ジャミングサークル』を発動 即時遠隔発動》


《ピクシースライムの詠唱を阻止》


「プルルッ……!!」

「みんな、一旦退くぞ! 攻撃できないんじゃ倒しようがない!」

「今のって、まだ解放されてない高レベルのスキルじゃ……」

「説明は後です、俺が殿しんがりを務めますから!」


 ピクシースライムがもう一度詠唱を始めるまで、クールタイムがあったことが幸いだった――詠唱に合わせて『ジャミングサークル』を発動させ、追撃を防ぐことができた。


   ◆◇◆


 なんとか逃げ切れたが、森の中に入ってきてしまった――新しいモンスターに遭遇しなかったのは幸いだった。


《ピクシースライムの索敵範囲から離脱》


《ピクシースライムの『ファニーチャーミー』効果解除》


 あの見た目からは想像もできないスピードでついてきていたピクシースライムだが、視界は広くないようで、ようやく俺たちを見失ってくれた。


「はぁっ、はぁっ……ゲームの中なのに息が切れちゃってる……」

「まあ感じ方の問題だな。俺も魔法を使うと少ししんどくなる。『スキルリーダー』を使ってるからなんだろうけど」

「そうなんですよね、『スキルリーダー』を使うと……あっ、すみません、普通に話に入ってしまって」


 ソアラさんも一緒に逃げてきていたが、この状況に付き合ってもらっていいものか――戦闘中でなければログアウトもできるし、普通に逃げることもできる。


「初めまして……じゃないですね、さっき広場にいらっしゃいましたから」

「はい、さっきのソアラさんの話を俺たちも聞いてました」

「では改めまして、私は桜井ソアラです。えっと、いちおうNPCということにしておいてくださると助かります」


 そういうていにしておいて欲しいということなら、こちらも特に異存はない。事情は気になるがそれも野暮というものだ。


「今のは練習のつもりでやってたんですけど……歌が効くのが遅くて、ちょっと焦ってしまいまして。ごめんなさい、お見苦しいところを……」

「練習っていうことは、今は配信したりはしてないってことですか?」


 切羽に言われるまで気づかなかった――そうだ、ゲーム配信の最中というのは考えられる。だが、その心配は必要なかった。


「はい、今はしてないです、練習のつもりだったので。その、リハーサルというか……ほんとは見つかっちゃいけなかったんですけどね、プライベートということで……あら?」

「っ……す、すみません。遠くで見てもそうだったんですけど、近くで見るとすごく可愛いなって……」

「ひぇぇっ、そんなそんな。皆さんもすっごく可愛いですよ! もう三人侍らせちゃってですね、ソアラちゃんのハーレムパーティを……なーんて、猪さんが皆さんのリーダー、なんですよね?」

「はい、お兄ちゃん……レイト君が私たちのリーダーです」


 妹に『君』をつけて呼ばれるのは落ち着かないが、まあゲーム内ということで良しとする。


「猪さんのこと、噂になってますよ。初回のレイドボスイベントで活躍した、プレイヤースキルの高い人だって」

「プレイヤースキル……え、えーと。ソアラさんも言ってましたけど、『スキルリーダー』のことはご存知なんですよね?」

「ほんとはまだ使えないスキルでも、現実で使えるとゲームの中でもできちゃうって機能ですよね。私もそれ、使えちゃうんです」

「すごーい……お兄さん、ライバルさんですね!」

「たぶん、皆もやろうと思えばできるはずだけど……コトリは『料理』スキルを持ってるからな」

「えっ、そうなんですか?」


 コネクターが無いとAIによるメッセージがないので、スキルを使っていても自覚がないということだ。生活に影響が出ると思うのでコネクターは普通に普及すべきだと思うが、機能的にコストが高いのだろうか。


「お兄さんがいっぱい魔法を使えるのは、『スキルリーダー』があるからなんですね」

「お兄ちゃんは現実でも……あっ、あんまり言い過ぎちゃだめかな」

「いえいえ、私口は固いので大丈夫ですよ。守秘義務とかしっかりしてますから。しっかりしすぎてて普段から秘密だらけですから」

「はは……それにしては、普通に目立つ装備みたいですけど」

「はうぁっ! お兄さん鋭いですねー、実は高校生探偵だったりしますか?」

「そうだったらどうします? ……ってやってる場合じゃないですね。ピクシースライムは動きを止めたみたいですが……」


 イベントクエストで訪れるわけでもないこの森に入ってくるプレイヤーはいない。ピクシースライムがこのまま非好戦ノンアクティブ状態だと、どこかに行ってしまったり消えたりということもありうる。


「あの『ピンクウィンド』を防いでくれたのは猪さんですよね。普通に受けちゃったら危なそうですか?」

「基本ユニークモンスターの攻撃は痛いと思った方がいいですね。ステータスも通常モンスターとは別物なので」

「そうなると、攻撃を受けないように工夫しないとですね。他のゲームとかだと、気づかれずに当てた攻撃がダメージ増えたりするじゃないですか」

「気づかれずに……ですか。敵がどうやってこっちをサーチしてるか、それが分かるとやりようはあるんですが」

「ちょっと待ってくださいね、この眼鏡を使えば……あっ、このアイテムは『他の私』にも配布されてるので大丈夫ですよ、チートじゃないです」


 『他の私』というのは、ギルドで仲間にできるNPC版のソアラさんたちのことだろう。


《桜井ソアラがスカウターグラスを使用》


《ピクシースライム レベル10 ユニークモンスター スライム族》


《HP 5000 OP 1000》


《戦闘スタイル 近づいたものに反応して攻撃する。距離を取ると魔法を使用する》


 ソアラさんが使ったアイテムは敵のステータスが分かるもので、その情報がこちらにも共有される。ナビゲーションで読み上げてくれているが、視界にステータス画面を映すほうに切り替えた。


《索敵方法:嗅覚 聴覚》


「匂いを消せばなんとかなる……かな?」

「ゲームの中なのに匂いとかあるの?」

現実リアルの感覚では分からないよな。でも、ゲーム中に『匂い』は設定されている……」


 嗅覚を誤魔化すにはどうするか。森の中でしてもおかしくはない香りを身にまとえば気づかれないかもしれない。


 森に住んでいる生物の香り――あるいは、魔物か。


「お兄ちゃん、何か思いついた……?」

「まず俺が攻撃呪紋を使うっていう手だが、今のステータスでは一気に5000ダメージを叩き出すことはできない。5000ってのも簡単に倒させる気がない数字だけどな」

「そうですね、簡悔かんくやっていう感じですね……運営さんの悪口ではないんですけどね」


 簡単に倒されたら悔しい、略して『簡悔』。ネットゲームではよくあるというか、簡単でない方が燃えるというのはあるので一概に悪いとは言えないが。


「そうなると、特殊条件達成で勝ったことにするってのが現実的だろう。さっきソアラさんが調べてくれたピクシースライムのステータスを見てくれ」


《備考:状態異常を付与して一分経過することで勝利となる》


「状態異常……毒にしたりとか、眠らせたりってこと?」

「そうだな。これがまた意地が悪いが……最初にあいつが使う『ファニーチャーミー』で状態異常の耐性が上がる」

「それを防ぐことができれば、状態異常を付与する担当は私がします。さっきは上手くいかなかったんですけど、『スリープソング』というスキルがあるので」


 ソアラさんはそう言ってくれるが、一つ問題がある。ピクシースライムの聴覚で普通に気づかれるということだ。


「……こっちに人数がいるからできる作戦。敵の習性を利用すれば、ノーダメージでいけるかもしれない。みんな、聞いてくれ」


 ピクシースライムに勝つことは必須ではないが、今できることをやってダメだったら、その時に諦めればいい。


   ◆◇◆


「プルル……」


 森の開けた場所、その中心あたりにピクシースライムがいる。周囲に警戒を巡らせるように、時々ゆっくりと回転している。


《レイトが特殊魔法スキル『サイレントルーン』を発動》


 音を消し、ピクシースライムに近づく――だが、嗅覚で気づかれることはない。


 これまで装備していなかった『暴走猪のスーツ』。これを身につけることで得られる特性『獣の匂い』は、ピクシースライムの嗅覚に対しての偽装に最適だった。


(よし……これなら『ファニーチャーミー』を発動される前の段階で阻止できる……!)


《レイトが特殊魔法スキル『ジャミングサークル』を発動 即時遠隔発動》


「プルルッ……!?」


《ピクシ―スライムのスキル発動を阻止》


「ピキィィィィッ!!」

「よっ……!」


 どこから音を発しているのか――スキルではなく通常攻撃の触手を繰り出してくるが、反応して回避する。


「――みんな、行くぞ!」

『はいっ!』


《桜井ソアラが支援スキル『スリープソング』を発動》


 ソアラさんが歌い始める。今のレベルでは歌の範囲が広がらないため、スライムの射程外では歌えない――音は遠くまで響いているが、ゲーム上のルールだ。


 次に動いたのはエアだった。木陰から飛び出し、ピクシースライムにバトンを回転させながら向かっていく。


《ピクシースライムがエアを攻撃》


《エアが攻撃を回避》


 エアはピクシースライムにそのままバトンを――叩き込むのではなく、反撃を避ける。


「やぁぁぁーっ!


 次に出てきたのはコトリ――緊張した面持ちだが、ショートスピアを構えて勇敢に駆け込んでくる。


「プルルッ……!!」


 コトリもまた、ピクシースライムの攻撃に対して回避に徹する。初めからダメージを狙ってはいない。ピクシースライムの攻撃対象を分散させているのだ。


「はぁぁぁっ!」


 今度は切羽が出てきてピクシースライムの注意を引き付け、攻撃をかわす。


 スライムの攻撃は決して遅くはないが、全員にスピードルーンを使って回避の補助をしている――OP不足で回避率上昇の呪紋が使えないので、これが今できる最善ベストの作戦だ。


 だが、ピクシースライムも翻弄されっぱなしというわけではない。


(――まずいっ!)


 ピクシースライムの攻撃対象がソアラさんに向いてしまう。歌の効果が発現するまでもう少しなのに――このままでは勝利条件達成を妨害される。


(残りOPは……いや、考えてる場合か……!)


「――うぉぉぉぉぉっ!!」


《レイトが攻撃魔法スキル『フリージングデルタ』を発動》


 同じスキルであるはずなのに、ゲーム外よりも威力はずっと弱い――それでも、俺の手の平の先に生じた青い三角形は、回転しながら冷気を撒き散らし、ピクシースライムの攻撃をキャンセルさせた。


 ソアラさんは歌唱を続けている――こちらを見て彼女が笑っている。俺はといえば、OP不足の警告で視界が暗く狭まってしまう。


「お願いっ……!」


 エアの祈るような叫び――そして。


 ピクシースライムの翼が突然、弛緩したように羽ばたきを止める。そしてポヨンと着地して、そのまま動かなくなる。


《『スリープソング』の効果発動 ピクシースライムに睡眠を付与》


 眠った――耐性の高さは『ファニーチャーミー』を使わせなくても相当なものだったようだ。


 音を出してもすぐに起きたりはしないだろうが、念のためにということか、誰も声を発しない――ただ、笑顔でそれぞれに喜んでいる。


 ソアラさんは胸を撫で下ろしつつ、こちらに見せてピースサインを見せる。俺は親指を立てて応じ、達成感に浸る――勝利条件達成までのカウントダウンは、何にも邪魔されることなく過ぎていった。

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