第百十五話 イベントクエスト
◆◇◆
《―Welcome to Astral Border World―》
本日二度目のログイン。扉を開くと光が広がる――だが、前よりそのエフェクトが軽減されていた。眩しすぎると感じるプレイヤーがいたのだろうか。
「うぉっまぶしっ、っていう感じでもなくなったよな」
「こんなとこ要望出してるやついるんだな。ありがてえありがてえ」
近くにいるプレイヤーの話し声が聞こえてくる。これはパーティ内だけに聞こえるようにも設定できるが、俺としては街で他プレイヤーの会話が聞こえてくる空気感も嫌いではない。
「オープンβっていつまでだっけ?」
「4ヶ月くらいやるんじゃなかったっけ。7月に課金の情報が出て8月から本サービスに移行、レベルは1に戻される」
「装備引き継ぎできるのはいいよな、まあβ版の装備なんてすぐ使えなくなるか」
「β版限定のアイテムがお宝になるな。例の猪の兜とか……うぉっ!?」
少し離れた位置に俺がいることに気づいたプレイヤーが驚きの声を上げる。挨拶くらいしても良かったが、逆にプレッシャーを与えそうなので気づかないふりをしておいた。
「あ、お兄ちゃんいたいた」
「ログインの順番待ちになっちゃいまして……すごくプレイヤーが増えてるんですね、このゲーム」
英愛のキャラであるエアと、小平さんと長瀬さん――コトリと切羽が姿を見せる。
「お兄ちゃん、やっぱり目立っちゃってるね。あの猪さんってあまり出てこないのかな?」
「テストだからな、色々違うレイドボスを出して試してるのかもしれない」
「あ、あの蝶の羽根みたいなのがついてる人がそうみたいですね。他のレイドボスの装備みたいです」
「い……切羽、見ただけでわかるの?」
コトリが本名を呼びかけて踏みとどまる。『切羽ちゃん』でもなく、ゲーム内では呼び捨てにすることにしたようだ。
「攻略ページをちょっと見てたら、賞金首の装備に入ってたから。『バタフライシリーズ』っていうんだって」
バタフライシリーズ――『旧アストラルボーダー』においても存在していた防具。女性限定の装備だが、あちこちが透過しているため、ミアが一瞬だけ装備していた期間があった。性能がいくらよくても羞恥心には勝てない。
「バタフライスカートの不透明度が上がったってマジ?」
「やっぱり怒られたか……あれはちょっと攻めすぎてたよな」
「バタフライビスチェの方は形自体がエ……いい感じだからセーフだぜ」
「禁止ワード言っちゃわないようにフィルターかけといたら?」
『エロ』程度は別にいいような気もするのだが、一応禁止ワードに設定されているようだ。『イエロー』と言っても引っかからないらしいので、自動判別の精度は高い。
「お兄ちゃん、バタフライビスチェに興味あったり……?」
「防具としての性能は高いんじゃないか。装備でスキルがつくのは終盤までピンポイントで使えるからな」
「あっ、お兄さん……いえ、レイトさん、ネオシティの広場でイベントの告知があるみたいです」
「よし、行ってみよう」
このオープンβテストに参加しているのは、あくまで仲間の情報を探すためだ。情報を効率良く得るにはある程度攻略を進めないといけない。
サツキにも『イオリ』について知っているかを聞きたいが、イオリを取り戻してからでなければリスクがある。そうしなければ、サツキがイオリを助けようと動く可能性がある――無関係ということは、サツキがイオリに対して何かを感じていたことからも考えにくい。
レベル100を超えた力を持つイオリが敵意を向けてくるとして、対抗できるのはおそらく俺だけだ。俺以外にも高レベルの人はいるかもしれないが、まだ出会えてはいないのだから。
考えているうちに、俺たちはネオシティの広場に着いていた。プレイヤーは日に日に増えているが、処理落ちが一切ないので支障を感じない。
「お兄ちゃん、何か人が集まってない?」
「一応ゲーム内はレイト……まあどっちでもいいけど、そりゃ集まってるだろ」
「そうじゃなくて、ステージの周りに人がいっぱいいるの」
エアの言う通り、ステージの最前列に陣取っている人たちがいる。
彼らが待ち構えている中、壇上に上がったのは――世界観を壊さないようにファンタジーらしくありつつ、それでいてアイドルらしいという衣装を着た少女だった。
「みんなー、集まってくれてありがとう! みなさんと一緒にオープンβテストに参加している桜井ソアラと言います! こんばんそあら~!」
これはバーチャルアイドルというやつか。ゲームの紹介を見ているときに、βテストに参加しているという告知があった。
「今回のイベントは、レベル7以上の方のみ参加できます! レベルはイベント期間内に上げてもらっても大丈夫なので、皆さんふるってご参加くださいね」
話すときにマイクを使うのがリアルだ――とあさっての方向で感心しつつ、説明に耳を傾ける。
「皆さんには課題クエストとしてアイテムを探してもらったり、モンスターを討伐してもらいます。それぞれ達成ポイントが獲得できますが、クエストごとに回数が決まっていて、その回数までしかポイントは入りません」
簡単なクエストを回してポイントを稼ぐというやり方では、上位入賞は難しいということだ。
賞品次第では、肩の力を抜いて参加することになるか――と考えていると、ソアラさんがペンライトのような道具を取り出し、空中に四角を描いた。
「すごーい、空中に絵が映ってる」
「プロジェクターっていうのかな? そういう感じだよね」
「ソアラっていう子の装備、すごく可愛い……」
長瀬さんは桜井ソアラさんのような∨に興味があるのだろうか。考えてみれば、こういった∨とのコラボ装備的なものは『旧アストラルボーダー』には無かった――デスゲームには無縁といえばそれまでだが。
「賞品や現在のランキングはあちらの掲示板をインタラクトすると確認できますし、ステータス画面からも見られます。本サービス時に使用できる予定のアイテムのテストも兼ねていて、『ワープレガリア』っていう面白いアイテムもあります」
「っ……!?」
その名前を聞いて思わず声が出そうになる。『ワープレガリア』は俺にとって、そして『旧アストラルボーダー』に巻き込まれた人間にとっては因縁深いアイテムだ。
「皆さんが冒険できる世界はとても広くて、びっくりするくらい細部まで作り込まれています。テスト期間のあいだ、そういったところも楽しみながらプレイして頂けたらと思います! 私も楽しんでいきますので、皆さんよろしくお願いします!」
ソアラさんがもう一度ペンライトを操作すると、ゲームのPVとイメージソングが流れ始めた。どうやら、ソアラさんの所属するユニットが歌っているようだ。
「見てみてお兄ちゃん、可愛い装備品も賞品にあるんだって」
「こ、これ、アイドルの衣装みたいですよね……いいのかな、こんなの私たちが……」
「賞品だから、頑張らないと貰えない。他の人たちもすごいだろうし」
「そうだな……」
ルールを聞いている限り、クエスト攻略のデータが明らかになってくると情熱と時間、レベルがものを言うのは間違いない。
とりあえず近場でできるものからこなしていくのが良さそうだ。課題クエスト12個の中から『ピクシースライムと遭遇する』というものに目標を定めることにした。
◆◇◆
「コトリ、いったよー!」
「はーい!」
「スラッシュ……!」
ネオシティ近辺の草原に住むスライムを倒し始めて三十分ほどが経った。現状、特に収穫は得られていない――連携がスムーズになったのは良いことだが。
「ピクシースライムの出現条件は、『意地悪なスライム』との戦闘中に特殊な条件を満たすこと……か」
「いろんな方法でやっつけてみたけど、違うのかな?」
「もう経験値はあまり入らないですね、全然メーターが伸びないです」
「……みんな諦めて行っちゃってる。後回しにしてるのかも」
切羽の言う通り、スライム相手にいろいろ試している人は他にも多くいたのだが、かなり人数が減っている。
ネオシティ近辺のスライムをいったん狩り尽くしてしまい、結構遠くまで来てしまった。この先には森があるが、そこからはスライムが出なくなってしまう。
「こっちの方は特殊な条件じゃないから、そっちにした方がいいのかな?」
「『鍛冶で武器を+4まで鍛える』……これはこれで結構大変なんだよな。なんせ武器の強化は失敗するし、素材は自分で取ってこないといけない」
「これはどうですか? 『ねくすとクラス』のメンバーを
コトリの『NPC』の言い方がぎこちないのは、ゲーム用語を普段使わないからだろう。
『ねくすとクラス』というのは桜井ソアラさんが参加しているユニット名らしい。隣のクラスにいそうなくらいの親近感があるアイドルというのがコンセプトのようだ。
「お兄ちゃん、ユニークモンスターってなに?」
「通常モンスターの色違いで、結構見つかりにくいんだ」
「色違い……いっぱいやっつけてたらそのうち出てくるとか?」
「このピクシースライムもユニークモンスターだな。イベント期間中だけ
イベントクエストの内容を確認すると、そういった情報は載っている。ヒントとして「普通に倒すだけじゃダメかも?」と書かれていた――スキルで倒せということでもないようで、手詰まり気味だ。
「じゃあ、∨の人を見つけて一緒に来てもらって、それからユニークモンスターを探したら一石二鳥になったりしないかな」
「一つずつしかクエスト達成にならないってこともよくあるんだが。狙ってみる価値はあるな」
「でも、こういう条件があるとソアラさんも引っ張りだこになっていそうですね」
「いや、NPCとして仲間にできるキャラは本人じゃなくて、同じ姿をしたキャラってことらしい。ほら、あそこにも……」
イベント期間中は『ねくすとクラス』のメンバーをギルドで一人仲間に入れられる。装備は本人のものより少し簡素で、受け答えは簡易AI的な感じらしい。指示に従ったり、技を使うときに声を発したりとか、まさにNPCキャラという振る舞いのようだ。
――そのはずなのだが。俺が見つけた『桜井ソアラ』さんの姿をしたキャラクターは、どう見ても人間味に溢れていた。
《桜井ソアラが弱体魔法スキル『スリープソング』を発動》
「あの人、歌ってる……あっ、危ない……っ!」
《意地悪なスライムが特殊攻撃スキル『食らいつく』を発動》
「きゃぁっ……こ、こうじゃなかったの……?」
歌系のスキルの問題は、序盤では効果が出るのに時間がかかること。そしてスライムには効果が出始めるのが遅い――そして意地悪というだけあって、序盤のモンスターにしては反撃が痛い。
《桜井ソアラのスタンダード衣装胸の耐久度低下 装備破損》
《桜井ソアラのスタンダート衣装足の耐久度低下 装備破損》
(防具の修理を忘れてたのか……!)
防具を狙ってくるとはいえ、普通は一撃で壊されることはない。そしてNPCの防具は耐久度が落ちないはずなので、あの人は――プレイヤーだ。
「さすがにスライムに負けるわけにはいかないですよ……っ!」
《桜井ソアラが意地悪なスライムに攻撃》
ソアラさんはまだ戦意を失っていない。ステッキのような武器を振りかざしてスライムに向かっていくが――無属性魔法でないと通じない、その特性を失念している。
「――外部支援を許可してください!」
「っ……!?」
《桜井ソアラが外部支援を許可しました》
《レイトが強化魔法スキル『ウェポンルーン』を発動》
ソアラさんのステッキが輝き、スライムにヒットする――しかし驚いてしまったからか、スライムの芯を捉えられていない。
「これなら……っ、えっ……?」
さらに追撃しようとしたソアラさんだが、スライムが飛び跳ねて逃げていく。
《意地悪なスライムが汎用スキル『仲間呼び』を発動》
仲間を呼ぶ習性を持つモンスターは多いが、意地悪なスライムが仲間を呼ぶのを見るのは初めてだった。
何もいなかった空間に次々とスライムが現れ、ポヨンポヨンと跳ねながら、ダメージを受けたスライムの周りを囲う。
《意地悪なスライムたちが『ピクシースライム』を召喚》
「きちゃった……お兄ちゃん、『ピクシースライム』が……!」
『意地悪なスライム』にダメージを与え、『仲間呼び』を誘発する。それだけの条件なら誰かが満たしそうなものだが、一撃で倒せるモンスターに対してあえて手加減をするというのは盲点といえば盲点だ。
《レイトのパーティがイベントクエスト5を達成しました 500ポイント獲得》
《レイトのパーティがイベントクエスト8を達成しました 立ち会ったキャラクター:桜井ソアラ 800ポイント獲得》
「た、達成できちゃったみたいですけど……これから戦ったりします……?」
「すごくレベルが高そう……モンスターの名前が金色の文字になってる。遭遇するだけでいいなら、逃げた方がいいの……?」
「でもそのままにしておいて逃げちゃったら、後で気にならない?」
エアもピクシースライムが強そうだとは思っているようだが、確かにせっかく出現させたのに逃げるというのも勿体ない。
できるだけ
「魔法、ありがとうございます……っ、私はできるだけ頑張ってみますが、みなさんは自由にしていただいて……えっ、猪……?」
「すみません、怪しい者にしか見えなくて……でも乗りかかった船なので、このまま共闘しませんか?」
自分でもどうかと思う誘い文句だが、ソアラさんはそれほど迷わず了承してくれた。
「こちらこそお願いします、その、装備がダメになっちゃってるので前に出られないんですが……」
「ああっ、お兄ちゃん見ちゃダメ! アンダーウェアは絶対外れないけど!」
「言ってる場合じゃないぞ……来るぞっ!」
《レイトのパーティと桜井ソアラが『ピクシースライム』と戦闘開始》
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