第百十二話 交流戦初戦終了
「君たち、無事だったか……本当に良かった」
「先に出てきた人たちに聞いていると思いますが、ゾーン内で異変が起きました。遭遇するはずのないような、強力な……相手に遭遇しました」
敵という言葉は、どうしても選べなかった。
イオリが自分の意志で攻撃してきたとは思えない。彼女の姿が消えるとき、空間の歪みに引き込んだ存在がいる。
「ゾーン内に未登録の敵性存在が確認され、交戦の後に撃退されている……交戦したのは、神崎玲人君。君ということで、間違いないか」
撤退の指示が出ている中で交戦したことは、注意されても仕方がないか。何らかの処罰もあるかもしれない――と思ったそのとき。
「あ、あのっ……俺たちは、神崎に助けてもらったんです」
「もし彼がいなかったら、私たちは建物の崩落に巻き込まれていたかもしれません」
仁村と、確か岩井さんという女子だったか。その二人が討伐隊員に対して進言してくれた。
「ああ、分かっている。我々が選手を守るためにゾーンに入るべきところを、最善の対処で対応してくれた。それも、暫定的にAランクと認定されるような敵を相手に最低限の被害で済んでいる……全て君のおかげだ。ありがとう、神崎君」
「朱鷺崎第二部隊の綾瀬
「え……俺のことを知っているんですか?」
男性隊員の横で話を聞いていた、もう一人の女性隊員。ショートカットの勝ち気そうな人だが、何というか親しみを持って話しかけてくれている。
そして男性隊員の方も何か驚いているようだ。こちらを見て目を見開いている。
「そ、そうだったのか。まさか交流戦の警備で会うことになるとは思っていなかったが、考えてみればそうか……気が付かずにいた自分の不明を恥じるよ」
「い、いえ。俺はそんな大した者じゃ……」
「今回も私たちは彼に助けられました。玲人……彼がいなかったら、負傷者が出るだけでは済まなかったかもしれません。可能であれば調査を行ったあと、何が起きたのかを知りたいのですが……」
雪理が俺の代わりに必要なことを伝えてくれる。学生が討伐隊に情報提供を頼むというのは難しいと分かっているが、俺のことを知っているなら、そして綾瀬さんの知り合いがいるなら要望が通るかもしれない。
「調査結果については朱鷺崎討伐隊とも共有し、その後の判断は綾瀬隊長に任せたいと思う。それで問題ないだろうか?」
「はい、十分です。それと、さっきの騒ぎで負傷者が出たりは……」
「選手たちには動揺があったが、救急車両で『カウンセリング』を受けて落ち着いている。幸い病院に行く必要がある生徒はいなかった」
「っ……良かった。みんな無事で……」
イオリが人を傷つけてしまったら、正気に戻すことができても彼女が苦しむことになる。俺が知っている彼女は、とても優しかったから。
「神崎君、頬から血が出ています。あなたも手当てをしていってくださいね」
「分かりました、ありがとうございます」
「我々はこれからゾーンに入り、調査隊が到着するまで現場を保全します。何か忘れ物などはありませんか?」
「大丈夫です。皆さんも、くれぐれも気をつけてください」
討伐隊員たちは頷くと、他の隊員と一緒にゾーンに入っていった。
「さて……二人も大丈夫か? 回復呪紋をかけることもできるけど。他の皆はどうしてるかな……」
雪理と黒栖さんに声をかけようとすると――なぜか両サイドから腕を掴まれた。
「……建物をなぎ倒すような力のある人の攻撃を、あなた一人で受けていたのを見ていたのよ? 実はすごく辛くて、やせ我慢したりはしてない?」
「が、我慢というか……っ……」
「やっぱり痛むんですね……っ、頬だけじゃなくて、服も擦れちゃってます」
試合用のスーツは、身体のラインが結構出てしまう。二人がかりで遠慮なく間合いを詰められると、色々と当たってしまう――これは大きめのゴムボールだと自分に言い聞かせるのも限界がある。
二人は俺の手当てをしてくれようとしている。回復呪紋をあえてかけない、そんな局面に遭遇することになるとは。
「向こうで治療をしましょう、黒栖さんには待っていてもらって……」
「っ……わ、私も、玲人さんのバディですので。玲人さんの怪我は、私の怪我と同じですっ」
「そう言われると、二番目のバディの私としては耳が痛いわね。玲人、どう思う?」
「え、えーと……」
どう思うと言われても、二人とも過保護じゃないか――とは言えないので、思わず二人から目を逸らしてしまう。
すると両方の頬にそっと手を当てられて、再び雪理に向き合わせられた。至近距離で見る瞳の色は、吸い込まれそうに深い。
「これをとりあえず飲んでおいて。魔力低下警告が出ているから」
「そ、それなら私は、体力を回復するほうのライフドロップを……」
二人が透明な小さい丸薬を取り出し、それを俺に差し出す――飲ませてくれるとか、どれだけ至れり尽くせりなのか。
「……口を開けないと入らないのだけど」
「あーんしてください、玲人さん」
「あ、あーん……」
《折倉雪理が神崎玲人に『オーラドロップ』を使用 魔力小回復》
《黒栖恋詠が神崎玲人に『ライフドロップ』を使用 生命力小回復》
覚悟を決め、順に飲んだドロップは甘いような味がした。このくらいの回復薬でも効いてはいるが、しっかり休まないと全快はできない。
「雪理お嬢様、試合の結果について通達がありました」
坂下さんと唐沢、そして他のメンバーもやってくる。みんな怪我はないようだ――無事を喜んでか、木瀬君と社さんが俺の肩を軽く叩いてくる。
「試合は風峰学園の勝利だ。幸いと言っていいのか、無効試合の条件は満たさなかった」
「そうか、無効になる可能性もあったんだな」
「試合の決着がついた後に敵の襲撃があったと判定してもらえたのね」
「え、えっと……勝てましたね、玲人さんっ」
「ああ。みんなよく頑張ったな……って、俺が偉そうに言うことでも……」
「いや、神崎は言っていい。無事に敵を撃退できたからいいものの、もし神崎が居なければ甚大な被害が出ていたかもしれない……ゾーン内の建造物は破壊されたが、それは被害としては考慮されないしな」
「まあ、そういう理由でゾーンを試合会場に使ってるってこともあるのかな」
しかし今回の襲撃があったことで、この
――私と同じ……因子を持つ者は、他に必要ない……!
この場所だから襲撃されたということではなく、イオリは俺を狙ってきた。
『因子』とはなんなのか。イオリと俺の二人が持っているのなら、ソウマとミアの二人も持っているのか――。
(イオリは誰かに操られているのか……やはりウィステリアに憑依していた悪魔が言っていた、魔女神なのか? それとも……)
しかしイオリと生きて会えたことは、ソウマとミアも生きている――今までの何も手がかりがない状態よりは、大きく前進できている。
「ちょいちょい、レイ君大丈夫? 心ここにあらずって感じ?」
「あ……ご、ごめん。姉崎さん、それに幾島さんも」
「え、えっと……
社さんが慌てている――それも無理もない。
いつもクールな態度だった幾島さんの目が赤くなっている。俺に撤退するように言ってくれていたのに、振り切ってしまったからなのか。
「……大丈夫ですか? ちゃんと足はついていますか?」
「はは……化けて出たりはしてないよ。ごめん、心配かけて」
「そんなことはいいんです。無事でいてくれたら、それで……」
幾島さんがハンカチで目元を押さえ、そして微笑む。こんな顔をするのか――と思っているのは俺だけではなくて、皆が驚いていた。
「さっきまでは神崎先生が心配だっていっても、そんなに顔に出してなかったんですよ。でもやっぱり心配だったんですね……うう、私も泣けてきちゃった」
「社、あまりそういうことを律儀に報告すべきでは……幾島さんに対して思いやりが足りませんわ」
「いえ、問題ありません。私は泣いたりはしていませんので」
「そうそう、私たち落ち着いて待ってたから。心配でゾーンに入ろうとして止められたりとかほんとしてないから」
姉崎さんはそういう行動に出てもおかしくないが、幾島さんまで――そう思うと、やはり謝っておかないといけない。
「幾島さん、さっきはせっかく忠告してくれたのに……」
「……いえ。ナビゲーターの私には、神崎さんの状況は全て伝わってきていましたから。とても凄い……そんな言葉じゃ表しきれないような人と、一緒のチームに居るということが……んっ、んんっ」
今度は饒舌になっている幾島さんだが、皆が微笑ましそうに見ていることに気づくと咳払いをして黙ってしまう。
「……すみません、言いたいことが要領を得ません」
「いえ、幾島さんの気持ち、凄く伝わってきました。私たちもゾーンの中には居ましたけど、玲人さんのことは凄く心配で、心臓が止まるかと思いましたから」
「そうね、私も……と言うと玲人に心配させてしまうわね」
「あはは、ほんとに止まっちゃったら困るからレイ君聞いてみる? 二人の鼓動」
「姉崎さんも変なテンションになってるな……とりあえず落ち着いてくれ」
「……私は聞いてもらってもいいですけど」
黒栖さんが小さい声で何か言ったようだが、俺のログには何もなかったことにしておく。
そういえば、一つ大事なことを思い出した。この交流戦におけるもう一つの目的――速川という選手に会って、確かめたいことがある。
ハヤカワ=イオリ。『速川』という同じ漢字なのかは分からないが、『アストラルボーダー』で銃を武器にしていたイオリとガンナーの速川選手には共通点があり、もしかしたらという思いが消せない。
◆◇◆
結論から言うと、速川選手に会うことはできなかった。
響林館の選手はすでに試合会場から離れるところで、出発するマイクロバスを止めるわけにもいかず見送るほかなかった――『スピードルーン』を使って走って追いかけようかと思ったが、響林館に電話をすることもできると思い直した。
雪理お付きの運転手である
「あー、あーしの家もうすぐだ。ほんと今日はみんなお疲れー、色々あったけどいい試合だったよ」
姉崎さんが自宅の前でバスを降りる。そして残った生徒は俺、黒栖さん、雪理と坂下さん、唐沢だ。
俺はマイクロバスの最後尾に乗っているのだが――四人掛けの席の真ん中で、全く動けない状態になっている。
「…………」
「……すー」
右にいる雪理はほぼ無音で、左の黒栖さんは静かに寝息を立てている――それぞれ、俺の肩に頭を預けて。
前の席に座っている坂下さんがこちらの様子をうかがい、顔を赤らめて隠れてしまう。次に唐沢が顔を出し、眼鏡を直しながらフッと笑うと引っ込んでしまった。
(二人とも疲れてるから仕方ないが……俺には枕になる才能があるのか……?)
試合後にクラブハウスでシャワーを浴びたからか、二人ともいい匂いがする。俺もシャワーを浴びておいたのはなんというかセーフだった。
『お二人の疲労度を玲人様のスキルで軽減することが可能です』
ずっと静かだったイズミが語りかけてくる。左腕につけているブレイサーを見やりながら、俺は心中で答えた。
(ヒールルーンが効くってことか?)
『肯定ですが、他にも「リプレニッシュルーン」というスキルが存在すると思うのですが。呪紋に属するスキルですので』
(なるほど、そっちの方もあったな。かけたあとしばらく効き続ける、
俺は二人を起こさないように、詠唱を省略して呪紋を発動する。
《神崎玲人が回復魔法スキル『リプレニッシュルーン』を発動》
「……ん……」
「……ふぁ……」
回復魔法を使われるときの感覚についてはいろいろな感想を聞いたことがあるが、不快な感覚ではないらしかった。
――レイトさんの気持ちが伝わってくるっていうか……よ、良いヒールだと思います!
――ヒールに良いも悪いもないと思うけど、ミアの気持ちは分かる。
――回復してもらうと連携攻撃の威力が上がるみたいだね、補正に限界はあるけど。
ソウマが言っていたことが『この現実』においても適用されるなら、使えるときに回復魔法は使っておいた方が良いかもしれない――と、攻略思考もほどほどにしないといけない。
「黒栖さん、そろそろお家に到着するようですので……」
「ん……あっ、れ、玲人さんっ、私いつの間に……っ、ごめんなさい、重かったですよね」
「俺は全然大丈夫。黒栖さん、今日はお疲れ様」
停車してから黒栖さんが席を立ち、鞄を持つ――雪理は起きる気配がない。『アイスオンアイズ』で消耗してしまった彼女を起こさないように、黒栖さんへの挨拶は声を出さずに手を振り合うだけにしておいた。
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