第百十話 鳴動
◆◇◆
――一回目の狙撃が外れた。
事前の練習でも、実戦訓練でも、誰よりも早く狙撃位置に行き、最大で2キロ離れた的に当てられるようにしてきた。
千五百メートルは外しようがない、それこそが油断だった。
(当てたとしても防がれる……そんな人、学生レベルではいるわけないと思ってた……でも……)
あの人は防いだ。仲間に優秀な狙撃手がいて、射線を予測されていた――そうだとしても、魔力で強化され、射程範囲内なら瞬時に着弾する『ロングショット』を防げる人なんていない。普通は、いないはずなのに。
《谷渕班が脱落 マイナス100ポイント》
《矢島班が脱落 マイナス100ポイント》
コネクターが敗色濃厚の戦況を伝えてくる。もう勝てない――私は、勝たないといけないのに。
《速川鳴衣が特殊行動スキル『隠密潜伏』を発動》
スナイパーライフルを担いで次の狙撃場所に移動する。生き残ることさえできれば、一人ずつ狙撃で脱落させていけば勝つことができるのだから。
ビルの屋上から階段で降りて、非常階段に出る。スキルで足音を抑えた状態で、このルートなら、そうそう裏をかかれることはないはず。
――ないはずなのに。
《神崎玲人の未登録スキルが速川鳴衣に命中》
ぐん、と足が進むのが遅くなる。まるで重い水の中に入れられたみたいに。
《速川鳴衣が黒栖恋詠に遭遇 交戦開始》
「っ……!?」
彼女は私の後ろに『現れた』。待ち伏せをされていたのに気づかず、私は通り過ぎた――どうすればそんなことができるのか。
「――やぁぁぁっ!!」
辛うじて振り向く。そうしたとしても、何もできることはない。
仁村君に毅然として言い返していた女の子。試合に出るにしては可愛らしい装備をしていて、この子を撃つのはなるべくなら避けたいとか、そんな甘いことを考えていた。
だから私は、ここで負ける。
「……ちゃん」
自分の口からひとりでに出た言葉の意味さえ、分からないまま。
《黒栖恋詠が攻撃魔法スキル『ブラックハンド』を発動》
◆◇◆
《黒栖恋詠の攻撃が速川鳴衣にヒット》
《速川鳴衣が戦闘不能 スコアプラス50ポイント》
《響林館学園のチームメンバーが全員脱落 風峰学園が勝利しました》
イズミの勝利を告げるアナウンスが聞こえ、俺は息をつく。
速川の狙撃を防御手段のある俺が受けて、幾島さんが速川の移動する予測位置を割り出し、黒栖さんが先回りをする。俺の呪紋も命中したようだが、黒栖さんの助けにはなっただろうか。
『バインドサークル』を解き、敵チームの二人を解放する。彼らも悔しそうだが、互いに労いあっていた。
「くそ、負けた……あんたみたいな選手がいるなんてデータに無かったぞ。何なんだあんた、風峰のプリンセスにスカウトでもされたのか?」
「スカウトか……確かにそうだな」
「何だその言い方……って、イキっても仕方ないか。くそ、超カッコ悪いじゃねえか俺……」
仁村は仲間たちを振り返って無事を確認したあと、俺を見やると、一度俯いて息を吐いた。
「いや、脱帽だ。魔法職に接近戦でやられてちゃ、認めるしかない……強いな、お前」
仁村はそう言いながら、こちらに近づき右手を差し出そうとする。
――瞬間、全身に悪寒が走る。
《警告 特異領域の内部が不安定化 速やかに離脱してください》
「――駄目だ、離れろっ!」
《神崎玲人が特殊魔法スキル『キネシスルーン』を発動》
イズミが警告の言葉を発すると同時に、俺は呪紋を発動させていた。
「っ……!」
仁村が『キネシスルーン』で突き飛ばされた瞬間、目の前の地面に、黒いオーラの塊が突き刺さる。
黒いオーラは地面を削りながらどこまでも進んでいく。やがてビルの外壁にぶち当たっても容易に貫通し、爆散させる。
「な、なんだ……もう試合は終わったんじゃないのかよ……?」
仁村はその光景に青ざめ、呆然としている。明らかに彼らは状況を受け止められていなかった。
射程外からの攻撃。交流戦で使用される武器に殺傷能力はない――しかし、今の攻撃は明らかにそんな威力ではなかった。
「仁村、ここから離れろ!」
「で、でもお前はっ……」
「他のチームメイトも連れて脱出しろ! 俺が時間を稼ぐ!」
「っ……くそったれ……!」
言いたいことはあるだろう、だがそれを飲み込んで仁村は仲間と共に駆け出す。
「――あ、足が……進まねえ……!」
《正体不明からの攻撃 スキル名不明》
(なっ……!?)
全くの範囲外からの攻撃。特異領域の内部とはいえ、魔物の気配などなかったはずだ――選手の行動であれば名前が表示されるが、それが『正体不明』などと。
《神崎玲人が強化魔法スキル『スクリーンスクエア』を発動》
《射程外からの攻撃》
動きが鈍った仁村がさらに狙われることを予測して、攻撃を正面から受け止める――両手で『スクリーンスクエア』を発動させ、音速で襲い来る黒いオーラの塊を受け止める。
(受け……られない、だと……!?)
正面から受け切ることに拘っていれば、防壁を割られていた。仁村に向かわないように辛うじて受け流すが、地面に大穴が開く。
「うぁぁっ……な、何なんだよ……魔物か……?」
「仁村、ここはもうヤバい、逃げるぞっ! 岩井もっ!」
「で、でもっ、足が……っ、すくんで……」
「俺の背中に乗れっ、ここにいたらやられるぞ! ……うぁぁぁっ……!」
仁村たちは恐慌状態に陥っている。この事態を前にすれば、無理もない話だった。
今まで『この現実』で、俺は脅威を覚えるような攻撃を見たことがなかった。
自分のレベルが130だと確認したことで、当面は安全だと思っていた――『この現実』では何が起こってもおかしくない、そう思っていたのに。
『神崎さん、特異領域の中に異変が起きています……っ、速やかに撤退を……!』
「幾島さん、他のメンバーに脱出するよう指示してくれ。俺に向かって攻撃してきた奴の映像は送れるか?」
『駄目です神崎さん、一人で残っては……っ』
「俺は残らなきゃならない。このまま外に出て『奴』を放置するのは危険すぎる……大丈夫だ、必ず無事で帰るから」
『……分かりました。ですが、くれぐれも深追いはしないでください』
速川という名の選手。その名前を目にした時は、イオリと縁のある人物であったならと思った。
試合の中で、俺は速川鳴衣の射撃に、そして戦い方自体に、自分の知る『イオリ』を重ねていた。
だが、それはあくまで『似ている』というだけだ。
たった今目にした二つの超長距離攻撃――その『狙撃』は。
「……イオリ……なのか……?」
幾島さんから送られてきた映像には、灰色の空に浮遊する白い髪の女性が映っていた。
彼女は禍々しい意匠の装備を身に着け、そして魔神アズラースの
《不確定個体と遭遇 暫定名称『名称不明の魔人』》
魔人。イオリに似た――それは、ウィステリアにエリュジーヌが宿った状態とも違っている。
イオリの姿をしていながら、似て非なる存在。悪魔と人間の姿を合わせたかのようなその姿は禍々しく、そして俺の胸をかき乱す。
「――イオリッ!」
彼女は幾島さんに『視られて』いることを知っているかのように微笑み、映像は乱れて掻き消えた。
『フフッ……アハハッ……アハハハハハッ……!!』
彼女は笑う。聞くものを皆魅了するような、蠱惑的な声で。イオリはこんな笑い方はしない――いつも感情を抑制しているようなところのある、そんな人だった。
俺の声が届いていないのか、それともどこか似ているだけでイオリその人ではないのか。
《名称不明の魔人による攻撃 スキル名不明》
女魔人は携えていた武器――有機的なフォルムを持つ巨大なライフルを構え、こちらに向けて放ってくる。恐るべき長射程、そして弾速。
「――うぉぉぉぉっ……!!」
無差別に降り注ぐ、隕石のような黒いオーラの射撃。全てを壊そうとでもするかのようなその殺意が、俺の視界を埋め尽くした。
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