第百八話 交流戦
五月二日――連休初日だが、俺たちにとっては交流戦の初戦日だ。
朱鷺崎市と隣の市を隔てる東の境。その一定の範囲をフェンスが囲っており、中は霧がかかっていて見えない。この向こう側が
雪理が手配してくれたマイクロバスで、風峰学園から三十分。スマートフォンで地図を確認すると、特異領域のある辺りの説明はなく、外側に『公式演習用クラブハウス』と表記されている建物があり、車はその近くで停まった。
「角南さん、ありがとう。試合が終わったら連絡するわね」
「はい、お嬢様。ご武運をお祈りしております」
俺たちがクラブハウスに向かうまで、角南さんは運転席から降りてずっと見送っていた。
クラブハウスの更衣室で試合用の装備に着替える。訓練用のスーツを着て竜骨のロッドを持つ――唐沢と木瀬も同じ防具を着け、それぞれ試合用弾入りのスナイパーライフル、アサルトライフルを持つ。
「非殺傷弾でも射程を落とさない技術か……」
「どんな魔法かといったところだが、実際に魔力を利用しているようだな」
「二人共銃の玄人らしい意見だな。参考になるよ」
「銃に対抗できる神崎の魔法も、もう一度見せてもらいたいところだが。練習試合では一瞬のことで分からなかったし、
話しながら更衣室を出る。しばらくすると、雪理たちも着替えを終えて出てきた。
雪理はファクトリーで作った『マジックシルバー』『竜骨』『疾風のエメラルド』を使ったプロテクターをつけていて、剣はいつも使っている超級品ではなく『シルバーレイピア』を持っている。
「男子は三人とも揃っているわね。坂下、黒栖さんは……」
「は、はい、大丈夫です。その、ちゃんと出られますので……」
物影に隠れていた黒栖さんがそろそろと出てくる――『ワイバーンレオタード』は訓練用スーツより性能が高いので、見た目よりは防御力がある。
唐沢と木瀬君は動じていないように見えるが、目の焦点をぼかして黒栖さんを直視しないようにしているようだ――その気持ちはよく分かる。
「これで私のスーツより防御力が高いのですから、『ランスワイバーン』の素材の強さがうかがえますわね」
「でも私たちの場合だと『レオタード』じゃなくて普通の『スーツ』になるんですよね。装備適性って不思議ですよねー」
社さんは言いつつ黒栖さんを見やる――体型の個人差が装備適性に関わるのではということかもしれないが、俺からはコメントできない。
幾島さんと姉崎さんはマイクロバス内に待機することになっている。幾島さんは制服姿、姉崎さんはジャージ姿だ。
「あーしもなんかユニフォーム的なの用意しようかな。ジャージでも気分出るけど」
「試合が終わったら相談しましょう。ありがとう、今日も参加してくれて」
「これまで一緒に練習とかしてきたし、今日も心は一緒に戦ってるから。みんな頑張れ! 風峰学園、ファイトー!」
「お、おおっ……って、みんなはやらないのか」
「……いえ、頑張りましょう」
「「はっ!」」
雪理が一瞬付き合ってくれそうな気がしたが、普通に言い直してしまった。坂下さんと唐沢が返事をして、伊那班の三人も頷く。
特異領域の入り口ゲートは二つあり、討伐隊の隊服を来た人の姿があった。試合に使うとはいえ特異領域なのだから、警備は必要ということか。
対戦校である響林館学園の生徒たちも、俺達と違うクラブハウスで準備を終えて姿を見せる。合計で八人、男子が五名、女子が三名の構成だ。
――一番後から現れた、スナイパーライフル持ちの女子。バイザーをつけていて目元が見えないが、
俺たちは西側のゲート前に横一列に並んで向き合う。ちょうど俺の対面にガンナーの女子がいる――彼女は俺を見た途端、ハッとしたように口を押さえた。
「速川、どうした?」
「……何でもない。たぶん、気のせいだと思う」
「無理しないでね、私たちのチームは鳴衣の調子次第なんだから」
「余計なことを言うな、
「っ……す、すみません」
「では、試合前の説明を始めさせていただきます。私は全国総合学園対抗交流戦運営委の者で、小石川と申します。本日の審判を務めさせていただきます」
小石川と名乗った女性は軍属のオペレーターのような服装をしている。試合状況を把握するために、幾島さんのようなスキルを持っているのだろうか。
「本日の試合は、交流戦春夏シーズンの前哨戦に位置する、新人戦となります。本日の勝敗もシーズン成績に入りますが、今回は一年生のみでチームを編成するというルールになっています。八対八で、このスコアパネルを身体の一部位に身に着け、それを狙って攻撃するとポイントが加算となります。自分が攻撃を受けた場合は……」
事前のシミュレーション通りなので、試合内容は全く問題なかった。敵チームも同じように予習済みのようで、落ち着いているが――それを通り越して、自信が余っているような印象の生徒もいる。
左から二番目にいる男子は試合の勝敗以上に、俺たちのチームメンバーの女子ばかりを見ている。俺と目が合うと不敵な笑みを見せるが、そんな顔をされても反応に困る。
「それでは試合開始の十分前に、各チーム特異領域に入ってください。風峰学園は西ゲート、響林館学園は東ゲートからスタートとなります。それではよろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
チームメンバーが向き合って礼をする。響林館学園の生徒は東ゲートに向かう――と思いきや、さっき笑みを見せていた男子生徒がこちらにやってきた。
「なああんた、すげー格好してんな。それってまともに防御性能あんのかよ?」
黒栖さんのワイバーンレオタードがやはり目を惹いてしまった――だが、雪理が黒栖さんを庇おうとすると。
「この防具は見た目よりも防御力が高いんです。ご心配頂きありがとうございます」
「っ……じゅ、銃も何も持ってないってことは一応アタッカーだろ。いいのか? 近接同士でやり合ったらボロボロに……」
「チーム戦ですから、あなたと戦うとは限らないので、大丈夫です」
「ぐっ……」
黒栖さんが物怖じせずに言い返している。初めて会った時から彼女が変わってきていることは分かっていながら、それでも驚かされるものがあった。
飾らずに言えば、胸が熱くなっている。黒栖さんの勇気を、自分のことのように誇らしいと思う。
「そ、そうかよ……なら俺と戦う可能性もあるってことだよなぁ?」
「仁村君、入場が遅れた場合は失格となりますので、急いでください」
「げっ……お、お前ら! 俺が中学時代なんて呼ばれてたか、この試合で思い知らせてやるよ!」
戦闘の実力はあるが言動が多少気になるという人は、どこの学校にでもいるものだろうか――と、不破と南野さんを思い浮かべる。いつまでも擦るのは二人に悪いが。
「何て呼ばれてるんだと思います? なんて、そんなに気にならないですけど」
「社、あんな人でもなかなかやるかもしれませんわよ。油断は禁物ですわ」
「アタッカーが五人、ガンナーが一人、サポートが二人という編成かしらね……装備を見た感想だけど」
「さすがお嬢様です、私もそのように考えました。サポートの一人はベルトに何か道具を入れているようですね……スモークグレネードなどでしょうか」
「おそらくそうだな。通常のグレネードは使用禁止だが、スモーク、スタン、フラッシュの三つは許可されている」
坂下さんと木瀬君の言う通りなら、敵のサポート役にも注意しなければならない。
「それでは入場を開始してください。良い試合を期待しています」
審判が言うとゲートが重々しい音を立てて開く。中に入ってしばらく進み続けると、霧が晴れる――目の前にはシミュレーションで見た光景に近い、市街が広がっていた。
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