第百六話 VR演習・1

 週明けの月曜日。授業が終わったあと、交流戦チームで集合することになった。


 前回幾島さんと姉崎さんに会った討伐科の校舎にある資料室ではなく、今日は視聴覚室にやってくる――そこで交流戦メンバーが一つずつ渡されたのは、家で使っているものと少し違うダイブビジョンだった。


「今年から、VRシステムによる交流戦の事前シミュレーションが行えることになりました。そのための機器が提供されましたので、セットアップを済ませてあります」

「実習にVRシステムが使われるかもと言っていたけど、実現段階に入っていたのね……」

「交流戦は優秀な討伐者バスターを見出すことも目的の一つですので、VR訓練シミュレーターの開発は、全国の総合学園の共同プロジェクトとなっています」

「シミュレーションっていうのは、試合の演習ができるってことでいいのかな」


 幾島さんはこくりと頷き、手元のリモコンを操作する。すると部屋が暗くなり、視聴覚室の板書をするためのホワイトボードの前に、スクリーンが降りてきた。


 映し出されたのは、今回のシステムのPR動画のようだった。ダイブビジョンを使って実際に特異領域に入る以外にも、模擬訓練を可能にする試みということらしい。


「試合と同じ地形ではありませんが、フィールドには障害物が配置されており、ひととおりの簡易戦術と相手のスコアパネルを狙う感覚などを試すことができます……とのことですが、現状は討伐科を備える総合学園は特異領域を管理しており、生徒の育成カリキュラムにも領域潜入が含まれていますので、あくまでテストケースとなっています」

「つまり、使ってもいいけど使わなくてもいいということね」

「最初の試合は今週の水曜日でしたか。僕としては、射撃でスコアパネルを狙う感覚は試しておきたいですね」

「えっ、水曜日って連休初日じゃない? あーしたちのお休み減っちゃうの?」

「基本的に交流戦は休日に行われるので、私たちは振替休日が貰えます。好きな時に休める権利ですわね。皆さん、夏休みを一日増やしたりという使い方をされるようですわ」


 伊那さんの説明で姉崎さんも安心したようだ。確かに休みが減るというのは一大事だ――俺は休みを取っても何かしらで動いているとは思うが。


「幾島さん、実際の試合ではスキルが使えるんだよな」

「はい、リミッターリングの着用が必要となりますが」

「シミュレーターではどれくらいのことができるんだ?」

「登録されているスキルはVRシステムでエミュレートできるとのことです。未登録のスキルの場合はエラー処理が行われ、何も起きないとのことです」

「何か物凄くよくできたゲームみたいですね、話だけ聞いてると」

「試してみないと何も分からなそうだな。チーム分けをして模擬戦をしてみるというのは?」

「ああ、いいんじゃないか。皆もそれでいいか?」


 全員が頷き、早速チーム分けをする――俺と同じチームのメンバーは黒栖さん、伊那さん、木瀬君で、相手は雪理、坂下さん、社さん、唐沢という編成だ。


 全員が着席し、ダイブビジョンを装着して姿勢を楽にする。電源を入れると、真っ暗だった目の前が徐々に明るくなる――そして。


《ログインに成功しました プレイヤーネーム認証 神崎玲人 生徒ID:5381》


 ゲームとは違う簡素なアナウンス。やがて地に足が着く感覚が生まれ、自分がVR空間に立っていることを自覚する。


 仲間たちがログインできたことを確認し、まずすぐ近くの建物の一階に隠れる。中には何もなく、地面は露出していて打ちっぱなしのコンクリートが四方を囲んでいるだけだ。


「これは……廃墟って感じの地形だな。元は人が住んでる市街地だったみたいなイメージか」

『実際の試合会場も市街に分類されるゾーンです。日本国内にこの種のゾーンは複数存在しています……所持品にスコアパネルがあると思いますので、任意の場所に装着してください』


 スコアパネルは身体の特定の場所に装着できるようになっている。俺は右腕のあたりに貼り付けておいた――黒栖さんも同じ場所、木瀬君は首の後ろ、伊那さんは足だ。


『もう一つ重要なルールです。各チームの初期位置に旗があると思いますが、この付近に敵チームの侵入を許し、三十秒その状態を維持された場合も負けとなります。この旗のある地点を本拠地ベースと呼びます』


 ベースを守りつつ相手のスコアを奪う――攻める経路次第でそれは両立できるが、もし味方が抜かれるとそのままベースを狙われることになる。


「あ、あの……VRシステム内でも、私のスキルは使えるんでしょうか?」


 黒栖さんが幾島さんに質問する。彼女の姿は非常にリアルというか、βテスト版アストラルボーダーのグラフィックに遜色がない。


 試しに『マキシムルーン』を使ってみたが、黒栖さんの『転身』は発動しなかった。どうやら、特殊なスキル発動条件を全て網羅しているわけではないらしい。


「すみません、お役に立てなくて……」

「『セレニティステップ』の方は使えるかな」

「あっ、はい……試してみます」


《黒栖恋詠が特殊行動スキル『セレニティステップ』を発動》


 黒栖さんのスキルは無事に発動する――しかし『転身』して使ったときと違い、かなり減殺されているが、動きに追従してかすかに音はしている。


「なるほど……ありがとう、黒栖さん。体力が減った状態を作らなくても『転身』できるといいんだけどな。黒猫以外のバージョンというか」

「変身には他にも条件があるかもしれない……っていうことですね。分かりました、私もなんとか探してみますっ」

「こういう感じですのね……匂いはしないのに、音と空気の手触りはある」

「音は重要だ。敵が出した音をナビゲーターに拾ってもらうことはできるか?」


 木瀬君が質問する――彼は銃を使うので、いかに離れた敵を見つけるかが重要になるだろう。


『可能ですが、選手の皆さんが感じ取った音の発生源をある程度絞り込む程度です。相手が魔力を使って攻撃をするなどした場合は、その瞬間の位置は特定です』

「了解した。唐沢も同じことを考えているだろうから、位置の読み合いになるな。ある程度射線を絞ることはできるから、マップにその位置を示して共有したい」

『分かりました。では、反映したものを共有します』


 辺りにはビルが立ち並んでおり、足元はアスファルトで舗装されているが、ところどころがひび割れている。まるで廃墟を探索するゲームのステージのようだ。


「木瀬の予測通りなら、向こうに見えるビルの屋上に唐沢君が潜伏している可能性がある……ということですか?」

「予測ではな。他の候補地点は二箇所あるが、正面から攻める手はない」

「撃ってくるのが分かっているなら、防ぐことはできるんじゃないか?」

「並みの反射神経でも、防御力でも難しいが……神崎であれば可能かもしれないな。もちろんそんな作戦を実行に移せば、敵もかなり動揺するだろう」

「では、狙撃手の位置を特定したあとはどうするのですか?」

「あの建物の出入り口を押さえる。狙撃手を護衛する選手がいる場合は、交戦は必至だな」

「交戦……わ、分かりました……!」

「黒栖さんは正面から戦うんじゃなく、慎重に慎重を重ねて相手の裏取り……奇襲を狙った方がいいな。スコアを取ったあとは離脱しなきゃならない、ルール的にはそうだよな?」

『はい。スコアパネルに何回攻撃を当てたかが重要となります。相手に一度クリーンヒットを当てたとしても、自分もクリーンヒットを受ければスコアは両チーム同値となります』

「スコアパネルは何度攻撃しても得点が入るのですか?」

『一人の持ち点は50点ですので、クリーンヒット一回で10点、ヒットで5点、ギブアップとみなされた場合は50点となります』


 ルールの確認は終わった――あとは試すだけだ。


 普通、敵にスナイパーがいると分かっていて射線に身体をさらすのは自殺行為だ。いかにスナイパーに狙われず、懐に潜り込んで排除するか――それだけではなく、他の敵メンバーにどう対処するか、反射的な判断が問われる。


「これは本番でも相手に狙撃手がいたとして、対応できるかのテストだ……響林館には凄腕のガンナーがいるっていうから、唐沢には仮想敵になってもらう」


 三人が頷く。もう三人も、極力声を出さない方がいいと理解している――雪理たちがすでにある程度接近してきている可能性も否めない。


(3、2、1……GO!)


《神崎玲人が強化魔法スキル『マルチプルルーン』を発動》


《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動》


《神崎玲人が強化魔法スキル『アクロスルーン』を発動》


「っ……身体が軽い……それに、何ですのこの走りやすさは……」

「足元が全然気になりません……っ、整った道を走ってるみたいです……っ!」


 市街地とはいえ、道の破損はひどく普通に歩くだけでも苦労する――そんな地形でも踏破を可能にする『アクロスルーン』が有効か、ここで試しておく。


 このまま先に行けば狙撃される可能性があるというところで、黒栖さんと伊那さんが物陰に待機する。木瀬君の姿は見えないが、後衛として二人をサポートできる位置にいるだろう。


(狙ってくるか、唐沢……!)


 ビルの間の開けた道に飛び出していく。ほぼその瞬間に、俺は狙撃してくるだろう方向に向けて反応していた。

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