第百三話 魔女神
「あんたは、アストラルボーダーってゲームを知ってるか?」
「……それもまた、因子を導くためのもの」
「っ……今、あんた……」
「あなたもまた因子を持つ者……いずれあなたは、同じように因子を持つ者と出会うでしょう。命を奪い合う敵という形で」
「玲人が、因子を持っている……玲人以外にも、彼のような特別な人がいるっていうの……?」
「そう……そして魔女神メフィオラが降臨する前に、あなたは死を迎えます。その日まで後悔のなきよう……
俺に対して敵意を示したことで、エリュジーヌの魔力が急速に失われていく。彼女は受肉を保てなくなり、封魔石がその場に落ちて転がった。
「……神崎君、私がここで見たことは決して口外しない」
「藍原先生……」
藍原先生の顔からは血の気が引き、青ざめている。学園の教師でも全く動くことができない、それほどのものをエリュジーヌに感じたのだろう。
「君は折倉くんの言った通り、特別な人間だ……強力な悪魔が畏怖する存在。しかしその悪魔が崇拝する神がいるという事実は、とても公に明かせるものではない」
「……はい。相談をするとしても、限られた人になると思います」
「悪魔を使役し、情報を引き出した……これはもはや学園単位の功績ではない。武蔵野先生は君が討伐隊のスカウトを断ったと報告していたが、組織に属さずとも目的を達することができるから……そう考えていいのだろうか」
「え、ええと……そこまで考えてはないんですが。もともと風峰学園に通う予定だったので、まだやることがあると思っていて」
「そうか……私たちとしては学園にいてくれるのはとても有り難いし、個人としても嬉しく思う。今後も実験棟を使うときがあればいつでも解放しよう」
「最初は家の庭ででもやろうと思ってたんですが、ちょっと問題があるかなと思いまして。念のために安全で広い場所を借りられて良かったです」
「家の庭……そ、そうか。それはまた大胆なことを考えたものだな」
藍原先生はハンカチで額を押さえる――状況が状況なので、汗をかいてしまっていたようだ。
「……玲人、私もここにいて良かったのよね?」
「ああ、勿論だけど……ごめん、不安にさせたかな」
雪理は微笑むと――俺の腕にそっと寄り添う。雪理の白い髪が揺れて、ふわりと甘い匂いがした。
「せ、雪理……急にどうした?」
「こうしておかないと、どこかに行ってしまったら困るから」
「……ありがとう。急にどこかに行ったりとかはしないよ」
「本当? 約束してくれる?」
「ああ、本当だ。俺はみんなと一緒に戦えたらって思うし、絶対に守ると決めてるから」
「……私は剣士だから、魔法使いのあなたを守らないと。強くなるために、これからもできるだけ一緒に居させて」
「っ……え、ええと……」
その言い方だと、学校など以外でも一緒にいるとしたら家でもとなりかねないが――と考えていると、藍原先生が小さく咳払いをする。
「コホン……」
「す、すみません。今日は実験棟を開けていただき、ありがとうございました」
「いや、邪魔をしてはいけないと思ったのだが……あまりに初々しかったので、自分が学生の頃を思い出してしまった。もう四十年近く前になるというのに」
「四十年……先生は、五十年前の一斉現出を経験されているんですね」
「ああ。私はまだ子供だったが、討伐隊に命を助けられてね。自分も人を助けられるようになろうと志した。風峰学園は一度大規模な建て替えをしているが、旧校舎の頃に私も通っていたんだよ」
「そうだったんですね……」
「灰島君は非常勤だが、そんな彼が神崎君と出会い、そして私もこうしている。改めて、今日ここに来てくれたことに感謝しているよ」
「こちらこそ。また良かったら、先生の話を聞かせてください」
「私の昔話は長いぞ? と言っても、君が聞きたいのは透や綾瀬くんのことだろうな。二人もきっと君にまた会う機会を待っているだろう」
灰島先生には学園で会えるが、綾瀬さんには連絡を取っていないので、今回のことを相談しておいても良いかもしれない。
藍原先生に挨拶をして実験棟を出る。英愛たちがいる討伐科の医務室に向かうと――ちょうど出てきたのは。
「……神崎……くん、ですよね?」
水色のメッシュが入った髪をした、ミディアムヘアの女子――水澄先輩。
「は、はい……俺が神崎です。神崎玲人……」
「良かったぁ……うち、水澄苗って言います。なかなかお礼に行けなくてごめんなさい」
救助のときは状況が状況なので、悲痛な声しか聞いていなかったが、普段はどうやらおっとりした話し方のようだ。
「ほんとは受けても受けなくてもいいって言われたんですけど、休んだ分の補講があって。医務室の先生にお世話になったので挨拶に来たら、神崎君の妹さんが来てらっしゃるっていうじゃないですか。それで、うちもぜひお礼したいって待ってたんです」
「そうだったんですね。先輩、もう身体は大丈夫ですか?」
「うん、すっかり。全部神崎君のおかげなので、何でも言ってください。これもお礼のお菓子です、お土産のロールケーキです」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。えーと……せっかくだから、カフェでみんなで食べますか。そろそろ三時だし」
「午後のティータイムというのもいいかもしれないわね。英愛さんはもう起きている?」
「はーい、もう超元気で困っちゃうくらいです。お兄ちゃん、雪理さんとのデートはどうだった?」
「っ……デートだったんですか? そ、それは……おめでとうございます……っ」
「黒栖さん、それは早とちりなのだけど……」
雪理が黒栖さんの耳元で何かを言う。大事なことがあるのでまた今度話したい、あるいは俺から話すかもしれない、というくらいだろうか。
黒栖さんがこちらにやってくる。彼女も少し背伸びをして、俺の耳元に顔を近づけた。
「そ、その……もし良かったら、私にもお話を聞かせてください。私はいつでも大丈夫ですので」
「ありがとう。また相談させてもらうよ」
「あー、なんかあーしに内緒の話してる。レイ君、あーしもこよちゃんの秘密教えてあげるね。さっき保健室のベッドでマッサージしてあげたら……」
「ひぁっ……だ、駄目ですそれは、恥ずかしいので……っ」
「みんな賑やかで仲良しやね。神崎くん、こんなに色んなタイプの子に人気なんや。姉崎さんもギャルやけどめっちゃいい子やね、気が回るっていうか」
「ちょちょ、なんか恥ずかしいこと言おうとしてない? あーしもセンパイがレイ君待ってる間のこと言っちゃうよ?」
「それは言わへんって約束やんか。うちのことはええの、ちょっとお礼に来ただけなんやから……神崎くん、気にせんといてな」
何というか、とても人懐っこいというか。女子が多くてかしましかったのが、さらに賑やかになってしまった。
そういえば坂下さんはどうしたのだろう――と医務室の中を見てみると、フワリを胸の上に置いてベッドで眠っていた。みんながそっとしておくわけだと納得し、俺も武士の情けとして見なかったことにしておいた。
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