第百二話 生命付与
魔法実験棟は学園内の立ち入り制限区域にあり、塀に囲まれている。武蔵野先生から話が通っていて、入り口に立っていた先生が中に入れてくれた。
その先生こそが魔法実験棟の管理者である藍原先生だった。白い髪を総髪にした男性で、スーツを着こなした立ち姿は映画俳優のように様になっている。
「透から話は聞いている。こういう形で会いに来てくれるとは光栄だ」
「透……灰島先生が、俺の話を?」
「この学園始まって以来の実力者が入学してきたと、そう言っていたよ。あいつは学生気分が抜けんところがあってな、強者を見るとすぐに目を輝かせる」
「灰島先生の学生時代をご存知ということは、藍原先生は……」
雪理が尋ねると藍原先生は苦笑する。そして、スマートフォンの写真を見せてくれた。
「灰島先生、それに綾瀬隊長も……先生、この写真は?」
「私が受け持ったクラスの写真だよ。この年は黄金期と言われていてね、討伐科に優秀な生徒が多く所属していた。透と綾瀬くん以外にも、何人も討伐隊などの要職についている」
「そうだったんですね……見せてくれてありがとうございます」
「その透が、神崎君は別格だという。私よりも透の方が強いのだから、私と神崎君では言わずもがなだ。それに折倉くんも、実力のほどは伝わってきているよ」
「恐れ入ります。私も彼に助けられていますが、日々努力して少しでも近づければと思っています」
雪理がそこまで思っていてくれているのは分かっているが、改めて言われると胸が熱くなる――当の雪理も照れて頬を赤くしていた。
「はっはっはっ……本当に、若いというのはいい。と、そんな話はさておき」
魔法実験棟は外部からは五階建てくらいの塔のように見えたが、内部は一階のみで天井がとても高い。内部はかなり広く、大規模な実験を行うことも想定されているように見える。
藍原先生は建物の中心あたりに歩いていく。そして、俺たちの方を振り返って話しかけてきた。
「この実験棟内では外部からの魔力的な影響が完全に遮断されている。床に魔法陣を描いたりすることも許可されているし、どのような魔法についても基本的に許可されている。ただ、これはレアケースなのだが、解呪関連で生徒が一時的に正気を失ったりすることがある。そんな時は私が責任を持って、生徒を殺傷せずに制圧する……使用上の規則については以上だ」
「ありがとうございます。先生はどうされます?」
「立ち会いはするし、質問があれば答えられる。退出した方が良いというならそうしてもいいが……」
俺は『名称不明のデーモン』を封じた封魔石を取り出す。そして、先生に忌憚のない意見を伝えた。
「これは、前回市内で起きた現出のときに手に入れたものです。ある人物に憑依していた『無名の悪魔』をこの魔石に封印しています」
「っ……デーモンを……封印? 神崎君、どうやってそんなことを……」
「俺の職業は特化した魔法職じゃないんですが、色々なことができるんです。呪紋師って言うんですが」
「呪紋……ルーンワードを使う魔法職か。今の学園には君一人しかいないが、日本国内であれば数名いるな。しかしデーモンを封印した事例は聞いたことがない。討伐すること自体が困難ということもあるが」
「珍しい事例かもしれませんが、人に憑依する悪魔……精神体のような存在を封印する方法があるんです」
「教師として知識が及ばないというのは心苦しいが……学ばせてもらうつもりで見ていてもいいだろうか」
「はい、よろしくお願いします。雪理、少し下がって見ててくれるか」
「ええ。気をつけてね、玲人」
俺は鞄に入れてきた封魔石と魔像の魂石、竜骨石、三色のジェムを取り出す。
『アストラルボーダー』において、魔法職の幾つかは
従僕を作るために用意した素材はそこまで質が高いわけではない。しかしコアになる封魔石のランクが高いので、ミニオンの力もそれだけ強くなる。
「――我が呪紋の力により、封じられし魂に、新たな姿を与える」
《神崎玲人が『生命付与』を発動》
「これは……そうか、
レッサーデーモンのドロップした『魔像の魂石』は、スケルトンなどの下位
三色のジェムは生命付与を使う過程で『パープルジェム』というものに変化し、従僕の動力源となる。あまり強いものではないが、材料の調達がしやすいし、動力源は後から変更することもできる――最初から大きな力を与える必要はないという判断だ。
「俺の魔力でゴーレムを作ります。封印した魔物は、俺が作り出した器に入ることで受肉しますが、それですでに契約を結んでいる状態になります」
「なるほど……いや、もはや教官でもなんでもなく、一人の討伐者として見させてもらっているよ。ゴーレム使いには海外で一度会っただけだが、まさかここで見られるとは」
専門職のゴーレム使いとはまた違うのだろうが――と考えているうちに、封魔石がコアとなって魔力体を形成する。これが『魔像の魂石』の効果で実体を得ることで、『生命付与』は完了する。
――ウィステリアに憑依していた悪魔は、女性の口調だった。それはウィステリアを乗っ取ったからではなく、悪魔自身が女だったからだと理解する。
「……神崎玲人様、あなた様のお力で、ここに受肉いたしました」
人間に近い姿だが、人間でないことは頭部の巻き角と、その額にある縦の線が示している――高位の悪魔は、二つ以上の眼を持っていることが多い。今は閉じているが、この悪魔には
豊満な起伏を持つ肢体。一糸まとわぬ姿であっても感情は揺れない。それは彼女が人間に敵対する存在であり、魔神アズラースのように決して俺と相容れない存在だと理解しているからだ。
「
「それはどちらでもいい。あんたのことを俺たちは『無名の悪魔』としてしか知らないが、名前はあるのか?」
悪魔はぺろ、と唇を舐めると、頬に手を当ててこちらを見やる――パープルジェムを動力としているために、瞳の色が紫色をしている。
「魔女神メフィオラの使徒、エリュジーヌ。それが私の名です」
「……魔女神……魔神ではなく……?」
「ええ。魔神の存在をご存知とは、やはりあなたはただの人間ではないようですね。悪魔を狩る方法を知っていて、それを実践する力がある……」
「それ以上近づかないでくれるか。与えた魔力は最低限だ……今は従僕の力を必要としていないんでね」
「今すぐにでも私を魂ごと消滅させられるのに……そうすることも選択に入れているのに、優しいことを言うのですね。人間はいつも、人間に近い姿の者を殺すことを躊躇う。とても尊いことです」
「……それ以上は言うな」
「っ……」
俺たちと同じようにデスゲームをクリアしようとしたプレイヤーの中には、悪魔に騙されて命を落とした者もいる。
人間に近い姿をした悪魔がいるのは、その方が都合がいいからだ。どれだけ美しくても、人間に歩み寄っているかのようなことを口にしても、内面はまるで違う――人間は悪魔にとって搾取の対象でしかない。
「……私に何をさせようと言うのです? 与えられた魔力はあなたの言う通り、それほど持たずに切れてしまいますが」
俺から聞きたいこともあるが、先に雪理に視線を送る。彼女は頷き、エリュジーヌの前に出て尋ねる。
「ウィステリアに憑依したのはなぜ? あなたが言っていた、私や玲人を連れて行くと言っていたのと関係があるの?」
「……人間の中には魔法などの素養を備え、高い魔力を持っている者がいる。そんな人々と敵対するよりは、従わせた方が有益です。私たちの駒も限られていますし、神崎玲人……彼のように異端の強さを持つ者には、私のような伯爵位以上でも敗れてしまう」
「あの時、あんたは俺たちを格下と見ていたな。勝てるという自信はあったんだろう?」
エリュジーヌは薄く笑みを浮かべている――受肉した身体には感情が現れにくいが、それでもなおその身体が小さく震えている。
「俺たちは魔物が空の渦から現れる現象を『特異現出』と呼んでいる。なぜ市内全域に現出が起きた? あんたが仕組んだことか」
「……そうだと言ったら?」
「許すわけにはいかない。だが……既に俺はあんたを支配下に置いている。『そっち側』の情報を得たあとは、従僕として仕事をしてもらうことになるかもな」
「私に魔の眷属と……同胞と戦えと言うのですね。人間もまた悪魔と同等に恐ろしいものです」
「あまり気安いことを言うなよ。俺は悪魔ってものが苦手なんだ」
魔神アズラースとの戦い、倒れている仲間たち。彼らが事切れる、その瞬間。
怒りは風化しない。何度でもこの感情を確かめる――仲間ともう一度会うその時まで。
「……あなたに従属していなければ、私はすでに自害しているでしょうね」
自分が悪魔に恐れられる存在になれたというのなら、それを否定することもない。
だが、憎悪は悪魔が好む感情だ。そこに付け込まれるような隙は作らない。
「魔女神……そいつがあんたや魔物を送り込んで、この世界を脅かそうとしてる。そう考えていいのか?」
「人間もまた魔神によって支配されるべき存在です。本来あるべき姿に戻そうとしているのですよ」
デスゲームの中でも魔神と戦い、そしてログアウトしたはずの世界でも――一体、何が起きているのか。
ここまで来れば俺にも分かる。あのデスゲームにログインする前、そしてログアウトした後では、世界が変わってしまっている。
そしてデスゲームだったアストラルボーダーと、この現実は地続きになっている。
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