第八十八話 再会の約束

 パカパカから降りてサツキを下ろすと、彼女は恥ずかしそうに照れ笑いをする。


「あはは……ごめんレイト君、また助けられちゃったね。でも何だか凄い動きしてなかった?」

「えーと……俺も良く分かってないんだけど、想定外の挙動が起きたっぽいな」

「それってバグが起きたってことですか? 加速バグとか……」

「そうかもしれない。一応、原因に心当たりはあるから運営に問い合わせておくよ」


 騎乗状態で『ダッシュ』を使うと、騎乗状態の速度増加に加えて『ダッシュ』の加速が適用されるということか。それがバグなのかは問い合わせないと分からないが。


「お兄ちゃん、ワープしてるみたいだったよ。加速バグって、すごいスピードで移動してたっていうこと?」

「俺の体感ではそんな感じだったな」

「お兄さんが秘密のパワーを使ったのかもしれないですよね、なんて言ってもお兄さんですからっ」

「バグでも凄いです、人助けのためにバグを起こしちゃうなんて」


 コトリと切羽は俺を持ち上げすぎてしまう傾向にあるので、抑えてもらうよう後でお願いした方が良いかもしれない。


「初めまして、私はサツキって言います」

「あっ……初めまして、コトリと言います。エアちゃんの友達です」

「私もエアの友達で、切羽です」

「よろしくー。私はレイト君たちに、危ないとこを助けてもらって。それも何かの縁ってことで、フレンド登録してもらったの」

「そうそう、お兄ちゃんって放っておくと女の子と知り合っちゃうから。だからこうして私がついてないと」

「あ、あのな……」


 強く否定もできない俺を見て、四人が仕方のない人という感じで笑っている。なんというか、俺のイメージがどんどん偏っていく気がしてならない。


「えーと、サツキ。パカパカに乗るなら、騎乗スキルは取った方がいいかもな」

「あ、ううん……ちょっと試してみたかっただけだから。まさかあんなに飛ばされるとは思わなかったけど」

「それもバグかもな。振り落とされるときの物理演算が変なのかもしれない」

「そうなの? でも凄いよねこのゲーム、落ちる時の感じもリアルで。絶叫アトラクションより怖いんじゃないかってくらい」


 サツキは明るく話しているが、どこか寂しそうに見える。


 ――ちょっと、このゲームで探してるものがあって。


 ――話すと重くなっちゃうから、詳しくは言えないんだけど。ごめんね。


 彼女が言っていたことが脳裏を過ぎる。


 探しものをするためには、このゲームの攻略を進めるべきではないのか。『ちょっと試したかっただけ』とは言うが、騎乗動物を乗りこなすことはこのゲームにおいて必須に近い。


「じゃあ……レイト君、今日は本当にありがとう。私、そろそろ……」


 サツキが立ち去ろうとする。普通なら引き止めるべきではない――平日の夜にログインしているのだから、時間は限られている。


 それでも、この胸の引っ掛かりをそのままにしておきたくはなかった。


「サツキ、少しだけ話をさせてくれないか。時間は取らせないから」

「えっ……私に?」

「お兄ちゃん、何か相談事? それじゃ、私たちはパカパカに乗ってみるね」

「お兄さん、また後でですっ」

「レイト、またね」


 だんだん切羽の態度がフランクになってきている――と、そんな三人を見てサツキは微笑んでいたが、こちらを見ると肩をすくめるエモートを出す。


「レイト君、そうやって色んな人に優しくしてるんでしょ」

「優しいというか……引き止めたのは、俺の勝手だから。申し訳ないと思ってる」

「ううん、ありがと。私、しばらくログインできなくなると思うんだ」

「え……?」

「このゲームしてると、お母さんが心配するんだよね。なんだか良くない気がするって……そう言われちゃうと、私も弱くて。何となくでこのゲーム続けてていいのかなって」


 このゲームをしない方がいいのかもしれない。それは、俺も一度は考えたことだ。


 デスゲームだったアストラルボーダーからログアウトできたのに、もう一度このゲームをプレイする。そこにリスクを感じないわけがない――たとえ、『今の』このゲームがただ人を楽しませるために作られたものでも。


「レイト君とエアちゃんに助けてもらって、今日も本当はコールしようかと思ったんだけどね。一回会っただけでそんなに頼るのって、どうかなって思ったりして……」

「そんなことはないよ。初めて会った人と何回かパーティを組んで、そのまま長い縁になることだってある」


 性分なのか、どうしても真面目な言い方になってしまう。重いと思われないだろうか――というのは杞憂だった。


「私ももう一度戻ってきたいな。そうしたら、今度はレイト君のパーティに入れて欲しい」

「……ああ。俺たちも当分は続けるから、いつでも連絡してくれ」

「ありがと」


 短い返事だった。背を向けて、泣いているようにも見えたサツキは――振り返ったときには笑っていた。


「ごめん、なんか湿っぽくなっちゃって。どういう情緒って思うよね」

「何か、探しものがあるって言ってたから……本当は、プレイを続けたい。そう思ってるってことなのかな」

「うん……ゲームって、楽しむためにするものなのにね。何かを探したいからなんて、ほんとは自分でも変だと思う……でも、そういう気持ちがどうしても消えない」


 俺も同じだ。このゲームに、仲間たちの手がかりを求めている。


 サツキも何かを探しているなら、協力することだって――いや、俺の目的には彼女を巻き込むことはできない。俺が経験したデスゲームの恐怖は、俺の中だけに留めなくてはならない。


「それじゃ、私行くね。エアちゃんたちによろしく」

「ああ。今度は俺たちで準備しておくから、何か一緒にクエストでもやろう」

「あのラットエンペラーにリベンジっていうのもいいかもね……なんてね」


 サツキは笑顔で手を振り、ログアウトする。


 いつか彼女がもう一度ログインすると言っても、その機会が訪れないこともある――だが、そうと決まったわけじゃない。


「お兄ちゃーん、乗り心地いいよー。ちょっとこのままお散歩しない?」

「ああ、そうだな」

「メェ~」


 さっき俺を乗せてくれた目つきの悪いパカパカがこちらにやってくる。どうやら懐かれたということでいいのだろうか、俺をじっと見たまま尻尾を振っている。

 

「試乗されたパカパカをそのまま購入されますか? お値段は1000GPになります」

「今の持ち合わせだと二頭分か。とりあえず二人乗りで、あとで騎乗動物を買い足すことにしよう」


《購入した騎乗動物の名称を設定しますか? ランダム設定も可能です》


「名前はどうする?」

「えっと……どうする? 私、こういうのすぐ出てこなくて」


 エアが困った顔をするが、コトリと切羽も悩ましそうだ。少し考えてから三人が出したのは『マカロン』『ショコラ』という名前だった。


「よろしくね、マカロン」

「メェ~」

「あっ、返事してるみたいです。お兄さんを背中に乗せたので、人懐っこくなったんでしょうか」


 そんなシステムがあるのか分からないが、目つきの悪いパカパカ改めマカロンは、エアたちに撫でられてされるがままでいる。


「それじゃ、一旦街に戻るか。エアは俺の後ろに乗るか?」

「じゃあジャンケンで決めよっか」

「えっ……い、いいの? エアちゃん」

「エアがそう言ってくれるなら、私もやぶさかじゃないかな……」


 三人が数回あいこをしたのちに、エアが勝って俺の後ろに乗ることになった。


「あっ……そ、そっか、フレンド登録をしてると接触判定っていうのがあるんだ……」

「しっかり捕まった方がいいぞ、油断して落馬するとダメージがあるからな」


 パカパカに乗るときもそう言うのかは分からないが、常足なみあしでネオシティに戻っていく。


「お兄ちゃん、ほんとに上手……スキルなしでも上級者って感じだね」

「乗馬経験者ならいけるんじゃないか?」

「レ、レイト、ちょっと待って……っ」

「ん? もう少しゆっくりにするか」


 普通に走らせているつもりが、思ったよりスピードが出てしまう。VRMMOの操作においては、やはり俺は人よりは慣れていると思った方が良いようだ。




 ~某掲示板 22:33~


 258:VR世界の名無しさん

 すみません、このスレって質問いいですか?


 261:VR世界の名無しさん

 質問タイムは>>950からだよ


 264:258

 失礼しました


 269:VR世界の名無しさん

 >>258が美少女だったら答えてあげるよ


 275:258

 >>269

 パカパカ牧場で見たんですけど

 騎乗してワープするやり方ってあるんですか? 


 278:VR世界の名無しさん

 俺以外にもこのスレに美少女がいたのかよ


 283:VR世界の名無しさん

 >>278

 >>278


 286:VR世界の名無しさん

 騎乗してワープ?

 降りてからワープポータル出したとかじゃなくて?


 291:VR世界の名無しさん

 ポタ出せるレベルのソーサラーってもういるの?


 294:258

 パカパカに振り落とされてる女の人がいて

 それを猪のマスクを被った人がワープして助けてました


 297:VR世界の名無しさん

 >>294

 バカモン、そいつがルパンだ


 301:VR世界の名無しさん

 猪ってもしかして猪のこと?


 308:VR世界の名無しさん

 結構バグ報告あがってきてるし

 それもバグなんじゃね?


 314:VR世界の名無しさん

 >>294

 もうちょっと詳しく

 猪はどういう状況だったん?

 なんかスキル使ってた?


 322:258(美少女)

 パカパカに乗って何かスキル使ってました

 何のスキルかは分かりません


 332:VR世界の名無しさん

 (美少女)


 338:VR世界の名無しさん

 MVPドロップの装備って装備スキルあるけど

 あれをパカパカに乗って使うとワープするとか?


 344:VR世界の名無しさん

 うぉぉぉ

 検証しようにもMVP取れねえ

 猪装備って何とトレードできる?


 348:VR世界の名無しさん

 >>344

 MVP品で交換できるんじゃね?


 351:VR世界の名無しさん

 俺のフレンドも猪マスク持ってるけど

 パカパカ乗ってもワープできない

 騎乗してダッシュ発動したらワープではなさそう


 358:VR世界の名無しさん

 また猪の話してる


 367:スネーク

 >>358

 今日は連れてる女の子が三人に増えてたよ


 375:VR世界の名無しさん

 >>367

 実は猪も女の子だったりしない?


 382:VR世界の名無しさん

 猪美少女説


 388:VR世界の名無しさん

 女子パーティなら許す


 393:VR世界の名無しさん

 猪ってお兄ちゃんって呼ばれてたんじゃなかった?


 398:VR世界の名無しさん

 百合の間に挟まる猪

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