第八十七話 経験とスキル

 家の前に着いた段階で、何となく察してはいたのだが――玄関に入ると、妹のものの他に二つ靴が並んでいた。


 リビングに顔を出すと、まだ制服から着替えていない英愛と友達二人の姿があった。小柄な方が小平こだいら紗鳥さとりさんで、身長が高いのが長瀬ながせ稲穂いなほさんだ。


「あ、お兄ちゃんお帰りー」

「す、すみませんお兄さん、お邪魔してます……っ」

「お疲れ様です、英愛のお兄さん」

「ああ、いらっしゃい。英愛、夕食はどうする?」


 妹の友達二人は俺に対して緊張しているので、あまり圧をかけないようにする――と、それでも二人が何かソワソワとしているようだ。


「その、すみません、今日も警報が出てしまって……」

「念のために避難してるってことだな。まあ確かに、この家はかなり安全だと思うよ」

「お兄さんがいてくれますから……あっ、す、すみません。あまり頼ったりしたら迷惑ってわかってるんですけど……」

「そんなことは全然ないよ。家の人も安全なところにいるなら、そこは心配ないかな」


 年下とはいえ女の子が三人家にいるというのは俺の中で非日常なのだが、妹の友達なら結構落ち着いて対応できる――と、そんな心中を知らず、二人は俺に対して恐縮している。


「夕食の用意はこれからしますので、お兄さんは一旦お部屋で休んでください」

「そうか、なら洗い物とかは俺がするよ」

「ありがとうございます。今日もふわとろオムライスがいいですか? 他にも材料があるので色々作れますよ」


 小平さんは料理に向いている『天性』を持っていると言っていたので、スーパーで特価だったという鶏肉を使ってもらい、メニューについてはお任せということでお願いすることにした。


 ◆◇◆


 チキンソテーとミネストローネ、そしてサラダ。いずれも美味しかったが、褒めると小平さんがさらに緊張してしまうようなので、コメントに気をつける必要があった。


「良かったね紗鳥、お兄さんが喜んでくれて」

「う、うん……でも二人も手伝ってくれたし、私だけじゃないから」

「いなちゃんと違って、私はほぼ応援してるだけだよ?」

「英愛も『お兄ちゃんにはいつも元気でいてほしい』って言ってました。だからご飯の時間は大切にしなきゃって」

「「っ……」」


 長瀬さんもなかなか言うときは言うというか、不意を打たれて思わず妹と同じ反応をしてしまう。


 入院していた時から心配してくれていた妹には頭が上がらない。もともと俺に妹はいなかった――その意識が残っていてなお、英愛がいてくれることで救われている部分がある。


「……お、お兄ちゃん、別にそういう意味じゃなくてね、お兄ちゃんにはいつも元気でいてもらって、また美味しいラーメンを食べに行きたいなってことで……」

「英愛ちゃん、あのお店に通ってるの……?」

「頼む時に呪文みたいなの唱えるお店? あれはハマっちゃだめだよ、英愛」

「ほらー、二人とも一回行ったらもう付き合ってくれないんだもん。可哀想な妹を一人にしないでくれるよね、お兄ちゃんは」

「ははは……まあ、コンディションが良いときにな」


 なんとか空気が変わってくれて良かった。英愛とは毎日顔を合わせるのに、照れくさい空気になってしまうのは避けたいところだ。


   ◆◇◆


 先に風呂に入るように言われ、上がったら居間で待っているようにと言われ――さらに『ダイブビジョン』を持ってくるようにとも言われた。


 二つのソファに二人ずつで分かれて座り、背もたれに身体を預けて楽な姿勢を取る。ネットを介してマルチプレイをするつもりだったので、プレイヤー四人が同じ空間にいるというのは新鮮な感覚だ。


「さとりん、いなちゃん、準備できた?」

「うん、昨日のうちにキャラクターも作ってあるよ」

「私も。ちょっとだけ紗鳥と一緒にやったけど、まだ全然初心者で……」

「俺たちも似たようなものだから大丈夫。何をするかはログインしてから話そうか」

「「はいっ」」


 ダイブビジョンが俺の思考を拾い、ゲームが起動する。目の前に現れた扉を開くと、光が一気に溢れ出した。


《―Welcome to Astral Border World―》


 ログインしたのは俺が一番先で、後からエア、そして『コトリ』『切羽』の二人が出てきた。


「えっと、私が……わかります?」


 プライベート情報を喋るときは専用のチャットに切り替えられる。三人にやり方を教えて、四人だけで話せるチャンネルを開いた。


「コトリが小平さんで、切羽が長瀬さん……で合ってるかな」

「はい、当たりです」

「漢字が使えるみたいなので、試しに入れてみたんですけど……」


 小平さんは『アースリング』、長瀬さんは『フォセット』――前者は小柄なアバターで、どこか妖精のような面影がある。フォセットは人間に近いが、身長が高めで全体的にシャープな印象だ。


「お兄さん、猪さんのマスク……? を被ってらっしゃるんですね」

「ああ、そうだった。ごめん、驚かせたかな」

「それって、レアな装備だったりしませんか? みんなお兄さんを見てるみたい……あっ、ゲームの中ではレイトさんって呼んでもいいですか?」


 二人がハンドルネームを使っているので、俺たちも合わせるべきかと思うところだが――このゲームにログインしている理由を踏まえると、やはり変更はできない。


「ゲームでは先輩後輩もないし、呼び捨てでも大丈夫だよ」

「じゃ、じゃあ……えっと……レイト……」

「私は……レ、レイト……お兄さん……」

「さとりん、お兄ちゃんが欲しかったんだよね。だからお兄ちゃんのこと……」

「ち、違……それでお兄さんって言ってるわけじゃなくて、落ち着くっていうか……」

「よし、とりあえず呼び方は自由ということで。ネオシティに行ってみよう」


 仲間が増えたということで、今回は初級のクエストを受けてみてもいいかもしれない。


 ――また会えて嬉しかった。けど、私は……。


 脳裏に過ぎる声。ラットエンペラーとの戦いで意識が遠のいた時、確かに聞こえた。


 あれは、イオリの声だった。けれど俺は『彼女』に会えてはいない。


 それでもあの声が言う通り『会えていた』のだとしたら、それはどういう意味なのか。


「あっ、お兄ちゃん、スライムが……っ」

「おっ……あのスライムは好戦的だな。みんな、気を引き締めて行こう」


 赤く変化したスライム――他のプレイヤーに一発攻撃されて臨戦態勢アクティブになったようだが、ライフは全く減っていない。そして仲間を呼んで三体にまで増えてしまった。


「あ、あの、私、スライムなら倒せちゃうっていうか……」

「私も練習したから大丈夫だと思う。倒してしまっても構わないですか?」

「いな……じゃなくて切羽ちゃん、すっごく頼もしいね。私も頑張っちゃおっと」


 コトリは『ショートスピア』という短槍で、切羽は片手剣を使ってスライムに斬りかかる――二人とも無属性の攻撃スキルを持っており、スライムにダメージが通る。


「お兄ちゃん、お願いっ……!」

「了解っ……!」


《レイトが強化魔法スキル『ウェポンルーン』を発動》


 エアのウッドバトンを魔力が覆う――エアはスライムの迎撃を回避したあと、バトンを回転させてからスライムを打ち据えた。


《意地悪なスライム3体をレイト・パーティが討伐》


《スライムのかけらを2個獲得》


《ネバネバの粘液を1個取得》


 このスライムにもレアドロップは設定されており、それが『ネバネバの粘液』だ。換金アイテムとしてはそれほど価値はないが、錬金素材に使える。


「お疲れ様。もうこの辺りの敵は問題なさそうだな」

「お兄さん、魔法を使えるなんて凄いです。もう転職っていうのをしちゃったんですか?」

「俺は一応経験者だから、ある程度はね。まだ転職したわけじゃないよ」

「そうなんですね……あの、次モンスターに会ったら、私もさっきの魔法を使ってもらってもいいですか?」

「切羽ちゃんがお兄ちゃんの魔法かけてもらったら凄いことになりそうだね」


 序盤はレベルが上がりやすいのでそこまで狩りに励む必要はない。というか、ひとまずレベルマスターのところに行って、今レベルを上げられるだけ上げてしまおう。


 ◆◇◆


 天導師のいる『祝福の聖域』に向かうと、俺たち以外にもレベルを上げてもらいに来ているプレイヤーが多くいた。しかし順番待ちをすることもなく、NPCは対応してくれる。


「地下道から無事に戻られて何よりです。あの場にいた『ラットエンペラー』のような強力な魔物は、これからも皆さんの前に立ちふさがることでしょう」

「えっ……あのクエストって、そんなのも出てくるんですか?」

「場合によっては、ってことかな。俺たちも討伐できたわけじゃない」

「強いモンスターからは逃げた方がいいこともあるんですね」


 切羽とコトリも二人でレベルマスターのクエストを受けたそうだが、その時は『ラットエンペラー』は出現ポップしなかったとのことだ。


「私たちはこれからもあなたたちを見守っています。勇敢なる『星歩き』たちに、導きあれ」

 

 天導師の女性が両手を合わせて祈る――すると頭上から光が降り注いできた。レベルアップのファンファーレが流れる。


レイト 男 レベル:5/100

ジョブ:経験者

HP:160/160

OP:140/140

筋力:78(F)

体力:88(F)+10

教養:114(E)

精神:114(E)

魔力:100(E)

速さ:86(F)

魅力:86(F)-10

幸運:64(F)


通常スキル

攻撃魔法 LV1

回復魔法 LV1

強化魔法 LV1


装備スキル

ダッシュ(暴走猪の兜)


SPスキル

絆の輝き LV1


残りスキルポイント:11


 ステータスの上がり幅は小さいが、やはり俺の場合は『呪紋師』らしい上がり方をするらしい――転職前なので、使ったスキルが影響しているのだろうか。


 俺は魔法系スキルを取らなくてもゲーム外で使える魔法は使えてしまうが、仕様とはいえチートじみているので今取れる魔法スキルは一応取っておいた。といっても、転職前ではレベル1しか取得できないので、まだポイントは余っている。


「お兄ちゃん、この『絆の輝き』っていうのは……」

「ああ、なんだろうなこれ」

「お兄ちゃんと私が仲良くなると、このレベルが上がっていくのかな?」

「そ、それは……ああそうか、『リンクブースト』を発動したからじゃないか?」

「ふーん……でもそれは、お兄ちゃんと私の息がぴったりってことだよね」


 かなり食い下がってくるな、と思いはするが、凄く嬉しそうなので何も言えなくなる。


「エアちゃんたちは何レベルになった? 私たちは3だよ」

「私とお兄ちゃんは5になったよ。色々してるうちに経験が増えてたみたい」


 あっけらかんと言うエアの隣で、なぜか切羽が赤くなっている――グラフィックに反映されるほどとは、リアルではどれだけ赤面しているのか。


「レベル5からは、このネオシティから旅立つ準備をする段階です。旅をするには騎乗する動物が必要ですから、一度ネオシティ外れの牧場に足を運んでみてください」


 天導師がそう教えてくれたので、今日は牧場に向かってみることにする。ログイン初日に目にしたアルパカのような動物――パカパカに、今日中に乗ることを目標にしよう。


「そうなると、多少資金調達が必要だな」

「パカパカさんに乗るためにお金貯めるの? よーし、スライムさん狩りまくるぞー」


 地下道の魔物のほうが稼ぎは大きいだろうが、ラットエンペラーが出る可能性があるので安全な狩り場を選ぶことにする。俺たちは四人連れ立って街の外に向かった。


 ◆◇◆


 スライム狩りを十分ほどこなして素材を売ると、3000GPほどになった。武器以外の装備も買えるようになったが、そっちにお金を使うわけにはいかない。


 牧場に向かうと、広大な草原に柵が作られ、その中でパカパカが放し飼いにされていた。牧場職員の中年女性がやってきて、説明を始めてくれる。


「パカパカはそれほど足が速くはありませんが、二人乗りが可能で荷物を積むこともできます。行商などを始めるには二頭は購入されることをおすすめしますが、移動のために使うだけであれば一日単位でお貸しできます」


 プレイヤーの数を考えるとパカパカも膨大な数が必要になりそうなところだが、そこはゲームということで、目に見えているパカパカが全てではなく、購入するとその場に出現ポップするようだ。


 俺がプレイしていた『旧アストラルボーダー』においては、騎乗動物の数が限られており、パカパカが魔物に狙われてしまうこともあった。そのため、冒険を進めるにつれて強力な騎乗動物に乗り換える必要があった――アズラース戦前まで乗っていた重騎竜は無事でいるだろうか。


 しかし、さっきから悲鳴のような声が牧場のあちこちから聞こえてきている。エアも勿論気にしていて、俺に耳打ちしてきた。


「お兄ちゃん、パカパカさんって……意外に気性が荒くない?」

「パカパカに乗るためだけに『騎乗』スキルを取る必要があるくらいだから。コツをつかめば必要はないけどな」

「お客様は『騎乗スキル』を取得されますか? 取得には500GPが必要になります」


 ここで取得できるのは『騎乗スキルレベル1』なので、取得費用も少ない。しかしこれが罠で、取得したあとにスキルポイントを振ってレベルを上げると、本当に必要な戦闘系スキルに振るポイントが足りなくなる。


「……というわけだから、乗るのが難しい場合は取った方がいい。振り落とされるとダメージを受けるからな」


 実際に振り落とされているプレイヤーを見て、三人の意見は一致したようだった。1500GPを払って騎乗スキルを取得する。


「お兄ちゃんはどうするの?」

「俺はから大丈夫。一番元気がいいパカパカに乗ってみたいんですが」

「かしこまりましたお客様、こちらになります」


 パカパカの値段は同じだが、一頭ごとに個体差がある。一番いいパカパカ――見るからに目つきが悪い――は、のんびりと草を食んでいた。


「……メェ~」

「鳴き声はヤギみたい……それとも羊さん?」

「えっと、たぶんアルパカじゃないかな」

「っ……すごい目で睨まれちゃった……夢に見そう」


 三人娘がかしましくするのはいいが、何とも緊張感がない――と、別に俺も緊張しているわけではないのだが。


 目つきの悪いパカパカに近づいていく。遠巻きに見ているプレイヤーが「おいおい、死んだぞアイツ」と言っているが気にはしない。


「ちょっと乗せてもらえるか」

「――メェッ……!?」


 ゲームの都合上ではあるが、全てのパカパカは鞍をつけている。俺は間合いを測って一気に飛び、パカパカの鞍にまたがった。


 驚いたように上半身を起こすパカパカだが、首についている輪っかに手をかけてバランスを取り、首の横側を軽く叩く。


「……メェ~」


《レイトがパカパカの騎乗に成功 騎乗難易度:3》


《騎乗スキルなしでの騎乗に成功したため、特別経験値を取得しました》


「よし、上手くいったな……ん?」

「お兄ちゃん、乗馬なんてやったことあるの!?」

「すごいですお兄さんっ、ほんと、えっと……か、かっこいいです……!」

「レイトさん、本当に何でも出来ちゃうんですね……」


 本当を言うと『旧アストラルボーダー』にはもっと騎乗が簡単な動物がいて、それで慣らしてから乗れるようにしたというだけだ。


 重騎竜の騎乗難易度は10だが、段階を踏めばスキルなしでも乗れる。しかしこの『ゲーム』であるアストラルボーダーにおいては、そこまでしてスキルポイントを節約する必要がない。


「――きゃぁぁぁっ……!」


 パカパカに振り落とされるプレイヤーの声は聞こえていたが、一際大きな悲鳴が響く。


(あれだけ高く飛ばされたら、落下ダメージが……!)


 他のプレイヤーも難易度の高いパカパカに挑んだようだが、乗りこなせず飛ばされている――それを目にした瞬間、俺は自分のパカパカを走らせていた。


《レイトが強化魔法スキル『スピードルーン』を発動》


 強化魔法による加速だけでは足りない。さすがに見てからでは反応が遅すぎる。


 間に合わない、そう思考する前に、俺は見たばかりの自分のステータスを思い出していた。


(騎乗時に使えるかどうか……いや、考えてる場合じゃない!)


《レイトが装備スキル『ダッシュ』を発動》


 『暴走猪の兜』についている装備スキル『ダッシュ』。本来なら自分の足で走るときに使うスキルだろう、それは俺も分かっている。


「うぉ……おぉぉぉっ……!」

「メェェーーーッ……!!」


 だが不発になるはずの『ダッシュ』を発動させた瞬間、流れる風景の速度が変化した。


「っ……!!」

「ひゃっ……!」


 何とか間に合った――絶対に届かないと思われた距離を俺とパカパカは踏破して、落下してきた女性を受け止めることができた。


「あ、えっ……わ、私、生きてる……あ、あれ? レイト君?」

「え……」

 

 受け止めた女性――というか女の子は、フレンド登録をしたサツキだった。


 パカパカに乗ったまま、俺はサツキを抱きとめたままでどうしたものかと考える。方向を変えて戻ってくると、エアたちが何事かという様子で待ち構えていた。


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