第八十五話 結束力
発見したものをいかに持ち帰るか、それも問題だが、一つ重要なことを思い出した。
「みんな、水澄さんは転移したとき、罠のかかっていた『トレジャー』と一緒に飛んでるはずなんだけど……罠が再発動することはそうはないと思うけど、一応確認してもらっていいかな」
「あ、さっき介抱したときに見つけたよ。コネクターが教えてくれたけど『ボックス』っていうやつみたい」
姉崎さんが見せてくれたものは、手のひらに乗るサイズの小さな箱だった。
《『ブロンズボックス』 水澄苗によって鑑定済み 罠解除済み Dランクトレジャー》
「Dランク……通常『洞窟』で出現する魔物のランクはFだから、このランクのドロップ品はそうそう出ないよな」
「ゾーンでの取得物は、低確率で高いランクのものが出ることもあるみたいだから……でも、玲人が討伐したデーモンのことを考えると、このゾーン自体に異変があったと見るべきでしょうね」
『
幾島さんの声が聞こえてくる――みんな、どういった言葉を返していいのかと迷っているが。俺からすれば、何も彼女が謝ることなどない。
「幾島さんがいてくれたから、マップの埋まってない場所を特定できたんだ。すごく助けられたよ」
「そうそう、あーしなんて内心どうしようどうしようってパニクっちゃってたし」
「姉崎さんも戦闘に参加してくれて、とても助かったわ。ナビゲーター、トレーナーと優秀な人が入ってくれて良かった」
「は、はいっ……私もそう思います。幾島さんの声を聞くと落ち着きますし、姉崎さんはお姉さんみたいで頼りになります」
「あはは、あーしも同い年なんだけど。まあお姉ちゃんっぽいとは言われるよね、名前もそんなだし」
『……駄目です、もっと厳しくしていただかなくては。ですが、何より……皆が無事で、本当に良かった』
幾島さんの声が少し震えている。冷静で、感情をあまり表に出さない――そんな印象を持っていたが、この状況で動じないわけもない。
「幾島さん、その、色々と発見したものがあるんだけど……見つかったものが多いときって、持ち帰る時はどうすればいいかな」
『学園の回収課がありますので、そちらに頼むことが可能です。コネクターには魔物からのドロップ品の取得者が記録されているので、安心して任せていただけます。ですが、小さなものや重要なものは必要に応じて手持ちで運んでいただく方が良いと思います』
デーモンの骨については運んでもらう人に視認できるようにしなければならないが、それは他者に悪魔の存在を感知させる『パーセプトルーン』という呪紋を使っておくことで対処できるだろう。
これで発見したものについても持ち帰る算段は整った。ひとまずゾーンを出て、水澄先輩を医務室に運ぶことにしよう。
◆◇◆
風峰学園には『医務科』があり、学園すべての生徒を共通して治療するシステムができている。医務科に属する先生の一人が高階先生で、今回も討伐科の医務室で水澄先輩の治療に対応してくれた。
水澄先輩はカーテン向こうのベッドで眠っていて、俺と雪理で容態を説明してもらう。
「装備の損傷が激しいけど、バイタルは何も問題ないから、じきに目が覚めるでしょう」
「良かった……玲人が回復のスキルを使って、適切に対処してくれたおかげね」
「悔しいけど、本職の私もかなわないわね。神崎君、どんなスキルを使ったの?」
「『呪紋師』の回復スキルです。ヒールルーンってやつなんですが」
「えっ……それって、基礎的なスキルじゃないのかしら。それで完全に回復するなんて、防具が衝撃を吸収してくれてたっていうこと……?」
「そ、そうだと思います。水澄先輩とは明日にでも改めて話させてもらえますか」
「ええ、伝えておくわね」
先生に後のことを頼み、医務室を出て一息つく。
「あなたの『基礎』は、他の人とは違っている……基礎を磨き抜いたら、私の『雪花剣』も強くなると思う?」
「ああ、強くなるよ。『剣マスタリー』っていうスキルがあって、俺と手合わせしたときに身についてると思うんだけど……」
「っ……そういえば、気を失う前に、コネクターがそんなことを言ってたわね。スノウ、私は『剣マスタリー』を習得しているの?」
『はい、習得しております。『剣マスタリー』レベル1を『神崎玲人』様から伝授されております』
隣接しているからか、バディだからなのか、雪理のコネクターのAI――「スノウ」という名前らしい――の声が聞こえてくる。
「そ、そんなこと……私、ずっと気づかないまま、剣がいつもより手に馴染むとか、そんなふうにばかり思っていて……」
「ご、ごめん、説明が遅くなって。雪理の使う剣術は、『剣マスタリー』を上げるとさらに強くなるはずなんだ。俺は『ロッドマスタリー』を覚えてて、近接武器のマスタリーは特定の職業の人には伝授することができるんだ」
そういったやり方でスキルを取得すると、スキルポイントを割り振らなくて良いので
そして『伝授』は特定のスキルでしか発生しないので、魔法を他人に教えることはできない。職業固有の能力があり、万能にはなれないわけだ――俺も今はステータスにものを言わせているが、アズラースのような強敵と戦うには、近いレベルの仲間が不可欠になる。
「これからも、定期的に手合わせしてスキルを磨いていけたらいいな」
「あ、あの……それは、私も教えてもらえたりするんでしょうか?」
「黒栖さん、待っていてくれたの? 他の皆も……」
黒栖さんと姉崎さんに唐沢と坂下さん、そして訓練中だったはずの伊那班の三人まで来てくれている。資料室からわざわざ出向いてくれたのか、幾島さんの姿もあった。
「俺で良ければ教えられるよ。『武器マスタリー』は、色んな職業の人が覚えられるはずだから」
「っ……良かった……」
黒栖さんはとても安心している様子だ――彼女が使うリボンの威力も上げられたらそれに越したことはないし、雪理も一緒に三人で訓練できると良い。
「どうやら、これは自覚なしと言ったところか」
「それが彼の美点でもあるんだろうな。だが、いつか後ろから刺されてしまいそうな危うさもある」
唐沢と木瀬君は何のことを言っているのか――木瀬君は本気で心配してくれているようだが。
「うちのリーダーも苦労しそう。さっきから何してるんですか、そんなところに隠れて」
「っ……か、隠れてなんていません、
物陰に隠れていても金色のツインテールがばっちり見えていたが、伊那さんが肩をいからせながらこちらにやってくる。
「その……私も三節棍使いとして、強くなれるためにできることは全てしておきたいので。あなたがどうしてもと言うなら、訓練に参加してあげても……」
「あちゃー……すみません、リーダーはああいう性格なんです」
「それでは何のフォローにもなっていないが……」
社さんと木瀬君が頭を抱えている――黒栖さんはあたふたしており、雪理は俺の顔を見てくる――「どうするの?」ということだろう。
言うなれば伊那さんは『ツンデレ』というやつなのだろう。顔を真っ赤にしつつ、彼女はちらちらとこちらを見ている。
「もちろん参加してもいいけど……そのためには何か一言足りないかな?」
「っ……」
雪理はあえて何も言わずにいるが、表情を隠すように向こうを向いている――珍しいが、微笑んでしまっていたりするのだろうか。
「神崎もなかなかいい性格をしている……伊那さんでは完全に掌の上だな」
「伊那さーん、お願いしますってちゃんと言った方がいいですよー」
「あ、あなたたちはっ……リーダーか、名前で呼ぶのか、気分で変えないでくださいませっ」
「神崎様、あまり虐めないでさしあげた方が……彼女はもう涙目になっていますし」
「い、いや、泣かせるほどのことは言ってないと思うんだけど……」
「分かりましたわ、私が礼儀を逸していました。その……どうかお時間を頂いて、私にも稽古をつけてください、神崎さん」
「ああ、分かった。じゃあ連絡先は教えてもらってるし、訓練する時は集合をかけるよ」
伊那さんが目を見開く――そして、顔を赤らめながら微笑む。確かに坂下さんの言った通り、その目の端には涙が滲んでいた。
「ありがとうございます。本当は今日も、
「え、二人ともそんなこと思ってない感じだけど? ミユっち見ててめちゃ楽しそう」
「……社、あなたも参加した方がいいのではなくて? 近接武器使いなら神崎さんの手ほどきを受けられるそうですわよ」
「急に振らないでください、びっくりするじゃないですか。それに伊那さん、いいんですか? ただでさえ『三人目』なのに、私までお邪魔しちゃって」
「なっ……」
「三人目……まあ、人数が多くても教えられると思うよ。五人同時とかまでは大丈夫かな」
ステータスにものを言わせて、集団訓練で仲間を育成する。いつ起こるか分からない特異現出に対する備え、そして交流戦に向けての準備という意味でも、重要なことじゃないだろうか。
ソウマたちと再会する、そのための方法を模索し続ける。大きく変わってしまったこの世界で、新しく出会った仲間たちと生き抜くことも考えなければならない。
「できれば姉崎さんも一緒に参加してくれると嬉しい」
「えっ……あーしも五人目に入れてくれるの?」
「トレーナーのあなたも居てくれたら、訓練が捗るということよ。玲人、そういうことでしょう?」
「ああ、まあそういうことになるけど。効率厨っぽいのは良くないかな」
「んーん、全然いいよ。やっぱりせつりんはレイ君と通じ合ってるっていうか、ちょっと妬けるよね」
「っ……そ、それくらいは話の流れで分かるわ、何となく。私は玲人のバディだから」
「わ、私もですっ……!」
黒栖さんが何を思ったか、急に俺の腕を取る――二の腕に当たる弾力に、思わず息が止まりそうになった。
「……私も近接戦闘をするのですが、六人は定員オーバーでしょうか」
「あ、ああ、坂下さんも大丈夫だよ」
「良かった……ご配慮いただきありがとうございます」
「では、我々はそういった訓練の時は別行動ということになるか? 射撃訓練でもしておこうか」
「悪くない。銃器に対応する武器スキルを持っている人物を見つけられたら、教えを請えると良いが」
唐沢と木瀬君の話が聞こえて、いつかの記憶が浮かび上がる。
――私は銃使いだから、ソウマとレイトの稽古に参加できない。
――でも、見ているだけでも楽しいです。二人ともすごく楽しそうにしているので。
――ミアは男子同士のそういう……何でもない、忘れて。
あの時イオリが何故か恥ずかしそうにしていたことを覚えている。ミアにはその理由が分からなくて、不思議そうに笑っていた。
そして――今さらになって、俺は気づく。
既視感。イオリの姿が、他の誰かに重なりかける。
俺はイオリに会うことができていないのに、『この現実』で、イオリの面影を感じさせる人物に会っている。
「玲人、これから少し時間はある? ミーティングカフェで少し話せたらと思って」
「ああ、そうしようか。みんな時間は大丈夫か?」
「問題ありません。寮の門限までは時間がありますので」
真っ先に答えてくれたのは幾島さんだった。それも意外だったが――彼女は無表情のまま、俺の前までやってくると、じっと顔を見てくる。
「え、えっと……」
「……とても興味深い時間でした。あなたのスキルでマップが完成されていくとき、私のスキルがこんなふうに応用できるのだと、興奮……高揚を感じました」
「『セカンドサイト』は凄いスキルだよ。幾島さんがいなかったら、あの隠しエリアは見つけられなかった」
「そう……ですか。お役に立てたのなら、光栄です」
幾島さんは淡々と答えて、そして時間が停まったように動かずにいる――いや、ほんの少しだけ、顔が赤らんでいるように見える。
「……今後とも、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」
「っ……」
差し出された右手を握り返す――力強くしてはいけないので、あくまでも控えめに。
友好の握手をしただけなのに、なぜか伊那さんが慌てている。彼女とも完全に和解できたということなら、握手するくらいはいいんじゃないだろうか――と思うが、俺から言うのも違う気がする。
「……今はまだ、私にその資格はありませんわ。ですが見ていてください、私も折倉さんのように、あなたと肩を並べられるように……」
「リーダー、何ぶつぶつ言ってるんですか? 前見て歩かないと転んじゃいますよ」
伊那さんは皆と一緒にカフェに向かい、付き添っている社さんがこちらを見て申し訳なさそうに笑う。
「風峰学園チームの結束力は、あなたを中心に強くなっているみたいね」
雪理はそう言って微笑む――どうやら、冗談を言ってくれたらしい。俺も笑うと、彼女は満足したような顔をして、黒栖さんと一緒に歩いていった。
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