第八十四話 埋蔵品
俺が行きと同じように地底湖の湖面を渡って出てくると、黒栖さんと雪理、姉崎さんの三人が出迎えてくれた。
「玲人さん……っ」
「三人とも、無事で良かった。怪我はないみたいだな」
「ええ、魔物は問題なく倒せたわ。幸い、集まってきた数も多くはなかったから」
「せつりん……じゃなくて、雪理さんがあっという間に三匹やっつけちゃって、あとの二匹はあーしとこよこよで何とかしたの。こよこよの猫の手、可愛いのに威力すごいよね」
「姉崎さんのボールも凄かったです、バウンドするともっと速くなって」
三人の戦いを見たかったが、また近いうちに機会はあるだろう。ひとまず今は、魔物の気配は周囲から消えたとはいえ、水澄さんのところに戻らなければいけない。
「それで玲人、水澄さんの救助を手伝うっていうのは……」
「ああ、水澄さんの装備が壊れてしまってるから、その対処をお願いしたいんだ」
「えっと……それじゃ、あーしが行った方がいい? トレーナーだし、そういうの得意だし」
「え、ええ……そうね、姉崎さんにお願いするわ」
「は、はい。私達はここで待っていますね」
雪理も黒栖さんも快く――とまでは行かず、何か思うところがある様子でこちらを見ている。
「……レイ君、全員で行けるならそっちの方がいいんじゃない?」
「ん? 湖を全部凍らせて全員で渡るって手もあるけど、そっちの方がいいかな」
「い、いえ、いくらあなたでもそれは時間がかかるでしょうし、玲人と同じ方法で移動するわ」
「あっ……それだとあーしが無理になっちゃうかも、レイ君みたいにぴょんぴょん飛べないし」
「ぴょんぴょん……あっ、すみません、ちょっと可愛いなとか、そんなことは考えてませんっ」
「ははは……まあ、湖に水面が触れる前に水を凍らせて、それを足場にして沈む前に飛んでるんだけど」
説明しても、三人とも頭の上に疑問符が浮かんでいる――他の方法として『ステアーズサークル』で階段を作って移動するという手もあるが、あれも足場が透明なので、慣れていないと怖さがあるだろう。
「じゃあ……一刻を争うということで、俺に乗ってもらおうかな」
「ええ、玲人に……」
「乗る……ですか?」
「あーしはレイ君の言うとおりにするよ、追いてかれるのやだし。どうやって乗るの?」
「そうだな……」
三人を同時に運ぶ――普通ならかなり難しいというか無理だが、俺なら特に難しくはないだろう。
しかし難しくないというのと、実際に実行に移すこととは別問題だと、やってみて痛感することになった。
◆◇◆
まず『フィジカルルーン』の呪紋で自分の腕力を強化したあと、右腕で雪理を、左腕で黒栖さんを抱え、姉崎さんを背負う。
――と言うのは簡単だが、実際にやってみると別の意味で大変だった。
「きゃぁっ……!」
「ひゃぅぅっ……!」
「ふぁぁっ……!」
最後の足場を飛んで、『フェザールーン』で着地する。地底湖の中にある足場の上には、水澄さんが倒れている――『セイクリッドサークル』という敵の侵入を退ける呪紋を施しているので、彼女の周囲は光で覆われていた。
「よし、三人とも……着いたぞ?」
「っ……え、ええ。分かっているわ」
「す、すみませんっ、無我夢中で……」
「はぁー、びっくりした……この大きい骨、さっき聞こえてきた魔物? レイ君、本当に一人でやっつけちゃったんだ……」
雪理も含めて、三人ともそれぞれの反応を見せつつ地面に降りる。俺もできるだけ平然とするよう努めているが、気恥ずかしさは否めない。
「姉崎さん、あの……お、お身体は大丈夫でしたか……?」
「う、うん、こういう場合は仕方ないし、レイ君も揺れないようにしてくれてたし」
「次から同じようなことがあったら、私が姉崎さんの位置と代わるわね。その……やっぱり、そういうのはバディの方がいいでしょうし」
気づかないように努めなければならないが、姉崎さんは胸を両腕で抱えるようにしている。背負った時に当たってしまっていたので、負担をかけていないといいが――いや、回復魔法なんて使ったらそれこそ怒られそうだが。
「水澄さん、服が……じゃあ、あーしのジャージかけてあげるね」
「ありがとう、姉崎さん。回復魔法はかけてあるから、後は学園の医務室に運ぶだけだな」
「……ん……」
「あ……水澄先輩、大丈夫ですか? あーしは一年の姉崎って言います」
姉崎さんが声をかけると、水澄さんは周りにいる俺たちを見て、初めは不安そうに――そして、同じ学生だと分かったからか、安堵したように微笑む。
「……あなたたちが、助けてくれたのね……ありがとう」
「あーしは何もしてないです、全部そこのレイ君……神崎君がやってくれました」
「同じ班の二人の先輩方は、無事に脱出しています。水澄さん、一体何があったんですか?」
「魔物が落としたもの……『トレジャー』が出てきて……調べようとしたら、ここに飛ばされていたの……真っ暗で、魔物の唸り声が聞こえて……っ」
「もう大丈夫です、あーし達がついてますから」
《姉崎優が医療スキル『応急手当』を発動》
「……大丈夫、落ち着いて。何も怖いことなんてないから」
恐怖を思い出したのか、取り乱しそうになった水澄さんが落ち着きを取り戻す。『応急手当』はHPを少量回復する効果も持つが、合わせて軽度の状態異常を治療する効果もある。
――ごめんなさい、私が回復魔法を覚えてないから……。
――気にしなくていい、そのうち使えるようになるから。
イオリの職業『猟兵』でも『応急手当』は初期に習得できるスキルだった。ミアが回復魔法を習得するまでは、彼女が治療役を務めていた――俺もイオリに治療してもらったことがある。
水澄さんは安心したように目を閉じる。体力の消耗や『恐慌』の状態異常はすでに『ヒールルーン』『リラクルーン』で回復させているが、精神面の消耗がまだ大きいようだ。
「……これでいいのかな? あーし、手当てできるって言っても大したことできなくて」
「そんなことは無いわ、水澄さんも安心してくれているわよ」
「はい、姉崎さんは凄いです」
「えっ、ちょっ……やだなー、そんな褒められちゃうとあーし調子乗っちゃうよ」
「三人とも、ちょっと戦闘で使ったロッドを回収してくるから、周囲を調べてもらえるかな」
「ええ……ロッド? そんなものがどこに……」
「っ……向こうの天井に刺さっている、あれですか? 玲人さん、あんなところまで……」
「槍投げでもオリンピック出られちゃうよね……レイ君、私と一緒に世界目指さない?」
「スキルありのオリンピックなら興味はあるかな……なんてな」
◆◇◆
俺は『ステアーズサークル』を使い、洞窟の天井に刺さっているロッドを回収して戻ってくる。
「あの小さな穴……何か大きなものが衝突して崩れてしまってましたけど、奥に何かが見えます。私、この姿になると夜目が利くので、暗いところも見えるんです」
「そうか、そういうことか……」
「玲人、何か心あたりがあるの?」
『アストラルボーダー』においても『隠しエリア』と呼ばれる場所はあり、そこにはだいたい『埋蔵品』が配置されていた。
洞窟の壁際、水澄さんが逃げ込んでいた穴の周囲は、黒栖さんが言った通り『水棲獣のデーモン』の衝突を受けて崩れている。しかし瓦礫の隙間――その向こうから、空気が流れてきているようだ。
「さっきと同じ要領で、壁を壊してみるか……それとも、後回しにするか」
「『ゾーン』の内部は時間が経つと大きく変化することがあるから、この場所に入れなくなる可能性もあるわ」
「なるほど……分かった、脱出する前に確認しよう。みんな、下がっててくれ」
壁の魔法耐性を下げ、防御力を下げる――そして、皆の武器を『ウェポンルーン』で強化する。
「よし、さっきと同じ要領で行くぞ……!」
「「はい!」」
「はーい!」
《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》
《黒栖恋詠が格闘スキル『キャットパンチ』を発動》
《姉崎優が投擲スキル『スパイラルシュート』を発動》
三人が崩れた穴に向かって技を繰り出す――その直後に『ジャベリンスクエア』を発動させながら『インパクトルーン』を壁に撃ち込む。
俺が手をかざした先の瓦礫が吹き飛ぶ――壁全体に振動が伝わり、天井からパラパラと砂が落ちてくる。跳ね返った瓦礫で怪我をしないように、仲間たちは『シェルルーン』で保護していた。
「やったぁ、レイ君ちょー……」
『超』の続きはなんと言おうとしたのか、壁の向こうに現れたものを見て、姉崎さんは固まってしまう。
「……い、いいの? こんなの見つけちゃって……ええ……?」
姉崎さんがそう言うのも無理はない。隠しエリアの『埋蔵品』は『埋蔵金』と呼ばれることもある――おそらく換金率の高い色とりどりの宝石が、その空間を埋め尽くしていた。
「鉱脈を掘り当てたか……いや、鉱脈なのかな、これは」
「そんなに落ち着いて……一年生がする発見ではないけど、あなたなら当然という気もするわね」
「これって、全部何かの材料になったりするんでしょうか……?」
換金にしか使えない宝石や鉱石もあるので、そういったものも多いのだろうが――すでに身に余る資産を持っているのに、さらに資金が潤沢になってもいいのだろうか。
ひとまず俺は『ゾーン』で見つけたものや魔物を倒した時の収穫を、どう持ち帰るかの手段をそろそろ真剣に検討しなければならないと考えていた。水棲獣のデーモンの骨という、超大型の素材も含めて。
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