第八十三話 水棲獣
「玲人、早く発見しないと水澄さんが……」
「ああ、分かってる。こんなところに居る魔物だ、全く光がない中でも襲ってくるだろう……俺だけで侵入した方がいい。雪理たちはここにいてくれ」
「レ、レイ君、一人で大丈夫……? めちゃくちゃ強いのは分かってるけど……」
姉崎さんは一緒に行動するのが初めてなので、俺の一挙手一投足に動揺している。彼女には少しずつ慣れてもらうしかない。
「まあ見ててくれ……まずいな、岩壁を壊したから魔物が集まってきてる。雪理、黒栖さん、対応できるかな」
「は、はいっ、あの魔物ならなんとか……」
「ここは任せて先に行って……なんて、本当に言う時がくるなんてね。行くわよ、黒栖さん!」
雪理は剣を構えて走っていく。黒栖さんも遅れて走っていくが、『プラントガルム』との戦いはもう経験しているし、強化魔法が効いていれば問題ないだろう。
(さて……この中だが、俺の見立てだと……)
「レイ君、あーしもせつりん達と一緒に戦うんだけど、この穴の中ってなんか変じゃない?空気が湿ってるっていうか……」
「その通り、この向こうは地底湖だ。だが、通り抜けることはできる……!」
「ちょっ、レイ君っ……!」
岩壁を破壊した向こう側には、地底湖が広がっていた――真っ暗な水面を見ていると不気味ではあるが、俺は迷わず湖面に飛び出していく。
《神崎玲人が攻撃魔法スキル『フリージングデルタ』を発動》
《神崎玲人が特殊魔法スキル『フェザールーン』を発動》
「み、水の上走ってる……レイ君、すごすぎっ……!」
(そんなふうに見えるか……これが駄目なら水中呼吸のルーンを使うところだったが……)
俺の呪紋は足の下にも展開できる。湖面の水を凍結させ、着地の衝撃を減殺して足場として飛ぶ――一度飛ぶごとの
(千回は水上で飛び続けられるが、おそらく水澄さんは陸地にいる……と思いたい……!)
悲鳴が聞こえた方向からはさらに魔物の咆哮が聞こえてくる。だが、水澄さんの声が再び聞こえてはこない――最悪の想像が頭を過ぎるが、自分に活を入れて吹き飛ばす。
マップの残り5%といってもやたらと広く感じる。周辺に展開した『ライティングルーン』の光球が、洞窟の天井から湖面に向けて垂れ下がった巨大な鍾乳石を照らし出す――この場所でしか取れない鉱物が含まれていそうだが、今は救助が最優先だ。
「――グォォォォッ!!」
(見えた……っ、やはり、陸地というには小さいが、足場がある……!)
《水棲獣のデーモン1体と遭遇 神崎玲人様が交戦開始》
ヒレが腕のように変化した、巨大なアザラシとでも言えばいいのか――『アストラルボーダー』の中ではもっとデカい奴がいたので、これは幼体ということになるが、それでもオークロードほどの大きさになる。
奴は足場の奥にある壁――いや、穴に向けて体当たりをしていたようだった。そして首のあたりから無数に生えたタコ足のようなものが、穴の奥から何かを引きずり出す。
《水棲獣のデーモンが『悪夢の束縛』を発動中
「う……うぅ……」
「――水澄さんっ!」
振り向いたデーモンは、捕らえた水澄さんを自分の盾にするように前に出す。そして、海獣に似た姿からは想像もできないほど歪んだ笑みを浮かべた。
俺が何もできないと思っているのだろう。こんな隔離された場所に生息していても、
(奴を一撃で吹き飛ばすような魔法は撃てない……この位置からでは、悪魔だけを吹き飛ばすのは無理だ……だが……!)
「……ガッ、ガッ……ガァァッ……」
「助け……っ、おかあさ……」
水棲獣のデーモンが笑っているような声を上げたあと、牙だらけの口を開け、水澄さんを喰らおうとする。
――その大口を開けたのが、命取りだとも知らずに。
《『神崎玲人』が特殊魔法『グラビティサークル』を発動 即時遠隔発動》
《『神崎玲人』が強化魔法『エンチャントルーン』を発動 付与魔法『セイクリッドレター』 即時遠隔発動》
「――グォォォッッ……!!」
デーモンの足元に生じた陣――『グラビティサークル』。それはデーモンの動きを止めるものではなく、直上にある鍾乳石を折るためのものだった。
半ばから折れた鍾乳石は倍加した重力で高速落下し、デーモンの開いた口に突き刺さる。そして鍾乳石の表面に浮かび上がった文字――神聖属性の力が、デーモンの身体を内側から破壊する。
「グガァァァッ……オォォッ……!!」
(一撃では仕留めきれないか……!)
「――きゃぁぁぁっ……!!」
苦痛に暴れ回ったデーモンが、捕らえたままの水澄さんを岩壁にぶつけようとする――即座に『スクリーンスクエア』を使い、水澄さんが受けたダメージを俺が代わりに受ける。
「っ……あ……」
「っ
水澄さんは無事だ――そして、タコ足の束縛からも解放された。デーモンは自身の口に入った鍾乳石を噛み砕き、それでもなお腕を振り回して暴れ続ける。
「水澄先輩、待っててくれ! すぐに終わらせる!」
「ガァァァァッ!!」
甘く見ていた人間にしてやられ、デーモンが我を失ったように、ヒレの変化した両腕を振りかざして襲いかかってくる。
奴は自分が何を手放したのかを分かっていない――だが、もはや加減する理由はなかった。
「――吹き飛べ」
《神崎玲人が固有スキル『呪紋創生』を発動 要素魔法の選定開始》
《攻撃魔法スキル レベル10 『セイクリッドレター』》
《強化魔法スキル レベル5 『トライデントルーン』》
《攻撃魔法スキル レベル8 『ヴォルテクスルーン』》
武器に水に棲む魔物に対する弱点特効を付与する『トライデントルーン』、そして水中で渦を起こして攻撃する『ヴォルテクスルーン』、さらに『セイクリッドレター』を組み合わせ、強化した竜骨のロッドを槍投げの要領で投げつける――すると。
「――グオォォォッ……オォ……!!」
ロッドを受け止めようとしたデーモンの腕が、一瞬で浄化されて骨だけになる。浄化はそれだけにとどまらず、渦巻くような力となって、デーモンの巨体を全て骨だけにした。
貫通した竜骨のロッドが、デーモンのはるか後方に垂れ下がっていた鍾乳石を砕く。おそらく壁か何かに突き立ったのだろうが、今のところ貴重な武器なので後で回収しなくてはいけない。
(倒すための選択肢が多いと、やりすぎには注意だな……だが、加減しすぎて仕留めきれないよりはいいか)
《水棲獣のデーモン 暫定ランクC 討伐者:神崎玲人》
《暫定ランクCのユニークモンスター討伐実績を取得しました》
《神崎玲人様が10000EXPを取得、報酬が算定されました》
イズミの報告を聞きながら、俺は倒れている水澄さんに近づこうとして――彼女に視線を向けるのが不用意だったと気づき、目をそらした。
《水澄苗の装備品損傷度:70% 速やかに特異領域を出ることが推奨されます》
『ヒールルーン』などで回復はできても、装備の破損には対処できない。俺は水澄さんを見ないようにして治療したあと、ブレイサーのリンク通話で雪理に連絡する。
『雪理、状況を教えてくれ』
『ええ、ちょうど魔物の掃討を終えたところ。水澄さんは見つけられた?』
『ああ、なんとか無事だ。結構デカい魔物もいたが、こっちで対処した。救助のために誰か一人来てもらいたいんだけど、いいかな』
『分かったわ、すぐに向かうわね。姉崎さんが、岩壁の向こうは水が広がってるって言ってたけど……』
『水の上を通って移動する方法がある。それは俺に任せてくれ』
連絡を終え、俺は改めてデーモンの骨を見る――素材として使えそうだが、悪魔の骨素材の武具というのもどうなのだろう。性能が優先ではあるのだが。
「……ん?」
デーモンが残したものは、骨だけではなかった。身体のどこに蓄えていたものか、光る石のようなものが落ちている――俺は巨大な骨の隙間をくぐって、それらのドロップ品を回収することにした。
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