第八十一話 捜索

 魔物が物陰から出てくるということもなく、コインビーストのいた辺りまで到着する。


「あれは……次の階層に降りる道ですね」


 唐沢がライフルのスコープを覗いて言う。洞窟に来る前にアタッチメントを交換して、暗視効果のあるスコープに変えてきたようだ。


「違うエリアに入る資格は得ているわ。この階層で一定数の魔物を討伐すればいいだけだから」

「じゃあ……行ってみる? けど入学したばかりの今の時期に、次のエリアに入ってる人っているのかなー」

「玲人ならどこまでも降りていけそうだから、足を引っ張らないようにしないと」


 俺としても、皆を危険な目に遭わせないというのが大前提だ。このレベル差だとある意味みんなとゾーンに潜るのはパワーL《レベリング》の様相を呈している――皆のレベルが上がってくるまで、緊張感を持たなくてはいけない。


   ◆◇◆


 コインビーストのいた広い空間を抜けると、徐々に道が下っていく。そして道の傾斜がなくなったところで、幾島さんの声が聞こえてきた。


『神崎さん、何かスキルを使われましたか? 視界を広くするようなものを』

『ああ、洞窟内を照らすために。何か問題が?』

『いえ、想定よりも地形情報の把握が早く、範囲も広いので』

『……じゃあ、こういうふうにするとどうなる?』


 俺は皆に止まってもらってから、明かりの光球を一つ前方に向けて飛ばしてみた。そして『マップを見たい』と念じる――すると。


「っ……すご、めっちゃ遠くまでマップができてく……!」

「玲人のスキルで作った明かりと、幾島さんの『セカンドサイト』が協調しているのね……」

「敵に気づかれるリスクはあるけど、こういうこともできるか。他のパーティに迷惑をかけないようにしないとな」


『現在、他に1つの班が同階層に侵入しています。所属は2年A組です』


 上の学年になると、『洞窟』よりも違う場所の方が効率が良かったりするのだろうか。それとも放課後の特異領域ゾーン探索は、毎日挑むようなものでもないのか。


 ――そう、考えた矢先のことだった。


「……あれ? その他の班、こっちに近づいてきてない?」


 姉崎さんが指差して示した方角――マップ上でも確認できた、他の班がこちらに向かって歩いてくる。


 その人数は『班』と言われていたにも関わらず、二人だけだった。


「やっぱりやばいよ、このまま戻っちゃったら……っ」

「俺たちだけで探すにはこの洞窟は広すぎる、先生に相談するしか……」

「すみません、何かあったんですか?」

「っ……!?」

「な、なんで一年がこんなとこに……」


 話に気を取られていた二人は、浮遊する明かりに照らされてようやく俺たちの存在に気づく。一人は槍を持った男子で、もう一人はロッドを持っている。


「問題があったようですね。何があったのか教えていただけますか?」


 坂下さんに問われ、二人とも言葉に詰まってしまう。しかし俺たちの姿を見て雪理に目を止めると、目に見えて態度が変化する。


「お、折倉さん……」

「っ……あ、あの折倉雪理……本物……?」


 二年生にも雪理のことは知られている――それ自体は驚くことではないが、二人の態度は畏怖に近いものだった。


 それはあまり雪理にとって、快くは感じられないものだろう。それでも彼女は俺を見て、「心配はいらない」というような目をした。


「3人目の班員とはぐれてしまったみたいですね。二人は外に出て、先生に報告をお願いします。評価には関わるでしょうが、報告しない方が問題になります」

「そ、それは……ほ、ほら、あいつも自力で戻ってこれるかもしれない、俺たちだって現にこうして……」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ、ちゃんと話した方がいいって」

「……分かった。そうだ、そうだな……」


 彼は自分に言い聞かせるように言うと、震えるような息をつき、そして話し始めた。


「……何でもない魔物のはずだったんだ。今までも同じように倒して経験を稼いでた。そいつが、今までとは違うものを落とした」

「それは、どのようなものですか?」

「それが……私たちの班の三人目は、魔物が落としたものを調べられる『調査士アプレイザー』っていう職業で、自分で調べようとして……」


 そこまで話を聞いて、心当たりがあった。《旧AB》では魔物のドロップ品に触れることで発動する罠があり、そのうちの一つに、パーティを分断するものがあった。


「罠にかかったということなら、この迷宮内のどこかにいるかもしれない」

「や、やっぱり……でも、どうしてそんなこと……」


 確実にそうだと言い切れば、なぜ俺がそんなことを知っているのかという話になる。だが、ここで問答に時間をかけることはできない。


「雪理、みんな、分散して探すのも手だが、いなくなった人がどこにいるかさえ分かれば最短で救出に迎える。ここで待ってもらってもいいか」

「……待って、私も同行させて。不測の事態が起きているのだから、あなたを一人で行かせるわけにはいかないわ」

「そ、そうです、私も……『転身』をしているので、速く動けますからっ……!」


 雪理も黒栖さんも意志が固い――こんな目をされて置いていけるほど、俺も割り切りができる性格じゃない。


「よし、それじゃついてきてくれ。坂下さん、唐沢、姉崎さんと先輩二人を頼む」

「了解した。しかし神崎、どうやっていなくなった人を探す?」

「その子の名前だけど、水澄みすみなえって言うの。私たちの友達……ごめんなさい、後輩の皆に頼ったりして」

「気にしないでください、困った時はお互い様です」

「っ……う、うん……ありがとう、えっと……」


 そういえば、と遅れ馳せながら名乗ろうとすると、左右から制服の肘のあたりを引かれる――雪理と黒栖さんが同時に引っ張っていた。


「「…………」」

「わ、分かった、急がないとな」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「はい、急がないとっ……先輩方とのご挨拶は、また後ほどでお願いしますっ!」


 俺たちは三人で走り出す。ある程度距離が離れたところで、俺は言葉にせずに詠唱を始める――空間に無数の光る文字が浮かび上がる。


「玲人、まさか……」

「そのまさかだ。『明かり』の数を増やして一気に地形情報マップを取得する……!」


《神崎玲人が強化魔法スキル『マルチプルルーン』を発動 魔力消費8倍ブースト》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ライティングルーン』を発動》


 魔法を使うときに使用する魔力量を過剰にすることで、効果を拡張する――対象となる魔法を複数化する『マルチプルルーン』でそれを行うと、魔力を使っただけ複数化の数が増加する。


 魔力8倍ならば、『ライティングルーン』で発生する光球の数も8倍となる。16の光球が俺の周りに生じ、それを飛ばす――障害物を自動で回避して、光球が照らした範囲の地形が取得されていく。


「凄い……あの光球に照らされた範囲に探し人がいたら、見つけられるということ?」

「ああ。見つけたら即座に向かうことにしよう」

「地図が共有されているので、どんどん出来ていきます……こんなに速く……」


《マップ完成率10% 15% 20%》


 イズミが5%刻みで完成率をカウントアップしていく。このペースなら一分もかかることなく、このフロアの全容が把握できそうだ。

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