第八十話 マップリンク

 姉崎さんが『洞窟』に同行するということで、俺が臨時で班を作り、そこに黒栖さんと姉崎さんが入ることになった。


《神崎玲人様をリーダーとして、『神崎班』のリンクグループを設立します》


「ああ、頼む」


 答えると同時にブレイサーが青く発光する――グループ申請を黒栖さんと姉崎さんが受諾し、彼女たちのコネクターも同じ色に光り、やがて静まった。


「神崎班の発足ですね。よろしくお願いします、リーダー」

「よろー。足引っ張らないように頑張るね」

「ああ、よろしく。姉崎さんの装備は……何ていうか、スポーツのユニフォームみたいだな」

「あーしの職業ってさっき言った通り『トレーナー』だから、戦闘用のスポーツウェアっていうのを着てるの。あんまり重い装備とかできないからね」


 彼女の装備に金属製の装甲などはなく、パーカータイプのウェアの下にアンダーシャツを着て、ショートパンツに足全体をカバーする黒のレギンスを穿いている。手にはグローブを嵌めているが、格闘用ではなく、防具として着けているようだ。


「武器はこれ、『パワーボール』ってやつね。魔力を込めて投げられるから、魔法しか効かない相手にも効くよ。あーしの魔力自体はそんなに強くないから、威力もそれなりだけどね」


 《旧AB》にも『パワーボール』と似たような装備は存在していて、大型銃器を主に使うイオリがサイドアームとして採用していた。ボール系の武器を自在に操ることのできる職業もあるらしいが『トレーナー』はどうなのだろう。


「その装備なら、後衛の方が良さそうだな。まあ、俺の班は全員近接特化ではないけど」

「レイ君がそう言うなら、魔物に近づかれないように立ち回って、チャンスあったらボール投げるね」

「私と坂下もいるから、前衛は問題ないと思うわ。ちゃんと守るから心配しないで」


 今のダイジェストはサラリと「レイくん」という愛称で呼ばれたことだと思うが、そんなことを気にしている場合でもない。姉崎さんは距離感の詰め方が早いのだろうと納得しておくことにした。


   ◆◇◆


 討伐科校舎から東に向かい、森に入る。しばらくすると霧が出てくるはずだが、その前に幾島さんが手を上げた。


「ここで皆さんのコネクターをリンクしておきます。私のスキルで接続できますので、承認をしてください」

「ええ、お願い」


 雪理が答えると、幾島さんが頭に着けた『ヘッドドレス』タイプのコネクターが発光する――そして。


『幾島十架様より、コネクター間のマップ同期が要請されています。承諾アクセプトしますか?』


「ああ、承諾アクセプトだ」


 イズミの声に応えると、腕に着けたブレイサーが幾島さんのコネクターと同じ色の光に包まれる――そして。


《幾島十架が特殊スキル『セカンドサイト』を発動》


《神崎班、折倉班とマップ情報を共有しました》


 周囲の地形情報を取得するスキルは幾つか知っているが、そのうちの一つが『セカンドサイト』だ。障害物の有無に関わらず、一定範囲内の地形を把握できるスキルだ。


「共有したマップ情報は、『マップを見たい』と思考すれば見ることができます。コネクターのAIに応答する形でも構いません」

「えーと、こんな感じ? 『マップを見たい』……わ、なんか見える!」

「視界を阻害しない位置にマップが表示され、時間が経過すると見えなくなりますが、情報の取得はできているはずです」


 幾島さんの言う通り、スマホを使わなくても自分の位置が正確に分かる。特異領域ゾーンの中でもマップが分かるなら、攻略は楽になるだろう。


特異領域ゾーンの中では周囲50メートルまでの情報を取得し、探索を終えた範囲については常に状態を把握することができます」

「交流戦では事前に地形情報が配布されるから、それを元にナビゲートしてくれるということね」

「はい、その情報が正確であるという前提ですが。この『洞窟』については、神崎班・折倉班が到達している範囲については地形を取得することができました。コインビーストと戦った地点までですね」

「ええ、もう一度そこまで行ってみましょう。また魔物が沸いているかもしれないから、その時は警告できる?」

「はい、それが私の役目です」


 断言する幾島さんを頼もしく感じたのは俺だけではなく、黒栖さんも感嘆している。しかし俺と目が――前髪で目が隠れているが――合うと、わたわたと慌て始めた。


「あ、あのっ……わ、私、リボンを預けているので……」

「ああ、黒栖さんは戦闘に備えて『転身』しておいたほうがいいな」

「え、なになに? 変身って、こよこよがするの?」

「コホン……姉崎さん、レクリエーションではないので、もう少し気を引き締めてですね……」

「揺子ちゃんはニックネームとかつけなくても、揺子ちゃんが一番なじむよね」

「……褒められているのか何なのか分かりませんが。くれぐれも『洞窟』に入ってからは気を抜かないように」


 坂下さんは少し照れつつも、グローブを嵌め直す。それを見て優しく微笑んでいる雪理――いや、見とれてる場合じゃないが、こんな表情もするのかと驚く。


「玲人、せっかく武器を強化できたから試してみたいのだけど」


 雪理の剣には『疾風のエメラルド』が着けられている。取り回しが軽くなったようだと言っていたが、剣の重量や威力は据え置きのはずだ。


「それなら魔物との遭遇は避けずに進んでみよう」

「ええ……できるだけ強い相手がいいのだけど、そのためには奥に進まなければね」


 剣の柄に手をかける雪理――何というか、少しうずうずしているというか、そんなふうにも見える。


「……な、なに? 別になんでもいいから斬りたいとか、そんなことは考えていないわよ」

「い、いや……その剣なんだけど、銘とかはあるのかなと思って」

「この剣は『ブルームーン』と言うものなの。私にも、どうしてそんな名前なのかは分かっていないのだけど……色が青いわけでもないしね」


(固有名のある剣……エリートユニークか? そんな定義がこの世界にあるのかどうかだが、この剣の形状自体はどこかで……)


「これを私に預けた人は、使いこなすことができるまで持っているようにと言っていたわ」

「そうだな……雪理ならできると思う。強い敵と戦うことで、剣の熟練度マスタリーも上がるだろうし」


 雪理に剣を渡した人が誰なのか、どのような経緯で入手したのか。知りたいとは思うが、

今の段階で伏せているということはまだ聞かずにおくべきだろう。


《特異領域に侵入しました 風峰学園洞窟 フロアワン オートリジェクト可能》


 洞窟の中に入ると、雪理と坂下さんが先行していく。


 マップ上に俺たちの位置が表示されている――他の班が少し離れた位置で交戦していて、敵の表示らしい赤い点が消える。


「まず、コインビーストのいた地点まで進んでみよう。そこまではマップができてる」


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ライティングルーン』を発動》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『オートサーキュレーション』を発動》


 明かりの魔法を使うと姉崎さんがおお、と驚いている――光の球が俺たちの周りを周回し始め、視界を確保して進んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る