第七十九話 サポートメンバー

 討伐科校舎のロビーに入ると、まだ残っている生徒たちがこちらに注目する。


「おお、雪理様が戻ってきたぞ!

「相変わらず目が浄化される……常に一緒にいるあいつはよく平然としていられるな」

「お、お姉様……いえ、雪理様、お疲れ様です。これ、私の作ったクッキーです……!」


 前から雪理を慕っている親衛隊的な女子の存在には気づいてはいたが、今日は思い切って行動に出てくる。


 雪理は少し戸惑ってこちらを見てくるが、とりあえず笑っておくしかない。


「ええ、ありがとう。またお返しをするわね。あなたの名前は……」

「そ、そんな、お返しなんて……Cクラスの勅使河原ですが、私の名前などお気になさらず……っ!」

「ちょっと、テッシー!」

「待ちなさい、テッシー! 雪理様の前なのにはしたなくってよ!」


 しっかり名乗っておいて、親衛隊三人は走り去ってしまった。ふぅ、とため息をついたあと、雪理は貰ったお菓子を坂下さんに渡す。


「ええと……そうね。あとでお茶の時間にでも出してちょうだい」

「はっ、毒味は私がしておきます」

「その心配は無いと思うけど……な、なに?」

「いや、完全にお嬢様学校の世界だなと……雪理の雰囲気が何というか、高貴すぎるのかな」

「っ……あ、あなた、そんなことを思っていたの? 高貴とか、私はそんなこと……」

「い、いえっ、折倉さんは、すごく上品で、私にとっても憧れというか……玲人さんも、そういうことを言いたかったんだと思いますっ」


 黒栖さんがフォローしてくれる――身振りを交えて話したので前髪が揺れて、その向こうの瞳が見えた。


「……そういうことでいいの?」

「あ、ああ。俺のような庶民にはないオーラがあるよな、雪理には」

「そういうことは気にしないでいいの。生まれた家が違うのは当たり前でしょう? 庶民だからとか、そういう定義で壁を作らないこと。分かった?」


 雪理は怒っているわけではなく、諭すように言う。何か先生に怒られているようだ――と、茶化してばかりではいけない。


「分かった、これからは気をつけるよ」

「よろしい……何? 機嫌がいいわね、唐沢」

「いえいえ。雪理お嬢様が自然体でいらっしゃるだけで、私も侍従の一人として嬉しく思うだけです。すべて神崎のおかげですね」

「はい、神崎様のおかげです」


 唐沢だけならまだしも、坂下さんにまで同意されると何も言えなくなる。雪理は頬を赤らめていたが、俺と目が合うとそっぽを向いてしまった。


「今までの私が自然じゃなかったというなら……い、いえ、そんなことを話している場合じゃないわ。待ってくれているメンバーは資料室にいるそうだから、行きましょう」


 雪理に案内されて、討伐科一階のホールから東西に伸びている廊下のうち、東側に向かう。

 

 資料室の前に着くと、雪理が軽く扉をノックする。


「折倉です。幾島いくしまさんと姉崎あねさきさんはいますか?」

「はい」

「え、マジ? ちょー、まだ心の準備が……」


 のんびりした声が聞こえて、扉が開く。そこにいたのは女生徒二人――一方は眼鏡をかけ、本を持ったショートカットの子。彼女は耳をカバーするような、ヘッドホンのようなものをつけている。


 もう一人は健康的に日焼けをした金髪の――言ってしまえばギャル的な子だった。放課後だからということか制服のネクタイを外し、ラフな格好をしている。


「幾島十架とうかです。交流戦チームでナビゲーターを担当します。よろしくお願いします」

「あーしは姉崎あねさきゆうって言います、よろしくー。持ってるスキルがそっち系なので、トレーナー担当でーす」

「……姉崎さん、部屋の中が暑かったの? 胸元を緩めているけど」

「あ、男子もいるしちゃんとしとかなきゃだよね。幾島ちゃんしかいないから油断してた……んー?」

「……?」


 姉崎さんがこちらを見て、何かに気づいたような顔をする。そして、覗き込むくらいの距離に来たところで、普通に間合いを取って一歩下がった。


「俺に何か?」

「……ふーん、冒険科にこんな人がいたんだ。結構いい感じじゃん」


 いい感じというと、印象は悪くないということか。悪いよりはいいが、上から下まで見られているようで落ち着かない。


「えっと……まず自己紹介したほうがいいか。俺は冒険科1年F組の神崎玲人です。これからよろしく」

「F組? 成績いいけど、適正テストで慎重に育成すべきって出た人が振り分けられるクラスだよね。えっと、レイト君もしかして遊んでる人?」

「い、いや。遊んでるっていうわけでもないと思うけど」


 俺にとって《アストラルボーダー》は遊びでも何でもなかった。ゲームは好きだが、姉崎さんが言っている『遊んでる』というのは、俺には無縁だった言葉だ。


 しかしF組にいる生徒がそんな意図で割り振られていたとは――俺は入院する前、適正テストでどんな結果を出したことになってるんだろうか。


 不破と南野さんがF組にいるというのは、何となく理解できる。二人とも能力は同じ学年の中では高いが、確かに俺と黒栖さんに対する当たりがきつかったりするのは気になる振る舞いではあった。


「……この感じで真面目な人って、もしかしなくても、トレーナー引き受けたの正解じゃん」

「姉崎さん、参加については保留すると言っていたけど、気持ちは決まった?」

「うんうん、参加するする。元から結構乗り気だったけど、もっとやる気出たかも」

「そう、良かった。あなたはサブのメンバーでもあるから、身体は鈍らせないようにね」

「了解でーす。よろしくね、レイト君。こっちの子は?」

「黒栖恋詠と言います、よろしくお願いします」


 黒栖さんが挨拶をすると、姉崎さんはニコッと笑って手を差し出す――しかし握手をしつつ、ちら、と視線が動いた。


「……うーん、結構いい勝負?」

「えっ……あ、あの……?」

「んーん、何でもない。あーしと一緒にトレーニングすると、ちょっと成長が早くなるよ。チームに一人置いとくと役に立ちそうでしょ」


 姉崎さんの一言にハッとさせられる――彼女が持っているスキルは、俺たちのパーティが求めながら、《旧AB》で最後まで手に入れられなかったスキルかもしれない。


(まさか……『経験促進』? 最高レベルまで上げると、50%も取得経験値が上がるっていう……)


 『経験促進』は固有スキルで、特定の職業しか持っていなかった。《旧AB》ではそのスキルを持っている人が、高い報酬と引き換えにして他のパーティに一時的に参加し、生計を立てていたりした。


「姉崎さんがそのスキルに気づいたのは、何かきっかけがあったのかな」

「うん、中学の時の部活で、あーしがいるときといないときでなんか違うってみんなが言い出して。それで調べてもらったら、そういうスキルなんだって教えてもらえたの。じゃあ、活かすためにこの学園入ろうかなって」


 個人的な話にはなってしまうが、俺のレベルを上げるのは普通に経験を積んでいてもなかなか難しい。『経験促進』持ちの姉崎さんに協力してもらえると非常に助かる――と言っても、そうそう危険には巻き込めないが。


「幾島さんは交流戦の団体戦の時に、参戦したメンバーをナビゲートしてくれるわ。彼女のコネクターは彼女の能力に合わせて最適化されていて、リアルタイムでマップ情報などを共有したりできるの」

「このヘッドホンみたいなのがコネクターなんだよね」


 姉崎さんに言われて、幾島さんがこくりと頷く。


「これは『ヘッドドレス』というタイプのコネクターです。頭につけるタイプのコネクターには種類があり、『ヘルム』型などがあるそうです」


 俺以外にも特殊仕様のコネクターを持っている人がいた。どういった理由で通常以外のコネクターが渡されるのか、できれば機会を見て話しておきたい――といっても、まずは当初の目的である、交流戦で良い成績を収めないといけない。


「一度、実際にナビゲートしてもらって感覚を分かったおいた方がいいわね」

「はい。事前に声をかけてもらえれば、ゾーン探索の際に外部からナビゲートできます」

「じゃあ、明日ゾーン行くとか? あーしも一緒に行っていいかな」

「そうね……あなたの模擬戦の成績から言えば、おそらく大丈夫だと思うけれど。玲人、これからまだ時間はある?」

「ああ、大丈夫だけど。閉門まで一時間半くらいか……黒栖さんは大丈夫?」

「はい、家には連絡をすれば大丈夫です」


 幾島さんも了承し、俺たちは残り時間で『ゾーン』に入ることになった。入るのは、前にも入った『洞窟』だ。


 マップ情報をゾーンの外部からナビゲートしてくれる――そんなことが可能なら、前のときより飛躍的に探索が捗ることになる。そして姉崎さんの『経験促進』についても効果が見られるので、魔物を少しくらいは倒したいところだ。

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