第七十七話 ファクトリー
昼休みに古都先輩に約束を取り付けたあと、俺たちは生産科にやってきた。
「普通に牛とか育ててるんだな……あのガラス張りの温室みたいなのも、何か作ってるのかな」
「生産科で作っているものだけでも、学園内の自給自足を可能にしているの。風峰学園は、朱鷺崎市の中でも、安全な場所の一つだから」
雪理が説明してくれる。俺だけでなく黒栖さんも感心している様子なので、他の科のことは初耳なのだろう。
魔物がどこにでも出るような世界で、農業や牧畜を安定させるのは難しい――しかし学園の外にも水田や畑はある。
人々はリスクを承知で日々の生活を続けている。魔物の出ない世界にするなんて大それた考えかもしれないが、できるものならそうするべきだ。
「あれが生産科の『ファクトリー』よ」
雪理が指差す先にあるのは、風峰学園の中で今まで見た中でも、近代的――いや、近未来的な雰囲気の建物。
生産科の生徒たちの姿が見えるが、作業服のようなツナギを着ていたり、研究者のような服だったりと、服装はさまざまだ。
「お疲れ様です、皆さん。よくお越しくださいました」
出迎えに来てくれた古都先輩は、ツナギ姿だ――購買での姿とはまたギャップがあるが、意外に似合っているのが不思議だ。
「初めまして、討伐科一年の折倉です。今日はよろしくお願いします」
「生産科二年の古都です。討伐科エースの折倉さんと会えて光栄です」
古都先輩の言葉に、坂下さんと唐沢が照れている――やはり二人の雪理に対する忠義は厚い。雪理本人は仕方ない班員たちだと言わんばかりだが。
「あの、玲人とはどういったきっかけで知り合ったんですか?」
「購買部にいらっしゃったので、そこでお話をするようになったんです。せっかくですから、生産科としての本分でもご一緒できればと思いまして」
「そうでしたか……いえ、すみません。少し気になったもので」
雪理が笑顔を見せ、古都先輩もにっこりと微笑む――初対面の印象は二人とも良いようだ。
「お嬢様、とても落ち着いていらっしゃいますね……」
「多少ハラハラしてしまいましたが、やはり神崎は節度のある男ですね」
「は、はい。玲人さんは、とっても真面目な人なので……」
何の話をされているのかと思いつつ、古都先輩に案内されて建物に入っていく。向かう先は、ファクトリー一階のミーティングルームだ。
◆◇◆
ミーティングルームに入ると、古都先輩がお茶を入れて出してくれた。
「交流戦に向けて、装備の更新をしたいと……かしこまりました。カタログをご覧になりますか?」
「カタログ品ではなく、素材を持ち込んで新調することはできますか?」
「はい、もちろん可能ですが……加工には、素材に応じて費用がかかります」
「交流戦用の予算はありますが、私的用途にも装備を使うことを考えているので、自費で製作したいと思っています」
俺も費用は自費で構わないが、どれくらいかかるものなのだろう。ひとまず、話の続きを聞いてみるしかない。
「カタログ品をベースにしないで専用のものを作るということですね。こちらでご用意があるのはセラミック、木材、炭素繊維などになります」
「魔物素材で、ここで扱った経験があるものはありますか?」
ここからは俺が話を引き継ぎ、古都先輩に質問をする。彼女は違うファイルを出してきて俺に見せてくれた。
「学園内の特異領域で得られるのは『魔鉄鉱』ですね。これは皆さん装備の改良によく使用されています。魔力を使ったスキルと装備の相性が良くなるんです」
「なるほど、魔鉄鉱……俺が持っている素材では、使えそうなものはありますか?」
古都先輩に緊張走る――前に見せたときは気を失うほど驚かせてしまったが、今回は彼女も分かっているのか、深呼吸をしてから俺の所持品をタブレットに表示してくれた。
《神崎玲人様の所持品データを、古都帆波様のタブレットに転送します》
神崎玲人の所持品:
ライフドロップ小 ×6
オーラドロップ小 ×6
疾風のエメラルド ×1
オークロードの魔石 ×1
錬魔石×1
融合のカード ×1
炎熱のルビー ×1
翼竜のひげ ×2
翼竜のエキス ×3
竜骨石中 ×3
ランスワイバーンの魔石 ×1
魔像の魂石 ×1
名称不明のデーモンの封魔石 ×1
魔植物の蔦 ×2
魔石の欠片 ×1
レッドジェム ×5
ブルージェム ×7
イエロージェム ×3
?硬貨 ×138
「……あなたのことだから、凄いのだろうとは思っていたけど……理解を超えてしまっているわね。いえ、理解する努力はしているのよ」
雪理ですら動揺するほどのリストだったようで、坂下さんも言葉をなくしており、唐沢は眼鏡に光が反射しているが、そのまま固まっている。
「疾風のエメラルド……これを組み込むだけで、装備の性能は上がります。それに翼竜のひげは、炭素繊維などよりも非常に強度が高く、魔力も通しやすいとされています」
「俺はロッドを使うんですが、これらの素材で使えそうなものはありますか?」
「『竜骨石』が使えると思います。これも『中』でないと使えなくて、『小』では用途が変わってきます」
竜骨のロッド――ひとまずセラミックのロッドより強いのであれば、装備を交換しておくのは悪くなさそうだ。
「ですが、加工費用は少し高くなってしまいます……竜骨は珍しい素材なので、造形のためにダイヤモンドを使う必要がありまして。ロッドを作るなら25万円ほどでしょうか」
「なるほど、それくらいですか。分かりました……ん? みんなどうした?」
「神崎様、それだけのお金をお持ちとは……これまでの魔物討伐の成果ということですか?」
「持ち合わせというか、口座にはそれなりに入ってます。コネクターからの引き落としで大丈夫ですよね」
「はい、勿論です。学園内での決済は、原則としてコネクターで行っておりますので」
資金面では、今のところ問題は全くない。金があるからと気が大きくなりすぎるのは気をつけるべきだが、使うべきと思ったら使う。
「雪理も何か使えそうなものがあったら、遠慮なく使ってくれ」
「ありがとう。でも、あなたを頼りすぎてもいけないから、素材はそれぞれ自分のものを使いましょう」
「はい、私たちもある程度、今まで手に入れたものがありますので」
雪理たちはそう言うが、チーム戦であればメンバー一人一人が強くなることで、チーム全体に貢献できる。
「黒栖さんはどうする? 俺と黒栖さんの素材はほぼ共有みたいなものだから」
「い、いいんですか? 私、いつも玲人さんに引っ張ってもらっているので……」
「遠慮しなくていいよ。黒栖さんが強くなったら、俺も嬉しいから」
「っ……は、はい……ありがとうございます……っ」
恐縮している黒栖さんだが、彼女の使う武器――リボンを強化できるかもしれない素材が、リストに含まれている。
バディの黒栖さんが強くなれるよう、俺もサポートする。雪理たちも自分に合った装備を作るために素材が必要なら、外の特異領域に行ってみるのもいいだろう。
「この硬貨を鋳造して弾丸を作る……そういったことも可能なんですね」
「銃弾を生産できる場所は限られていますが、ファクトリーもその一つです」
そんな話が普通にされていて、それに慣れていく自分がいる。
魔物がいない元の世界に戻ることができるのか――そして、戻りたいのか。そういうことを考えるのは、俺が今できることをやってからだ。
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