第七十四話 夜十二時の神崎家

 体調は問題なかったが、ナビから推奨された時間を過ぎる前にはログアウトした。


《お疲れ様でした またこの世界でお待ちしております》


 ナビが挨拶をしたあと、神経接続が切れる。ダイブビジョンの有機液晶に映し出された映像が消えたところでロックを外し、脱着する。


「お兄ちゃん、お疲れ様……」


 ベッドで寝た姿勢でダイブしていたエアが、起きてきて俺に声をかけてくる。何気なく椅子を回して向き直ると、エアが俺の肩に手を置いてくる――サツキに引き続き、うちの妹も距離感が近い。


「な、なんだ? 俺の顔に何か……」

「……お兄ちゃん、泣いてたの?」

「っ……い、いや……」


 しまった――と思っても既に遅い。エアは俺の頬に触れて、指で涙のあとを拭ってくれる。


「大丈夫、自分でやるから。英愛の手が……」

「そんなこと気にしなくていいの。やっぱりそうだったんだ……お兄ちゃん、目を覚ますまで、少し苦しそうにしてたから」


 何があったのか、全く言わずに誤魔化すことはできそうにない。心配してくれた妹に対して不誠実だ――だが、全てを言うこともできない。


「……夢を見たっていうか。少し、思い出したんだ」

「そうだったんだ……お兄ちゃんが、前にゲームしてたときのこと?」

「ああ。でも、心配はしなくていい。俺も、このゲームで探したいものがある。だから、これからも時間があればログインは続ける」

「うん、分かった。お兄ちゃんがやりたいなら、私はいつでもいいよ。今日だって、それが楽しみで待ってたくらいだし」

「そうか。エアも楽しんでくれてるなら良かった」

「あ、そうだ……お兄ちゃん、あのアイテムってなんだったの? 『ラットエンペラー』が痺れたときに落としてたよね」

「ああ、魔石っていうやつだな。普通の魔物も出すんだが、かなり落とす確率が低いから、高額で取引されるやつだ。装備を整えるために売ってもいいかもな」

「えっ、そんなに凄いのが出たの? あの大きいネズミ、そんなの持ってるって分かったらみんなに狙われちゃうんじゃ……」

「他のプレイヤーの様子を見る限りじゃ、おそらく確実には出ないやつだ。サプライズで出たり出なかったりなんだろうが、レベル1では勝てないし、ドロップ条件を満たすにも準備がいる……えーと、ゲーム用語っぽくなってるけどついてこれるか?」

「あはは……半分くらいは分かるような。ゆっくり教えて、お兄ちゃん」


 ゲーム自体はあまりやってこなかったようだが、VRMMOに必要な思考入力コントロールは自然にできている。ダイブビジョンが初心者にも扱いやすいというのもあるだろうが、英愛には才能があると言えるだろう。


「じゃあ、攻略サイトでも見ながら教えるよ。これが魔物のデータだけど、魔物の落とすアイテム……ドロップが設定されてるだろ」

「ふむふむ……えっ、0.03%って書いてあるけど、こんなに確率が低いの?」

「それくらいの確率だとまだ甘いくらいで、もっと低くなることもある。まあ、雑魚モンスターが簡単に貴重なアイテムを出すほど甘くはないってことだな」

「ふーん……あ、『幸運ウサギの綿毛』だって。0.001%……これを取れた人が幸運なんじゃない?」

「まあ、そうだな。でも出るときは出るもんだよ、それくらいの確率でも」

「おみくじで大吉引いたときに出てきたりするのかな? 明日の帰りに神社に行ってこようかな」

「それはいい考えかもしれない……なんてな。神頼みよりは、数をこなすこと、無心になること。欲しいアイテムを狙うときはそれが一番だ」

「欲しいものが出てきちゃって、それがすごい低確率だったりしたら、ゲームにはまっちゃいそう……私、結構凝り性だから」


 ゲームに熱中できるというのも一つの才能だ。努力できることが才能と言われることがあるが、それは何についても言えることだろう。


「ふぁ……もうこんな時間になっちゃった」

「ああ、じゃあそろそろ……どうした?」


 英愛は何か言いたげに俺を見ている――俺に意図を汲み取って欲しいということみたいだが、そうじっと見られても困ってしまう。


(というか、外れてると俺が恥ずかしいんだが……もう寝るってタイミングでこの様子ということは、そういうことだよな……)


「……お兄ちゃん、あ、あのね……」

「あ……そ、そうか。分かった、あれだな。まだ一人で寝るのは不安か?」

「そ、そんなに怖いってわけじゃないけど、せっかくお兄ちゃんがいるなら、近くにいてくれたほうが安心するなと思って……」

「せっかくって言うのか、それ……ま、まあそれはいいんだが……じゃあ俺は寝袋で寝るから、英愛はベッドを使うといい」

「駄目。そんなことしたら、身体が痛くなっちゃうよ?」

「それくらいならどうということも……」

「お兄ちゃんもベッドで寝るの。私、そんなに寝相悪くないから大丈夫だよ」


 そういう問題でもないと思うのだが――ベッドがシングルではなく、少し大きめのものとはいえ、二人で寝るには普通に狭い。


「じゃあ、枕持ってくるね。毛布も持ってきた方がいいかな」


 なし崩し的に、一緒に寝るということで話が進んでしまっている。妹はこうと決めると譲らないらしい――その頑固さは、兄妹で似ている気がしなくもないが。




 ~某掲示板 0:33~


 155:VR世界の名無しさん

 このゲーム、現実のスキルが使えるってマジ?


 166:VR世界の名無しさん

 βテスト期間だけ試験的にやってるらしいな

 チートみたいなスキル持ちがプレイしたらどうなるんだろ


 173:VR世界の名無しさん

 討伐隊とかの人がゲームやるってこともないだろうけど

 眠れるゲーマーの中に超スキル持ちがいたら面白いな


 178:VR世界の名無しさん

 うちのおかんが回復のスキル使えるんだけど、ゲームでも使えるって

 まあ回復アイテムより回復量少ないし

 確実に成功するわけでもないみたい


 184:VR世界の名無しさん

 J( 'ー`)し たかし、回復スキルいりますか


 (`Д)   ……


 189:VR世界の名無しさん

 >>178

 >>184

 仲いい家族だなw


 195:VR世界の名無しさん

 >>178

 リンクボーナスってやつも確実に発動するわけじゃないんだよな

 これの発動条件て、フレンドと一緒に戦ってりゃいいの?


 203:VR世界の名無しさん

 リンクボーナスは隠しで絆ポイントってのがあって、

 それが高いと発動しやすいとか ごめん今俺が考えた


 208:VR世界の名無しさん

 >>203

 それっぽくて草

 まずリアルで仲良くならないと駄目なんじゃね?

 茶器とか贈って忠誠度を上げないと


 214:VR世界の名無しさん

 リアルの友達とやってリンクボーナスがいつまでも来なかったら

 気まずさ半端ないなw


 219:スネーク@ネオシティ

 猪めぇぇ

 ゲーム内で膝枕とか、羨まけしからん


 224:VR世界の名無しさん

 お、猪今日もログインしてたん?

 銀髪エルフ妹はセットだった?


 229:スネーク@ネオシティ

 >>224

 その妹ちゃんの膝枕だよ

 レベルマスターのクエストでやられると思えないんだけど

 なんか地下道から出てきたときには猪やられてたな


 233:VR世界の名無しさん

 >>229

 それ、エンペラー出たんじゃね?

 あれって触られたら死ぬやつでしょ、聞いた限りだと


 238:VR世界の名無しさん

 猪、エンペラーのレア泥までゲットしてたりして


 243:スネーク@ネオシティ

 このゲームって、現実の体型から補正されるよな

 それであんなグラビアアイドルみたいなのおかしくね?って


 247:VR世界の名無しさん

 グラビアアイドルがVRMMOして何がおかしいんですか!

 ……え、それって妹ちゃんのこと?


 253:スネーク@ネオシティ

 妹ちゃんは遠くからしか見てないから可愛いことしか分からない

 もうひとり一緒にいたニューフェイスがね。。


 258:VR世界の名無しさん

 >>253

 ハーレムとか母さん許しませんよ!


 265:VR世界の名無しさん

 >>253

 そろそろ猪には盛大に爆発四散してほしい

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