第七十三話 探しもの
《接続が安定しました ゲームを再開します》
《十五分以内に通常ログアウトを行い、休憩してください》
ナビの声が聞こえる。地下道じゃない、辺りは明るく――誰かが、俺の顔を覗き込んでいる。
「良かった……お兄ちゃん、起きた」
「……エア。俺、気を失ってたのか?」
「びっくりしたよ、本当……外に出てきたはいいけど、気を失っちゃってるんだもん。VRMMOだから、私たち二人でも運べたんだけどね」
《ここはネオシティ第三公園です》
地下道からほど近い公園。ネオシティの中に五つある小さな公園の一つだ。
頭の下に、柔らかい感触がある。VRMMO内における触覚は現実のものとは違うが、それでも分かる――自分が膝枕をされていることは。
「っ……わ、悪い、エア。重かったろ」
「う、うん……じゃなくて、ゲームの中だから大丈夫だよ」
「あはは……あんなに度胸あるのに、妹さんの前だと可愛いんだ、お兄さん」
「……えーと、サツキさんだったか。一応助けた人に向かって、それは無いんじゃないか」
「サツキ? ……あ、私のことだった。ごめん、まだ始めたばかりで、その名前で呼ばれるの慣れてなくて」
サツキは肩くらいの長さの髪に触れながら、照れ笑いをする。彼女の種族は人間で、ログインした時に判定される彼女の髪色は、水色と緑の中間――そのまま、水と風の属性に適性があるということだ。
容姿は現実のものがそのまま反映されるわけじゃないが、俺たちと変わらない歳に見える。
「サツキさんは、どうしてこのゲームを始めたんですか?」
「ん? んー……ちょっと、このゲームで探してるものがあって。話すと重くなっちゃうから、詳しくは言えないんだけど。ごめんね」
「っ……もしかして、誰かを探してるんですか?」
彼女も、俺と同じ目的を持ってここにいる――『探しもの』という言葉に、期待が胸を過ぎる。しかし、サツキは俺の質問には答えなかった。
「……こんな顔したら分かっちゃうと思うけど。そう、お兄さんの言う通り。でも、あたしももうちょっと一人で頑張ってみたいんだ。そうするのが義務っていうか……言ってることふわふわしてるよね、ごめんね」
「いえ。すみません、俺こそ初対面でそういうことを聞いたりして」
「……お兄さん、ゲームの中だとそのままの見た目にはならないみたいだけど、私と同じくらいじゃない? 言っちゃうと、私高一なんだけど」
「あ、俺も高校一年です」
「私は中学二年生です。あ、夜ふかしはお兄ちゃんと一緒なので大丈夫です」
「あはは……あたしが中学生の時は、今の時間にはもうぐっすり寝てたよ。お兄ちゃんと一緒にゲームなんていいよね、一番近くに一緒にやれる人がいるんだから」
「はい、本当にそう思います。お兄ちゃん、私と一緒にやってて凄く楽しいって言ってくれます」
「……まあ楽しいというか、このゲーム自体がよくできてるのは否定しないというか……ちょ、脇を突かないでくれ。痛くないけど痛い気がする」
エアの無言のチョップを受けて怯む俺を見て、サツキは笑う――けれど、どこか寂しそうにも見える。
「あ、あの……サツキさん、まだ始めたばかりだったら……」
「お兄ちゃん、えーと、レイト君でいいの? 同級生なんだし、そんなにかしこまらなくていいよ。ほんとならあたしの方が敬語使わなきゃいけないくらいだよ、助けてもらったし」
「ああ、そうか……そうだな。えーと、サツキ……って言うと慣れなれしいかな」
「それでいいよ。エアちゃんとレイト君ね。あたし、学校の友達とレベルが上がったら合流する予定なんだけど、それまで一緒についていってもいい?」
「わぁ……嬉しいです! 知り合いが増えたらいいなって思ってたので」
「あはは、あたしも嬉しい。まさか助けてもらえると思わなかったしね、たぶんあれって絶対勝てないやつなんでしょ?」
「絶対じゃないけどな。おそらくレベル1じゃないと遭遇できないから、そういう意味では不可能に近いと思う」
「レイト君、倒せるの? あの大ネズミ」
つい、悪い癖が出てしまった――ゲーマーというよりデバッガー寄りの思考だが、『普通は倒せないボスを倒したらどうなるか』を試してみたくなる。
「なーんて、無理しないでレベル上げちゃった方がいいよね」
「まあ、確かにな。逃げるときにドロップアイテムが出たから、それで良しとしておくよ」
「え、アイテム出たの? どれどれ、見せて見せて。あ、私口は固いし、欲しいとかも言わないよ」
《警告 サツキとパーソナルエリアが干渉しています》
「っ……きょ、距離が近い。警告が出てるぞ」
「あ、ほんとだ。あれ、エアちゃんが膝枕してるときは出ないの? こういうの」
「フレンド登録するか、パーティ登録すると警告は出なくなる……はずだけど。エア、どうした?」
「ううん、なんでも。お兄ちゃん、サツキさんの……当たってるなって思っただけ」
「っ……い、いや、これはグラフィックが接触してるだけだから」
「ご、ごめんねエアちゃん、あたし気になることとかあると、つい前のめりになっちゃって……レイト君もごめんね」
人懐っこい性格だというのはこれまでのやり取りで分かってはいたが、それで今度は照れられると落差が大きい。
《警告 サツキとパーソナルエリアが干渉しています》
「えーと、距離が離れてないんだけど……」
「これってフレンドになったら解除されるんじゃないの? 私フレンド、レイト君は友達」
「片言にしても変だが……じゃあフレンド申請を送るから、それを承諾してくれ」
「はーい。あ、きた。フレンドになりますか? 私たちまだ知り合ったばかりだけど、友達からで良かったら、やぶさかでもないかな」
「サ、サツキさん。それだとフレンドじゃなくて、お兄ちゃんとお付き合いするみたいですよ。うちのお兄ちゃんにはまだ早いです、そういうの」
「エア、逆に話がややこしくなるから……」
《サツキがフレンドリストに追加されました》
そう言っているうちにフレンドが成立する――するとどうなるか。パーソナルエリアに入っても接触判定がなかったのに、フレンドになると判定が生じる。
「ひゃっ……」
「わ、悪いっ……というか近すぎるとそうなるんだ、分かってくれたか?」
「はぁ、びっくりした。でも触れてる感じが、なんか普通と違うっていうか……」
「それは、リアルすぎても問題あるからな」
大人向けのVRMMOというのもあって、そっちでは触覚もリアルだそうだが――俺にはまだ早いので無縁の世界だ。
「あ、レベル上げるつもりだったのにこんな時間になっちゃった……続きは明日にしようかな。アイテムも明日見せてくれる?」
「ああ、フレンドになればログインしてるかどうか、どこにいるかも分かるし、メッセージも送れるからナビ、フレンド、メッセージと入力すればできるよ」
「まだ頭の中で思い浮かべる感じが難しいんだよね……そういうのが上手だと、レイト君みたいにレベル1でも強くなれるのかな」
「そうかもな。プレイヤースキルというか、入力に慣れるのは重要だと思う。さっきの動きを見る限り、サツキは上手くなると思うよ」
「あ、嬉しい。このゲームで何をするにも、まず上手くならないとね。レイト君は経験者ってことなのかな」
「……それは、ノーコメントにさせてくれ」
テストプレイヤーだったことは明かしてはいけない、それはテストに参加する条件の一つだ。
デスゲームに参加していたというのが俺にとっての真実でも、それは言えない。同じ思いを味わった人間にしか、今は明かせない――このゲームをプレイできなくなるような事態は避けなくてはならない。
「じゃあ、同じ始めたばかりの仲間ってことで、これからもよろしく」
《サツキがログアウトしました》
ログアウトはどの場所からも可能だ。サツキのグラフィックが光に包まれて消えるとき、彼女は俺とエアに手を振っていた。
「さて……お兄ちゃん?」
「な、なんだ……怒ってるのか、エア。さっき無茶したからか?」
「そうじゃなくて、私たちもログアウトしてから家族会議だよ。議題はゲームの中ではとても言えないようなことです」
心当たりはありすぎるほどにあるのだが、グラフィックが触れただけであって、サツキの胸が触れたといってもそこまで怒られることではないと思いたい。
「……ん?」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、誰かに見られてたような気がして……気のせいかな」
「そんなこと言って、話をそらそうとしても駄目だよ? 私は妹として、お兄ちゃんを監督する義務があるんだから」
そんなのはもちろん初耳だ。ゲームの攻略がなかなか進まないが、妹に今後も協力してもらうためにも、家族会議――もとい、一対一での尋問的なものを穏便にくぐり抜けたいところだ。
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