第七十一話 レベルクエスト

 リュシオンさんと別れたあと、俺たちは天導師レベルマスターにレベルを上げてもらうためにクエストをこなすことにした。


 まず初心者向けの装備品を買おうとするが、武器しか売ってもらえなかった。俺は『ウッドロッド』、エアは『ウッドバトン』を購入する。エアはチアリーディング部に入っているので、バトンの扱いは得意だそうだった。


 ネオシティの市長の家、3つのギルドに行き、それぞれの長から話を聞く。最後の目的地は地下道だが、地下に入ろうとするとナビが一度天導師のもとに戻るように言ってきた。


 天導師は町の高台にある神殿にいる。『祝福の聖域』と呼ばれる場所だ。


 天導師はいわゆる天使のような外見をしていて、背中に羽根が生えている。種族は有翼人だが、他のプレイヤーで同じ種族の人は今のところ見かけていない。


 《旧アストラルボーダー》においても希少ではあったが、プレイヤーの中にも有翼人はいた。普通のプレイヤーが行けないところまで飛行して到達していたりして、羨ましいと思ったものだ。


「よく戻られました。あなた方に祝福のあらんことを」


 ネオシティの天導師は女性で、この辺りでは手に入らなさそうな防具を身に着けている。NPCにも攻撃できるのがこのゲームの特徴だが、だいたいは『完全防御』の能力がついている防具を身につけているので、ダメージが通らずに無力化させられ、監獄に送られることになる。


 デスゲームであると知ったことで自暴自棄になってしまい、街の女性NPCを襲うプレイヤーもいた――そしてNPCに危害を加えると監獄に送られると広まったあとは、孤立している女性プレイヤーが狙われるようなことも起きた。


 ――いくらログアウトできないからって、理性を失ったら人として終わり。


 ミアとイオリはパーティを組むまで一人で、他のプレイヤーの悪意を向けられることもあったという。


 ソウマも組んだ相手が戦闘中に逃げてしまったり、大人数での作戦に参加して捨て駒にされそうになったりと苦労をしていて、俺たちと出会ったばかりの頃は、誰も信用しないという目をしていたものだ――本来は、良いやつすぎるほど良いやつだったが。


「お兄ちゃん、天導師さんに話を聞かないと」

「ああ、そうだな……地下道に入ろうとしたら、一度ここに戻ってくるように言われたんですが」

「まだ冒険を始められたばかりのあなた方に、このようなことを相談するのは心苦しいのですが。近頃、地下道に魔物が出るようになり、住民が困っているのです」


 これを一人ひとりのプレイヤーに言っているわけだが、誰かがクエストを受けているときに他の人が受けられないと困るので、地下道には常に魔物がいる状態だろう。一時的に全部倒されていなくなることはあるだろうが。


「その魔物を倒してきます。そうしたらレベルを上げてもらえるんですね?」

「はい、レベル5までは私のところで上げることができます。そこからは、経験点を貯めることで自動的にレベルが上昇します。レベルには上限がありますが、それはゲームを進めていくことで解放されます」


 チュートリアルらしいセリフだが、レベル5まではホームであるネオシティを拠点にして活動しろということでもある。


 ずっと練習用の木人を殴ってレベル5に上げる人もいるが、やり方は人それぞれだ。他の町に転移する方法はあるが、一度行ったことがある場所にしか転移できないので、最初から難度の高い迷宮に飛ぶには転移手段持ちの人に力を借りる必要がある。


 何にせよ、まずチュートリアルを普通に進めて、エアがゲームに慣れてから行動範囲を広げるべきだろう。


「この回復用のアイテムをお持ちください。ご武運をお祈りしています」


《青ヨモギの葉を5個取得しました》


《黒スグリの実を3個取得しました》


 一人一人に回復アイテムが支給される。ライフが30回復する葉っぱと、レベル1の毒を消すことができる黒い実だ。


「ヨモギって、お餅をつくるときに使うやつ? ちょっと苦そう」

「まあ苦いと感じるかもしれないが、VRだからな。口に入れてキツイようなものは無いと思う。ヨモギが体力回復、黒スグリは毒消しだな」

「食べなくても回復できるアイテムとかはないの? 夜に食べるのは、ゲームの中でも気になるっていうか……」

「ははは、そういうアイテムもあるけど、最初は高いぞ。序盤は黒パンをかじりながら戦ったりするからな、手に入りやすいから」

「あはは、食パンを食べながら戦ってて、魔物にぶつかっちゃったりして」


 パンの回復効率がいいからと一部のプレイヤーに買い占められ、パンが食べられなくなったことを思い出す――ゲーム内で空腹でも、リアルで腹が減ってるわけじゃないから、今はそんなことにはなりえないが。


「よし、それじゃ行ってみるか……エア、ネズミとか平気か?」

「地下道だからそうなのかなーと思ってたけど、やっぱりそうなんだ……黒くて素早いのとかいたりしないよね?」

「どうだろうな、居ないはずだけど」

「えっ、や、やだ、絶対居ないって言って、お兄ちゃんっ……!」

「じゃあ俺が先に行って、様子を見てこようか?」

「……お兄ちゃんと一緒に行く」


 妹が袖を掴んでくる――VR技術も凄いものだ、腕には何のデバイスもつけてないのに、触られているのが分かるのだから。


 俺もβテスト版のことをよく知っているとは言えないので、妹が怖がっているようなことにはならないと言い切れなくて、それは申し訳ないと思うところだ。


 ◆◇◆


 地下道に入ると、下水道らしい水路があるのだが、水は特に汚れてはいない。これはゲームの美点と言っていいところだ。


 《旧アストラルボーダー》の地下道は、控えめに言っても良い環境とは言えなかった。入るだけでマスクが必要だし、そのマスクを作るために魔物を狩る必要があって――レベル2になるだけでも苦労させられたものだ。


「うぉっ、痛え……痛くねえ!」

「ちょ、ネズミはやっ! 嫌だ、こんなところで死にたくなーい!」

「落ち着いて攻撃すりゃ当たる! うわっ、動くな、当たらないだろ!」


 チュートリアルだけあって、レベル1のプレイヤーがネズミを相手に四苦八苦している――可愛らしい見た目のわりに素早く、前歯を剥き出して攻撃してくるのが凶悪だ。


「お兄ちゃん、なにか丸っこいのが来るっ……!」

「そいつがネズミだ。体当たりしてくるから気をつけろよ!」


《ラウンドラット3体とエンカウント》


「チチッ……!」


 水場をものともせず、水面を滑るようにして走ってきたネズミが、水路を挟む足場を蹴ってこちらにタックルしてくる――しかし。


(――攻撃の軌道が単調だな)


「っ……お兄ちゃんっ……!?」


 飛んでくる軌道は真っ直ぐで、タイミングを見て横に避けるだけだ。他のプレイヤーは大きくジャンプしたり、水路に飛び込んだりしてまで回避しているが、そこまでする必要はない。


 俺が知っているチュートリアルのネズミは、こんな正直な動きをしていなかった。生き物としてこちらの命を狙ってくる――クリティカル狙いで首などの急所ばかりを執拗にターゲットしてくる、小動物とはいえ侮れない相手だった。


「――チチッ!」


 三体が連携してこちらを狙ってくる――そうすると攻撃パターンが変わるが、それも読み切ることは容易だった。


《ラウンドラット1の攻撃をレイトが完全回避》


《ラウンドラット2の攻撃をレイトが完全回避》


《ラウンドラット3の攻撃をレイトが完全回避 回避ブレイク発生》


(ん……こんなシステムがあるのか)


 三回連続で『完全回避』を行った瞬間、俺以外の時間が停まったように見える――チュートリアルなので、こういうシステムを紹介する側面もあるのかもしれない。


《レイトが『マルチプルルーン』を発動》


《レイトが『ウィンドルーン』を発動》


 エアに経験を積ませるために、ニ体に向けて普通の『ウィンドルーン』を放つ。すると――着弾の瞬間、思っていたよりも派手なエフェクトが出て、ラウンドラット2体は天井や壁にバウンドしながら飛んでいって消滅した。


「――ふっ!」

「チチィッ!?」


 最後の一体はロッドで攻撃する――ドム、という手応えと共にラウンドラットを弾き飛ばすが、想定通り一撃で仕留めてはいない。


「エア、頼むっ!」

「うん……っ、やぁぁっ!」


 エアはバトンを回転させてから、ラウンドラットを叩く――星屑のようなエフェクトを散らして、ラウンドラットは爆発四散した。


《ラウンドラット3体をレイト、エアが討伐》


《触り心地の良い綿毛を3個取得》


《意外に硬い歯を1個取得》


 チュートリアルの素材名は冗談のような名前だが、『意外に硬い歯』は一応レアで『砥石』の材料になったり、アクセサリーの材料になったりする。


「良かった、やっつけられた……お兄ちゃん、やっぱり凄く上手なんだ。ひょいひょいって避けちゃって、全然当たらなかったね」

「まあ、最初の敵だからな」


 現実で使えるスキルをゲーム内で使っても切り札にはなるが、他にも一つ、俺には有利な点があったようだ――三年半分のPSプレイヤースキルがそのまま通用している。


 『回避ブレイク』ということは、他にもブレイクを起こす方法はあるのかもしれない。クエスト達成と表示されていることだし、もう脱出するか――と思った矢先。


「――なんじゃこりゃぁぁ!」

「お、おい、こんなの聞いてねーぞ! ええい、逃げ逃げっ!」

「ちょっと待って、私も……あっ、やばっ、何か身体動かない……ま、麻痺……っ!?」


 地下道の奥から声が聞こえてくる――予期しないモンスターが出てしまった、それは聞こえてくる声だけでわかる。


 逃げてきたプレイヤーたちが、次々に地下道から出ていく。奥に進んでやられてしまい、もしデスペナルティを受けたら。そんな考えが頭を過ぎる、しかし。


「お兄ちゃん、まだ誰か奥にいる……助けなきゃ……!」


 エアがそう言うなら逃げるわけにはいかない――チュートリアルで強いモンスターを出して驚かせるなんて、ゲームでは良くあることだが。往々にして、逃げるしか選択肢がないこともある。


 だが、強敵を倒すことができるチュートリアルも存在する。それが可能なのか見極めて退くのも無理ではないはずだ。


「行ってみるか……エア、俺が前に出る」

「大丈夫だよ、私も身のこなしには自信あるから」


 確かに、初めてVRMMOをしたにしては、エアは操作がかなり上手い。勘がいいというのか、イメージでキャラを操作するのに長けているというのか。


「分かった。俺は麻痺してるプレイヤーを助けるから、エアは敵の注意を引いてくれ……攻撃はしなくていい、避けに徹するんだ」

「了解っ……!」


 薄暗がりの地下道の奥に、広くなっている場所がある――そこにはラウンドラットとは比較にならない、大きな体躯のシルエットが見えていた。

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