第六十九話 サブGM
どこに連れていかれるか次第ではこちらも警戒しなければならないかと思ったのだが、彼女に連れていかれたのは個室つきのカフェだった。店名は『隠れ家カフェしろ熊』だそうだ。
ホールには普通に客がいて賑わっているが、追加料金を払うと静かな個室に入れるというシステムだ。
「お部屋に誰かがいたりとか、そういったことはありませんよ」
このゲームはPVPエリアでしか対人戦ができないので、他のプレイヤーを攻撃するには魔物を
さらには俺の場合『生命探知』があるので、壁の向こうに人がいるかいないかは分かる。個室で待ち伏せというのはまず無いだろう。
そもそもリュシオンさんからは敵意を感じないし、あまり疑っていないというのが本当のところなのだが。これで騙されたら、その時はその時と諦めるしかない。
「それは心配していないですよ。俺の装備に興味があるとか、そういうふうにも見えないですから」
「ふふっ……初め見た時は驚きましたが、素敵な装備ですね。私もできれば欲しいくらいですが、MVPを取るのは難しそうです」
『猪装備』がMVPの
個室に入るとテーブルが一つ置かれていて、六人まで同席できるようになっていた。俺と英愛は同じ側に、対面にリュシオンさんが座る。
「オーダーはここからできますが、どうなさいますか?」
「お兄ちゃん、ゲームの中でも食事ってできるの?」
「ああ、満腹度があるからな。これが80を切ってると食事ができる……まあ味とかはしないし、実際に満腹になったりはしないけどな」
「そうなんだ……不思議な感じだね。私はマジックティーがいいな」
「私もマジックティーで。レイトさんはどれにしますか?」
「俺はマイトオレンジにしておきます」
マジックティーは魔力、マイトオレンジは筋力が一時的にプラスされる。といっても気休め程度で、効果の高い食事は材料から集めて作る必要がある。
「お客様、お待たせいたしました」
オーダーしてすぐに、店員のNPCがやってくる――英愛はカフェの制服が気になるようで、店員が頼んだドリンクを置くところを目を輝かせて見ていた。
「お兄ちゃん、ああいう装備ってあるのかな」
「あの人はNPC……プレイヤーじゃないキャラクターだから、専用の装備だと思う。一般のプレイヤーがあれを来てたら紛らわしくなるしな」
「まだ取得条件が難しいですが、メイド服ならあるそうですよ」
「本当ですか? で、でもメイドさん……私がそんなの着ても似合うかな?」
「とてもお似合いだと思います。レイトさんも喜びますよ、彼女さんがそんな服を着てくれたら」
「っ……げほっ、ごほっ」
「お、お兄ちゃん、大丈夫? ゲームでもむせたりするんだね」
英愛は気にしてないのか何なのか――一応訂正はしておいた方が良さそうだ。
「英愛はその、俺の妹なんです。昨日から一緒にゲームを始めて……」
「まあ、そうだったんですね。すみません、早とちりをしてしまって」
「えっ、何? 何の話?」
リュシオンさんが思い切り英愛のことを『彼女』と言っていたが、あまりにサラッと言われたために気が付なかったようだ。それはそれで良かったが、俺だけ動揺しているのは少々格好悪い。
「兄妹でゲームをするくらい仲がいいんですね。羨ましいです」
「あの……リュシオンさんは、俺たちが『草原の暴走者』と戦ってるところを見てたんですよね。それで、何か気になることが?」
「はい。本当は、初めから名乗るべきだったのですが……私は『アストラルボーダー』の管理部、GMの一員です」
GM――ゲームマスター。その人がプレイヤーに直接接触してくるというのは、やはり俺が相応のことをやったと考えるべきだ。
リュシオンさんは自分の身分を示すために、プレイヤーカードを見せてくれた。カードの表面を指でなぞると、俺たちの目の前に彼女の情報が表示される。するとプレイヤー自身では書き換えられない欄に『サブGM104』と書かれていた。
「GMといっても、いくつかGMコマンドを使えるだけで、私の立場は一プレイヤーと変わりません。昨日は初めてのレイドボス登場にあたって、どのような戦いになるかを見させていただいていました。少しだけ攻撃にも参加しています」
「そうだったんですね……」
「現時点では『リンクボーナス』は隠しシステムになっていて、発動条件は伏せてあります。どのような状況で発動したか、プレイヤーの方に個別でアンケートを取らせていただいていまして」
「あの時は、お兄ちゃ……レイトが危ないって思ったら、少し力が湧いてくる気がして……」
「俺もエアの声が聞こえて、まだ諦めたくないと思ったときにボーナスが発生しました。回復したOPでスキルを使って、何とか死に戻りせずに済んだんです」
「そうだったんですね。あの時、私も助けに入ろうかと思っていたんです。けれど特定のプレイヤーさんに援護をするのは禁止されているので、何もできなくて……良かった、脱出できていたんですね」
リュシオンさんは本当に安心したという様子だ――GMとしての規律は守りながらも、プレイヤーのことを親身になって考えてくれているのが良くわかる。
「レイトさん、エアさん。このアストラルボーダーが新世代のVRMMOと呼ばれているのはご存知ですか?」
「はい、俺もそれが気になって……」
始めた、という言葉を簡単に口にすることはできなかった。
その言葉に惹かれていなければ、そう思ったことも何度もあった。死ぬような思いをするたびに、目の前で他のプレイヤーが死ぬたびに――ログアウトできないゲームの中で、仲間たちが苦しむところを見るほどに。
「ここからはオフレコでお願いいたします。レイトさんはクローズドテストの参加者ですので、お話する許可が出ています」
「私もそのお話を聞いてもいいんでしょうか、もし駄目だったら外に……」
「いえ、エアさんが良ければ同席していただいて大丈夫ですよ」
エアは気を使って席を立とうとしたが、もう一度座り直す。緊張しているようだ――話の内容が内容なので、無理もないか。
「このゲームにおいて、ダイブビジョンで読み取れる思考パターンは、従来のゲームよりも感情に依っているんです」
「感情……?」
「例えば、一緒にプレイする仲間を守りたいとか、一緒に勝ちたいという感情ですね。もちろんレベル・スキル制で装備品の性能差もあるゲームですから、気持ちだけでは勝てない……という場面は多くなりますが。あと一歩で難しい場面を乗り切れるというときに、強い感情が攻略に寄与したら。『アストラルボーダー』ではそれを実現しようとしています」
ロールプレイングゲームでよくある、あと一発で全滅するという時にクリティカルが出てボスを倒せたというシチュエーション――そんなとき、プレイヤーの多くは紙一重のスリルを味わい、同時に達成感を得るだろう。
思考を直接入力して操作するVRMMOゲームが、感情も反映したら。のめり込みすぎる人も出てきてしまうかもしれないが、今までにない体験になるのは間違いないだろう。
「ですので『リンクブースト』や『リンクボーナス』は不具合ではありません。今後もプレイされているうちに隠し要素が見つかるかもしれませんが、その時はアンケートを取らせてもらっても良いですか?」
「はい、そういうことでしたら。それと……」
俺が今のレベルで使えないスキルを使っていること――それについては運営的にどうなのか。皆まで言わなくても、リュシオンさんも察してくれたようだった。
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