第六十八話 注目の新人

 『旧アストラルボーダー』において、呪紋師には幾つかのビルドが存在していた。


 色々なスキルをとりあえず取ってみて、使えると判断したものに適宜ポイントを振っていくのが俺のスタイルだが、多くのゲームにおいては計算してスキル振りをしなければ、中途半端になってしまうことが多い。


 途中から俺もそれを気にして、魔法系のスキルを最大まで上げることにしたので、他のスキルはレベル1のままの場合が多かった。


 『生命付与』もそのひとつだ。呪紋師のビルドの一つ『ネクロマンサービルド』などを可能にする、キースキルである。


 このスキルには取得条件があり、呪紋師の『スキルマスター』と呼ばれるNPCを探し、クエストをクリアして教えてもらう必要があった。クリアするためにはサブクエストを5つこなす必要があると言われたときは、そこまでして覚えなくてもいいかと諦めかけたものだが――当時の俺には『生命付与』を覚えなければならない理由があった。


 ひとつは、知り合いの呪紋師が『生命付与』を使っていて、そのメリットを知っていたこと。


 もうひとつは――情けない話だが、パーティが組めなかったこと。デスゲームで初対面の他人と交流するのは、そこまで社交的でもない俺には難しく、序盤においてはゲーム攻略よりもよほど悩まされた問題だった。


 ――あの、いつも一人で出かけられてますよね。


 ――前に森の中で会ったとき、私たちにヒールをかけてくれた。辻ヒールの人。


 ミアとイオリに声を掛けられるまで、サポート職の俺がどうやって攻略を進めていたか。前衛を誰にやってもらっていたかというと――自分のスキルで作った使い魔ファミリアだ。


 しかし、前にできていたからといって、安易に使い魔を作ろうとしていいものだろうか。やはり妹が留守のときか、外に出ている時に安全を確保して試した方がいいかもしれない。


「お兄ちゃん、どう? タコライスのソース、辛くない?」

「ちょうどいいよ、ある程度辛くても好きだしな。タコライスは食べたことなかったけど、かなり美味い」

「気に入ってもらえてよかった。一つずつ私のできる献立を作っていくから、毎日別の国の料理が出てくるかも」

英愛エアは料理得意だよな……けど、一人で任せておくのも悪いから、当番でやることにしようか」

「いいよ、お料理好きだから。でもお兄ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいな。簡単なお料理から一緒にやってみる?」

「そうだな。調理実習でやったような料理ならできるんだけど」


 妹の料理の腕はそんなレベルではないので、そんな彼女に食べてもらうものを作るのはハードルが高い――そう思ったのだが。


「お兄ちゃんが作ってくれたら、何でも食べるよ。私もお兄ちゃんが食べてるところを見るの好きだから」

「そ、そうか……ありがとう、って言うところか?」

「あはは、お兄ちゃん照れてる。今の顔を激写して、友達に見せちゃおうかな」

「何の罰ゲームだ。俺の顔なんて見せられても、友達も反応に困るだろ」

「……そんなことないよ?」

「え?」

「ううん、何でもない。お兄ちゃん、今日も一緒にお風呂入っていい?」

「さらっと言われてもだな……どうしてもじゃなければ、別々の方がいいと思うぞ」

「うん、今のは一応聞いてみただけ」


 本気で言ったわけではないならいいが、まだ一人で入るのが怖いというならそれはやぶさかでない。


 しかし、妹はその話題には触れず、俺のことを上機嫌そうな顔をして見ている。


「どうした?」

「ううん、何でもない。お兄ちゃんがいるなと思って」

「……改めて、心配かけたな」

「どういたしまして」


 退院してきた俺が家にいるだけで喜んでくれている。そんな妹の優しさにどうやって報いればいいのか――そんなことを考えていた。


 ◆◇◆


 順番で風呂に入り、部屋に戻ってきて一息ついていると、ドアをノックしてから妹が入ってきた。


「……お兄ちゃんにしてほしいこと?」

「ああ。入院のこともそうだけど、英愛には苦労かけてるから。何か買ってほしいものとかあるかな」

「欲しいもの……お兄ちゃんの服かな。今度、一緒に買いに行きたい」


 俺ではなくて英愛の欲しいものを聞きたいのだが、妹的には俺の服を買うことの方が重要らしい。


「もう春物は終わっちゃって、夏物がお店に入ってくるから。お兄ちゃんの服を私が選んであげる」

「じゃあ、英愛が欲しいものもそのときに買うか。お金は全部俺が出すから」

「え……お兄ちゃんの口座にお金を入れておいたけど、それはお兄ちゃんが自由に使っていいお金だよ? 学園でも必要になるから入れておいたの」


 妹には、やはり話しておかないといけないだろう。魔物討伐で報酬が得られていること、その金額がとても大きいことを。


「英愛の中学に行ったときに、ランクの高い魔物を倒して……その時に、報酬が入ったんだ。その金額が、結構凄いことになってて。使い道が思いつかないんだけど、俺や英愛の暮らしを良くしたりすることにも使えたら……と思ってるんだ」

「そうだったんだ……高等部で冒険科や討伐科を選んだら、学生のうちから魔物退治でお金をもらえるって聞いたことはあったけど、本当だったんだね」

「ああ。その、額を言うと驚くと思うんだけど、かなりお金の融通は利くようになった。だから、何でも欲しいものがあったら言ってくれていい」


 そう言ってから、大金を手に入れて気が大きくなっていると思われるだろうかと心配するが――ぽかんとしていた英愛が、そんな俺を見てくすっと笑った。


「私が欲しいものは、お兄ちゃんと一緒に遊ぶ時間だよ」

「あ……そ、そうか。買い物に行きたいって、そういうことか」

「うん。お兄ちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、私は私でやりくりするから大丈夫だよ。お父さんたちからの仕送りも、お兄ちゃんと共同で管理するし」

「そうか……分かった。じゃあせめて、一つだけでもプレゼントさせてくれ」

「ありがと。何を買ってもらおうかな……新しいVRゲームのソフト? それとも、映画のチケットとかがいいかな。お兄ちゃんと一緒に観るの」


 ここまで来ると、自惚うぬぼれでも何でもないのだと理解する。


 俺と一緒に何かがしたいと英愛はそう思っていて、それはゲームだけじゃなくても、他のことでもいいのだと。


「……そういうお願いは駄目? お兄ちゃん、お休みの日は忙しい?」

「そんなことはないよ。二人とも家にいる日があったら、ふらっと出かけてもいいしな」

「ほんと? 良かったぁ……」


 そんなに安心するなんて大袈裟だとか、英愛の顔を見るととても言えない。


「じゃあお兄ちゃん、約束ね。ふわっとした感じだけど、お休みになったら買い物に行こ」

「ああ、約束だ……とかいうと、フラグになりそうだな」

「フラグ?」

「いや、こっちの話だ。さて、どうする? 今日も少しログインするか」


 英愛は思わせぶりに微笑み、後ろに手を回す――すると、隠し持っていた(元から知っていたが)ダイブビジョンが出てきた。


「今夜は寝かさないよ、レイト君」

「夜更かしは禁物だぞ、エア」

「えー、お兄ちゃん冷たい。ちょっとくらい乗ってくれてもいいのに」


 妹に何を言われても動じないのが兄というものだ――と思うが、これほどてらいなく好意を向けられると、つい態度が甘くなりそうになる。

 

 兄としてどうあるべきかというのは、まだ結論が出ないが。この世界で初めて会う妹であっても、今さら彼女のことを知らないなんて言うつもりはなく、これからも家族として暮らしていきたい。


 こんな俺の現在いまをソウマたちが知ったら、どう思うだろう。


 この世界は俺たちが帰ろうとした『元の世界』じゃない。それでも与えられた環境に順応していこうとする俺は、仲間たちからはどう見えるのだろう。


 ――今の暮らしを続けることは欺瞞だと、そう思われるだろうか。俺がそうするならばいいと言ってくれるだろうか。分かるわけがない、しかし考えずにはいられない。


「お兄ちゃん、ログインするよ」


 気づくと妹が俺のベッドに寝そべっていた。夜は少し肌寒いので、肌掛け布団をかけてやると、彼女は嬉しそうにする。


「さて、行くか……今日は天導師レベルマスターのクエストをこなすところからだな」


 俺も椅子に座ってダイブビジョンを身に着け、姿勢を楽にしてログインする。昨日ログアウトした、ネオシティの入り口広場に出る――今日は昨日よりプレイヤーの数が多く、活気があるように思える。


「色々行かないといけないんだよね。どこに行けばいいんだっけ」

「クエストの内容は、ログでいつでも確認できる。操作の仕方は、『ナビゲーション、ログ表示』と思い浮かべるんだ」

「やってみる……あ、できた。市長さんの家、商人ギルド、職人ギルド、魔法ギルド、あと……地下道? に行けばいいのかな」

「たぶん最後に魔物との戦闘があるから、準備しておかないとな」

「そうなんだ……あれ? お兄ちゃん……」


 そう――さっきから、俺たちを遠巻きに見ているプレイヤーが沢山いる。


(これは、そういうことか? 特に考えずに装備してたが……)


 他の装備は初期状態のままで『暴走猪の兜』をかぶっている俺が注目されている――それは十分ありうる。レイドボスのMVP報酬を獲得したプレイヤーが、まだこの近辺に少ないのだとしたら。


「あれが猪装備……ゴクリ。あれってレア3なんだよな」

「レア2までしかネオシティの近辺じゃ取れないしな……性能、どうなってんだろ」

「まだ攻略サイトに追加されてないんだよな。あいつ、書き込んでくんないかな」

「頭だけ猪ってアンバランスだけど、なんか可愛い。アニマル系の頭装備って他にもあるのかな?」

「ちょっと聞いてみよっか、どういう装備なのか」

「ここまで来て手ぶらでは帰れませんな。どれ、記念写真を撮らせてもらいますか」

「俺も俺も。変態猪装備って言われてたけど、こうして見るとカッコイイじゃん」


 思いっきり噂をされている――彼らはどうやら、俺たちを探してここに来たらしい。猪の兜をつけたままだと、しばらくは注目されてしまうことになりそうだ。


(……ん?)


 こちらに来ようとしていたプレイヤーたちの一団より先に、こちらに近づいてくる人がいる。


「こんにちは、レイトさん、エアさん」


 名前はプレイヤーを注視すると表示される。俺たちに話しかけてきたのは女性のプレイヤーで、アバターは人間の弓使いアーチャーだった。


 表示されている名前は『リュシオン』。長い髪は紫色で、編み込みがされている。アバターの髪型を変えられるところまでゲームを進めているということだ。


「こんにちは。俺たちに何か?」

「少しお話を聞きたいと思いまして、待っていました。あなたたちが昨日レイドボスと戦ったところを見させてもらったのですが、見事でしたね」


 俺たちの戦いを見ていた――それなら、通常ゲームを始めたばかりでは使えないようなスキルを、俺が使っていたことも見ているかもしれない。


 チートとして通報されてしまうと、アカウント停止などの措置も考えられる。運営側が俺の戦闘ログを把握していて問題視するとしたら、遅かれ早かれではあるのだが。


「一つ、ご相談したいことがあるんです。静かにお話ができる場所で……これからお時間をいただけますか?」


 どう転ぶかは分からないが、話してみて分かることもあるかもしれない。俺が英愛の同意を得てから頷きを返すと、彼女リュシオンは微笑み、場所を変えるために歩き始めた。

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