第六十四話 魔力回復
一度窮地に追い込まれると、精神面の影響から体力の減りが早くなる。伊那班の体力は、魔物の攻撃を受けていないにも関わらず7割程度まで減っていた――6割からバイタル警告が出るそうなので、危ないところだったと言える。
「プラントガルムと戦ったときに
「評点を下げずに済んだのは有り難いですが、自分たちの未熟さを思い知らされました」
「今日のこと、恩に着る。神崎玲人のような人物が同じ学園にいたこと、そして少しでも教えを請うことができたことを光栄に思う」
「俺は皆の役割を分担しただけだ。三人いれば文殊の知恵……じゃないけど、できることは飛躍的に増える。まあ、二つとも超攻撃的な班ではあるけど」
「そうは言いますけど、私も一応サポート型なんですよ。偵察とか、そういうことが得意なので……でも、猫みたいに足音がしない人にはかなわないですね」
「そ、そんなことはないです、私は気がついたらこうなっていただけなので……」
黒栖さんが慌てる――そして彼女は『転身』を解くのを忘れていたことに気づき、ここで解除する。
(前よりは長く持つようになったけど、かなり魔力が減ってるな……よし)
「黒栖さん、ちょっといいかな。魔力を回復させておこう」
「は、はい……あっ、そ、その、オーラドロップで大丈夫ですっ……」
「回復薬は消耗品だから、俺のスキルで回復した方がいいかなと思って……駄目かな?」
「だ、駄目というか……駄目なのは私の方で、玲人さんは何も悪くないというかっ……」
みんなの頭に疑問符が浮かんでいる――黒栖さんは一体何を動揺しているのだろう、という感じだ。
「玲人、こんなに遠慮しているなら、オーラドロップを使う方が良いと思うのだけど……黒栖さん、遠慮しているのよね?」
「い、いえ……大丈夫です、私の個人的な事情ですから。お願いします、玲人さん」
「じゃあ、行くよ」
何か熱視線を受けているが、ただ
《神崎玲人が強化魔法スキル『チャージルーン』を発動 即時発動》
「んっ……」
(……そ、そうか……魔力を一気に回復すると、結構変な感じがするんだったな)
――あの、レイトさん、オーラをもう少しゆっくり送ってもらえたりは……。
――レイトのオーラが満たされる感じは、他に形容できない……変な感じ。
――僕はオーラがそこまで減らないから分からないけど、何か凄そうだね。
清々しいまでに邪気のないソウマの笑顔、そして女子二人の困ったような、俺を睨んでいる表情が思い出される。あれはおそらくジト目というやつだ。
しかし『チャージルーン』で送り込むオーラは一定量と決まっているので、ゆっくり送るという器用な芸当はできない。俺のステータスが低い頃なら、もっとチャージが遅かったとは思うが。
「……神崎様、それは、訓練のあとはいつも行っていることなのでしょうか」
坂下さんが緊張した面持ちで聞いてくる。後ろでは雪理が腕を組んであさっての方向を見ている――部下を鉄砲玉にしている姐御のような構図だ。
「オーラの消費が大きいときは、俺が補給してるんだ。俺なら自然にオーラが回復するのも早いから」
「……神崎君は、オーラ発電所のような人ですね」
「美由岐さん、その言い方はちょっと……すみません、彼女に悪気はないんです。ただ、ちょっと天然がかってる人なので」
「天然がかるなんていう日本語はありません。私は褒め言葉のつもりで言ったんです」
「じゃあ、伊那班の三人も魔力が減ってるから、回復しておこうか」
「っ……い、今したようなことを、私にもするというのですか……それが指導だと言うなら、甘んじて受けますが」
「さっき回復してもらったときは、体力だけだったんですよね。魔力だとまた違う感じが……でも回復した方が、明日の目覚めとか良さそうですしね」
「……俺はやめておく。神崎玲人のオーラに感化されて、別の自分になってしまいそうだからな」
そんなことは全く無いのだが、木瀬君は確かにそれほど消耗していないので、後の二人に同時に魔力を送ることにする。
「それじゃ、できるだけリラックスして……行くよ」
「「っ……!」」
二人同時に『チャージルーン』でオーラを送り込む――すると、二人とも立っていられなくなり、互いに支え合う態勢になってしまった。ここまでくると、急速な魔力の回復に伴う副作用を疑うほかはない。
「ご、ごめん。この方法で魔力回復するのは、やっぱり問題があるのかな」
「……回復は、しています。ただ、黒栖さんの気持ちがとてもよく分かりました」
「男女間のオーラのやりとりだから……? それにしたってこんなの、おかしくない……?」
社さんは平常のテンションが低めの人なのかと思っていたが、その彼女が大きく動揺している――それほどの何かが起きているということか。
俺は誰かに魔力を分けてもらう立場になったことがなく、常に供給する側だったので、どういう感覚が生じているのか分からない。《AB》のパーティメンバーも慣れてくると何も言わなくなっていったので、それに期待するしかなさそうだ。
「玲人、あなたはサービス精神が旺盛すぎると思うわ。程々にしないと、勘違いする女の子を増やすことになるわよ」
「え……勘違いって?」
「そ、それはそれとして……今回持ち帰ったものですが、私たちは何も受け取るつもりはありません。分配するというお話でしたが、私達は神崎君にサポートしてもらった立場ですし……むしろ、お礼をしなくてはいけません」
「あなたの服を修復するために必要になるから、換金できるものは持っていった方がいいと思うわ。玲人はどう思う?」
「俺は必要なものを貰えればそれでいいよ。三色のジェムがあったから、それを一つずつ貰えればいい。黒栖さんは何が欲しい?」
「私は、素材の使い方が分からないので……プラントガルムを倒したときに出てきた、この綺麗な石が気になります」
「プラントガルムの魔石か。確かに使い道はありそうだな……あとはノイジーバットの素材を少しもらっておこうか」
取り分を決める俺たちを見て、皆がまた呆然としている――残ったものが多すぎる、ということだろうか。
「あなたは……そんなに無欲で、よくそこまで強くなれたものね。あなたが八割は貢献しているんだから、それだけ持っていきなさい」
「いや、俺はそんなに……」
「あなたにはその資格があるの。この硬貨も、換金したらそれなりの値段がつくでしょうし……」
「必要な人がいたらその人が持っていってくれていい。でも、そうだな……『お金は山分け』が一番わかりやすいから、8人で割って持っていくことにしようか」
「この宝石も、使い道が分かるなら持っていってください。神崎君の方が有効に使ってくれそうですから」
「……そうか。じゃあ俺が持っておくけど、もし素材を使って何かいいものが作れたら、誰かに使ってもらうこともあるかもしれない。それでいいかな」
「……神崎君がそう言ってくれるのなら、お言葉に甘えますが。あなたはもっと、独善的であってもいいと思います。このままではあまりにも、聖人君子すぎますから」
「私たちも自分たちで頑張って、自分たちの装備を整えられるようにしますから。でも、もし私にあげてもいいなってものができたら、その時は連絡してください」
「科が違うのに、依存してしまうようなのは良くないが。俺たちにとって、神崎玲人は良い目標になった。遠い背中だが、追わせてもらう」
伊那さんたちは俺が提案した最低限の物だけを受け取り、それぞれ俺のブレイサーにコネクターを近づけ、連絡先を交換していく。そして一度戻るということか、校舎のほうに歩いていった。
「神崎はこのままだと、一年生の中で不動のカリスマを獲得してしまいそうだな……僕もいつまで相手をしてもらえるか」
「努力あるのみと言いたいところですが、他の学校にも強い生徒は多くいます。二年生、三年生にも」
「私たちも結果を出さないといけないわね。そのためにできる努力を続けましょう。時間は有限だから、有効に使わないと」
雪理の言葉に皆が頷く。黒栖さんもだいぶ戦闘に慣れてきたが、この辺りでもう少し立ち回りの練習が必要だろう。
(時間は有限……学園には門限があるし、放課後に練習するにも限界がある……)
「……玲人、どうしたの? 何か考えているみたいね」
今まさに思いついたことがある。しかし、それを雪理に話すには少し勇気が必要だった。
《アストラルボーダー》にログインできれば、ゲームでも実戦訓練に近いことができる――雪理もゲームのことについて聞いていたので、全く興味がないわけではないと思うのだが。
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