第六十三話 コーチ

 コインビーストがドロップしたものが非常に多かったので、唐沢と木瀬君、そして俺で分担して運ぶ。物を持ち運ぶ際に有効な魔法があるので、それを使うことにした。


 強化魔法スキル『キャリアールーン』で運搬量を増やすこともできるし、荷物自体にかかる重力を操作する『グラビティサークル』というのもある。今回使ったのは後者の方法だ。


 普通に『グラビティサークル』を使うと重力が強くなるので、『リバーサルルーン』で効果を反転させる。オーラの量を調節して重量が三分の一くらいになるように調節すると、過重量による『速さ』の低下を回避できた。


「二つの魔法を組み合わせる……その発想が、まず反則的というか……どうやって思いついたんですか?」

「俺の場合、魔法は本来オーラを込めた指で決まった図案を描くことで発動するんだ。それを突き詰めていくと、頭の中でイメージしただけで魔法が発動するようになる。そこまで来たら、あとは頭の中で二つの図案を思い描いて、それを重ねるだけだ」


 それができるようになるまでかかった時間は、二年ほどなのだが――『アストラルボーダー』の中で三年半過ごしたこと、その経験が活かせているということは、同年代の人たちからすると確かに反則的なのだろう。


「スキルを使っていくうちに、新しいスキルに目覚めることはあるというけど。私たちの場合は、魔法と武術のスキルを組み合わせる方向に発展していくんでしょうね」

「私も折倉さんと武器と属性は違いますが、同じ方向と思っていいんでしょうか……」

「伊那さんには伊那さんの戦い方がある。三節棍が使えるっていうのも珍しいし、今後も腕を磨いていくといいと思う……同じくらいの強さの人や、時には格上の人に稽古をつけてもらうと、伸びは早いかもしれない」

「あ、ありがとうございます……あの、神崎君。あなたが持っているのも、打撃用の武器ですよね」


 俺が携行しているロッドを見て、伊那さんがおずおずと言う――すっかりしおらしくなってしまって、むしろこっちが遠慮してしまう。


「ああ、俺はこのロッドを使って戦うけど、メインは魔法のほうかな」

「前にお手合わせしてくれたときは、すごいロッド捌きだったじゃない。あなたと打ち合ったことで、私も新しい何かが見えたような気がしたの」


 サポート職といえど、一切近接戦闘の手段を持たないということはない。今の俺は『ロッドマスタリー』を1しか振ってないが、それを持った状態で雪理と戦ったことで、武器マスタリーを伝授できていた。


 さっきの戦闘での『雪花剣』の威力を見ればわかる、前に見た時よりもわずかに上がっている。『剣マスタリー』は可能な限り上げておきたいスキルなので、もう少し手合わせをする時間が欲しいところだ。


 おそらくそうすると、俺のスキルポイントも『ロッドマスタリー』に振られる。指導に必要な分だけ俺のスキルレベルも上げる必要があるからだ――まあレベルMAXまで振ってもいいくらいなので、それは一向にかまわない。


「美由岐さん、こういうときははっきり言わないと駄目ですよ」

「……言われなくても、分かっています。あ、あの、神崎君。良かったら、放課後時間のあるときに、私のコーチを……」


 コーチ――というと、俺に指導役をして欲しいということか。改めて言われると照れるものがあるが、伊那さんの班の二人も、何なら折倉班の三人も、次に同じことを言い出しそうな様子に見える。


「そういうことなら、チームで練習した方が良さそうだな。他に交流戦メンバー候補の人っているのかな」

「討伐科では成績上位からメンバーを選ぶことになっているから、これで人数は揃っているけど。サブメンバーの選出はまだ先でいいそうだから、あとはマネージャーね」

「マネージャー?」


 何か部活のような様相を呈してきた。メンバーで一緒に練習して団体戦に臨むのだから、そう思うのもあながち間違いではなさそうだ。


「彼女にも、一緒に練習をするときに声をかけてみるわね」

「ああ、分かった。よし、それじゃ帰るとしようか」


 魔物は一度通った場所にも湧いていることがある――《AB》では『ポップする』と言っていたが、おそらくこの特異領域ゾーンでも同じだろう。


「っ……玲人さん、上から来ますっ!」


《ノイジーバット3体と遭遇 神崎ペア 折倉班 伊那班 交戦開始》


「――きゃぁぁぁっ!」


 悲鳴を上げたのは伊那さんだった――蝙蝠こうもりが得意という人はそう多くないだろうが、牙を剥き出して飛んでこられたら足が竦んでも仕方がない。


(こういう時に、本来の使い方が効く……!)


《神崎玲人が特殊魔法スキル『グラビティサークル』を発動 即時遠隔発動》


「「――ギィィィッ!!」」


 『生命探知』で『ノイジーバット』の居場所を察知し、重力操作の呪紋を発動させる。


 飛んでいる魔物には効果絶大だ――しかし一旦地面に落ちながらも、バットは翼をばたつかせて飛び上がろうとする。


「嫌っ、来ないでっ……!」

「――はぁぁぁっ!」

「お嬢様、こちらはお任せを……っ!」


《伊那美由岐が攻撃魔法スキル『サンダーボルト』を発動》


《折倉雪理が剣術スキル『雪花剣』を発動》


《坂下揺子が格闘術スキル『輝閃蹴』を発動》


 次々に女性陣の技が決まる――実は伊那さんの雷属性は飛行する魔物に効果が大きいので、彼女の放った雷撃を受けたノイジーバットは一撃で戦闘不能となって消滅し、ドロップ品が落ちる。雪理も一撃で落とせたが、坂下さんの蹴りはノイジーバットが打撃に耐性を持つこともあり、まだ仕留めきれていない。


「――私が行きますっ!」


《社奏が短剣術スキル『クロススラッシュ』を発動》


 社さんが追撃し、ノイジーバットの体力を削り切る――だが、それで終わりじゃない。


《プラントガルム3体と遭遇 神崎ペア 折倉班 伊那班 交戦開始》


「――第二波、プラントガルムだ! あの物陰から来るぞ!」

「「了解っ!」」

「私も行きます……っ! 『ブラックハンド』!」


 唐沢と木瀬君、そして黒栖さんが一斉に攻撃する――二体は仕留められたが、一体の背の植物が分離し、戦闘態勢に移行しようとする。


 しかし一撃入れたあとなら、二撃目で仕留められる。『フレイムルーン』を発動させ、最後の一体を撃破する――これで戦闘終了だ。


《ノイジーバット3体 プラントガルム3体 ランクF 討伐者 神崎ペア 折倉班 伊那班》


《神崎玲人様が150EXPを取得、報酬が算定されました》


 魔物が消滅したあとに、ドロップ品が残る。奇襲にも対応できたことで、伊那班の三人はすっかり自信を取り戻していた。


 俺たちはドロップ品を一時的にまとめて回収したあと、特異領域ゾーンの入り口近くまで戻ってきた。他にも引き上げていく生徒たちの姿が見える――それぞれに疲れた顔をしているが、俺たちの一行は全員、戦闘の後とは思えないほど晴れやかな表情だった。

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