第六十二話 合同作戦

 唐沢と木瀬君はコインビーストを狙撃できる位置に移動する。彼らが合図を出したら、それぞれの班の班長がゴーサインを出す手筈だ。


 黒栖さんは俺のすぐ近くにいる。もし雪理と伊那さんの攻撃で倒しきれなかったときに、追撃するのが俺たちの役目だ。予期せぬ事態は起こりうる――魔物のステータスが個体差があり、中には体力が通常より三割ほど高い個体もいるからだ。


 坂下さんと社さんは、コインビーストが方向転換できずに壁に衝突するギリギリの位置にいる。あまり安全に行き過ぎると、この作戦は成立しない――度胸が肝心ということだ。


 しかし『生命探知』の反応からして、社さんの心拍が上がっている――落ち着いたテンションの人だが、実はかなり緊張しているということらしい。


《神崎玲人が回復魔法スキル『リラクルーン』を発動 即時遠隔発動》


「……っ」


 声掛けができないので、呪紋を使って坂下さんと社さんが落ち着くようにサポートをする。急に落ち着くと不思議な感じではあるだろうが、何をしたかは後で説明する――コインビーストが動き始めたからだ。


 雪理と伊那さんが、射手二人からの合図を受け取る。指揮を委ねられた俺はゴーサインを出す――作戦開始だ。


《唐沢直正が射撃スキル『スナイプショット』を発動》


《木瀬忍が射撃スキル『アキュレートショット』を発動》


「――やったか……!?」

「いや、弾かれた……っ!」


 オーラを込めた弾丸が、コインビーストに命中する――しかし金属音がして、唐沢の撃った威力の高い一発、木瀬君の撃ち込んだ数発が全て弾かれた。二人の声が聞こえるが、ダメージを通すのは彼らの役割ではないので、あとは適宜待機してもらって構わない。


「――来ますっ!」

「っ……はや……!」


 やはりここがキーになる――彼女たちの運動能力、反射神経を信頼してはいるが、万一にも轢かれるようなことはあってはならない。


《神崎玲人が強化魔法スキル『スピードルーン』を発動 即時遠隔発動》


 雪理と伊那さん、黒栖さんが驚いている――俺が予定外のタイミングで動いたと思ったからだろう。だが、何をしたかは見れば分かってもらえるはずだ。


《コインビースト2体が攻撃スキル『ローリング』を発動》


《坂下揺子が格闘術スキル『バックステップ』を発動》


《社奏が短剣術スキル『緊急回避』を発動》


 二人が回避を成功させる――だが本当にギリギリだった。地面を削りながら猛烈な勢いでコインビーストは壁にぶち当たり、一瞬だけ完全に動きが止まる。


「――伊那さんっ!」

「ええっ……雷よっ!」


《折倉雪理が攻撃魔法スキル『スノーブリーズ』を発動》


《伊那美由岐が棍棒術スキル『雷鳴撃ち』を発動》


 雪理が冷気属性の魔法を、伊那さんが雷をまとった棍棒を、コインビースト1体ずつに撃ち込む――確かに効いている、だが。


「っ……まだ動いて……っ」


《コインビースト2体が特殊スキル『自爆』を発動 連鎖発動》


(ここまでは計算通りだ。自爆のカウントダウンのうちに倒し切る……!)


「――黒栖さん、攻撃魔法を頼む!」

「は、はいっ……!」


《神崎玲人が強化魔法スキル『エンチャントルーン』を発動 遠隔遅延発動》


《神崎玲人が強化魔法スキル『チャージルーン』を発動 遠隔遅延発動》


 前回このコンボを使ったときは、『エンチャントルーン』で付与する魔法を指定せず、無属性の魔力を黒栖さんの魔法に乗せた。


 今回は付与する魔法を指定している――『ジャミングサークル』。自爆がスキルの一種である以上、行動を阻害するこの魔法で封じ込めることができる。


「――闇よりいでよ、魔性の手ッ!」


《黒栖恋詠が攻撃魔法スキル『ブラックハンド』を発動》


 黒栖さんに貸す俺の魔力は、二体を余裕を持って倒しきれる十分な量にとどめた。あまりやりすぎると、今後の伊那班に悪い影響を与えてしまうかもしれない。


「――クォォォッ……ォォ……」


 黒栖さんの魔法はコインビーストの守りの弱い側面にヒットし、さらに向こう側にいる一体にまで貫通した。


「れ、玲人さん、倒せたみたいですっ……!」

「ああ、やったな。みんな、コインビーストから少し離れて、物陰から見ててくれ」

「倒した後で、まだ何かが起こるの?」


 雪理は不思議そうにする――『自爆』態勢に入ったコインビーストを倒すとどうなるか。《AB》と同じなら、こいつはいわゆる『ボーナスモンスター』というやつだ。


 そしてコインビーストの金属質の殻に、一気にヒビが入る。そして割れた中から出てきたのは、色とりどりの魔石と本物のコインだった。


《コインビースト 2体 ランクF 討伐者 神崎ペア 折倉班 伊那班》


《神崎玲人様が200EXPを取得、報酬が算定されました》


《レッドジェムを5つ取得しました》


《ブルージェムを7つ取得しました》


《イエロージェムを3つ取得しました》


《ライフドロップ小を3つ取得しました》


《オーラドロップ小を4つ取得しました》


《?硬貨を2138枚取得しました》


「こ、こんなに……魔物は大きければ沢山物を落とすというわけではないのに……」

「コインビーストはこういう魔物なんだ。倒すコツさえ知ってれば、できるだけ倒したくなるような魔物だよ」

「本当に……『ジェム』は魔石の一種だけど、用途が違うと聞いたことがあるわ」


 《AB》におけるジェムは、融合させて能力を発揮させるものだ。赤と青と黄の三色あれば、かなり用途は広くなる。


「それにしても、この硬貨……どうして『特異領域』、それも魔物の殻の中に、人間の使う貨幣が入っているの……?」

「っ……!」


 雪理に言われて気づく。《AB》では、魔物が人間を襲ったりして金を持っているという設定だった。


 ならば、コインビーストはどうやってこの硬貨を手に入れたのか。コインビーストがお金を持っているのは当たり前だとばかり考えて、流してしまいかけていた。


 一枚の硬貨を手に取る――《アストラルボーダー》の中で見た硬貨と、よく似ているように見える。完全に一致しているとは言い切れないが。


「特異領域の中で得られた金属ということなら、加工の材料になるかもしれません。神崎君、これらはあなたが持っていってください」

「えっと……さっきの作戦の最中、神崎君がサポートしてくれてたんですよね。いつもの自分と違う動きができてたので」


 社さんを呪紋でサポートしたことは気づかれている――しかし恩を売るとかじゃなく、得られた収穫は三等分するべきだろう。


「収穫は山分けっていうのが、俺の信条なんだ。そこは遠慮しないでほしい」

「……そんなこと言われたら、もっと恩義に感じちゃうんですけど。なんて、冗談です。美由岐さん、お言葉に甘えておきませんか? 私たちより強い人がこう言ってくれてるんですから」


 社さんに、伊那さんは何か答えようとして――途中で言葉を飲み込み、俺を見た。


「……あなたの評価を聞かせてください。私は、少しでも貢献できましたか?」

「ああ、勿論。全員が百点……っていうのは甘やかしすぎか」


 男子も含めて皆が照れている――正当な評価だと思うのだが、俺の方も照れるのはいかんともしがたい。


 しかし人に何かを教えるというのは難しいと思っていたが、やってやれないことはないと分かった。引き上げまでの時間を有効に使って、今日は引き上げることにしよう。

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