第六十一話 コインビースト


 帰路の時間を考えると、もう一度魔物に遭遇したくらいで帰還することになるだろう。


 しかし前方はかなり暗くなっており、プラントガルムの奇襲を受けた後では、伊那班はとても進める状態ではない。


「ここから先は、暗所用の装備が必要ですね。『洞窟』なのですから、準備をしておくべきでした」

「……さっきの戦闘で、ライトが壊れてしまって。魔物は照明器具を狙って壊してくるようです」


 伊那班の木瀬君はアサルトライフルにライトがついているようだが、そこに植物が絡みついて使えなくなっている――魔物も、人間の視界を奪えば有利であると理解しているのだろう。


「明かりは点在しているみたいだけど、それだけでは頼りないわね」

「光る鉱物、植物の類もあるが、魔物の身体の一部が光ってたりもする。そういった明かりに頼るのはリスクもあるから、光源は自分で確保できた方がいいな」


 暗所に対応するには視覚強化の呪紋を使うか、明かりを確保する方法がある。俺が良く使うのは、パーティの進行方向を照らす光球を発生させる方法だ。


《神崎玲人が特殊魔法スキル『ライティングルーン』を発動》


《神崎玲人が特殊魔法スキル『オートサーキュレーション』を発動》


 右手から生じた呪紋から、小さな明かりが生じる――それを、パーティの周囲を回るように軌道設定する。軌道設定系のルーンはいくつかあるが、自動循環オートサーキュレーションの場合、同じ軌道を障害物を回避しながらぐるぐる回り続ける。


 俺と黒栖さんのペア、折倉班、伊那班にそれぞれ一つずつ明かりを出す。これでだいぶ進みやすくはなっただろう。明かりの数を増やすことはできるが、全て違うタイミングで回っているため、前方・後方の両方を照らせている。


「こんなことまで……神崎さんは、どうやってそれほど多くの魔法を覚えたのですか?」


 伊那さんの態度は、一度感情を俺にぶつけてからは随分と穏やかになっている。ずっと攻撃的でも困ってしまうので、勿論悪いことではない。


「スキルのレベルを上げると……っていうと伝わらないか。魔法のスキルが成長したとき、覚えられる魔法は一つだけじゃなく複数ある。何というか、開眼する感じで使えるようになるというか……」

「私たちがスキルを使えるようになるときも、そんな感覚はあるわね。コツを掴んだという手応えがあって、技が使えるようになるの」


 雪理の言う通りなら、職業に応じた武器を使ったり、訓練をしているうちにスキルを獲得できるということになる。そこでスキルポイントが振られているのかは分からないが、俺のステータスを見たときにはスキルポイントの項目があったので、他の人にもあると仮定しておく。


「ですが、あなたのように様々な魔法を使う人は、討伐科の一年生にはいません。手の内を全て見せていない人がいる可能性はありますが」

「……神崎君は開眼というか、すでに悟りを開いているんじゃ」

「うむ……わからん。分かることは、神崎玲人の真似はできないということだ。俺たちは、俺たちなりに強くなるべきだな」

「木瀬君は、装備を破壊されないようなスキルを取れるといいんだけど。多分、装備の手入れをしていたりするとスキルが身につくこともあると思うよ」

「装備の手入れ……整備部に頼むばかりではなく、自分でやってみるわけか。分かった、やってみよう」

「確実とは言えないから済まない。俺もスキルの覚え方については調べておくよ」

「玲人、せっかく班ごとに明かりがあるから、私たちと伊那班が先行するわね」

「ああ、頼む。慎重に進んでみよう」


 俺は黒栖さんと一緒に、後方に位置してついていくことにする――思ったよりも、俺の隣を歩く黒栖さんは落ち着いている。


「『転身』をしていると、夜目が効くようになるみたいです。ほら、猫って夜に会うと目が光るじゃないですか」

「なるほど……黒栖さん、視覚まで猫になってるのか」

「はいですにゃ」


 口調まで猫になっている――しかし指摘していいのかどうか。いや、黒栖さんも自覚があるようで、歩き方がぎこちなくなっている。


「す、すみません、緊張感がなくて……つい、言ってしまいそうになるんです。『転身』の副作用でしょうかっ」

「い、いや、俺は全然……気にしないというか、悪くないと思うよ」

「……ありがとうございます……にゃ」


 『ウィッチキャット』の姿だと、黒栖さんは足音が全くない。魔装師は技能発動の条件がある代わりに、発動してしまえば便利な効果が幾つもある。 


「……伊那班が何か見つけたらしい。気をつけて、黒栖さん」

「はいっ……な、何があったんでしょうか……」


 立ち止まって俺たちを待っている伊那班に近づく。すると、前方に大きく開けた空間があった――そこに、巨大な厚みのある円盤のようなものが二つ見えている。


「……驚いたな。コインビーストが出るなんて」

「あ、あれって、魔物なんですか?」


 黒栖さんは思わず声を出してしまってから、慌てて自分の口を塞ぐ。しかし、今のところその必要はない。


「巨大なコインのような甲殻を持つ魔物なんだ。普通に攻撃しても通じないし、転がって攻撃してくる」

「あんな大きなものが転がってきたら……あまり考えたくはないわね。剣は効果が薄そうだから、属性攻撃がいいのかしら」

「その通り。でも、攻撃するタイミングを間違えるとダメージが通りにくい……そこで、それぞれの班の三人で役割を分担する。坂下さんと社さんは、物理攻撃が得意で身のこなしが素早い。俺はそう思ってるんだけど、どうかな」

「はい、敏捷性にはある程度自信があります」

「私も、普段の役割は回避盾ですね」


 回避盾――その用語が出てきたということは、社さんもゲーマーなのか。この現実リアルにおいては、そういう用語が普及していてもおかしくはないが。


「まず、唐沢と木瀬君の射撃でコインビーストの注意を引く。すると近づいた人を狙って『ローリング』で攻撃してくるから、坂下さんと社さんは回避するんだ」

「かしこまりました。何としてでも避けてみせます」

「怪我じゃ済まなさそうですからね……私も頑張ります」

「コインビーストは障害物に当たるまで止まらない。衝突したところで動きを止める……そこで、雪理と伊那さんは側面の弱点を狙って属性つきのスキルで攻撃する」

「ええ、分かったわ」

「分かりました。でも、それで倒せるんでしょうか……」

「そこは自信を持っていい。セオリーを守れば、そんなに難しい相手じゃないよ」


 伊那さんはすっかり自信を無くしてしまっている。プラントガルムにやられてしまったことが、まだ尾を引いているのだろう。


 しかし一度言った通り、ここでつまずく必要はない。自信を無くしたのなら、取り戻せばいいことだ。


「では……木瀬、射程は足りているか?」

「十分だ。唐沢こそ、そのスナイパーライフルで火力は足りているのか」

「無論だ。僕のありったけのオーラを込めて、あいつの気を引きつけてみせよう」


 銃使い同士、思うところがあるようだ――というより、元から知り合いなのだろう。これまでも競う関係にあったというのは、想像に難くない。


「坂下さんのお手並みを近くで見られて光栄です」

「ええ、私もです……中学の個人戦では、あなたとは当たれませんでしたから」


 坂下さんと社さんは友好的だが、二人ともその瞳は燃えている。


 雪理はというと、まだ覚悟を決められていない様子の伊那さんに近づいていく。


「私と競いたいのなら、彼を信じて思い切りやりなさい」

「……折倉さん」

「情けをかけているわけじゃないのよ。あなたは交流戦に必要な戦力だから、こんなところでイップスを起こしてもらっては困るの」


 イップス――スポーツなどで、精神的な原因により、思ったような動きができなくなること。魔物との戦いに挑む人々においても、同じことは起こりうる。


「分かりました。全力で……そうでなければ、何をしに来たのか分かりませんから」

「本当にね……なんて、虐めたいわけじゃないのだけど。私も、あなたには期待しているから」


 雪理の檄は、俺がどんな言葉をかけるよりも効いたようだった――伊那さんの表情に覇気が戻ってくる。


「よし、手はず通りに行くぞ。黒栖さんも俺の近くにいて、援護できるように備えておいてくれ」

「はいっ!」


 ランクFの魔物の中でも、倒し方を知らないと苦戦するシリーズの二体目と言えるコインビースト。彼らに戦いを挑むことを選んだ理由は――それは、無事に討伐できてからのお楽しみだ。

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